輪廻の風 3-26




冥花軍(ノワールアルメ)筆頭戦力のラメ・シュピールは、10代前半のあどけない顔をしたヤンチャ盛りの少年の様な風貌をしていた。

鼻の下まで伸びた長い前髪を七三分けにしており、右目は前髪が被さって隠れている。
そして首には黄色の花が刻まれていた。

彼は自身の能力を駆使し、王都ディルゼン跡地に黒色の大理石を基調としたドーム状の巨大な城を築き上げた。

バレラルク王国が魔族の手に落ちてからものの数分も経たぬ間に、王宮跡地を中心に魔族の根城が完成してしまったのだ。

「感謝するぞ、シュピール。」

早速自身の私室に入室したヴェルヴァルト大王は、シュピールを呼び出して感謝の意を述べた。

天まで届きそうな城の最上階に位置するヴェルヴァルト大王の私室には、屋根がなかった。

闇に覆われた天空を眺める事が、彼にとっては至福の時間らしい。

そして、すっかり世界を手中に収めた気分になり、悦に浸っていた。

「大王様…お褒めに預かり恐縮です。」
シュピールは畏まった態度で頭を下げながら言った。

しかし内心では、自身が崇拝してやまないヴェルヴァルト大王に褒められたことが嬉しくて堪らず、思わず小躍りしてしまいそうになるのを理性を保ちグッと堪えていた。

「集まれ、子供達よ。」

ヴェルヴァルト大王が号令を掛けると、ルキフェル閣下を筆頭に冥花軍のメンバー達がすぐさま集結した。

そして彼等に続くように、総勢1000体を超える魔族の戦闘員たちも続々と集結した。

魔族達はうっとりとした表情で、まるでご尊顔を拝する様にヴェルヴァルト大王の顔を眺めていた。

「ああ…大王様…なんと尊い…!」

「大王様…なんと偉大なる出立ち…!」



ヴェルヴァルト大王は、無数の配下たち前で、激励にも似た演説を行った。

「ご機嫌よう、諸君。今こそ世界は一つになる!自らを食物連鎖の頂点に君臨していると驕り高ぶっている愚かなニンゲン共を引きずりおろし!500年の眠りから目覚めた我等魔族が覇権を取り戻す時が来た!!この世から一切の光明を奪い去り、恐怖と闇により支配された死の世界を創ろう!!さあ…素晴らしき新世界創造を大義名分に!我ら魔族の永遠の繁栄の為!世界を徹底的に蹂躙しろ!人類を徹底的に駆逐しろ!大革命を巻き起こせ!さあ…喜劇の始まりだ!踊り狂え!くるしゅうないぞ!!」

ヴェルヴァルト大王が声高らかに自身の大いなる野望を主張すると、魔族達は雄叫びの様な大歓声を上げた。

そして1000体近くの魔族達は空高く飛び立ち、我先にと言わんばかりの勢いで四方八方へと散開していった。

ついに世界中の空は闇に覆われ、太陽光も月光も、星の明かりさえも完全に遮断されてしまった。

バレラルク王国のみならず、ムルア大陸外に点在する国々への侵攻まで始まってしまった。

世界が魔族の手中に落ちるのも、最早時間の問題だった。

世界を脅かす恐怖と絶望の到来は、暴力により支配される世界の始まりを告げる序曲だった。

バレラルク王国は事実上、魔族の帝国の中心地へと変貌を遂げてしまった。


しかし、世界から光が奪われても、希望の光は完全には消えていなかった。

微かではあるが、魔族を討とうとする戦士達の燃えるような心の灯火は、ついえていなかったのだ。


なんと、ロゼ達は生きていた。

ヴェルヴァルト大王が王都の中心地を崩壊させた闇の攻撃を放つ直前に、アマレットが機転を利かせて魔術を唱えた。

その魔術により、ロゼ達は間一髪のところで命を落とさずに済んだのだ。


場面は、王都から約300キロ離れた人気の無い深い森の中へと移り変わる。

そこにはロゼ達の他に、王都で魔族を迎撃するため命を賭して勇敢に戦った兵士達がざっと200人ほどいた。

しかし実際には、魔族達の第二次侵攻に備えて王都に残っていた兵士は3000人ほどいたのだ。

つまり、この場にいない残り2800余名の兵士たちはアマレットの魔術で救うことが出来ず、ヴェルヴァルト大王の攻撃により命を落としてしまったのだ。

「いやいや…流石に死んだかと思ったぜ。」

「まさに九死に一生をえたな…。」


ノヴァとロゼは、今自分たちが生きているという現実が信じられず、命が助かったという実感が全く湧いていなかった。

王都を一瞬にして破壊したヴェルヴァルト大王の力が脳裏をよぎると、とてもじゃないが生きた心地がしなかった。

なにもその気持ちはこの両名に限った事ではなく、他の皆も同じだった。

生き残った兵士たちの中には、顔面蒼白の状態で身体が石のように硬直してしまっている者が多数いた。

それは紛れもなく、恐怖からくるものだった。

「おいアマレット!お前一体何をしたんだ!?」
エラルドが尋ねた。

「瞬間移動よ…。ヴェルヴァルトが闇の力を大地に充満させた時…私たちの下半身は完全にあの黒い渦みたいなものに呑まれていた…。だからヴェルヴァルトにバレないように、私は付近にいた人たち1人1人の脚を密かに結界で包んだの…。」

「結界??」
ラベスタは首を傾げていた。

「まあ…簡単に言えば空間移動装置みたいなものよ…。私は…それに身体の一部を包まれた者を最大で300キロ先まで強制的に移動させる事が出来るの…。さすがに全員を避難させることは…出来なかったけどね…。」
アマレットはひどく疲弊しきっていた。

どうやら大人数を長距離移動させるこの瞬間移動なる魔術は、相当体に負担を強いたようだ。

「すごいね…。さすがはユリウス家でも数世代に1人と謳われた天才魔術師だ…。」
アベルは絶句していた。

「アマレット、ありがとう。お前のおかげで助かったぜ?今はとりあえず、ゆっくり休んでおけよ。」

「アマレット…よく頑張ったね。本当にありがとう。ルミノアちゃんは私が見ているから、仮眠でもとって?」

ロゼとラーミアは、アマレットを優しく労った。

アマレットは憔悴しきった体でも、ルミノアをずっと抱っこしていた。

「ありがとう…。」
アマレットは、ルミノアをゆっくりとラーミアに渡した。

こんな状況でも、ルミノアはスヤスヤと眠っていた。


「フフフ…助かったはいいけど、これからどうする?」
バレンティノは若干急かすような口調で言った。

「俺たちの生存は、おそらく奴等にはバレてねえ。これはある意味チャンスだぜ?今はじっくり策を練るべきだ。そして…奴らの本陣に奇襲をかけて、国を取り戻す!!」
ロゼが鬼気迫る表情でそう言うと、その場に緊張感が走った。

「フフフ…ロゼ国王、お言葉ですが…奴らにバレてないという考えは少々甘いかと。前にも言いましたけど、俺たちの身近に魔族側に情報を流している間者がいる可能性は非常に高いです。そしてそれは…この中にいるかもしれません。その者がどのような方法で連中に情報伝達を行なっているかは想像だにできませんが、我々の生存が連中の耳に入るのも時間の問題かと。」

バレンティノがそう言うと、エスタは憤りを露わにした。

「おい!こんな時に不安を煽るような事をわざわざ言うんじゃねえよ!」

「フフフ…俺はただ可能性の話をしているだけだよ。策を練るなら、俺たちの情報なんて容易く連中に筒抜けになってしまうと念頭に置いた上で、慎重かつ巧妙に練るべきだよねえ。」

バレンティノは不安を煽っているわけでも、功を焦っているわけでもなかった。

エスタはそれを理解し、冷静さを取り戻した。

「その通りだな。これからは各自注意深く、周りの人間の行動や動向を監視し合うべきだ。誰も信じるな…とまでは言わねえ。だからくれぐれも疑心暗鬼になりすぎるなよ?」

ロゼがそう言うと、兵士達から不満の声があがった。

「そんな…無茶ですよ!こんな状況で裏切り者の存在まで示唆されて…"疑心暗鬼になるな"だなんて無理な話です!」

「そうですよ…それに…例え凄腕の智将が緻密な作戦を練ったところで…奴らに勝てるとは思えねえ!」


ロゼは黙ったまま何も答えなかった。


すると、ロゼの下にサイゾーが畏まった様子で歩み寄った。

サイゾーも間一髪の所でなんとか生き残ったようだ。

「国王様…いくらこの場所が人目につかないとは言え、こんな大人数が一箇所に集まっていれば奴らにバレてしまうのも時間の問題かと…。」

「ああ…そうだな。よし、とりあえずあの洞穴に隠れるぞ。」

サイゾーの進言を、ノゼは素直に聞き入れた。

そして付近にある大きな洞窟を指差し、力無き声で言った。

ロゼは、自身が治める国が奪われてしまった事が悔しくて悲しくて堪らなかった。

周りに悟られないように平静を装ってはいたが、かなり精神を病んでおり、それこそノイローゼになる一歩手前まで追い詰められていた。

「そういえば…モスキーノさんとマルジェラさんはどこにいるの?」
ラーミアは不意に2人の事を思い出し、両名の身を案じる様に言った。

「あいつら昏睡状態で入院してたんだろ?王都に残ってた筈だよな。ここにいねえってことは…。」ノヴァは、先のヴェルヴァルト大王の攻撃により2人は命を落としてしまったのではないかと推測していた。

「…あの2人がそう簡単にくたばるとは思えねえけどな。」エスタがボソリと言った。

そんな会話を交わしながら、一行は一旦身を隠すために洞窟へと向かって歩いていた。

しかし、一般兵士たちの多くはその場から一歩も動こうとせず、各々不満を露わにした表情で立ち尽くしていた。

不審に思ったロゼは、彼らに目を向けて「おい、お前らどうしたんだよ?」と声をかけた。

すると、兵士たちが次々と啖呵を切るように不満を漏らし始めた。

「ロゼ国王…本気で奴らに勝てると思っているんですか?」

「申し訳ないですが…今日限りで除隊させて頂きます。」

兵士たちは続々と武器を捨て始めた。

地面には、捨てられた刀剣類や銃器類、火薬類や盾等が散乱していた。

もう、戦意が残っている戦士など殆どいなかったのだ。

「貴様らあ…ふざけるな!除隊だと!?こんな時こそ一丸となって戦うべきじゃないのか!?武器を拾え!」

「そうだ!お前らの戦士としての誇りはその程度のものなのか!?お前らそれでもバレラルクの戦士か!?」

少数派の戦意のある戦士達が、武器を捨てた戦士達を痛烈に批判し始めた。

すると、多数派の武器を捨てた兵士達がここぞとばかりに反論をした。

「誇りがどうした?バレラルク王国が何だって?そんなもんより俺は自分の命の方が大事だ!」

「俺たちは勝てねえ戦に挑むほど馬鹿じゃねえんだよ。負け戦と分かってて戦って死ぬなんてまっぴらだぜ。」

「あーあ、なんかもう…魔族の仲間になるのもアリな気がしてきたな。殺されるよりそっちの方が幾らかマシじゃね?」

窮地に追い詰められた時に人間の本性が表れるとは、まさにこのことだった。  

武器を捨てた兵士たちは、心の奥底に眠っていた本心を洗いざらい口に出し始めた。

まるで、臆病風に吹かれている自分たちを正当化するかの様な立居振る舞いで、完全に開き直っていた。

「おい…よさねえかお前ら。」
ロゼは小さな声でボソリとそう言い、揉め事をおさめようと試みた。

しかし彼らの熱はヒートアップする一方で、いよいよ取っ組み合いの喧嘩をする者達が現れ始めた。

辺りは一気に騒がしくなってしまった。

ラーミアは、そんな様子を悲しそうに見つめていた。

「はあ…馬鹿じゃないのこいつら。」
ラベスタは深いため息をつき、心底呆れ返っていた。

「ヘタレどもが…騒いでんじゃねえよ!こんな時に連中に見つかっちまったら一網打尽にされちまうぞ!?」
エラルドは苛立ちを募らせ、怒声をあげた。
ちなみにこの場では、エラルドの声が一番大きかった。

そして、ついにロゼの怒りが爆発した。

「やめろっつってんだよてめえら!言うこと聞きやがれコラ!!」

柄にもなく感情的になったロゼにビックリした兵士達は、萎縮したままぴたりと動きを止めた。

ロゼは深く深呼吸をし、心を整えて冷静な口調で喋り出した。

「俺は去る者は追わねえ主義だ…戦意の無い奴等は去れ。お前らはもう…充分良く戦ってくれた。本当に感謝してるぜ?だから…別に咎めはしねえよ。」

ロゼがそう言い終えると、兵士たちは俯きながら、まるで時が止まった様にシーンとし始めた。

そして1人の兵士がその場を立ち去る素振りを見せると、それにつられる様に他の兵士たちもその場を後にする様にゆっくりと歩き始めた。

立ち去る兵士は後を絶たなかった。

立ち去っていく者達は、総じて心苦しそうな表情を浮かべていた。

中には、涙を流す者も少なくなかった。

1人、また1人と兵士達が去っていく度に、ロゼはズキズキと心を痛め、悲しい気持ちになっていた。

ラーミア、ジェシカ、モエーネの3人は、立ち去る兵士たちの後ろ姿を切ない表情を浮かべながら、見えなくなるまで見つめていた。

最終的に残った兵士は、たったの27名だった。

「ククク…どいつもこいつも情けねえな。世界一の軍事大国が聞いて呆れるぜ。」
アズバールが立ち去って行った兵士達を侮辱する様にそう言うと、ノヴァが怒った顔つきで「おい、おちょくってんじゃねえよ。つまられね茶々入れんな。」と言った。

その27名の中には、何故か非戦闘員であるダルマインも紛れていた。

兵士達が突然極端に少なくなったことで、ようやくダルマインの存在に気が付いたロゼ達だったが、ツッコミを入れる気力すらも削がれてしまっていた。

「まあ…これだけ残りゃ上等だよな。ありがとうよ、お前ら。」
ロゼは残った兵士達に、悲しげな顔で笑いかけた。

「ロゼ国王…俺たちはこの命尽きるまで戦い続ける所存です。」

「戦いましょう…命の限り。そして王都を奪還しましょう。」

志高き兵士達の優しい言葉に、ロゼは少しだけ励まされた。


エンディ、カイン、イヴァンカ、モスキーノ、マルジェラ。

天生士の主力級戦力と呼ぶべきこの5名は、現在安否不明。
死亡している可能性も高い。

そんな中、魔族の対抗勢力はたったの40人弱。

あまりにも無謀な勝負だった。

















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