輪廻の風 2-47


「イヴァンカ…お前はどうしてそこまでして力を欲する?その先で何を見ようとしているんだ?」エンディが尋ねた。

「私はね、不変の原理になりたいんだ。未来永劫この世界に君臨する絶対的な存在…この世の理にね。」
迷わずそう言い放ったイヴァンカに、エンディは憐れみの目を向けた。

「この世界に存在する"人の上に立つ者"の過半数は紛い物だ。彼らは自身を実力以上に魅せる術と話術に長け、それを駆使して大衆を翻弄している。そして巧妙に自身に忠誠を誓わせているんだ。そうすると大衆の上に立った者は、自らを慕う者たちに自らの無能さが露見してしまうことを恐れるあまり、身の丈に合わない行動や言動を繰り返すことで次第にボロを出し、それに気がついた大衆はまるで悪い夢から覚めた様に、掌を返してその者から離れていく。」

エンディは心底呆れながらも、イヴァンカの話を静聴していた。

「しかし真に才覚ある稀有な存在たる者は、何も言わずとも崇拝され盲信者が集まってくる…神がそうである様に。私は今まで、ただの一度たりとも麾下の者達に"自らを崇拝し忠誠を誓え"などと強要をしたことはない。それは私が超越者たるゆえ、究極の生命体である私に本能的に従っていたに過ぎないのだ。」

イヴァンカはそう言い終えると、闇の力を使い空中へと浮遊していった。

闇の力を纏った黒い雷がイヴァンカの身体中から溢れ出し、まるで大気が歪んでいる様だった。

エンディは恐ろしくなってしまい、体を小刻みに震わせながらイヴァンカを見上げていた。

するとラーミアが、エンディの手を両手でギュッと握った。

「大丈夫、私がそばにいるから。」
ラーミアは心からエンディを信じている様だった。

エンディは体の震えが止まり、迷いの無い強い目になった。

ラーミアのこの一言は、エンディの士気を極限まで高めた。

「ラーミアだけじゃねえよ、俺たちも一緒に戦うぜ?」カインが言った。

エンディは後ろを振り返った。

傷だらけではあったが、頼もしい仲間たちがエンディの背中を守る様にして続々と終結していた。

「イヴァンカ、エンディがどうしてこんなに強くなったか分かるか?エンディはな、人のために心から喜んだり怒ったり悲しんだり出来るんだよ。それこそがエンディの強さの源だ。」カインが言った。

「何を言い出すかと思えば…カイン、お前はもう少し賢い子だと思っていたがな。」
イヴァンカはカインを嘲笑った。

「人と人との繋がりや絆、その尊さはお前には一生分からねえだろうな?人が人を強くして成長させていくんだ。そしてその強さに限界はない。自分1人の欲望の為に戦ってるお前なんかに、俺たちは絶対に負けねえぜ?」
カインはイヴァンカを見上げ、強い口調で言った。

「戯言だな。1人で戦うことも出来ない烏合の衆の言葉など、何の重みもない。そして良いことを教えてやろう…200万を超える我が配下の憲兵隊が、間もなくバレラルク王国に侵攻を果たす。3将帥無きバレラルク王国の軍事力など、無に等しい。ディルゼンなど瞬く間に陥落してしまうだろうな。世界一の大国バレラルクを落とせば、世界は必然的に我が手に落ちる。お前たちなど、私の覇道に転がる砂粒に過ぎないと知れ!」
イヴァンカは勝ち誇った様にいった。


「残念ながらお前んとこの憲兵隊員は、誰一人ユドラ帝国の敷地外へ出ることが出来ねえぜ?俺の部下が今頃足止めしている筈だからな。」ロゼが言った。

「つまらない冗談だな。見苦しいぞロゼ王子、200万を超える兵力の侵攻を阻むことなど不可能だ。お前如きの部下では、時間稼ぎにすらならないよ。」

「冗談だと思うならよ、双眼鏡でも使っててめえの国の領海を見てみろよ。」

ロゼの余裕に満ちた表情を見たイヴァンカは、ロゼの言っていることがハッタリではなさそうだと確信した。

「バレラルク王国はな、ムルア大陸外に点在する27カ国もの大国と軍事同盟を結んでんだよ。そしてその同盟の主導権は、俺たちウィルアート家が握っている。今ユドラ帝国の周りには、バレラルクを含めた28カ国の精鋭達により結成された連合軍が包囲している。その数はざっと…3000万くらいだぜ?」

「3000万だと…?そんなバカな。」
イヴァンカは動揺を隠し切れない様子で言った。

「バカはてめえだよ。この俺を誰だと思ってんだ?バレラルク王国第84代国王、ウィルアート・ロゼ様だぜ?」

「おお!ついに国王の座を継承する決意がかたまりましたか!帰国したら、盛大に戴冠式を執り行いましょうね!」
モスキーノは嬉しそうにはしゃいでいた。

エンディは、ひと声掛けただけで3000万の兵力を集めてしまうロゼの凄さを痛感していた。

28カ国の戦士により結成された3000万を超える連合軍。

その連合軍の全軍総指揮官は…バレラルク王国保安隊隊長サイゾーだった。

そして副指揮官は…クマシス。

連合軍の屈強な戦士たちは、ユドラ帝国の憲兵隊員達を悉く蹴散らしていた。

「いけー!てめえらー!ぶちかませー!」
クマシスは剣も抜かず、偉そうに指示を出していた。

「俺は狐…虎の威を借り、巧妙に世渡りをする賢くて頭脳明晰な狐。自分より強い奴らを顎で使うのは最高に気持ちがいいぜー!!」
クマシスは心の声を存分にぶちまけ、意気揚々としていた。

その姿は、最高に輝いていた。

「クマシス、初めてお前の心の声に共感したよ。今日は俺たちの人生最高の日だ。この快感、存分に噛み締めて生涯忘れるなよ?」
サイゾーも、とても気分が良さそうだった。


イヴァンカはバレラルク侵攻計画を阻まれ、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

そんなイヴァンカに追い討ちをかける様に、ロゼは勝ち誇った顔で言った。


「てめえだけは絶対に逃がさねえぜ?これで…てめえの下らねえ野望が成就する前に、てめえをぶっ潰す準備は全て整った。なあ雷帝、あんま俺たちを甘く見んなよ?」

「それで…それで私に勝ったつもりか!思い上がるなよ!貴様らもその連合軍とやらも、全て私の黒い雷で葬り去ってくれる!」
イヴァンカは大声を張り上げた。

「フフフ…随分と御乱心だねえ。心に余裕が無くなってきた証拠だね。」
バレンティノは小馬鹿にする様に言った。


イヴァンカは空中で剣を振り上げた。
鋒から、巨大な黒い球体が放出された。

それは闇の力を纏った雷の塊だった。

「貴様らには絶望する暇すら与えない!滅びろ、この世界と共に!」

球体はさらに巨大化し、エンディたちに放たれた。
その大きさは、直径100メートルを超えていた。

「いくぞーーー!!」
エンディは、風の力の全てを右手に集め、ありったけの力を放出した。

「隔世憑依 太陽の化身(アラヌウス)」

カインは隔世憑依の形態に入り、エンディの横に行き最大火力の豪火を黒い球体に向けて放った。

しかし、隔世憑依したエンディとカインが2人がかりで対抗しても、イヴァンカの放つ力の方が若干上回っていた。

2人は徐々に押され始めた。

それでも、2人は諦めなかった。

「カイン…この戦い、絶対に勝つぞ!そしたらさ、また一緒に遊ぼうぜ?」
「はっ、当たり前だろ、親友?」

絶対に負けない。2人の強い気持ちは絶対に折れなかった。

それでも、イヴァンカの力はそれを上回っていた。

2人は歯を食いしばり、なんとか必死に持ち堪えていた。

「挫けそうになったら空を見上げろって言っただろ?」

空耳だろうか、エンディは確かにそんな声が聞こえた気がした。

「良かった、カイン君と仲直りしたんだね?」

また聞こえた。

空を見上げると、父と母の幻影が見えた。

2人はエンディに向かって優しく微笑み、静かに消えていった。

「見守ってくれてたんだ…ありがとう!」

エンディはそう言い終えると、信じられないほどの力を一気に放出させた。

「馬鹿な‥なんだこの力は!?」
イヴァンカは恐れ慄いていた。

黒い球体は徐々に消滅していき、イヴァンカは風に切り裂かれ、爆炎に焼かれてしまった。

しかし、それでもイヴァンカはまだ生きていた。

剣を握ってエンディとカインの元へと舞い降りて行った。

エンディとカインには、もうなんの力も残っていなかった…はずだった。

エンディは最後の最後の力を振り絞り、握り拳に風を纏ってイヴァンカの腹部を力一杯殴った。

イヴァンカは空高く、遥か彼方へと飛ばされてしまった。

エンディは力尽き、倒れそうになった。

倒れそうになったエンディを支えたのはカインだった。

2人は全てをやり切り、清々しい顔をしていた。

「よくやったぞ!おめえら!」
ポナパルトが2人の元へ駆け寄った。

「勝ったぜ、あの雷帝によ。」
ロゼは誇らしげな表情をしていた。

辺りは一気に祝勝モードに入った。

と、思ったのも束の間。

遥か彼方へと飛ばされたはずのイヴァンカが、いつのまにかエンディとカインの前に立っていた。

これには一同、度肝を抜かれて震撼した。

もう、エンディとカインは指一本動かす力すら残っていなかった。

「褒めてあげるよ、この私をここまで追い詰めたことはね。しかし君達の行いはあまりにも罪深い。相応の天罰を受けてもらうよ。」

イヴァンカは再び、闇の力と雷を融合させた球体を作った。

先ほどに比べると随分と小さいが、エンディ達を葬るには充分な破壊力を秘めていた。

今度こその本当の意味で万事休す。
ラーミア以外の誰もがそう思った。


突如、イヴァンカの体がピカッと発光した。

それはラーミアが怪我人を治療するときに放つ、神々しい光に似ていた。

「な…なんだ…これは!?」
イヴァンカは自身の身に何が起きているのか理解できず、慄いていた。

「これは封印術よ…500年前、私と同じ能力をもった天生士(オンジュソルダ)が、悪魔を封印するときに使ったのと同じね。闇の力を吸収したあなたは、この封印術の対象物となってしまったの。」
ラーミアはイヴァンカに向かって両手を翳しながら言った。

「バカな…貴様、なぜその術を使えるんだ!?」

「私がこの国に連れてこられて幽閉されているとき、マルジェラさんが古い文献を持ってきてくれたの。あまり詳しくは記載されていなかったけど、そこには私と同じ力を持った天生士(オンジュソルダ)が、悪魔を封印するときに放った術の名前が書いてあったわ。私を甘く見て、私に時間を与えすぎたことがあなたの敗因ね。」

「ラーミア、知っているのか?その術は不老不死と同じ禁忌の術…発動すれば術者も絶命するんだぞ?」

「もちろん知っているわ。だけどそれは、500年前に世界を蹂躙した悪魔とその配下の魔族全員の…多量な闇の力を封印したからよ。あなたが吸収した闇の力はほんの微量…この程度の力、私は些少の寿命も削ることなく封印できるわ?」
ラーミアがそう言うと、イヴァンカの顔は曇った。

「微量だと…これほどの力の奔流が…?そんなバカな…。」

「あなたは仮にも、500年前に世界を護るために命を賭して戦った雷の戦士の転生者…それなのに闇の力なんかに手を出した、その報いよ。あなたは永劫、日の光を浴びることなく孤独に生きるのよ。」
ラーミアは、イヴァンカのこれから辿る行く末を想像して深く同情していた。

その言葉を聞いたイヴァンカは、いつもの冷静沈着さを取り戻した。

「永劫だと?頓狂な台詞だな。いつか私の意志を継承する者は必ず現れる。その者の手により、私は必ず復活する。よく覚えておけ…その日こそ…貴様ら愚かな人間どもの人生最期の日だ!」
これが、イヴァンカの最後の捨て台詞だった。


「トイフェル・パンドラ」
ラーミアがそう唱えると、イヴァンカの身体は一気に収縮し、小さな水晶玉になってしまった。

弱体化したイヴァンカは、闇の力と共にラーミアによって封印されてしまったのだ。

神に成ろうとした者の末路は、あまりにも呆気ないものだった。










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