輪廻の風 3-39



「アベル君!!」
ラーミアは悲痛な声色で叫んだ。

しかしアベルは、血を流したままうつ伏せになり、うんともすんとも言わなかった。

「あなた…一体何をしたの?なんの能力なの…?」
アマレットは血の気の引いた顔でルキフェル閣下に尋ねた。

しかし、ルキフェル閣下がその質問には応えるはずもなく、事態は悪化する一方だった。


突然結界が破壊されたことにより、バレラルク側は動揺を隠し切れず、士気もみるみる下がっていった。

その一方で魔族側は、冥花軍が結界から解放されたことにより勝機が見え、希望に満ち溢れた表情をしていた。


ラーミアは頭が混乱して正常な判断能力が損なわれ頭が真っ白になってしまい、両手で口を抑えたまま呆然と立ち尽くしていた。

そうこうしているうちに、ラーミアとアマレットに向かって魔族の大群が押し寄せてきた。

「この女どもをぶっ殺せぇー!!」
「オラァ!死ねやコラァ!」

魔族の大群は怒号を発しながら2人を殺しにかかった。

それを阻止したのが、バレンティノだった。

バレンティノが両手で力一杯剣を振ると、カマイタチの様な凄まじい斬撃を繰り出し、魔族の大群を一網打尽にした。

「呆けている場合じゃない!今すぐ逃げて!君達2人は何がなんでも死なせない!」

バレンティノは、いつになく取り乱していた。

いつも冷静なバレンティノが珍しく声を荒げた為か、ラーミアとアマレットは少しだけ正気を取り戻した。

「フフフ…早くアベルを連れて逃げなよ。ここは俺が食い止めるからさあ…!」
バレンティノの口調がいつもの冷静さを取り戻したところで、ラーミアとアマレットはようやく動き出した。

ラーミアはアベルを背に抱え、アマレットは両手でルミノアを抱き抱え、逃走を図った。

「ヒャハハッ!おいおい!逃すわけねえだろぉ!?」

ジェイドはこの上なく凶暴な表情を浮かべながら高笑いをし、ここぞとばかりに2人を追った。

すると、バレラルクの勇敢な12人の兵士達が、武器を手にジェイドの前に立ちはだかった。

それは、命を投げ捨てる覚悟を決めての末の行動だった。

「ちょっと…何してるの!?」
ラーミアは勢いよく後ろを振り向き、戦士達に問いかけた。

「行け…ラーミア、アマレット!こいつは…俺たちが食い止める!」戦士の1人が、ラーミアとアマレットに背中を向けながら言った。

ラーミアとアマレットは、危険を顧みず命を賭して自分達を護ろうとするその12人の屈強な戦士達の誇り高き大きな背中を瞼に焼き付けていた。

「ああ!?おいおい冗談やめろよ!てめえらみてえな雑魚どもが何匹群がったところでよぉ!この俺を止められるわけねえだろぉ!?天地がひっくり返っても無理だぜぇ!?」ジェイドは、自身の目の前に立ち塞がる12人の戦士達を心の底から侮辱していた。

「ダメ!やめて!」
ラーミアは目に涙を浮かべながら戦士達に逃げるよう促そうとした。

そんなラーミアの行動を止めたのが、アマレットだった。

アマレットは左腕でルミノアを抱き、右手でラーミアの腕を強引に掴んで前へ前へと走り始めた。

「離してアマレット!みんなが死んじゃうよ!」
ラーミアは泣き叫んでいた。

泣きたいのは、アマレットも同じだった。
しかしアマレットは、心を鬼にしてラーミアと共にその場から離れる決断をしたのだ。

「ダメよ、ラーミア…。ここで私たちまで死んだら、あの人たちの覚悟を踏み躙ることになるわ…?あの人達が繋げてくれたこの命…私たちは何がなんでも生き延びなくちゃいけないの!」
アマレットは涙ぐんだ声で言った。

ラーミアはアマレットの言い分を聞き入れ、そのままその場を走り去った。
それは、苦渋の決断だった。

「よく頑張ったな!お前ら!」
「お嬢ちゃん達、後はおじさん達に任せろ!」
「必ずこの戦いに勝って、幸せになれよ!いいな?」

戦士達はラーミアとアマレットに親指を立てた後、一斉にジェイドに襲いかかった。

ラーミアとアマレットは振り返らず、声にならない叫びを心に留めたままひたすら走った。

戦士達が前へと進み始めてすぐに、ジェイドの両眼が一瞬だけピカッと黒光りした。

12人の誇り高き戦士達は黒炎に包まれ、骨まで焼かれて呆気なく死んでしまった。

「ヒャハハハハッ!バーカバーカ!」
ジェイドは戦士達の死をひたすら嘲笑っていた。

しかし、戦士達が命懸けで数秒間足止めしてくれたお陰で、2人はジェイドの魔の手から逃れる事に成功した。

アマレットの瞬間移動の魔術で、2人は魔界城2階の、激戦地帯から少し離れた人気のない場所に身を潜めることができた。

戦士達の死に心を痛めていたラーミアは、しゃくりあげながらアベルの治療に専念していた。

アマレットは泣きじゃくるルミノアをあやしながら、周囲をキョロキョロと見渡しながら、近くに敵がいないか警戒していた。

一体、この先どうなってしまうのか。
予測不能の未来を案じながら、2人は今自分達に出来ることは何なのか、黙々と考えていた。

一方その頃最上階には、数十体の魔族達が怒号を発しながら雪崩れ込んできていた。

「大王様〜!加勢に来ましたぜー!」
「オラァてめえらぁ!覚悟しやがれぇ!」

魔族達は、エンディ達に向かって攻撃を仕掛けようとしていた。

「え!?どうなってんだ!?こいつら結界に閉じ込められてたんじゃないのか!?」
エンディは予測不能の事態に困惑していた。

「まさか…結界が壊されたのか!?」
「馬鹿な…あり得ねえ!あの結界は1時間は保つって聞いたぞ!?」
カインとノヴァも取り乱していた。

そしてその気持ちは、エラルドとロゼも同じだった。

彼等とは対照的に、モスキーノはわざとらしくワーワーと大騒ぎしており、イヴァンカは冷静沈着な面持ちで静観していた。

「結界が破壊されたか…そう考えるのが妥当だろう。」

イヴァンカがそう言い終えると、加勢に来た数十体の魔族達の肉体はドカーンと強烈な爆発音と共に、肉片一つ残らないほど木っ端微塵に弾け飛んだ。

起爆させたのはヴェルヴァルト大王だった。

「誰が加勢に来いなどと頼んだ?余の戦いの邪魔をするなど、万死に値するぞ!」

ヴェルヴァルト大王は、大層ご立腹の様子だ。

「しかし…貴様らとの戦いにもほとほと飽きてしまったのも事実。そろそろ潮時だな…。」
ヴェルヴァルト大王はそう言い終えると、パカッと大口を開いた。

すると、ヴェルヴァルト大王の口内に闇の力がみるみるうちに溜まっていき、凄まじい力が凝縮された闇の球体が完成してしまった。

空も大地も大気もビリビリと激しい地鳴りを起こし、あたり一帯の全ての物質と空気が激しく揺り動かされている様だった。

「おい!これはやべぇぞ!!」
「うわぁぁぁ!!デカイのくるよー!!」
エラルドとモスキーノは気が動転してしまっていた。

しかしモスキーノの口ぶりは、やはりどこかわざとらしかった。

「これはアウトだろっ!」
カインは、ヴェルヴァルト大王が今まさに放とうとしている闇の球体の威力の凄まじさを察し、それを相殺する為にすかさず豪火を放った。

そして、ついにヴェルヴァルト大王の大口から黒い破壊光線が放たれた。

「うおおおおおお!!!」
エンディは大声を張り上げ、向かってくる破壊光線目掛け、これでもかというほどの金色の風を放った。

黒い破壊光線と金色の風の衝突は、まるで大気にヒビでも入ったのかと錯覚してしまう程の威力だった。

驚くべきことに、エンディは一瞬ではあるが、黒い破壊光線を止めたのだ。

カインはここぞとばかりにエンディの助太刀に入り、豪炎を放った。

それでも破壊光線の威力は衰えることを知らず、むしろ増していく一方だった。

「こんな所で君達と野垂れ死ぬのは御免だ。」
イヴァンカは憎まれ口を叩きながら雷を放ち、エンディ達に加勢した。

しかし、それでも止まらなかった。

このままでは、力の衝突が生み出す衝撃波で魔界城そのものを破壊してしまう。
そう悟ったカインは、ある策を講じた。

「おい!このままじゃ全滅しちまう!ヴェルヴァルトの攻撃を相殺するのは不可能だ!だからこいつの攻撃をどこか遠方に受け流すぞ!」
カインが大声でそう言うと、エンディは「分かった!」と承諾した。
イヴァンカは不快感を露わにした表情で「私に命令するな。」と言った。

一直線に向かってくる黒い破壊光線に対し、エンディ達も一直線に攻撃を放って真っ向から相殺しようとしていた。

しかし、もはや相殺は不可能と断じた3人は、自分達の力を上へ上へと向け、黒い破壊光線を上空へ逸らしてしまおうと試みたのだ。

それは英断だった。

エンディ達は力を合わせて奮闘し、黒い破壊光線を別方向へと逸らすことに成功した。

上空へ逸らすことこそ出来なかったが、左斜め上の南東の方角へと逸らすことに成功した。

その方角には、標高5000メートルを有に超える巨大な山があった。
それはバレラルク王国で一番標高が高く、世界遺産にも認定されているギラトニル山だ。

その雄大な山は破壊光線が直撃してしまい、跡形もなく吹き飛ばされてしまった。

爆発と同時に、かつてギラトニル山の山頂部があった付近から、キノコ雲が発生し、モクモクと空高く昇っていった。

エンディとカイン、イヴァンカは満身創痍で今にも力尽きてしまいそうな程に疲弊していた。

「やべえだろ…異次元すぎるぜ…。」
「お前ら…よく止めたな…!」
エラルドとノヴァは絶句していた。

ロゼは口をポカーンとあけ、ギラトニル山が破壊されたことに大きな精神的ショックを受けていた。

「くるしゅうない。お前達、よく生き延びたな。大したものだ。」
ヴェルヴァルト大王は感心していた。

そして、ズシンズシンと大きな足音を立てながら、エンディ達に向かって歩き出した。

すると何を思ったのか、エンディが突然地面に向かって金色の風を放ち、最上階玉座の間の床の一部を破壊したのだ。

突然床に穴が空いたものだから、カインとイヴァンカ、ロゼ、エラルドとノヴァは有無を言わさず下の階へと落下してしまったのだ。

エンディの突然の奇行に、一同困惑を隠しきれなかった。

「エンディ!何しやがる!?」
「エンディてめえ!何トチ狂ってんだ!?」
カインとエラルドは、落下しながらエンディを怒鳴りつけた。

「お前らは下に加勢に行け!何があったかしらねえが…結界が破壊されたなら冥花軍の奴等も解き放たれた筈だ!ヴェルヴァルトは俺1人でぶっ倒す!だからお前ら、下は任せた!ぜっっったいに生きて帰れよーーー!!」
エンディは下を見下ろし、落下していく仲間達に檄を飛ばした。

「あの野郎…!」
ノヴァは、ヴェルヴァルト大王を相手にたった1人で戦う決意をしたエンディを敬服すると共に、強い不安に襲われていた。

「下は俺が片付ける!そしたらすぐに加勢に行くからよ…お前、それまで死ぬんじゃねえぞ!」
エンディの意を汲んだカインは、今度は逆に檄を飛ばした。


そしてエンディはくるっと後ろを振り向き、ヴェルヴァルト大王に視線を向けた。

「来いよヴェルヴァルト!例え刺し違えてでも…お前だけは絶対にぶっ飛ばす!!」
エンディは両手の拳を振り上げてファインディングポーズをとり、気合の入った勇ましい顔で言った。

エンディとヴェルヴァルト大王が対峙した。





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