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破綻しない絵を描くために。観察力を養う「美術解剖学」のススメ|加藤公太

KUAイラストアドベントカレンダー、12月9日はイラストレーションコース講師、加藤公太先生(@kato_anatomy)から破綻しない絵を描くために。観察力を養う「美術解剖学」のススメです!


みなさんはじめまして。解剖学と美術解剖学の教員をしている加藤公太です。京都芸術大学では非常勤講師をしています。美術解剖学は、人体や動物などの体を表現するための基礎教養の一つです。欧米では色彩学や遠近法と並んで多くのアーティストが美術解剖学を学んでいます。今回は京都芸術大学で学ぼうと考えているみなさんに「美術解剖学」ってどんな学問なの?ということを簡単にお伝えします。

観察眼を養うことが画力向上への近道

 一般的に「美術解剖学を学ぶと画力が向上する」と思われがちですが、実際に向上するのは、人体や生物の体の形や構造に対する観察力です。例えば目の前にあるものを見落としたまま探し物をするのと同じように、たとえ画力や技術が向上しても観察する目ができていなければ、対象から形を抽出することはできません。美術解剖学を学ぶことで、迷わず、素早く、人体の形や構造を拾えるようになります。テクニック的な画力ばかり注目されがちですが、実は“観察力”を養うことの方が画力を上達させるための近道なのです。

 美術解剖学の観察力を身につけるには、確かな知識が必要です。美術解剖学書の図を模写して勉強される方をネットなどでよく見かけますが、それでは全体的な知識量の半分くらいの内容しか学べません。

 それはなぜか。解剖学的な知識は“解剖図”と“文章”が互いの不得意とするところを補っているからです。図などの視覚情報は一度に多くの情報を表示できますが、鑑賞者がそれを見たときにどう解釈するかはさまざまです。例えば、作品を展示したりネット上に投稿したりすると、自分の制作意図と他人からの感想が食い違うことがありますよね。こうした齟齬はまさに視覚情報の特徴から生じていると言えるでしょう。解剖図も同様に、自分の好きなように鑑賞できる一方、見落としたり誤解してしまうこともあります。

 解剖学ではそうした見落としを“文章”で補います。

 文章は、図のように一度に多くの情報を表示できませんが、言葉を順番通りに並べることで見落としや誤解を少なく読者に伝えられます。もちろん世の中にはイメージしづらかったり、解釈が分かれるような難解な文章もありますが、解剖学の文章はできる限り誤解が生じないような言葉が選ばれています。

 「そうは言っても、文章を読むのが苦手で……」という方は専門家の授業を聞くといいでしょう。文章と同様に見落としや誤解を少なく学ぶことができます。

独学で学ぶことと、大学で学ぶことの違い

 大学で美術解剖学を学ぶメリットは、網羅的な知識を短期間に得られるというところです。授業を一通り受けるのが美術解剖学を学ぶ最短コースでしょう。

 近代的な解剖学は、ルネサンス頃に成立してからおおよそ500年の歴史があります。500年間、世界中の解剖学者たちがそれぞれの一生を費やして研究を重ねてきたわけです。解剖学教育も同じで、より便利で理解できやすくするための編集作業が500年間続けられています。現在、国際解剖学用語で使用されている人体構造は約6,000。その全てに何らかの形態や機能が備わっています。それは個人の一生で調べられる調査量をはるかに超えています。

 独学は自分のペースでできて気楽で良いのですが、好き嫌いが無意識のうちに出てしまいます。好きなところはどんどん覚えられますが、嫌いなところや苦手なところは自分で調べにくいものです。私も最初は独学で学んでいましたが、医大で解剖学の授業を受けてから、独学で調べられる範囲の狭さを知ることになりました。

エゴン・シーレに美術解剖学を教えたヘルマン・ヘラーの素描

 大学の授業では一通りの構造を順序よく網羅的に教えてくれるので知識の抜けができるのを防げます。知識が抜けると、冒頭に述べたように観察眼ができないところができてしまいます。まずは授業で一通り聞いてから、一度で覚えられなかったところを調べたり、詳細な知識を掘り下げていくと良いでしょう。例え授業内容をほとんど覚えていなくても、必要な情報を調べるのがかなり楽になっているはずです。

解剖学を学んだアーティストたち

 美術解剖学を学んだ(もしくは人体解剖を行った)著名なアーティストには、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、デューラー、ルーベンス、ロダン、シーレ、ブランクーシなどがいます。美術解剖学はルネサンス頃に成立して以降、20世紀初頭まで欧米の美術学校で積極的に導入されていました。ですから、欧米の美大出身アーティストで人体作品を作っている作家の多くは、美術解剖学を体験しています。

 彼らはなぜ熱心に美術解剖学を学んだのか。簡単にいうと、より優れた人体表現ができれば、世間の評価や出世に繋がったからです。

 解剖学的構造は一度では覚えられないため、授業を受けた後も時間をかけて学んでいきます。例えば画家のエゴン・シーレは、一時期ヘルマン・ヘラーという美術解剖学講師のアトリエに住み込んで制作をしていました。彫刻家のオーギュスト・ロダンは、デビューする前にパリ大学医学部の解剖教室に通って勉強しています。

ロダン『考える人』(左)とシーレの素描(右)に内部構造を描き込んだもの

 ロダンやシーレの作品は、上から解剖学的構造を書き込んでも大きな破綻が見られません。でもよく見るとロダンの『考える人』は手足が大きく、シーレの素描は太ももやウエストが長く引き伸ばされています。サイズや長さを変えるなどのデフォルメや誇張表現をしても内部構造の形がしっかり入っているので、造形に破綻がなく自然に感じられるのです。いまでもロダンやシーレの作品が好きな人が多いのはそのためでしょう。デフォルメする対象の形が十分に把握できていなければ、誇張などの表現に説得力がありません。

あの名彫刻も、解剖学的に違うところがある

 解剖学的な構造に破綻が見られないロダンやシーレのデフォルメは、解剖学的構造を知った上でのデフォルメと言えます。では、解剖学的な構造が反映されていないデフォルメとはどんなものでしょうか。

 その一つは体表観察によるデフォルメです。特徴としては内部構造を書き込むと解剖学的構造と齟齬が生じます。

古典彫刻によく見られる前鋸筋の走行(左)、実際の前鋸筋の走行(右)

 体表観察と解剖学的構造との齟齬が生じやすい部位に「前鋸筋(ぜんきょきん)」があります。脇の下のあたりに骨ではないギザギザとした起伏が見えたらそれが前鋸筋です。前鋸筋はボクシング選手でよく発達しているので、通称「ボクサー筋」とも呼ばれています。この筋の大部分の線維は、あばらぼねで知られる肋骨(ろっこつ)から、肩甲骨(けんこうこつ)の下端部にある下角(かかく)に向かって収束する様に付着します。

古代ギリシャ彫刻『ラオコーン』(部分)。前鋸筋の起伏が実際の走行と一致しない

 古代ギリシャなどの古典彫刻では、前鋸筋の起伏が下角に向かって収束するのではなく、並行に表現されていることがほとんどです。もし解剖学的な構造を知っていたのであれば、並行には表現しなかったでしょう。

 こうした解剖学的構造との齟齬と、当時の作家たちが解剖学を導入していた記録がないことから、古代ギリシャ時代には美術解剖学や作品のために内部構造を観察するという発想がなかったと考えられています。

 こうした話をすると、「それはデフォルメだ」とおっしゃる方がいます。先ほども言いましたが、デフォルメとは対象を意図的に変形させることなので、まずは対象のことをよく知っていなければ説得力がありません。内部構造を知ることは、よりよくデフォルメするための第一歩なのです。

解剖学を学ぼうか迷ってるあなたへ

 いろいろと美術解剖学を学ぶことの効果について紹介しましたが、それでも美術解剖学や解剖図が苦手・怖いという方もいるかもしれません。人体や生物の内部構造は怪我や事故、ホラー表現などとつながっていたりするので、怖かったり気持ち悪いと思われるのも無理がありません。

 人体解剖は遺体にメスを入れて内部構造を観察する行為です。しかしその動機は、人を知り、人命を救うという行為がもとになっています。美術解剖学ではそうした医学的側面を教えることが希薄になりがちですが、美術で用いられているあらゆる解剖図は医学・医療の現場から派生したものです。命を救うための図と考えると、気持ち悪さや怖さが薄れるのではないでしょうか。

 私は服飾の専門学校で勉強していた頃、ファッションデザイナー向けの解剖学の授業を受けました。授業の中で、頭蓋骨の下面(「外頭蓋底(がいとうがいてい)」といいます)を見せてもらったことがあります。先生は「気持ち悪かったら見なくても大丈夫です」と言っていたのですが、そのときの私は「自分の体の中にもあるものが気持ち悪いだろうか」と反射的に感じ、教壇まで行って頭蓋骨の模型を観察させてもらいました。ヒトの頭蓋底の形は複雑で、サルなどの動物に比べていびつな形で整っていません。当時の私は、この複雑でいびつな形にも無駄はなく、なんらかの機能がともなっているのだろうと、自然の精妙さに感動したのを覚えています。

カニクイザルの頭蓋骨(左)とヒトの頭蓋骨模型(右)

 解剖学的な構造を知ると、「自分の体を知る」ことに繋がります。体の中の精妙さを知ると、「頭でいくら考えても体が疲れていたら思ったようなパフォーマンスが発揮できないな」と、頭ではなく体を気にする発想が出るかもしれません。実際に、頭だけでアイデアを練った構想は作品として実現しにくく、手を動かしてアイデアを練った方が実現しやすかったりします。

 美術解剖学を学んだ経験は、創作活動だけでなく、日常生活や人生観にもつながっています。真面目に取り組めば取り組んだだけ、あなたの作家人生を豊かにしてくれることでしょう。

プロフィール

加藤公太
京都芸術大学通信教育課程イラストレーションコース講師
https://twitter.com/kato_anatomy

美術解剖学者、メディカルイラストレーター、グラフィックデザイナー。博士(美術、医学)。素描講師と人体解剖を経験している数少ない美術解剖学の教員。芸術家、イラストレーター、漫画家、3DCGクリエイター、原型師などに美術解剖学と人体デッサンの指導をする傍ら、解剖図などのイラストやグラフィックデザインを手がける。美術大学と医療系大学で、美術解剖学の歴史研究、解剖学や美術解剖学の授業と人体解剖実習を行なっている。Twitterでは「伊豆の美術解剖学者」として活動。美術解剖学書の翻訳や執筆を通して良質な美術解剖学教育の普及を目指している。

著書情報


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