見出し画像

情報革命は技術を民主化したが、ヒトゲノム計画はバイオ研究を中央集権化した。でも、ChatGPTは?

ヒトゲノム全解明はライフサイエンス研究を民主化したか?

 ヒトゲノム計画が終わったら研究者は誰でもその情報を元に自由な発想で研究ができて、今まで以上に新しい生命現象がわかり、病気の研究や新薬開発が進む、って思っていた(当時20代のワタクシ)。本気だった。なぜかと言うと、4回生のときに必死になって大腸菌の酵素のDNAシークエンスを同定したら、発表前に大腸菌ゲノムが発表されたではないですか!オレの半年返せって当時は思ったが、半年くらいで良かったと今は思っている。あの当時、筆者は大学院生の自分も、これだけの情報を手に入れることで、アイデア勝負でのし上がっていけるのではないか!ポストゲノムというムーブメントは今で言うところの「テクノロジーの民主化」なのではないか!と思って胸を躍らせていた。 
 そこで、筆者は遺伝子が3000個しか無い出芽酵母(人は3万個)に着目して、細胞内のすべてのタンパク質のネットワークを可視化してやる!と息巻いていたのだが、そもそもエッジの効きすぎた実験系が全く機能せず。と言っているうちになんと親戚(父方の従兄弟)が所属しているグループが全遺伝子の相互作用をTwo hybrid-systemという当時流行りの方法で出してしまった… 力技。全部見ればなにか見えるさ、というスピード勝負が当時は必要だった。

ポストゲノム時代は選択と集中に変貌

 世界的にもヒトゲノム計画完結と思われたあともCraig Venter率いるCelera Genomicsはより価値の高いゲノム情報を提供するために活動を続け、武田薬品と提携するなど派手な活動を続けていた。一方で筆者も一時所属していた理研の構造生物学のグループでは当時「タンパク3000プロジェクト」という、代表的なタンパク質の部分構造を3000個解明してしまえば、あとはシミュレーションとかを使えば細胞内ネットワークは見えてくるでしょ、という感じのプロジェクトがあった。正確な出典はないが、当時500億円以上の巨費が投じられたと記憶している。過去10年はiPCSへの予算偏重が話題になっていたが、その前にはポストゲノム関連で同様の動きはすでにあったわけだ。というわけで、奇しくも筆者の研究者人生はポストゲノムと大型プロジェクトへの選択と集中に翻弄された。とてもではないが「テクノロジーの民主化」などと言ったことは起こらなかったわけだ。

選択と集中はイノベーションを妨げたのか?

 良くノーベル賞受賞者の先生方が「研究費を削るなんてもってのほか」という感じで息巻いているが、だいたいあの手の発言のあとにはその先生にお金が行って溜飲を下げられる。でも若手や地方大学の環境はますます悪くなるばかり。下記のNatureの記事でも過去20年間で韓国の研究費は4倍に、中国に至っては10倍に伸びたことに対し、日本では10%しか伸びていないと言っている。

ただ同時に、研究者の雑用が増えて時間がない。ということも指摘されている。これは米国も同じで、筆者がスタンフォードにいた2006年頃の時点ですでに「そもそも研究する時間ってほとんど取れないよね、研究の効率とかを考えることもPIになるうえでは重要」とか、「PIになれる年齢はどんどん遅くなっている。早くPIになるためにはいい論文を書か無いといけないし、そのためには研究動向の情報を集め続けることが重要」などというレクチャーを受けていた。なので、厳しいとはいえ日本だけが極めて厳しいとも言えない。ちなみに米国の場合、大型グラントは学会の流行りに乗っていることが多いので、日本以上に周辺の情報を盛り込んで魅力的に書く必要があり、結果として選択と集中を加速しているように感じる。一方で、個別の研究者のアイデアベースの部分については、それぞれのPIが寄附者に熱い想いを語り、その想いに応える形で小さなプロジェクトが立ち上がっているように感じる(在米研究者の皆さん、コメントください)。

イノベーションと開発資金

 次に上げる10の技術はChatGPTが抽出した過去20年間の代表的なライフサイエンスのイノベーションだ。

CRISPR-Cas9(ゲノム編集技術)*
mRNAベースのワクチン*
人工知能(AI)を活用した薬剤開発*
3Dプリントによる臓器と組織の製造
次世代シーケンシング(NGS)技術*
免疫療法の進展*
バイオニック・プロセスティック(義肢技術の進化)
テレメディスンとデジタルヘルス
精密医療(個別化医療)*
幹細胞研究と治療応用*

ChatGPTが抽出した過去20年間のライフサイエンスイノベーション

さらにChatGPTさんによると、*をつけた7つの技術には大規模予算が必要だそうだが、*のない技術についてはまだこれから成長する分野か、比較的低価格の薬価しかつかないので、産業としては苦しんでいる状況とも言える。ゲノム編集は大腸菌の伝統的な遺伝子研究の中に存在していた配列からの発見だったが、その着想があったとしても、発見から発表までの間に特許を10本以上出願し、強豪相手と合わせると数百本の特許での管理の囲い込み合戦が行われているほど、資金が必要だ。Moderna, BioNTechが実用化したmRNAワクチンも、基礎的な技術のアイデアであるmRNAの安定化だけでは当然製品には程遠く、それが枯れた技術として忘れ去られそうになったときに、たまたまその技術を使ってみた別の研究者が再発見している。その後の快進撃はご存知のとおりだが、当然巨額の資金が投入されている。

萌芽的研究の芽を摘んでいるのか?

 ここで筆者が持っていない情報として気になることがある。上述のCRISPERを産んだ細菌のゲノム研究や、Modernaを産んだmRNAの安定化技術といった基礎技術が日本では全く起こらなくなっているのだろうか?単純に引用回数やインパクトファクターのトップ科学者リストは確かにスゴイが、そこに日本人が少ないこと自体と萌芽的研究の状況はあまり一致しないように思う。なぜなら一般的な指標に基づく評価機銃ではいわゆるビッグラボの表面的な活動しか見えてこない。しかしいくつかのビッグラボ出身者の話を聞いてみると、意外にメインストリームの研究の話よりも、いかに研究者として自立できるネタを探せるか?と言う教育が行われていることがわかる。過去に自分が接したビッグラボ主宰や、出身の研究者たちも、面白いアイデアには真剣に聞き入り、一緒になって仮説の穴を探してそのための実験系の議論に付き合ってくれた。こう言った経験と照らし合わせると、マスコミ受けの良い表面的な「研究費配分」として選択と集中の議論はあまり対立軸として考えにくく、それより研究者としてのトレーニングが適切に行われているかどうか?について考えたくなる。つまり、確率論的に低額の研究費をばらまくことが、萌芽的研究をそだてて日本の研究力の底上げに本当につながると言うシナリオがいまいちしっくりこない。ちなみに、少額をばらまいて萌芽的研究を、と言ってもライフサイエンスにおいてはテクノロジー自体が民主化されていないので、素朴な疑問を検証したくても1000万円単位のお金が必要となっているのが現状だ。

ライフサイエンス研究の民主化はありえないのか?

 さて、「イノベーション」という社会に近いところに戻すと、こうやって一般に出回っている情報だけを見ていると、ライフサイエンスはカネの唸っているビジネスであり、スタートアップですら巨額の資金を投じなければ動かない、一般人には雲の上の話のように感じる。さらにことポストゲノムの分野においては、萌芽的研究でも1000万円単位の金額が必要となる。しかし、ゲノム編集技術は過去の遺伝子組換え実験の苦労をすっ飛ばしてくれるし、そもそも合成DNAも安価に手に入るようになってきており、学生実験レベルであれば比較的気軽に合成生物学の実験ができたりする。人の疾患研究の根本に迫るには多額の資金が必要だが、生物学を全く異なる角度から捉える、という流れもここ10年ほどある。

Media Art教育が切り開いたライフサイエンス技術の民主化?

 筆者が2015年に訪問したMITメディアラボではCommunity Biotechnologyという活動を通じて、生物学をあらゆる角度から捉えた研究を続けている。

過去に筆者が見たコラボ企画では、世界中の様々な場所に微生物培養用の培地を送り、その環境に生息する微生物のコロニーの色、大きさを音に変換し、ヒップホップに仕立て上げていた。サイエンスという枠を無視して「いきもの」と我々の生活を無理やり接続させることで、これまでなかった生物学的な技術の側面が発見されている。その中の一つが2008年創業のGinkgo Bioworks社だ。彼らは当初、酵母の代謝能力に目をつけ、特定の化合物を代謝する能力の高い特徴を持つ株を複数組み合わせて培養し、特定の香料を生産することを実現した。ポイントは、彼らは遺伝子組換えをしていないのでいわゆるGMOとならず、食品添加物として使えるということだ。筆者が研究していたときはまず100%の研究者が特定の株に遺伝子組換えで代謝酵素をすべて書き込んで実験をしていた。彼らは遺伝子組換えに頼ることをやめ、各々の酵母の代謝プロフィールをデータ化し、組み合わせの可能性をAIで導き出した。

これがサイエンスか?と言われると、サイエンスではなくエンジニアリングだ。それも旧来の技術者が考える生産プロセスを無視して試してみたら、できちゃった、と言うレベルのモノと言える。しかし同社はその後この概念を拡大し、地球上のありとあらゆる遺伝情報を収集しており、これを基盤にバイオ業界のAWSになると豪語しているらしい。ここには、自らの価値を特定の技術とするのではなく、生物学的に意味のあるデータベースを持つこと自体に価値があるという考え方がユニコーン企業を創出した基盤にあるのではないだろうか?

ChatGPTがバクテリアを作る日が来る?

さらに昨年、Googleと提携し、ChatGPTで言語を生成するようにDNA配列を生成するプラットフォームを構築すると発表している。単純にAGTCの羅列を生成できても当然意味がなく、遺伝子として機能しなければならないし、機能的に必要な配列、microRNAやnclRNAとして未知の機能を担っている配列など、様々な配列を生成しなければならない。どの程度技術的に成立しているかは不明だが、どうやらそろそろ、情報革命が実現したテクノロジーの民主化に必要なデータ量にバイオ/医療関係のデータの質と量が近づきつつあるのかもしれない。そしてChatGPTに代表される生成AIがあたかも地球上に存在しているかのような新種のバクテリアや生命体を創出する日が来るのかもしれない。そしてその技術はツールとしてOpenAIのように公開するのか?それとも特定企業への提供として囲い込まれるのか?ぜひとも民主化される未来を見てみたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?