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京城軌道の、おはなし。

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-경성궤도의 이야기- 日本統治時代の京城、解放後のソウル、その街に、ひとつの私鉄が走っていました。時代の波に揉まれ、消えていった鉄路が残した「ものがたり」です。
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#海外の鉄道

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 1

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 1

 ソウルの街を縦横に駆け巡る地下鉄、郊外へひた走る電鉄。いまのソウル都市圏は世界トップレベルの電車ネットワークを誇る街。そんなソウルにも、昔、市内電車が走っていました。

 ソウル(いや当時は漢陽の時代ですね)の市内電車は、朝鮮王朝(大韓帝国)時代の1898年に王室とアメリカ資本との共同出資で設立された電気会社「韓美電気」によって企画され、翌年4月に西大門−鍾路−東大門−清凉里間で開業と、かなり早

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京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 3

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 3

 日本統治下で賑わうソウル、いや京城の街。日本人が続々と入植してゆく、京城の近郊。朝鮮時代から内陸水運の河川港として、また渡し場として賑わっていた纛島のまちも、生活の近代化や物流の増加など京城近郊の拠点として重要度はますます高まっていったようです。

 そんな中、大きな転機となる事象がありました。

 1925年7月、京城近郊は大雨に見舞われます。4日降り続いた豪雨により漢江沿岸の集落や施設は大き

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京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 2

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 2

 ソウルの、いや京城のまちの電車ものがたりなどをつらつらと「ゆめ語り」しているのですが、初回からの続きをば…
初回記事はコチラに https://note.com/ktnh/n/n672fd69269da

 さて、ソウルが京城と呼ばれていたころの街は、今のソウルより、ずっとコンパクトでした。
 朝鮮王朝時代の首都だった「漢陽府」はヨーロッパや中国に多い城郭都市で、西大門・南大門・東大門、そして街

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