輪廻の風 3-36



エンディに殴り飛ばされたヴェルヴァルト大王は、暫く仰向けのままあっけらかんとしていた。

そしてムクリと起き上がり、現在自身の肉体に生じている感覚の正体が何なのかを熟考していた。

「すげえ…なんだ今の力は!?」
カインは、エンディが身に纏っている金色の風に見惚れていた。

「なるほど、更なる力を手にしたというわけか。やれやれ…つくづく許し難い男だね。」
イヴァンカはエンディを睨みつけながら言った。

そしてヴェルヴァルト大王は、ようやく自身が今感じている感覚の正体に気が付き、合点がいき嬉しそうな表情を浮かべていた。

「なるほど…これが…痛みというやつか!」

そう、ヴェルヴァルト大王はこの時、生まれて初めて"痛み"を感じたのだった。

「チッ、バケモンが。」
エンディの恐るべき一撃をその身に受けてもピンピンしてヴェルヴァルト大王から、ノヴァは底の見えない恐ろしさを感じていた。


「良いものだな、痛みというのは。肉体に危険信号を伝達している様な感覚だ。これもまた一興。」

ヴェルヴァルト大王が楽しそうにそう言うと、エンディは全身に金色の風を纏い、臨戦態勢へと入った。

「うおーーーっ!!」
エンディは大きな掛け声と共に、ヴェルヴァルト大王に向かって一直線に突進した。

そして、先ほどよりも大きな金色の風を右手の拳に纏い、ヴェルヴァルト大王の顔面目掛けて殴りかかった。

金色の風を全身に纏い、闇の力を持つ悪しき巨大生物に立ち向かうその姿は、まさに勇敢なる英雄そのものだった。

まるで、希望の光が人の形を成し、巨悪を討つべく立ち向かっている様だった。

しかし、エンディは過信してしまっていた。

自身の攻撃がヴェルヴァルト大王に効くと確信したエンディは、慢心してしまっていたのだ。

ヴェルヴァルト大王は、そんな甘い相手ではなかった。

そんな相手を前に一直線に突っ込むなど、軽率な行動であり、自殺行為に等しかったのだ。

ヴェルヴァルト大王が軽く拳を一振りすると、その風圧だけでエンディは吹き飛ばされてしまいそうになった。

ヴェルヴァルト大王の巨大な握り拳が全身に直撃し、エンディはそのまま吹き飛ばされてしまった。

エンディは、全身の骨がミシミシと悲鳴を上げているのを肌で感じた。

エンディは攻撃を受ける直前、咄嗟に防御を試みていた。

この行動が功を奏し、エンディは全身の骨と内臓が軒並みボロボロにならずに済み、最悪の事態をギリギリで回避した。


「クッソォ…痛え…!!」

吹き飛ばされたエンディはすぐに起き上がり、再びヴェルヴァルト大王に挑みかかろうとした。

すると、ヴェルヴァルト大王の前にノヴァとエラルド、そしてロゼが立ちはだかった。

「すっこんでろエンディ!元々こいつは俺らだけでぶっ殺す予定だったんだ!てめえの出る幕はねえよ!」
エラルドは興奮冷めやらぬ様子で言った。

「国王、援護はよろしく頼みますよ!よし…やるぞエラルド!」
ノヴァが合図をするようにそう言うと、ロゼとエラルドは静かにコクリと頷いた。

するとノヴァとエラルドは、全身から燃え上がるような凄まじい闘気をメラメラと放ち始めた。

「隔世憑依 憤怒の聖獣(コレルレオパル)」

「隔世憑依 金剛蒼王(キングオブダイヤモンドマン)」

ノヴァとエラルドは、ユドラ帝国での決戦を終えてから今日までの2年間で、密かに隔世憑依を会得していたのだ。

そしてそれを、今日初めて戦闘で使用した。

ノヴァとエラルドは、体長が急激に10メートルほどまでグンと伸びた。

通常、ノヴァは能力を使用した際、黒豹のような姿へと変貌するのだが、隔世憑依の使用時に限っては真っ白な体毛を生やした二足歩行の豹の姿へと変貌していた。

口元には鋭い牙を、両手には長く鋭利な鉤爪を生やし、眉間には刻み込まれたようなシワができていた。

その姿は聖獣とは名ばかりの、気性が荒く獰猛な獣そのものだった。

一方エラルドは、全身が青光りしており、全身の皮膚がダイヤモンドに覆われているようだった。

その見た目は、人型のゴツゴツとした巨大な宝石の様だった。

「すげえ!!お前ら隔世憑依できるようになってたのか!かっけえぇーー!!」
エンディは、2人の神秘的な姿にすっかり魅了され、瞳をキラキラと輝かせていた。

「キ…キングオブダイヤモンドマン〜!?ダッサ!!ダサすぎるよエラルド!!」
モスキーノは、エラルドの美しい見た目とは裏腹の名前のセンスのなさにガクッとし、思わず本心を口に出してしまった。

「ぷっ…キングオブダイヤモンドマンだってよ…あはははっ!」
エンディは緊張感がほぐれ、つい吹き出してしまった。

カインも釣られて笑いそうになり、必死に堪えていた。

「黙れてめえら!隔世憑依した俺の異次元の強さを見せてやる!!」
エラルドは自慢の隔世憑依を馬鹿にされたことに、かなり腹を立てていた。

「ほう!これはまた素晴らしい余興だ!さあ…もっともっと余を楽しませてくれ!くるしゅうないぞ!」
ヴェルヴァルト大王は楽しそうに笑っていた。


「くたばれヴェルヴァルト!!」
「てめえの喉笛引き裂いてやる!」

エラルドとノヴァは、同時にヴェルヴァルト大王に向かって突進していった。

ノヴァのスピードは、この大きな体には不釣り合いな程の恐るべき速度だった。

その速度を駆使し、ヴェルヴァルト大王の周囲を高速移動していた。

傍目から見れば、ノヴァの姿は突然消えてしまった様に見えるだろう。
それほどまでに、ノヴァのスピードは驚異的だった。

しかしヴェルヴァルト大王は、全く恐れをなしておらず、不遜な面持ちで微動だにしていなかった。

ノヴァは突然距離を詰め、その鋭利な鉤爪でヴェルヴァルト大王の首を突いた。

ノヴァは首を引き裂くつもりで突いた筈なのに、その鉤爪はヴェルヴァルト大王に傷の一つもつけることができなかった。

しかし、鉤爪で突かれた首は僅かだがへこみ、ヴェルヴァルト大王は一瞬だが少しだけ苦しそうにしていた。

「ぐっ…中々やるな。素晴らしい!」

ヴェルヴァルト大王は、またもや楽しそうに笑った。

「嘘だろ…せめて、少しでもいいから出血ぐらいしてほしかったぜ。」
ノヴァは気落ちしてしまった。
自身の攻撃がヴェルヴァルト大王に効かなかったことが、余程ショックだった様だ。

次に、エラルドの猛攻が始まった。

「オラァ!どこ見てんだよ大王さんよぉ!」

エラルドはヴェルヴァルト大王の背後に回り込むや否や、片手でヴェルヴァルト大王の頭部を鷲掴みにして地面に叩きつけた。

それは凄まじい衝撃波を生み、大きな破壊音と共に地面には巨大な亀裂が生じた。

「てめえの皮膚の硬さは織り込み済みだ!だがな…いくら皮膚が硬くてもよ、世界最高硬度のダイヤモンドの拳で殴られりゃあ!ちったあ痛えだろぉ!?」

隔世憑依の形態に入ってから興奮状態が続いていたエラルドはヴェルヴァルト大王にのしかかり、こてんぱんに殴打した。

その一撃一撃はとてつもなく重く、衝撃の余波がまるで地鳴りの様に魔界城内部へと流れていった。

しかし、ヴェルヴァルト大王は涼しい顔をしており、攻撃が全く効いていなかった。

ヴェルヴァルト大王と視線があったエラルドは危険を察知し、即座に後ろへと退がった。

ヴェルヴァルト大王はゆっくりと起き上がると、「ほう…これが"痒み"という感覚か!また新たな発見をしてしまったな!さあお前たち…もっともっと興じてくれ!」と言い放った。

ノヴァとエラルドはギリギリと歯軋りをし、この上なく悔しそうにしていた。

「やれやれ…とんだ肩透かしだな。退け、君達では話にならない。」

イヴァンカがノヴァとエラルドを袖にする様に言った。

そして両手で剣を握り、とてつもない殺気と闘気をヴェルヴァルト大王に向けて放ち始めた。

まるで、あたり一帯の空気がビリビリと悲鳴を上げているようだった。

「散れ、御大。目に物を見せてあげるよ。」

イヴァンカが冷淡な口調でそう言うと、ヴェルヴァルト大王は嬉しそうに笑いがら「来い!イヴァンカ!お前の力を見せてみろ!」と言った。

すると、イヴァンカの握る剣がバチバチッと激しい電気音の様な音を発し始めた。
まるで、凝縮された強大な雷が刀身全体を覆い尽くしている様だった。

イヴァンカは、隔世憑依形態のノヴァ顔負けの凄まじい速度でヴェルヴァルト大王の眼前まで瞬く間に詰め寄り、剣を両手で力一杯振り下ろした。

イヴァンカが剣を振り下ろすと同時に、斬撃と共に凄まじい稲妻がヴェルヴァルト大王の身体を打ち砕く様に襲いかかった。

ゴロゴロゴロッと巨大な雷鳴が最上階に轟いた。
あまりにも強烈な雷鳴に、エンディ達は思わず目を背けて驚嘆していた。

魔界城内部で死闘を繰り広げているバレラルク側の戦士達も魔族の戦闘員達も、その雷鳴の凄まじさに、一瞬時が止まってしまったかの様にピタリと動きを止めていた。

イヴァンカは不遜な笑みを浮かべながら、ヴェルヴァルト大王に視線を向けていた。

なんと驚くべきことに、ヴェルヴァルト大王の胸部に深さ5センチほどの斬り傷が生じていたのだ。

「あの野郎…ヴェルヴァルトを斬りやがった!」
「ねえ!見て見て!ヴェルヴァルトが血を流してるよー!!」
ノヴァとモスキーノは絶句していた。

「イヴァンカ…やっぱすげえな、あいつ!」
エンディは感心していた。

ヴェルヴァルト大王は傷口を触り、掌に付着した自身の鮮血をまじまじと眺めていた。

「驚いたな。一刀両断するつもりで斬ったのだが…まさか薄皮一枚程度しか斬れないとは。」
そう言い放ったイヴァンカだが、あまり驚いている様子はなく、むしろヴェルヴァルト大王に傷を負わせたことを喜ばしく思っていた。

「イヴァンカよ、つまらぬ謙遜はよせ。誇るが良い…余が血を出すなど、初めての経験だ。」

ヴェルヴァルト大王の顔からは、笑顔が消えていた。

いよいよ本気でエンディ達を殺しにかかりそうな、物々しい雰囲気を纏っていた。


すると、今度は槍を抜いたロゼがイヴァンカの前に立ちはだかった。

「さてと、作戦は滞りなく進んでるな。ノヴァ、エラルド、命懸けの足止めありがとな?あ、あとイヴァンカ、お前の登場は予想外だったが…助かったぜ?お陰で準備は整った。」ロゼが言った。
どうやら、隔世憑依形態のノヴァとエラルドがヴェルヴァルト大王を相手に猛攻を仕掛けたのは作戦の一環で、これからロゼの手で行われる"何か"の時間稼ぎだった様だ。

「ロゼ王子、私を利用した様な口の利き方はやめてくれないか?とても不愉快だ。それに、何故天生士でもない君如きがこの場にいる?足手まといにしかならないことは、君自身も自覚しているだろう?」
イヴァンカは不快感を露わにし、棘のある言い方をした。

「ははっ、まあそう言うなよ。それに、俺はもう国王だ。お前が社会不在の間に未来は進んでたんだぜ?まあ黙って見てろよ…ここからが…5日間練りに練った作戦の…本格始動だ!!」
ロゼは一矢報いる強い覚悟を決め、槍の鋒をヴェルヴァルト大王に向けた。






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