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データ分析者の暗黙知をどのように伝えるか。

データ分析者を育てるにあたって、自分の暗黙知をどのように初学者に伝えるのか――。今、このテーマと格闘しています。
特に伝えるのが難しいのが、EDA、問題設定、特徴量設計の勘所ですね。それに、実験デザインや前処理のTipsも大小様々あって、一度に伝えることができないことも多いです。

育成については、これまでチーム内でいろいろな方法を試してきました。例えば、以下のようなものです。

・EDAをテーマにした勉強会を実施する。
・タスクや人に合わせて本を推薦する。
・タスクに関連する参考文献や記事をチャットで解説する。
・ノウハウをWikiで提供する。
・1on1でディスカッションをする。

どれも一定の効果がありましたが、決定的なものはありませんでした。
やはり、実践教育、OJTが重要な育成の場になっています。実データと実問題に対して、自分事として取り組んで初めて身につくものがあるのだと思います。しかし、一口にOJTといっても業務にフィットした方法論があるわけではないのでうまくいかないこともありますよね。

では、データ分析者の育成のためにOJTを有効活用するにはどのようにすればよいでしょうか。
試行錯誤の段階ですが、次の3つのことが大切だと思うようになりました。

1. 相手のスキルレベルや物事の捉え方を見極める
2. 伝えるべき自分の暗黙知を引き出しておく
3. 暗黙知を伝えるタイミングと頻度を吟味する

1. 相手のスキルレベルや物事の捉え方を見極める

OJTで実プロジェクトで伴走しながら伝えていくときに、相手のスキルレベルや物事の理解の仕方を見極めることは大切だと思います。まさに、人の育成に長けている方は、この「見極める力」がすごいのだと思います。

OJTは平均に合わせた教室方式とは違い、個別教育が要です。このため相手のことをいかに理解できるかが鍵になります。

◆スキルレベルの見極め

スキルレベルの見極めは一見簡単に見えますが、難しい側面もあります。単に知識や経験の確認をしてもなかなかうまくいきません。人は考えているよりも自分のことはわからないからです。自己認識の揺れがあるといってもよいでしょう。
そして、不安定な認識の上に過大・過小な表現が挟まって伝えられます。さらに、その情報を受け取り手が自分のフィルタを通して受け取ることになるので、なかなか真の姿をとらえることができません。

そこで、私が見出した方法は「とにかくやってみてもらう」ということでした。事前のインタビューで「できるだろう」と思ったことを実戦でやってもらうのです。例えば、テキストの分類タスクの経験があり概ね分類ならできますという人であれば、実際に新しい分類タスクをやっていただきます。
ただし、事前に自走できる範囲を見積もって、その上で実際にやってみてフィードバックを得るというのが重要です。

この方法は当たり前に見えますが、さまざまな考慮が必要です。なぜなら、実戦に投入するということは責任が発生し、目論見のずれがあれば即ビジネスに影響するからです。

このため、プロジェクトマネジメントの視座を持ってリスクを図りつつ、心理的安全性を確保し、コーチング的な粘りが必要になります。また、プロジェクトでのバックアッププランも必要になります。
コンサルのようなプロフェッショナルサービスとなれば、アクシデントが発生したときにはマネジャーがすべてを引き受けてバリューを出す必要あります。そのギリギリの線を見極める覚悟が必要になります。
懐の深さと冷静な目が必要ですね。

◆人の物事の理解の仕方を見極める

また、最近特に考えるようになったのは、「その人はどんなふうに物事を理解するのだろうか?」ということです。これは、先ほど述べたスキルレベルの見極め以上に重要ではないかと思っています。

例えば、新しい技術や概念を身につけたいと思ったときに、みなさんはどのような手段を取るでしょうか? その分野の本を読む方もいるでしょう。一方、周りの人にとにかく話を聞いてみるという方もいるのではないでしょうか。
何かを知ろうとするとき、その一歩目に、その人の物事の理解の仕方、つまり典型的な学び方が表れるのだと思います。私はまず本を読みますが、同僚は誰かと話をすることを選びます。図解を求める人もいますし、コードを動かして学ぶ人もいます。

人に伝えるときに、この学び方の違いを意識することは重要です。なぜなら、その方法にギャップがあると効果が薄いだけでなく、お互いストレスをためることになるからです。特に、口頭での説明が得意な人と話言葉でのインプットが苦手な人が組むと大変なことになります。

このような考え方は、ドラッカーの次の一節がヒントになりました。

「仕事の仕方について初めに知っておくべきことは、自分が読む人間か、それとも聞く人間かということである。つまり、理解の仕方に関することである。世の中には読み手と聞き手がいること、しかも、その両方であるという人はほとんどいないということは知らない人が多い。」

引用元:プロフェッショナルの条件,ダイヤモンド社,ドラッカー

これはセルフマネジメントの文脈での言及でした。しかし、よく考えてみると、自分以外の人もこの点で違いがあるということです。それは人を育ている上でとても重要なことではないかと思いました。

2. 伝えるべき自分の暗黙知を引き出しておく

OJTで伝えるべき情報はたくさんあります。それは教科書に載っているような基礎的なことから、その道のプロならみんな知っていること、そのタスクやプロジェクトに特有のノウハウまでさまざまでしょう。

◆応用力の向上を目指す

伝えるべきノウハウの難易度の幅はさておき、ビジネスで重要なのは応用力だと思います。クロス集計表や散布図といった基本的なものであっても、適切な場面で利用できなければ、知っていても意味がありません。

知識は行為を伴ってこそ本当の知であるという「知行合一」が重要だと考えています。知行合一という言葉は陽明学の言葉ですが、中学生のときに口酸っぱく言われた言葉でもありました。
「知っているだけで実践していないのは知らないのと同じだ」というのが恩師の口癖でした。もっとも、それは善悪の判断という文脈で登場した言葉でしたが、ビジネスの現場にも通じるのではないでしょうか。

したがって、自分の伝えるべき暗黙知というのは、以下のようなものになるでしょう。

・手法を応用するタイミング、場面。
・手法を使う上での注意点。落とし穴。
・手法を使う場面の選択。
・手法の組み合わせ方。
・優先順位の付け方。メスの入れ方。

ここでいう「手法」とは学習アルゴリズムのことだけではなく、集計方法や可視化も含めて大小さまざまなものが含まれます。また、クライアントにインタビューするスキルや、プロジェクト計画のようなソフトスキルも入ってきます。

ところで、このようなノウハウは教科書に載っていないこともたくさんあります。またチームが取り組んでいる業務に根差した応用力ということになると、なおさらでしょう。
つまり、伝えるべきは暗黙知ということになりますが、その暗黙知はどこに潜んでいるのでしょうか?

◆暗黙知は質問の中に

自分の暗黙知はどこにあるのか――。
まさにこの1年半ほど悩んできたことでした。チームを作り、バックグラウンドが異なる新しいメンバーを迎え、この問題に直面しました。さらに、技術コンサルティングを本格的に行うようになったのですが、非エンジニアの方にデータドリブンの文化を伝えるようになり、大いに悩みました。

そういった悩みの中で、ふと気づいたことがありました。

”自分が相手にする問いかけの中に暗黙知が眠っている。”

例えば、自分が分析デザインのレビュアーになり、ある人からの分析結果を説明を受けている場面を想像してみましょう。その時、説明を聞きながらいろいろな疑問が生まれてくるのではないでしょうか?

その疑問は心配事だけでなく、「もし~だったら、こんな改善ができそうかも?」というような前向きな疑問もあります。場合によっては、問題設定やアプローチ自体に立ち返るような、そもそも的な疑問もあるでしょう。
これらはすべて、問題を解くときに考慮すべき着想そのものであり、暗黙知と言えるでしょう

一方、相手の状況が不明であれば、その状況を引き出すために間接的な質問を投げかけることもあるかと思います。例えば、実験条件が不明瞭だったときにその内容を詳しく聞くことや、評価指標の設定根拠を確認するときなどです。また、データの発生源に対するディスカッションもあるでしょう。

これらの質問には、直接的な暗黙知が含まれているわけではありません。
しかし、この間接的な質問には、問題やアプローチを整理するための観点やフレームワークが含まれていることがあります。
OJTを受けている人が必要としているのは、ノウハウだけでなくこうした観点であることも多いのです。

このように、自分が何気なく発する質問や問いの中に暗黙知が含まているのではないかと考えています。質問は無意識に発していることが多いので、定期的に振り返って整理するようにしています。

3. 暗黙知を伝えるタイミングと頻度を吟味する

ここまで、相手のことを理解することと、伝えるべき暗黙知を整理することについて議論してきました。最後の注意点は、それをいつ相手に伝えるかということです

その道のプロともなると、初学者に伝えたいことは山ほどでてくると思います。分析計画や結果を見てあれもこれも考慮できていないと、たくさん目がつくこともありますね。
こんなとき、ついつい気になったことをマシンガンのように一気に伝えてしまうことはないでしょうか
恥ずかしながら私はそういった癖があるのですが、こうしたやり方はほとんど伝わらないことが分かりました。10人に1人ほどは伝わることもあったのですが、それは稀なことでした。

考えてみると、自分が伝えている暗黙知というのは、相手はほとんど知らないものです。知識として知らないだけでなく、その知識の背後にある概念の骨格が身についていないことが多いのです。したがって、初学者になればなるほど、実戦経験が薄いほどに、理解に時間がかかります。

このような状況では、たとえ優しく丁寧に立て板に水のように伝えたとしても、上手くいかないでしょう。聞き手の耳が滑ってしまうからです。仮にメモを取ったとしても、後で手が動かないことも十分にあり得ます。

したがって、暗黙知を伝えるときは、そのタイミングと量が重要だ、と考えるようになりました。環境と状況によりますので一概に言えないのですが、次のようなことに気を付けるようにしています。

・タスクで課題に直面して解決策を練っているときに伝える。
・先回りしてオプションや可能性を伝えすぎない。
・相手が出したアイデアや悩みに関連付けて話す。
・できるだけ一度の会話でひとつのノウハウを伝えるようにする。
・口頭で伝えた場合は、それをメモしてもらう。
・自分がメモを書いて渡す場合には、相手に説明してもらう。
・次のアクション、一歩目を聞く。
・一度では伝わるものではないと腹をくくる。

このように書くとすでに実践できているように思われるかもしれませんが、十分とは言えないのが正直なところです。まさに教えることで教えられるというような状態で、日々学んでいます。

この記事で整理したことが自然にできるようになって初めてOJTの知行合一が成し遂げられるのでしょう。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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