輪廻の風 3-44


魔界城最上階で激闘を繰り広げていたエンディとヴェルヴァルト大王は、一旦戦闘を中断して上空を見上げ、空を敷き詰めるように覆い尽くす3つの巨大隕石を眺めていた。

「はぁ!?なんだよ…あれ…!?」

「フハハハハッ!シュピールの奴め、中々面白い余興を見せてくれるではないか!」

エンディは突如出現した巨大隕石を見上げ、口をあんぐりとあけていた。

一方でヴェルヴァルト大王は、自身の部下であるシュピールの放った天変地異のような力を、どこか誇らしげに思いながら楽しそうにしていた。

エンディはヴェルヴァルト大王との死闘で全身を打撲しており、折れた肋骨が肺に刺さっていた。

そのため肩で息をしながら戦闘に臨んでいたのだ。

ヴェルヴァルト大王は、どれだけエンディの攻撃を受けて身体にダメージが蓄積されても、自慢の超速再生能力で瞬く間に傷を癒していた。


魔界城内部で戦闘中のバレラルク軍も魔族の戦闘員も、その過半数以上は隕石の落下に気がついていなかった。

 
「あぁ!?おいおいありゃあ隕石じゃねえかよぉ!?シュピールの野郎!頭イカれちまったのかぁ!?笑えねえぞコラ!」
魔界城内部に潜伏中のジェイドは、外の異変にいち早く気がつき、自身がいるフロアの窓を叩き割って上空を見上げながら怒号を発していた。


一方で、イヴァンカも上空の異変に気がついていた。

「なるほど…隕石か。今しがた、ヴェルヴァルトを斬首刑に処すイメージが沸いていたところだ。試し斬りにはちょうど良さそうだね。」

イヴァンカは剣を抜き、狂気じみた笑みを浮かべながら天を仰いでいた。



「あっはっはっはっはー!何もかもぶっ壊れちゃえ!どいつもこいつも死んじゃえーー!!」

依然として錯乱状態に陥っているシュピールは、虚な目をしながら空に向かって吠えていた。

「わぁーー!!どうしよう!!どうしよう!!やばいよやばいよ〜〜!!隕石が落ちてくるよおーー!!」

モスキーノは両手で頭を抱えながら、城内を大慌てで走り回っていた。

「あははははっ!みっともないねモスキーノ!もっと叫べよ!喚け!泣け!慄け!絶望しろ!壊れろ!あはははははっ!!」
バタバタと走り回るモスキーノを見て大笑いするシュピールは、完全に正気を失っていた。

モスキーノは再び、自身が破壊した壁に向かって走り、落下してくる隕石を見つめながら、まるで子犬のようにブルブルと震えていた。

「あっはっはっはっ!だっせぇ〜〜!震えてやんの!!チキン野郎が!ねえねえ、怖いの!?それともあれか?武者震い!?」

シュピールは大きな声でモスキーノに問いかけた。

するとモスキーノは空を見上げたまま、声を微かに震わせながら「ううん…どっちも違うよ。なんか…"寒い"なあと思ってさ。」と意味深な事を言った。

「は?寒い?どこが?ビビりまくって怖気が止まらないってか!?」
シュピールが煽り口調で言った。

3つの巨大隕石が大気圏を突入した段階で、その前面の大気は数万度以上に加熱されていた。

そのため魔界城内部は、まるで蒸し風呂やサウナの様な猛暑に襲われていた。

場内の戦闘員たちは、あまりの熱に耐えきれず、とてもじゃないが戦闘どころではなかった。

全身から滝のような汗を流しへたり込む者、また気を失う者が後を絶たず、人々も魔族たちも次々にバタバタと倒れていった。

そんな状況下で、モスキーノは"寒い"と言ったのだ。

シュピールは、理解に苦しんでいた。

そうこうしている間に、隕石は着々と魔界城へと落下していき、いよいよ地上へと着弾するところまで来ていた。

「あははははっ!一緒に地獄へ行こう!一緒に堕ちるところまでとことん堕ちようよ!」

いよいよ隕石が落下するというところで、シュピールは自身の死を覚悟し、みんなで揃って心中できる事を喜ばしく思っていた。

しかし、そんなシュピールの念願は叶わなかった。

モスキーノは破壊した壁から外に向かって飛んだ。

いや、外に向かってというよりも、落下してくる3つの巨大隕石に飛び込むようにして飛んだ、といった方が適切な表現かもしれない。

「はっ!トチ狂ったか!勝負だけじゃなくて身までも投げるなんて…それでも天生士か!?それでも将帥か!?なんとか言えよモスキーノ!」

モスキーノの耳には、そんなシュピールの言葉など一切届いていなかった。

ただ真っ直ぐに、隕石を見上げていた。

「隕石かあ…こんなの落っこちたら大惨事だぁ…。とんでもない災害だね。だったら…それを上回る大災害で食い止めてあげるとするか。」
モスキーノは氷のように冷たい表情でニコリと笑いながら、ボソリと呟いた。

「隔世憑依 天国の冷気(シエルキュルマ)」

モスキーノがそう唱えると、辺り一帯の空気がパキパキッと音を鳴らしながら凍結した。

それは、地球上の自然環境下、或いは人類の進歩した技術力や科学力を駆使しても、到底発現出来ないほどの恐るべき冷気だった。

モスキーノの全身は、まるで雪のように純白な姿へと変貌していた。

その姿は、まるで悪しき者を抹殺すべく天から舞い降りてきた神の使者と見紛うほどに神秘的だった。


その姿を見たシュピールは、視線だけでなく心までも奪われてしまいそうになっている自分自身に気がついてしまい、一瞬でも敵に見惚れてしまった自分自身を恥じた。

モスキーノは上空に向かって、フゥーッと軽く吐息を吹きかけた。

モスキーノの吐息は、まるで真っ白な光を帯びているようだった。

そしてその吐息から発せられた白い蒸気は、軽く吹きかけたとは思えないほどに太い円柱のような形を成し、レーザービームのような勢いで上空の巨大隕石に向かって昇っていった。

3つの巨大隕石は瞬く間に凍結し、巨大な氷塊と化した。

そして3つの氷塊は地上へと落下する事もなく、音も立てずに跡形もなく消滅した。

大地を広範囲に渡って荒野へと変貌させてしまう恐れのあった隕石はモスキーノの放った冷気により、最早微粒子すら残らない程に消滅してしまったのだ。

シュピールは真っ青な顔で上空を見上げ、ガタガタと震えていた。怖気が止まらなかったのだ。

「どうした僕ちゃん?まさか怖いとか?この…万物を無に帰す無敵の冷気が!」
モスキーノは、この上なく意地悪な口調で尋ねた。

その言葉で我に返ったシュピールは憤慨し、癇癪を起こした。

「調子に乗るなよ!たかだか人間如きが!何が万物を無に帰す無敵の冷気だよ!笑わせてくれるじゃん!だったらさあ…太陽を凍らせてみろよ!!」

シュピールはそう言い放つと、血走った目でモスキーノを睨みつけながら「太陽と戯れたいなぁ!!」と大声で叫んだ。

流石のモスキーノもシュピールのこの発言に、文字通り顔が凍ってしまった。

「あははははっ!流石の君も太陽を凍結させる事なんて出来ない!出来っこない!不可能だ!さあ太陽…こい!太陽を地球に衝突させて…お前ら全員!!惑星諸共消し去ってやる!あははははっ!」

シュピールの錯乱状態は止まる事を知らなかった。

しかし、ケラケラと高笑いをしていたシュピールだが、すぐに自身の身体の異変に気がついた。

そして、気がついた頃には、もう既に遅かった。

シュピールは、自身の肉体の感覚が何かに奪われてゆく事を本能で感じ取った。

その何かとは、紛れもなく冷気だった。

シュピールの肉体は凍結し、全身からは煮えたぎる熱湯から放たれる沸々とした湯気のようなものが絶え間なく溢れて止まらなかった。

「ははっ、太陽って…勘弁してよ。でも、その判断が少し遅かったね。」

モスキーノはニッコリと笑いながら言った。
それは、勝利を確信した笑みだった。

意外にもシュピールは、自身の死を悟ると喚きもせず、暴れもせず、冷静な表情で立ち尽くしていた。

その面持ちからは、全てを諦めた潔さを感じた。

「あははっ…遊んでくれてありがとうね、モスキーノ。どうやら僕の遊び心の負けのようだ。いや…心中の道を選んだ時点で、僕も僕の遊び心も既に…君に負けてたんだね。そんな冷気、とてもじゃないが僕の手に負えないよ…。」

シュピールはどこか悲しげな目で言った。
シュピールの最期の姿はモスキーノの目に、心なしか寂しそうにも映った。

そして間もなく、シュピールの肉体は影も形もなく完全にこの世から消滅した。

「天晴れ!」
モスキーノは、人智を遥かに超越したシュピールの強さに敬意を表し、笑顔で一回だけ手を叩いた。

魔界城城外での戦い、勝者モスキーノ。




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