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服は布の構造体

小島 汐里(こじま しおり)
93年千葉生まれ。16年慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、医療系出版社に勤務。大学時代、姉の結婚式に行くためのドレスを自分で縫い、そこから少しずつ洋裁に興味をもつ。2018年から洋裁教室でソーイングとパターンメイキングを勉強中。本屋で出会った友だち。


服と気持ちの関係

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加藤(以下、か):しおりちゃんとは本屋さんで出会って、そこからおもしろい本とか映画とかを教えてもらうようになったよね。数年前から洋裁を習いはじめたと聞いていたので、今日はそのことについて知りたいです。よろしくお願いします!

しおりちゃん(以下、し):緊張しますね(笑)よろしくお願いします。

か:洋裁の話をする前に、しおりちゃんと服の関わりについて聞いてもいいですか?

し:そうですね。服に魅力を感じた出来事が3段階あって。1つは幼少期です。私にはお姉ちゃんが2人いて、おさがりの服がたくさんあったんですね。いつもそのたくさんの服の中から着るものを選んでいて、幼心に「お気に入りの服を着る日は楽しい」「自分の好きな服を着たい」と思っていました。

か:うん、うん。

し:次は、大学生のとき。認知科学の研究室に所属していたんですが、”一人称研究”という、一人称の視点でモノゴトを観察・記述して、そのデータを分析するという研究手法を扱っていていました。卒業論文のテーマは、自分ゴト化して考えやすいように、研究室の先生が「自分の好きなことを研究しよう」と言っていて。どんなことでも研究になりうるっていう意味を込めた先生の名言に「俺が研究にしてやる」っていう言葉があるんですけど……(笑)

か:「俺が研究にしてやる」(笑)

し:いい言葉ですよね。そこで自分の好きなものを考えていたときに、服がすっと出てきたんですね。それで、先生から鷲田清一さんの『てつがくを着て、まちを歩こう』という本を教えていただいて読んでみたら、今までなんとなく感じていた、服と、身体感覚や感情との関係性を的確に言語化されていて。この本を読んで「パンツスタイルとスカートだと振る舞い方が変わるな」とか「服の印象から身のこなしが変わることもあるし、服の構造から身体に影響を受けることもあるな」とか、色んな気づきを得たんですね。今まで漠然と感じていた服のおもしろさを知って、さらに好きになったんです。

か:卒業論文も服をテーマに書いたんだよね。

し:そうです。服と気持ちや身体の変化について書きたくて、ある一定期間、⑴その日に着た服のスケッチ、⑵行った場所などの環境、⑶その日の気持ちを表すオノマトペ、⑷オノマトペより詳細な記述をほぼ毎日記録していました。

か:へえ、おもしろい! なんでオノマトペなの?

し:服についての気づきをできるだけ言語化して記述することが重要だったんですが、すぐに具体的な言葉にできないような身体感覚や感情も、オノマトペみたいな抽象的な言葉なら表現しやすいからです。オノマトペで表してから「どうしてこのオノマトペにしたんだろう」って、⑶の詳細な記述を書く感じです。研究室の先輩にも「におい」っていう感覚的なものを研究対象にしていて、うちの研究室ではオノマトペは常套手段でした(笑)

か:なるほど(笑) 記録をするなかでの気づきがあったら知りたいな。

し:記録をつける中で「服のデザイン・構造によって→気持ちが変化して→身のこなしが変わる」ということがすごくよくわかって。印象的だったのが、プリーツスカートを履いて東京都現代美術館に行った日。厳密には忘れてしまったんですけど、たしかラ行のオノマトペをつけたんですね。

か:「ランラン」とか「ルン」とか?

し:あ、そうだったと思います。ラ行だからおそらくリズム感のある感じ……だったはずです。それで、なぜラ行なのかなと考えたときに、プリーツスカートを履いたその日はいつもよりも歩幅が広いことに気づいたんですね。歩くたびにスカートのプリーツがピアノの鍵盤みたいにさらさらと揺れるのがきれいで、それを見たくてわざと大きく歩く。だから、リズム感が生まれたのかなって。

か:わ、たしかにそうかもしれない。

し:服の記録を通して、服のデザインや構造と、気持ちや身のこなしの関係に、より興味がわいたんです。

か:うん、うん。

し:それから、これが3段階目なんですけど。社会人になって、長谷川彰良さんというモデリストの人の記事に出会ったんですね。長谷川さんは古いフランスの貴族の服などを博物館などから買い取って、パーツを分解して、服の構造から時代を読み解くことをしている人で。たとえば、服の前の部分を「前身頃」、後ろの部分を「後ろ身頃」というんですけど、今の服は前身頃よりも後ろ身頃の面積が広いんです。

か:料理をしたり、パソコンで作業をしたり、腕を前にもっていくことが多いから、背中を丸めるもんね。

し:そうですよね。でも、100年前の人の服はそうした機能性よりも、胸を張ってみせる・勇ましくみせるということの方が重視されていて、後ろ身頃が小さくつくられていたそうで。

か:服から姿勢を変えにいっていたと。

し:そのとき、服は人の姿勢や佇まいさえもコントロールできてしまうんだ!と、服の構造が私たちに与える影響力の大きさを感じました。それで、服の構造をもっと知りたい、既成の型紙からつくるだけじゃなくて自分でパターンをひけるようになりたい、と思ってパターンメイキングを学べる洋裁学校に通い始めました。


つくることで構造がわかる

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か:これまでは、どんなものをつくってきたの?

し:はじめて服をつくったのは、お姉ちゃんの結婚式に着ていくワンピースで。

か:え、すごい。それって洋裁教室に通っていないときだよね?

し:はい。当時大学生でドレスを買うお金がなかったので、つくってしまおうと思って。今思うと、ほつれた縫い糸も出ていて、けっこうボロボロの出来だったと思います…(笑) それがはじめてつくった服です。
洋裁教室に通いはじめてからは、まずブックカバーなどの小物をつくって、ソーイングの基本的な技術を練習しました。そのあと、服づくりの基本的な流れをつかむため、既成の型紙を使ってブラウスを何枚かつくりました。それから、原型っていう自分の肩幅や胸囲に合わせたを測った身体のモデルをつくり、そこから実際にパターンを引いて服をつくっています。最近、前開きのノースリーブブラウスをつくり終えて、今はボウタイブラウスをつくっています。最終的にはコートを縫えるようになるのが目標です。

か:た、楽しそう…!

し:楽しいですよ! たとえば、身体の丸みに合わせて生地をつまんで立体化する手法を「ダーツ」っていうんですけど、今までただ服を着ていたときには当たり前すぎて考えなかったんですが、生地で立体をつくるってすごいことだなと。つくりながら、ふつふつと感動してしまって。

か:たしかに。平面状の生地で、立体をつくるって考えてみたらすごいことだよね。

し: 服づくりはすべてを逆算して仕立てていくんですよね。柄のある生地だと、見頃と袖の柄の連続性を考えないといけなかったり。注意するポイントが無数にあります。

か:そういえば……服の襟元にある見返しってなんであるんだろう? 汗を吸収するため? 透けないようにするためかな?

し:見返しは服の強度を高めるためにつけているんですね。襟元って脱ぎ着するときに一番圧がかかるから、見返しがないと生地がすぐに伸びちゃうんです。

か:え、あ、そうなんだ!ニットとか目の荒いものは伸びを意識するけど、布ってそんなに意識したことがなかったから、ちょっと新鮮。

し:そうですよね。手持ちの服を観察してみるのもおもしろいですよ。布って縦糸と横糸から成っているので、横方向・縦方向に力を加えても伸びづらいんですが、斜めに力を加えると簡単に伸びてしまうんです。だから、裁断するときも糸の方向を確認しながら切って、見返しをつけて……そうやって人が着てもくたびれないように工夫されているんですよ。

か:素材を理解する力と精緻な設計が求められるんだね。

し: 服づくりって”女の子の趣味"みたいなイメージがあるかもしれないんですが、論理的でテクニカルな作業の連続だし、繊細で奥深いんですよ~~。

か:これから服とはどう関わっていきたい、とかありますか? 仕事にしたりするの?

し:今は仕事にしたいという気持ちはなくて、家族とか、友達とか、誰かのために、その人にぴったりな服・その人らしい服をつくれるようになりたいです。少なくとも、将来おばあちゃんになったときに、孫の服がつくれるくらいには……。

か:すごくパーソナルで、素敵な関わり方だね。


構造好きのコミュニケーション

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か:少し服づくりとは話が変わるけど、しおりちゃんて人と話すとき自然体でいいなと思っていて。複数人で話しているときも、その場にいる誰もが楽しめるように話を補足したり、質問を挟んだりしているよね。人との会話のなかで気をつけていることがあったら教えてほしいです。

し:いやいや! 全然そんなことないですよ。しゃべるの苦手だよねって言われることもありますし、今も会社のエレベーターの中での会話に困ります……。

か:へえ~~~意外。

し:小学生・中学生は比較的引っ込み思案で、友だちも少なかったような気もするんですね。ただ、高校と大学で出会った友だちのコミュニケーションの取り方がすごく素敵で。場を盛り上げたり、相手が話しやすい空気をつくったり、気遣いや思いやりのあるコミュニケーションが自然とできる人に囲まれて、影響を受けました。それで、自分もそういう気遣いができるようになりたくて、友だちの技を盗んだりしてました(笑)。

か:うん、うん。

し:あと、大学の研究室では、さっきの服の話でもあったとおり、感覚を言語化する取り組みが多かったので、自然と言語化力が身についたのかもしれません。グループワークが多くて、話し手が何を伝えたいかをお互いに補い合いながら話すクセがついたんだと思います。研究室のメンバーも言語化力が高い人ばかりだったので、そこからもたくさん刺激を受けました。

か:なるほど~~~。聞く力というかスキルが高いんだね。

し:「会話」について言えば、研究室の課題で3〜4人のグループで会話する様子を撮影し分析するというものがありました。それで、おもしろい調査をしたことがあって。研究室の先輩と後輩の3人で大戸屋でご飯を食べる様子をGoProで撮影したんですね。

か:もうおもしろそう(笑)

し:その映像を、ELANっていう会話分析・ジェスチャー分析ツールを用いて、ご飯を食べている間に起こる要素(発話・発話の間・ジェスチャー・アクションなど)を分解したうえで、会話の盛り上がりなどの主観的な要素と組み合わせて分析したんです。こういうツールを使って分析すると、たとえば、会話をしている中で、ある人(A)が飲み物を飲みだすと、口が塞がったことでAは話せなくなる。そうすると、その場にいる人はAが会話から外れていると認識して、他のB・Cと話したり、という現象に気づけたんです。

か:あ、そうかも。

し:この課題をとおして、普段わざわざ意識しないジェスチャーを分析して、会話を成り立たせる要素や構造を意識するきっかけになりました。それで、人の動作とかに敏感になって「今この人に話しかけた方がいいな」「この人は少し休憩をしているな」というのを考えるようになったのかなと思います。

か:細部をすべて認識してしまったと。

し:動作にはすごくメッセージがあるので、一度意識し始めると戻れなくなりました。

か:そういう目の細かい会話の分析がしおりちゃんのコミュニケーションをつくってるんだね。

し:身近な人の会話の観察や大学の課題をとおして、後天的に学習していった結果が今です(笑)

か:これまで、しおりちゃんてキュートでナチュラルな人だと思っていたけど、あらゆる点で論理的・意識的で意外すぎるインタビューになりました。服の話もすごくおもしろかったので、これからも教えてください。今日はありがとうございました!

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