インテークについて⑦

インテーク面接を終えた後に、所見を作成することになりますが、重要なのは複数の仮説を立てることのように思います。

複数の仮説を立てる場合に、大きく2つに分けてやり方があります。1つはわからない部分を空白として保留しておく観点。もう一つは、複数の可能性を想定しておく観点。

前者は、そのままですが、意外と簡単なようで難しい。自他のカウンセリングに関する報告や言動を見ていると、かなりの部分を想像で補っていることがわかります。これは、極端に言えば人間同士完全に分かり合えないので当然ではあるのですが、そのことに自覚的である必要がある。

例えば、家族が死んだという話について考えると、セラピストにとって家族のことが非常に辛い出来事だったとしても、クライエントとしては、もしかしたら喜ばしい出来事だったかもしれないし、ある種の象徴的な体験だったかもしれないし、死んだことによって起きた出来事の方が大きいかもしれない。

そうした空白を空白のままとしてとっておくというのは、意識的に行わないと難しい作業でもあり、カウンセラー自身の物事の見方や枠組みを自覚しておく必要があります。なので、簡単なようで非常に、非常に難しい。

もう一つは、複数の仮説を立てる観点。同様に言い始めるとキリがありませんが、先程の家族のことの例で言うなら、例えば家族の死がその人にとって大きな傷つき体験となっているかもしれない。あるいは、それは他の家族との関係やその亡くなった方との関係性によっても異なるだろう。接する時間の長さによってもかなり違う。その人がクライエントにとってどんな存在だったかによって意味合いは大きく異なります。

また亡くなった時期にもよる。例えば母親が弟や妹を懐妊している中でそうした出来事があったら、ニュアンスが全く変わります。クライエントにとって加害してくる対象であったらやはりまた意味が異なります。

そして決定的に重要なのは、クライエントはそうした自身の体験を、すぐに言葉にできるとは限りません。自覚していない場合もあるし、自覚していても話したいと思うとは限りません。そのカウンセラーとのカウンセリングの中で、扱うかどうかもわからないものです。

これも誤解しやすい点ですが、「すべてのテーマをカウンセリングで扱える」という事はまずあり得ません。単純に考えて、クライエントの生きている体験は膨大なものであり、また生きていく中で更に変化・展開していく。カウンセラーとクライエントは、その場で立ち現れるものを、ある一定の接点でのみ共有しうる。そのことに謙虚である必要がある。

そのような基本的な姿勢を踏まえながら所見を書くと、逆に書くことが絞れていきます。

基本情報としての家族歴や生育歴、認知機能の程度や水準、自我がどの程度機能しているのか、どのような自我の水準にあるのか、身体的な健康度はどの程度か、クライエントが自覚している主訴はどのようなものか。

それらを踏まえた上での見立てはどのようなものになるか。本人の主訴と絡めてのバックグラウンドの整理。それらの要素を関連付けての仮説の構築。今後確認しておけると良い点は何か。逆にすぐに扱わない方が良い点は何か。言動や態度、表情、話しぶりから推察される声のスタイルや、対人的な姿勢。

初回面接に関する書籍に、こうしたことはいくらでも記載されていますが、重要なのはカウンセラーがそういった姿勢や観点を自分の中に落とし込んでいくこと。

それが簡単なようで難しく、また自覚してトレーニングをしないと案外身に付かないものでもあるのかと思いました。

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