輪廻の風 3-43




「ダメだぞ〜?子供がこんな場所ではしゃいでちゃ〜!メッ!」
「大体君は生意気なんだよ、目つきも立ち居振る舞いも!子供のくせに!」
「酢いも甘いも全部噛み分けた様な顔して…ほんと鼻につくんだよねえ〜君みたいなガキンチョはさ〜。」
「コラッ!お仕置きしちゃうぞ〜!」

モスキーノは、くどくどと嫌味ったらしくシュピールに文句を言い続けた。

シュピールは苛立ちを募らせ、一瞬我を忘れて激昂しそうになったが、それではモスキーノの思う壺だと自分に言い聞かせ、何とか平静さを保っていた。

「氷の天生士ベアナイト・モスキーノ…閣下が指定した5人の要警戒人物の1人…。でもその5人の中で非戦闘員のラーミアを除けば、君の実力は最弱だと聞いてるよ〜??」

シュピールが煽り口調でそう言っても、モスキーノは一切動じず、笑顔を絶やさなかった。

すると突如、モスキーノの周囲に無数の武器類が出現した。

機関銃と散弾銃、ロケットランチャーやグレネードランチャー、また刀剣類など、無数の武器がモスキーノを完全包囲していた。

「はいっ、おしまいっ!」
シュピールが笑顔でそう言うと、引き金のない銃器類が作動し、モスキーノに一斉射撃をした。
また無数の刀剣類も、鋒をモスキーノに向けながら放たれた。

銃器類も刀剣類も、まるで明確な殺意を持ってモスキーノに狙いを定めている様だった。

しかし、それらの攻撃はモスキーノには届かなかった。

モスキーノが周囲の空気を瞬間冷却させると、シュピールの能力によって出現した武器類はパキッと大きな音を立てて凍ってしまった。

凍ってしまった武器類はその機能を完全に停止させられ、モスキーノに放たれた銃弾も刀剣も全てモスキーノに届く前に凍らされてしまった。

「なんの能力か知らないけど、下らなっ!」
モスキーノは余裕の笑みを浮かべ、シュピールの攻撃を嘲笑っていた。


すると今度は、シュピールの周囲に無数の氷の刃が出現した。

これらは、モスキーノによって創り出されたものだ。

氷柱の様な形をした氷の刃はシュピールを完全包囲していた。

「ばいば〜い!」
モスキーノは、シュピールに向かって手を振りながら笑顔でそう言った。

すると、氷の刃が四方八方からシュピールに向かって襲い掛かった。

すると、シュピールの全身からとてつもない熱気が放たれた。

その熱気のせいで、モスキーノによって創出された無数の氷の刃の全ては、シュピールに届く前に一瞬で溶けて蒸気と化してしまった。

「熱気…?さっきは銃器類に爆弾に…。ねえねえガキンチョ…君、なんの能力なの?その首の黄色い花は何??」
モスキーノの顔からは笑顔が消え、些少の動揺が見え隠れしていた。

シュピールは、その質問を待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうにニコリと笑った。

「この花はね、"オンシジウム"!花言葉は〜〜…"遊び心"だよっ!」

「遊び心…?は??」
モスキーノはいまいちピンとこず、キョトンとしていた。

「そっ!遊び心!僕はね、自分の遊び心を現実に出来るんだ!想像力豊かで好奇心旺盛な僕の遊び心は無限大だよ!さっき君に凍らされちゃった武器もね、"沢山の武器と戯れたいなあ〜"って願ったら出てきたの!氷の刃を消した時も、"この氷の刃が溶けるくらいの熱気と戯れたい!"って願ったら出てきたんだよ!」
シュピールは鼻息を荒くし、楽しそうにはしゃいでいた。

「ええ…なにそれ?理屈が一切通じない感じ??勝てる気がしないんだけど…?」
モスキーノはあたふたしながら冷や汗をかき、呆然としていた。
しかしシュピールの眼には、その様はどこかわざとらしく映っていた。

モスキーノの小馬鹿にした様な態度が、シュピール癪に障ったようだ。

しかしシュピールは、あからさまに怒りの感情を露わにすることなく、笑顔で平静を装っていた。

「万物を凍結させる氷の力…すごいね〜!じゃあさ、形ないもので君を殺してあげるよ!」

シュピールがそう言い放つと、魔界城内部に存在する無数の瓦礫や鉄屑、さらに城を維持するための柱や鉄骨がまるで意志を持った様に動き出し、宙を浮遊し始めた。

「重力と戯れたいなあ!あははっ!」

驚くべき事に、シュピールは重力を操っていたのだ。

重力を操り、城内の瓦礫や鉄屑を自由自在に意のままに動かし始めた。

「死ぬまで僕の遊び心に付き合ってもらうよ!モスキーノ!」
シュピールが狂気じみた表情と声色でそう言い放つと、宙を浮遊する無数の物質が縦横無尽にモスキーノに襲いかかった。

しかし、それらすべての物質も先ほどの銃弾等と同様に、モスキーノに届く寸前で瞬時に凍結させられ、呆気なく無効化されてしまった。

「君、バカ?学習能力皆無なの?こんなの効くわけないじゃん。」
モスキーノは余裕の満ち溢れる表情でシュピールに嘲笑の眼差しを向けた。

「うん、分かってるよ!今の攻撃は君から隙を生み出すための布石!言ったでしょ?形無い物で君を殺すってさぁ!」

シュピールは高揚していた。

モスキーノは、シュピールの言っている言葉の意味が分からず、注意深くシュピールの様子を凝視していた。

この時、判断が遅れたモスキーノは、既にシュピールの掌の上にいた。

なんと、モスキーノの人体に、信じ難いほどの重圧が襲いかかったのだ。

モスキーノの現在の立ち位置は地割れを起こし、両足が地面にめり込んでしまうほどの恐るべき重圧だった。

「ぐっ…なにこれっ…!?」
モスキーノは身動きが取れなくなり、流石に内心穏やかではいられなかった。

「言ったでしょ?重力と戯れたいってさぁ!今、君の立ち位置を中心にした半径5メートルの範囲内に、地球の1000倍の重力をかけた!流石の君も重力を凍らせることは出来ないよね!?五臓六腑軒並み潰れて死ねよ!!」

しかし、1000倍の重力をかけられても尚、モスキーノは倒れることなく前のめりの姿勢を保っていたのだ。

常人ならば、その重さに耐えきれず、すぐに内臓が潰れ、手足が捥げ、立っていることすら出来ず肉体はぐしゃぐしゃになって地中へとめり込まれていただろう。

しかし、モスキーノは耐えていたのだ。

その頑強な精神力と肉体の強さに、シュピールは口をポカーンとあけて唖然としていた。

見事にその隙を突かれたシュピールは、モスキーノの放った氷の刃が右肩に突き刺ささってしまい、流れ出る血を抑えながらモスキーノを睨みつけていた。

「ははっ…頭を狙ったはずなんだけどなあ…流石にこの状況じゃ照準は定まらないか。1000倍の重力がどうしたって?俺を殺りたきゃ1億倍の重力かけてみろやぁ〜〜!!」
モスキーノは肩で息をしながら、シュピールを挑発した。

それは、虚勢とも不屈の闘志とも捉えることが出来る、曖昧な言動だった。

「あははっ…じゃあいいよ…本当は君ともっと遊びたかったけど、望み通り一息に殺してやるよ!」
シュピールは苦し紛れに笑っていた。

そしてモスキーノにかけた重力を解いた。

「あれっ!?体が軽〜〜い!」
重力が通常に戻ると、モスキーノはピョンピョンと跳ねながらはしゃいでいた。

その態度が、シュピールの逆鱗に触れてしまった。

火に油を注がれたシュピールだが、内心ではモスキーノの予想以上の強さに激しく動揺していた。

一気に勝負をつけてしまおうと判断したシュピールは、奥の手を出す決断を下した。

「放射能を浴びて死ね!!」

シュピールが高揚しながらそう言い放つと、モスキーノの口から大量の血液が噴出した。

「ガハッ…!!」
モスキーノは悶え苦しみながら、勢いよく倒れ込んでしまった。

「君の人体に4000ミリシーベルトを超える放射能を被曝させた!致死量を遥かに超える放射能を浴びた君の人体は血液と消化器官に異常をきたし、骨髄障害を起こしてやがてボロボロになる!普通なら即死だが、君みたいに中途半端に強いと中々死ねなくて辟易するだろ!?緩慢な死を与えちゃってごめんね、モスキーノォ!」
勝利を確信したシュピールは、地に這いつくばるモスキーノを見下ろしながら楽しそうに高笑いしていた。

しかしモスキーノの肉体は、一時吐血しただけで他には何の異常も見られなかった。

やがて、モスキーノは何事もなかった様に涼しい顔をしながらムクリと立ち上がった。

「は?は?なんで?なんで生きてんだよお前!?」
シュピールは頭が混乱し、錯乱状態に陥っていた。

「いや〜危なかった…。あと少し判断が遅かったら今頃死んでたよ!」

モスキーノは、自身が吐いた血で顔中を真っ赤に染めながら笑顔で言った。

その様を見たシュピールは、恐怖のあまり全身が凍りついてしまった。

「絶対零度って知ってる?俺の体温は、今まさに絶対零度と同じ温度なんだ!だから…俺の体内は、今だけ全ての機能を強制的に停止させてるんだ!つまり、有害物質によって破壊されることも一時的に免れることが出来る!」

「体温が…絶対零度…?嘘つくな!そんなことできるわけない!そんなことして生きていられる筈がない!!」

シュピールは、自身の理解が遠く及ばない現実を目の当たりにし、更に混乱してしまった。

モスキーノは、全身からまるでドライアイスの様に白い蒸気を放ちながら、ヘラヘラとしていた。

「出来るよ!だから俺は今こうして生きてる!まあ尤も、これは俺が氷の天生士だからこそ成せる芸当だけどねぇ〜!まあ身体には割と負担もかかるけどさ…放射能でボロボロにされるより幾らかマシでしょっ?」
モスキーノはカクンと首を右に傾け、シュピールの顔を覗き込む様に言った。

するとシュピールは、血走った眼でモスキーノを正面からギロリと睨みつけた。

「なんだよお前!化け物かよ気持ち悪いな!!意味不明…意味不明…意味不明意味不明!!もうどうにでもなれぇーー!!」

シュピールは歯をギリギリと軋ませ、強烈な叫び声を上げた。

叫び終えたシュピールは、しばらく天井を仰いだまま、何も言葉を発さず、抜け殻の様にポカーンとしていた。

「万策尽きて勝負を投げたか。ごめんね僕ちゃん、本当は無抵抗のガキンチョにトドメをさすなんて僕の倫理に反するけど…そう甘い事も言ってられないからさ。命、貰うね。」
モスキーノは、初めはいつもの様に屈託のない笑顔で喋り続けていた。

しかしその笑顔は徐々に消えていき、最後の一文を言う頃には完全に笑顔が消えていた。

瞳孔を開き、冷酷無慈悲で身の毛もよだつ様な恐ろしい表情を浮かべていた。

するとシュピールはガクンと首を動かし、正面に立つモスキーノを真顔で直視していた。

「あはは…あはっ…あはは…もういいや…みんな…みんな死んじゃえ。」
シュピールがぼそりとつぶやいた。

シュピールの顔はモスキーノの方を向いていたが、その目はどこにも焦点が合っていなかった。

シュピールの様子が普通じゃないと悟ったモスキーノは、何やら外から恐ろしい気配を感じ、すぐに近くの壁に向かって走った。

モスキーノは無我夢中で壁を蹴った。

重厚な壁は、たったの一撃で大きな亀裂を生じさせた。

壁に空いた穴から恐る恐る外の景色を見たが、特段何かが変わっている様子は無かった。

しかし、先ほど感じた恐ろしい気配が杞憂だったとはどうしても思えず、モスキーノはパッと上空を見上げた。

そこには信じられない光景が広がっており、モスキーノは目を疑った。

ひとまず落ち着こうと思い、目を擦って空を見上げたモスキーノは、この光景が紛れもない現実だと確信し、驚嘆した。

「え…?嘘でしょ?こんなの…反則じゃない??」

なんと、3つの巨大隕石が同時に魔界城を目掛けて落下していたのだ。

世界中の空を覆う闇の雲。

初めはその闇の雲によって3つの巨大隕石は、その姿をほとんど目視出来なかった。

しかし3つの巨大隕石は魔界城を目掛けて着実に落下しているため、闇の雲を突き破る様にして、徐々にその巨大な姿を露わにしてきた。

「あははっ…みんなで隕石と戯れようよ。くるしゅうないよっ!」
錯乱状態のシュピールが凶行に走った。









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