DiversityとDeal Makingの課題の本質?ーおっさんオンリーでは交渉が成立しない
最近、スタートアップ界隈で「おっさんばっかりやんけゴルァ!」的な話になることが多い。ただ、受け取る側はSDGs並みに「世界の潮流についてけないっ!」という意識高い系の話になることが多い。でも現実はそんな簡単な話ではなく、実業ではスタートアップもダイバーシティのある経営体制でないと実際に事業が回らない世の中になっている。いくつかに場合分けして考えてみる。
1.おっさんだけの事業アイデア自体が陳腐
これは比較的わかりやすい。スタートアップの事業計画とデザイン思考は相性がいいことからも、市場のニーズを収集し、インサイトを得たうえで事業とに落とし込んでいく、と言う作業を行うとき、おっさんが会議室と飲みニケーションに依存した情報収集と議論で課題を設定し、その解決策を得ることは極めて難しい。かつてNHKのプロジェクトXでは、巨大事業を任されたモーレツサラリーマンたちが大きな壁にぶつかるが、突然飲み会の場で解決策や思いもしなかった人脈にたどり着く、という話があった。ただこれは高度経済成長という人口拡大期のインフラや生活必需品の調達という、人口ボーナスのお陰で作れば売れるという時期だったから成り立つ議論だ。
社会が成熟期を迎えた日本が、更に成熟している欧米や、逆に急速に成長しつつある新興市場に挑む時には、そもそもそれらの市場を知る必要があるし、たとえその地に行ったことがあると言っても多様性のあるコミュニティの中に入り込むと言う努力が必要となる。バックパッカーをしていたスティーブジョブスが世界経済に影響を及ぼすようなAppleを作った。日本ではどうだったか?
2.おっさんの生産性が低い
これは今更ながら呆れるところだが、自分自身も耳が痛い。そもそも生産性とはなんぞや?というところで「24時間働けますか!」的な考え方しかできない。いかに効率よく限られた時間で成果を出すか?ということを考える時に、おっさんは「努力の『ど』の字はぁ!」と御高説を会議でぶるところから始まる。陳腐化したシステムの硬直した形式を尊ぶ、あるいはそういう面倒をいかにして避けて仕事をするか?に長けた、ちょっとマシなおっさんたちが活躍する。結果として成果よりプロセスの適正化のために労力が割かれ、実際にそこで人件費が消えていく。結果としてその企業の価格競争力も落ちていく。
3.おっさんオンリーチームは交渉に断然不利!
本稿の肝はここにある。欧米系の企業での経験のある方であればすぐに分かると思う。本国の会議に出ると年齢も性別も人種もかなりバラエティに富んでいる。当然意識的に構成されているというところもあるが、それは社会倫理的にあるべき姿を求めてというレベルではない。例えば、中国市場を意識する場合は、当然中国系でMainland Chinaにコネのある人物を担当者として配置するのは理解できるはずだ。米国ではChinese、Indian、そしてなによりJewish Communityは無視できないし、African, Hispanic, Asianの比率だけでもそのチームの事業上の特性を想像するに十分な情報だ。性別について語るときにはもはや男女と言うくくりではなくLGBTQになるし、年齢よりも肩書が重視されるので、MBAだけでは勝負ができず、DeeptechエリアではPhDやMDなどの学位を持っているDouble Degreeは当たり前だ。
さて、こういった背景で組織されている多国籍企業への技術導出や、逆に彼らの製品の日本での販売権交渉をするようなケースを考えてみよう。先方は30代から40代を主力とするバラエティに飛んだ人種、性別のチーム。ビジネスでは会議の場でのドライな関係だけでなく、大学時代や元同僚のネットワーク、アメリカ人ならフットボールの話題や、音楽、絵画、などの趣味の話題、あるいは家族の話題になる。この時に趣味もろくになく、子育ても奥様に任せっきりで、社内の調整ばかりに労力をかけてきた4-50代おっさん中心のチームと、それなりの企業のそれなりのポジションで生活を謳歌している米国企業の担当者で、共感を持って円滑にビジネスを遂行することができるだろうか?本気で企業の利益を考えた時、その組織構造は中年男性という偏りのある状況では明確に事業推進を毀損することを我々は知らなければならない。
筆者の個人的な経験になるが、研究者時代の米国の友人に相談されたことがある。とある日本企業と提携し、共同開発を行っていたのだが、その担当者は毎日同じラボに同じように出勤するのにもかかわらず、あまり会話をかわさず、コソコソとメモばかりをとっていたらしい。友人は「ひょっとして彼は私を監視して日本に報告しているのではないか?」という疑念まで抱いていた。提携先だから質問があれば堂々と聞けばいいし、偉そうに説明を求めても良かったはずだ。しかしおそらく、米国で一流の経歴と能力を持ちさらに家庭でもかがやいでいる女性研究者を前に、日本人の担当者は英語の問題もありうまくコミュニケーションができなかっただけではないかと思う。そこに輪をかけて日本の理系男子特有のコミュニケーション(要はオタクっぽい所作)が誤解を招いていたように思う。彼は自分ができる限りで観察することで職務を全うしようとしたのかもしれないが、話を聞く限りは共同開発を進めるうえでの担当者としては適当でなかったと思う。この時に、コミュニケーション能力の高い女性研究者が派遣されていたら、結果は全く違ったはずだ。
4.国内スタートアップ支援は、技術偏重かも→もっとリアルビジネスを分析しよう!
さて最後に、昨今のいわゆる「スタートアップ支援」バブルのちょっと困った問題に触れる。筆者は2016年から全編英語の医療系スタートアップ向けのピッチイベントであるHVC KYOTOを開催しており、2024年の今年で9回目を迎える。当初はそういった取り組みは皆無で、ともすれば「小栁さんそんな事やって大丈夫?」と心配されたものだ。
幸いその後多くの成功したスタートアップがでてきたので、他の地域でも海外のアクセラレーターと組んで同様のイベントを実施する取り組みが増えてきた。国や自治体単位でもこの手の助成金が増えたこともあり、いつの間にか「ピッチイベントをすること」がスタートアップ支援だというような風潮がひろまったように思う。多くの場合、技術開発や知財、規制の専門家、そしてVCを呼んでその評価を行うが、実際にスタートアップの経験のある評価者は極めて限られる。
全てではないが、最近筆者が接する多くの受賞歴を持っているスタートアップの中に、ピッチの見栄えは良いものの対象疾患の定義が曖昧だったり、起業家の個人的なストーリーにばかりハイライトがあたっているケースが目立つようになってきた。多くの場合、医療関係の事業を知らないVCなどから高い評価を受け、とりあえずキーワードで知財や規制の課題について語ることはできている。しかし、実際に開発を組んでいく上での解決策を聞くと技術的な解決策の提示が多く、その元となる情報はエンドユーザーである患者のエモーショナルなヒアリングが多いように感じる。Biotechの場合、自社製品を自分で販売経路を通じて販売することはほぼなく、多くの場合は開発途上の製品を製薬企業や医療機器メーカーにライセンスアウトすることで収益を得る。つまり直接的な「顧客」は提携先企業ということになる。
そしてその交渉相手が何を欲しがるかというと、少しだけ面倒な技術開発だけれども自社なら解決できる程度の課題を持ち(多くの場合資金で解決する)、自社の販売チャネルで売れるもの、売りやすいものだ。そしてその相手先企業とその最大市場である米国はダイバーシティーに溢れている。我々日本人が、日本の中での課題感を元にして製品を企画し、日本社会を牛耳っているおっさん達の意見を元にして、更におっさんチームのスタートアップで交渉に臨んでも、すべての項目ごとに欧米のスタートアップの能力の6割くらいしか能力を発揮できず、最終的には競争力を持ち得ない… これが過去10年間に日本のスタートアップが世界に出ていけなかった理由の本質ではないか?
やっぱりおっさん目線…
とはいえ、筆者も立派なオッサン。この課題感や本質を見抜く議論を一人でこねくり回している時点でアウトなのです。兎にも角にも、日本が生き残るためには、大きく遅れている現状を強制的に変える必要があります。まずは足元から。スタートアップをやりたい、あるいは支援に取り組む女性と積極的に仕事します!