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うれしい知らせ

うちの母は5月5日生まれでこの時期は良く菖蒲の花をモチーフにした着物を着ていた
若い頃に菖蒲の花の着物を着ている時に祖父に気に入られたのだとか
「あんなお嬢様な女、俺は最初から気に入らなかった。オヤジの会社を引き継ぐための条件があの女との結婚だった」
父は酔うといつも当てつけの様に息子である俺と母の前でそんな話をしていた
母は微笑みながらいつもその様子を眺めていた
臆病な父は母に暴力を振るうことは無かったが、外に女を作っていた
母との買い物帰りに父が女とホテルに正々堂々と連れ込んでいた光景をなん度も見かけた
母はいつもの微笑で
「お父さんはモテモテね」
なんて呑気に言っていた
小学生でも父がやっている行為が許されない物だと言うのはわかっていた
専業主婦の母には父と別れれば生活が出来ないのを知っていて父の浮気を黙認していたのだろう
父は浮気はするものの、生活費を入れてくれて俺の進学にも文句は言わなかった
「すべてお父さんのお陰です」
母は毎日のように父を持ち上げ、いつも綺麗にしていた
5月には玄関の軒先に菖蒲の葉を飾り、自身も菖蒲の花の柄の着物を着て、髪飾りも菖蒲の花にした
「これはお母さんにとってのラッキーアイテムなの。この着物のお陰でお父さんと結婚できて、あなたという素敵な息子に恵まれたのだから」
この時期は何故か父は毎日まっすぐ家に帰り、女を連れて歩くことも無かった
「この時期は何故かここに帰らないといけない気分になる」
父は不思議そうにしていた
しかしその理由は俺は知っていた
母の飾った菖蒲の葉が風もないの揺れているのだ
その葉が白い母の腕となり手招きする
玄関の前に立つ父に絡みつき、父にまとわりついた半透明の女達を引き剥がす
引き剥がされた女達は菖蒲の葉によって切り刻まれていく
「菖蒲には魔除けの効果があるの」
そう母に教わった
「この時期は女達が具合が悪くなるらしい」
いつか父がそう呟いた
いつになく酒を呑み、俺の存在を忘れていたのか父は喋り続ける
「なんでも刃物を持った鬼が自分達を斬り刻むとか。しかも体調不良まで起こして」
妻である母を蔑ろにしておきながら他の女の心配ばかりする父に憤りを感じた
それが表情に出ていたのだろう
父はを見て笑う
「お前はあの女の味方だな」
「当たり前だろう?母さんは俺たちのために毎日頑張ってくれて」
「それはあの女の呪いだ。俺たちをこの家に閉じ込めるためにな」
父は祖父が引退し、会社を引き継いだら母と離婚をすると言うことも話していた
「慰謝料でもなんでも払ってやる。とにかく俺はあの女と縁を切りたいんだ」
この頃は毎日の様に父は酒を呑み、そんな事を呟いていた
「母さんを捨てる気か!」
ついに俺は父に怒鳴りつけ殴ろうとした
しかし
「やめなさい!あなたは誰に向かって手を上げているの」
母が父を庇った
「母さん」
「私はお父さんの指示に従うのみです」
いつも優しい母の厳しい顔に俺は何もできなくなった
こうなったら両親が離婚したら母をひきとってこの家を出よう
そう思っていた
しかし皮肉にも父は祖父の会社を引き継ぐことは無かった
父が先に亡くなった
健康診断で再検査の判定が下ったにも関わらず病院に行かなかった父
体調不良で受診した病院で末期癌と診断が下り、それからわずか半年で亡くなった
葬式の日、母は父の火葬を嫌がり、棺に取り縋って泣いていた
あれほどの浮気性な男を支え、さらに葬式でもあんなに泣くほど夫を愛した献身的な妻
母のイメージはそう世間に植え付けられた
それから母は新たなに社長になった俺に尽くしてくれた
毎日美味しい食事に弁当、綺麗に整えられた清潔な衣類に寝具
綺麗な家
最高の空間を母は今までと変わらず用意してくれた
「お父さんが亡くなってしまった今はあなたの結婚が楽しみよ」
それから俺は恋人ができた
母と同じ5月5日生まれの菖蒲の髪飾りが似合う女性
残念ながら着物を着る趣味はなかった
彼女を家に連れてきた時母はとても喜んで
「素敵なお嬢さんね。娘ができたみたいでうれしい」
彼女とすぐに打ち解け、実の親子よりも仲良くなっていた
彼女との結婚はすぐに決まった
結婚報告をした俺に母は涙を流して喜び
「これからはお嫁さんを大切にしてね。お母さんはこの家を出ます」
と言ってくれたが
「何を言ってんだよ。母さんもこれからも一緒だよ。彼女も母さんと一緒に過ごしたいんだ」
母との同居は妻となる彼女の希望だった
「ずっとお母さんhああの家を守ってくれたのでしょう?これからは私もお母さんと一緒にあの家を守りたいの」
結婚後そう居した俺達は順調だった
母は相変わらずでしゃばることもなく家を支え
妻とは親子の様に仲良く家事をして
俺と妻が喧嘩した時は
「お嫁さんを大事にしなさいと言ったでしょう」
妻の味方をし、妻を優しく宥めていた
しかし、そんな幸せな日々は突如奪われた
母と妻の誕生日の日
ご馳走を作ろうと母が買い物に出かけた先
母が通り魔に襲われ、全身を滅多刺しにされた
犯人は俺達とは面識もなく、着物姿の母が目立っていたの刺したと供述した
無惨にも顔にまで激しい損傷があり、確認に一緒に行った妻は倒れ、俺は泣くしかなかった
母の葬儀の後、おかしな出来事が起き始めた
夢の中で鬼の形相の女が玄関に包丁を突き立てている
しかし玄関に傷をつけることはできず悔しそうに消えていくと言うものだ
あまりの鬼の形相に目を覚ませば汗でパジャマが濡れて肌に張り付いていた
パジャマを着替え、水を飲んでいると玄関で物音がしていた
泥棒かと思いそっと向かうとそこには妻が居た
「こんな時間にどうしたんだ?」
と聞くと
妻は
「何か怖い夢を見ちゃって」
手には菖蒲の葉
「以前お義母さんに聞いた話を思い出したの」
そういえば菖蒲の葉は魔除けになるという
軒先に菖蒲を飾り
「さあ、寝よう」
ベッドへ向かった


翌日も同じ夢を見た
玄関に包丁を突き立てようとする鬼に菖蒲の葉が鋭い剣となって鬼を斬り刻む
鬼は自分の顔を腕で庇いながら逃げていく
そんな夢が続いた
「一体何があったんだろうか?」
何故母が亡くなってからこんな夢を見るのか?
おそらく同じ夢を見ている妻もそう思っているのだろう
もしかしたらあの鬼に魅入られたせいで母は亡くなってしまったのか?
もしかしてあの鬼から家族を守るために母は菖蒲の葉を飾っていたのだろうか?
そんな疑問を母の妹にあたる叔母が答えてくれた
叔母は姉である母が苦手で、滅多に会うことが無かったが甥である俺のことは可愛がってくれた
その叔母が遊びに来てくれた
「姉さんがあんな死に方をしてしまって。正直ホッとしたの」
いきなりの叔母の台詞に俺は驚愕した
隣に座っていた妻も表情が固まっていた
「姉さんは昔から独占欲が強くてね。自分の所有品が自分から離れていくのが嫌いな人だったの」
以下は叔母の話
母は独占欲の強さから離れていこうとする生き物も人間も呪い殺していたという
菖蒲の葉を剣に見立て、泥人形を刺すという母独特の呪法
「私が夜中にトイレに起きた時に偶然見てしまったの。鬼の形相で泥人形に呪いをかけていた姉を見た時は心臓が止まるくらい驚いたし、ああ、この執着の強い姉ならやりかねないと思ったの」
叔母はお茶を飲み干し
「姉さんの最後の死に方って泥人形と同じなのよねえ。気のせいと言われたらそうなんだけど」
まあもう死んだ人の話だから気負わないでね
と言って叔母は笑っていた
「あ、そうそう。最近変な夢を見るの。姉さんそっくりな鬼がここの家の玄関を包丁で叩いている夢。姉さんたらこの家にどれだけ執着しているのかしら」
叔母が去った後俺と妻は顔を見合わせ、母の部屋を調べた
天井裏から見つかった菓子箱に入っていた紙と干からびた菖蒲の葉
紙には叔母や俺たちの名前
「まさか本当に?」
青ざめる妻を抱きしめる
「お義母さんは私達も言うことを聞かなくなったら殺す気でいた?」
泣きそうになった妻に大丈夫だと慰めた
「もう母さんは死んだんだ。鬼になっても菖蒲の葉がある限りこの家には入れない」
そうだ
母さんはこの悪行の為に死後鬼となってしまった
あれ程執着した家に
愛していた花に拒絶されたのだ
母を哀れに思いつつも、殺されそうになった俺は背筋が凍りついた
俺は中庭で母さんの呪いの道具を全て燃やし
母さんの遺骨は


燃えるゴミの日に出した


あれから我家の軒先には菖蒲の葉が飾られている
庭には菖蒲の葉が生い茂る
もう二度とあの鬼が来ないように
母の遺骨を捨ててからは夢は見なくなったが念の為だ

それにしても叔母が居てくれて助かった
叔母のお陰で俺達はあの鬼の執着から逃げられた
「あれはよい知らせだった」
「そうね。うれしい知らせだわ」
と微笑む妻
最近は妻は俺に従順だ
いつかの母のようだ
それが気持ち悪くて俺は外に癒しを求め出した
職場の部下に妻と違うタイプとデートを繰り返した
その事に妻は気づいているのだろう
何故ならば毎日夜中に妻はベッドから抜けだす
髪を振り乱し
泥人形に菖蒲の葉を突き立てる
最近の体調不良はこの為なのだろう
いつも持ち歩いている乾燥させた菖蒲の葉を握りしめる

なあにあれは人に見られたら失敗するのだ
かつて母が妹を呪い殺そうとして、その妹に見られたために失敗したという

俺もそっと神社に向かう
妻の髪が入った藁人形と釘とカナヅチを持って

このお守りは本当にうれしい知らせを持ってきてくれる


菖蒲の花言葉

優しい心
心意気
優雅

そして

うれしい知らせ


終わり

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