輪廻の風 3-16



魔族達の襲撃から10日が経過した。

破壊された王都の復興作業は未だ開始されておらず、王都在住の民衆達は地方へと集団避難をしていた。

軍隊や兵団を除隊して避難する者達も後を絶たなかった。

王都に残った数少ない志高き戦士達は、各々次の襲撃に備え、連日の様に血の滲む鍛錬をしていた。


「1071…1072…1073…!」
この10日間、ノヴァは1人で山に篭ってはひたすら厳しい鍛錬を重ねていた。

この日は、全身を汗でびしょびしょに濡らしながら、片手で腕立て伏せをしていた。

一方エラルドとラベスタも、ノヴァと同様、山籠りをしていた。

全身を鋼鉄に硬化したエラルドに、ラベスタは何度も斬りかかった。

ラベスタの斬撃を、エラルドは前腕で防いでいた。

エラルドが蹴り技を繰り出す等の反撃をすると、ラベスタはそれらを辛うじて避けていた。

ガキンガキン、と激しい太刀音が森中に響いていた。

「ラベスタ〜、やっぱお前強えなあ!流石、バスクに勝っただけのことはあるぜ!」

「お前こそね、エラルド。」

2年前は敵同士でお互いに歪み合っていた2人が、今では共に研鑽を積む良き仲間へとなっていた。


そしてエンディとカイン。
両名もまた、共に鍛錬を重ねていた。

2人は王都の端っこの、人里離れた荒野にいた。

それは、あまりにも強大すぎる力を持つ2人が、人目につく場所での修行は付近の人間を死なせてしまう危険性があると判断したからだ。

「うおおおっ!!」
「おいおい、そんなもんかよ!もっと全力でかかって来いよ!」

エンディとカインの修行は凄まじかった。

万物を消滅させる恐るべき爆炎。

万物を破壊する恐るべき爆風。

豪風と業火の衝突は、まさに天変地異そのものだった。

エンディがいくら爆炎を掻き消しても、カインは絶え間なく炎を放出した。

また、その絶え間ない爆炎もエンディによって放たれる無尽蔵の爆風で悉く掻き消す。

ひたすらこの繰り返しだった。


「はーい、そこまで!」
「2人とも、お疲れ様!」

エンディとカインの修行の場に、突如ラーミアとアマレットが乱入してきた。

あまりにも唐突に現れたため、エンディとカインはビックリしてあたふたしてしまった。

「おいおい、急に来んなよ!」
「そうだよ、危ねえだろ!?」

エンディとカインが2人に対して言った。

アマレットは、愛娘のルミノアを腕に抱いていた。

「大丈夫だよ、アマレットがちゃんと防御の結界を張ってくれてるから!」
「そうそう。2人とも、張り切るのはいいけど、少しは休憩しなさいよ?」

アマレットは、自身とラーミアの立ち位置の半径15メートルの範囲内に防御の結界を張っていた。

しかし、その結界は強固とはいえど、絶対防御と呼べるほどの代物ではなかった。

決して脆くはないが、エンディとカインの強大な力の前では容易く破壊されてしまう。

風と炎の強大な力の奔流の衝突を前にものともせず、しれっと現れたラーミアとアマレットを見たエンディとカインは、肝っ玉の座った女だなあとつくづく思った。

さすがはカインの娘だと言うべきだろうか、ルミノアはこんな状況下でもスヤスヤと健やかに眠っていた。

「まあ、休息も大事ってのは分かるけど…体動かしてないと落ち着かないんだよなあ。」
エンディが言った。


「ほら、ご飯いっぱい作ってきたから、みんなで食べよ!」ラーミアがニコリと笑いながら言った。

ラーミアとアマレットは大量のサンドイッチを作り、それらは大きなボートバスケットの中に敷き詰められていた。

エンディとカインはアマレットが地面に敷いたビニールシートに腰掛けた。

「悪いな2人とも。実はちょうど腹減ってたんだ。」サンドイッチを見た瞬間、カインはお腹をグーと鳴らしてしまい、少し恥ずかしそうにしていた。

「ルミノアちゃん!可愛いなあ!」
エンディが満面の笑みでルミノアの顔を覗き込み大声でそう言うと、ルミノアはびっくりして起きてしまい、ワンワンと大声で泣き始めた。

「おいエンディ!てめえ俺の娘を泣かせるたあ良い度胸してんじゃねえか!」
カインは冗談交じりに言った。

「お〜よしよし。」
「ルミノアちゃ〜ん、泣かないで〜!」
アマレットとラーミアが優しくあやすと、ルミノアはパァーッと表情が明るくなり、キャッキャと笑い始めた。

エンディは、ルミノアが全然自分に懐いてくれない事をとても悲しく思っていた。


5人は和気藹々と食事を共にした。

サンドイッチを食べ終わると、エンディとカインは眠くなり、ウトウトとし始めた。

再び眠りについたルミノアを、アマレットとラーミアは優しい眼差しで見つめていた。

「なんかさ…こんなこと言うの不謹慎かもしれないけど、穏やかだね。」
ラーミアのこの言葉に、一同共感していた。


つい10日前に魔族の襲撃を受けて王都が崩壊寸前にまで追いやられたとは思えないほど、静かで平和だったのだ。

「穏やかで平和…でもそれって錯覚だよな。現実には世界の安寧を脅かす恐怖が到来している…。今俺たちがこうして仲間や家族と楽しくメシ食ってる当たり前の様に思える日常って、実は奇跡なんだよな。俺たちの命なんて、本当は明日をも知れないんだ…。」
エンディはいつになく真剣な表情で、真面目な事を言った。

ラーミアもアマレットは、一気に現実を思い知らされた様な曇った表情になった。

「今ある幸せを噛み締めて生きるのも大事だけどよ…一番大事なのは現状に甘んじず、今ある幸せを守り抜こうとする強い意志とブレない心だよな。」
カインもエンディに続き、真面目な顔つきで現実的なことを言った。


ラーミアは、ポケーっとしながら考え事をしていた。
次に魔族が侵攻してきた時に、自身が命を投げ捨てて魔族達を封印すれば万事上手くいく。

自分1人が犠牲になれば、みんなの命も平和も守ることができる。
そんな事を考えていた。

皆の為なら犠牲も厭わない。
そんな事を本気で思っていた。

現に、10日前に冥花軍と対峙した際、彼等が自分を見て怖気付いている隙に封印の呪文を放てば良かったとさえ思い、それをしなかった自分自身に罪悪感すら感じていた。

エンディが危惧していた、ラーミアの持つ特有の自己犠牲の精神は、魔族の復活と出現により日に日に強くなっていき、いよいよ本領を発揮してきていた。

エンディは、塞ぎ込んでいるラーミアの表情を見て、ラーミアが今何を思っているのかを察した。

不思議なことに、エンディにはラーミアの思考が手にとるようにお見通しだったのだ。

「ラーミア、余計な事を考えるなよ。」

「…えっ?」

エンディにそう言われ、ラーミアはドキッとした。

「魔族どもは1人残らず、俺が全員ぶっ飛ばす。だからラーミアは、俺たちの傷を治すことだけを考えてくれ。安心しろよ…俺は何があっても、絶対にラーミアを護るから。約束する。」
エンディは優しい笑顔でそう言った。

エンディの優しさに心が洗われたラーミアは、思わず涙が溢れ出しそうになるのをグッと堪えた。

「ありがとう…エンディ。」
ラーミアは声を震わせながら言った。

優しい風が吹いた。

暖かくて穏やかで心地の良い風だった。


しかしその風は、急に冷たくなった。

身も心も凍てつくような、不気味な風が吹いた。

スヤスヤ眠っていたルミノアがパチっと目を覚まし、途端にギャンギャンと泣き始めた。

まるで、何かに怯えている様だった。

「なんだ…急に寒くなったぞ…?」

エンディ達は、すぐに異変を察知した。

「この感じ…まさか奴らが!?」
カインは魔族達が再び侵攻してきたのだと確信し、取り乱していた。

エンディは、血相を変えて王宮へと向かって走り出した。

王宮のある方角に、ただならぬ気配を感じたからだ。

エンディのその予感は、見事に的中していた。

王宮の庭園の地面に、突如として真っ黒い渦が発生したのだ。

その渦は、初めは直径約10メートルほどのものだったが、ものすごい勢いで拡大していき、今は直径100メートルを超えていた。

王都中心街の大地に発生した巨大な黒渦。

その内部には一切の光明が差し込まれておらず、外界から完全に隔絶された空間が広がっていた。

総勢8体の冥花軍と、その背後には500体を有に超えるであろう夥しい数の魔族の軍勢が潜んでいた。

「余はバレラルク王国が気に入った。よってこれより、この地を我らの世界の中心地へと定める。子供達よ…いざ行かん、濁世の血の海へ…!」

不気味な声色が、広大な闇の空間へと響き渡った。

声が聞こえた方向には、巨大な悍ましいシルエットが浮かんでいた。

そしてその場所は、無明の空間の中でも、一際闇の濃度が高かった。













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