見出し画像

BIO2023でみた米国のUpdateと日本の資金調達環境(あくまでもSU支援者としての観察)

少し前の原稿からですが、6月のBIO2023の前後で接した米国市場の状況と、それのときに感じた国内に期限を持つスタートアップの資金調達環境についての文章です。

2023年6月NY、街中は人で溢れていた

パンデミック前よりまして人通りが多い印象のタイムズスクエア

San DiegoでのBIO2022では、不況の影響をモロに受けて不況をどう乗り切るか?と言う話題で持ちきりだったし、San Diegoのダウンタウンでもホームレスが以前より増えていて驚いた。その後9月に訪れたStanfordでのSPARK Global Meetingでも不況下での戦略の議論をしていた。しかし2023年はその状況から一変して、街も元気、会場も人で溢れ、日によってはRegistrationに数時間待ちという状況もあった。セッションでも「そろそろ回復するだろうからどういう準備しているか?」と言う感じの議論が複数見られた。

資金調達状況の肌感覚の裏とり(1)ー上場前

さて、肌感覚で持ち直してきている感じの欧米のヘルスケアスタートアップの状況だが、落ち込んだと言われている米国の状況を見ても日本はまだまだ遙か後方を走っている。単純に「周回遅れ」というだけでなく、日本の立ち位置を見直し、何をすべきかについて考える必要がある、。まず、日米の比較という意味で資金調達環境を見てみる。

2022年、日本国内スタートアップの上場前のVCからの調達額は合計8,774億円で過去最高を記録している(INITIAL「2022年 Japan Startup Finance - 国内スタートアップ資金調達動向決定版 -」より)。ヘルスケア領域では2022年通期のデータが入手できないが、日経XTECHによると2022の1Hで449.6億円となっているので、通年では800億円程度にはなっていると思われる。VC投資の全体の約1/10がヘルスケアという規模感。個別の資金調達額では一応バイオ系(実質はアパレル)のSpiberが105.3億円となっている。米国ではヘルスケア専門のVCの調達額が$21.8B(約3.12兆円、以下1ドル143円計算での数値)。投資額の方は(おそらくSVBの事情のために)EUとUKを含んだ数字となっているが、$52.6B(約7.53兆円)となっており、2022年の米国の不況を折り込むと、欧米のVCの資金量は日本の100倍以上の規模感となっている(Healthcare Investments and Exits Annual Report 2022, p6-7, Sillicon Valley Bank)。日本国内でも昨今の環境変化と政府による資金注入を受けて、個別の案件ベースでは20億円を超える未公開での調達も珍しくなくなってきているので、全体の規模の違いがあるとは言え、全く通用しないビジネスではなくなってきている。ちなみにこの点では韓国が一歩先を言っており、同じレベルのでサイエンスであれば韓国だと2−3倍程度の資金調達ができるのではないか?と言う声を聞くようになった。

資金調達状況の肌感覚の裏とり(2)ーIPOはどう?

次に公開市場のお話。国内スタートアップのIPOの初値時価総額は中央値で2020年に177.3億円とピークに達して、その後下落し2022年には84.0億円となっている(NewsPicks「【最新版】2022年スタートアップ調達トレンド」、INITIAL資料より)。
ちなみに米国のExtream CaseとしてModernaは2018年の上場時で時価総額$7.5B(約10兆円)、調達額は$604M(約864億円)だった。昨年は米国ではIPOのウインドウが閉じてしまっていて19社しか数字がないので、96社上場した2021年のBioPharmaのIPOを見ると、Pre-valueのMedianが$428M(約612億円)、調達額のMedianが$133M (約190億円、つまり上場時時価総額はMedian で$561M/約800億円)となっている。国内の数字は全産業分野ではあるものの、個別の規模感では10倍程度と見よてよいだろう。国内を見てみると、日本の創薬系ベンチャーの上場数は限られる。そこで2021年9月に上場したレナサイエンスを見てみると、初日終値ベースで約110億円、決算報告書によると資金調達額は約16.6億円(※下にコメント有り)。東証グロース全体のIPO実績での2022年の調達額Medianは4.04億円なので比較的検討したと言えるかもしれない。ただ、最近では未公開市場で20億円を超える調達も珍しくなくなってきている状況では、いくらVCのためにExitしなければならないと言っても、20億円以下の調達しかできない状況では仕組みそのものを考える必要があるのではないか?上場時の評価額は各企業の価値に依存するので、そもそもが各企業の事業内容に問題があるというとそれまでだが、現在の日本の環境は「金融面での成功の実績のない創薬・再生医療ベンチャー」というセグメントが「実績が無いために機関投資家が参加しない市場」に上場するので「なんとか個人投資家さまに買い支えていただいている」と言う現状といえる。いくら米国が「金融面で大成功している創薬・遺伝子治療ベンチャー」のセグメントに「コンサバな機関投資家ですら大量に資金提供をする」市場だと言っても、20年以上変わらない状況には根本的な理由があるとみるべきだ。

開発する場所の問題か?

ここで思い出すのが、同じくSNSで盛り上がった他分野の事例だ。

莫大な開発費用を要して安全性を担保する規制に対応する開発を行うという点で、医薬品と航空機製造は類似点がある。ホンダジェットは成功し、MRJは失敗した。なぜか?絶対的な回答ではないものの、「ホンダジェットは米国で開発を行ったのに対し、MRJは日本で頑張ったが失敗した」。これを医薬品に例えてみると、「Opdivoは米国で開発を行ってブロックバスターになったのに対し、日本のシーズを日本のバイオベンチャーが日本で開発を行い、ブロックバスターになった製品はまだない」と言えるのではないか?となると、米国での開発体制を十分に持つことが事業計画の時点で重要であり、米国で成功しているスタートアップと同様のビジネスモデルを持つことで事業計画の妥当性が初めて担保できるという状況ではないか?Modernaほどではないとしても、ブロックバスターを生み出す米国のスタートアップと同等の大きな将来価値を狙いにいくのはそれが前提となるはずだ。
つまり、日本発の技術でも米国での開発体制を持ち、米国での資金調達も米国のVC、ライセンス先、株式市場を想定してはどうか、と言う議論だ。

日本にも意味のある、アメリカでの開発計画とは?

過去15年ほど、日本政府は再生医療分野に多大な投資を行ってきた。この業界では「オールジャパン」での開発という言葉がよく使われるが、上市された製品が出てきているにも関わらず、日本の製品が主戦場たる米国の市場を席巻するような状況は生まれていない。米国に市場がないわけではなく、"Cell Therapy", "Gene Therapy"という枠組みで同様の製品が開発されている。米国での承認、保険償還の流れに乗らなければ、製品が流通することすら厳しい。
日本の製薬業界は規模は劣るものの、全世界で見れば数少ない新薬創出国として認識されている。彼らはどこで開発を進めているか?社運をかける大型プロジェクトについては米国が優先されていることは明らかだ。例えば第一三共が開発した革新的な抗がん剤「エンハーツ」はHER2陽性乳がん 2次治療に対して2022年5月米国承認、同11月に日本承認となっている(2022年度同社決算説明会資料より)。日本も同時に進んでいるということも重要だが、米国市場を優先して開発することで多額の研究開発費の投入も可能になっていると考えるべきだと見ている。日本のトップ5の製薬企業とて研究開発費の負担には苦心しているわけで、その中で技術を評価し、各プロジェクトの将来価値をはじき出した上で資金を投入している。VC、スタートアップの「エコシステム」はこの仕組みを製薬企業の枠の外でやっているに過ぎない
何が言いたいかというと、日本のアカデミア発スタートアップも、日本のために欧米を含めたグローバル市場で回っているエコシステムを活用して、日本にもメリットのある仕組みにしませんか?という提案だ。日本だけで閉じてはMRJの二の舞いになる。トヨタが全世界共通の開発基盤であるTNGA(Toyota New Global Architecture)を推進しているように、日本のライフサイエンス産業もグローバルエコシステムに乗る共通基盤がほしい。

ではどういうExitを描くのか?

今回、上述のような議論を展開しても「そもそも技術が良くないと意味がない」「エラそうに言ってるけど、現実的に回ってないし、そもそも日本国内のスタートアップの事業内容がCompetitiveではないから、米国上場なんて無意味」という趣旨のコメントを頂いた。一方で「開発はファイナンスの仕組みに依存するので、この手の議論は重要」という意見も頂いている。当方も過去5年間は「事業ロードマップにIPOを書くな」というコメントを毎回してきたが、多くのVC関係者も東証グロースへの上場では自社の利益の確保が難しいことを実感してきている。次のステップとして、グローバル企業へのライセンスだけでなくM&Aはもちろん、NASDAQ上場についても議論をし、その上でファイナンスの力を活かして革新的な製品設計を行うレベルまでようやく来た、と言いたい。

日本のスタートアップの立ち位置は…

NY, Bostonで面談したVC等のこの分野のエキスパートたちとの議論では、おしなべて日本の技術に対する期待が聞こえてきた。ただ、仲の良い友人たちからは同時に「日本から来るのは良いけれども、日本にとって本当にメリットは何なんだ?一方的にアメリカに吸い取られることを危惧する声は欧州やイスラエルからも聞こえてくるが、実際はその答えは見出しにくい。日本はどうする?」と心配された。これはおそらく米国人のパートナーと仕事をする上では結構重要で、彼らとしては「途中で日本人が仕事を放りだして日本に帰ってしまうのではないか?」「こいつらは口では耳障りの良いことを言ってるけど、本質的に利益を一緒に追求するだけのロジックを持っているのか?」と言うところを腹落ちしてもらうかどうかは結構重要だと思っている(アメリカだけで稼ぐ日本人となると、単純に彼らのCompetitorになるので、さじ加減も難しいところ)。

一方で2017年までの議論と決定的に違っていたのが中国のプレゼンスだ。米国スタートアップエコシステムの資金源、市場としての戦略から中国の距離ができている今、欧州の次として日本が一時的に返り咲いているように見える。実際に各グローバル製薬企業も政治的な面だけでなく中国は市場として一筋縄でいかないし、基礎技術でも医療イノベーションを生み出すには至っていない、という我慢の時期のようだ。

3000億円のファンドを使いこなせるか?

現在、多くの日本関係のスタートアップ関係者では経産省が企画した3000億円(プラス500億円のワクチンファンド)の創薬ベンチャー向けの補助金事業で持ちきりだ。

現状ではこの事業自体は極めて使い勝手が悪いという評判になっているが、ここまで資金量で負けている環境に対して、良くも悪くも政府が用意したこの巨額の資金をどう使いこなすかはある意味業界の関係者の責任とも言える。この資金を使ってどうやって米国での開発のシナリオを描き、同時に日本にとってメリットのある提案ができるか?今後さらに深掘りしていきたい。

<コメント:医師主導治験とベンチャー企業の関係>
レナサイエンス社の決算説明会資料によると、2本の医薬品候補化合物のパイプラインを保有している。上場時の資金調達額からでは大規模な企業治験として先頭を走っている慢性骨髄性白血病の臨床試験を実施するために必要な金額を集めることができたとは言い難い。同様の状況に対して国内の多くのベンチャー企業が臨床開発を実施するにあたり、戦略としてお金のかかる企業治験をあえて避け、医師主導治験で実施することが主流となっている。医師主導治験は大学病院の研究者が主体的に行う治験に外部企業が協力する、と言う体で行うため、学内料金で実施される。ただしこの方法だと治験の主体は大学病院の研究者であり、データも大学に帰属する。さらに、専属のプロジェクトマネージャーを配置するなどの資金的な余裕はほぼ無いので必然的にデータの質は限定される。資金調達時に医師主導治験を想定した事業計画しか書いていない場合、数億円の資金でブロックバスターが手に入るかのような錯覚を誘導してしまうかもしれない。日本ではAMEDが医師主導治験の成果を高らかに謳うが、大手製薬企業が導入に二の足を踏む背景がここにもある。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?