輪廻の風 3-2



「ちょっと!走らないで!ここをどこだと思ってるのよ!!」
病院内を全力で走るエンディ一行に、年配の看護婦が激怒していた。

しかしエンディたちは聞く耳を持たず、アマレットがいる病室を目指して一目散に走った。

ここは王都ディルゼンで最も大きな病院だ。

「アマレット!!」
病室に着くやいなや、エンディは大声で叫んだ。

「おいうるせえぞ。ここは病院だぜ?静かにしろよ。」ロゼが呆れた顔で注意した。

病室には既に、ロゼとジェシカとモエーネが一足早く到着していた。

「すいませんロゼ国王…あの、アマレットは…?」エンディが尋ねた。

「女の子だってよ?」
ロゼは親指をクイっとベッドに向けて、優しく微笑みながら言った。

ベッドの上には赤ん坊を優しく抱き抱えるアマレットの姿があった。

「アマレット…!おめでとう!!」
ラーミアは歓喜のあまり、涙を流しながら祝福した。

ジェシカもモエーネも、まるで自分のことのように喜んでいた。

「ありがとう…みんな。」
アマレットは出産直後ということもあり、かなり疲弊し切っている様子だった。

アマレットのベッドの横には、直立不動になっているカインがいた。

産まれてきた女の子は、カインとアマレットの子供だった。

2人は2年前、終戦後すぐに結婚をしていたのだ。

「産まれた…俺の子が…。」
カインは声を震わせながら言った。

「カイン!おめでとう!!」
エンディはカインの背中をバンと叩き、大きな声で祝福した。

カインとアマレットは、シワクチャの猿のような顔で健やかに眠る我が子を慈愛の眼差しで見つめていた。

新しい小さな命が誕生した。
この神秘的な光景を目の当たりにし、エンディは深く感動していた。

「ねえねえ、私にも抱っこさせてよ!」
「ちょっと、私が先よ?」
モエーネとジェシカが競い合うように新生児を抱っこしようとしていた。

すると、そんな2人の間にカインが入った。

「おいおい、まずは俺に抱かせろよ?」
カインはもっともな主張をした。

アマレットはゆっくり赤ちゃんを抱き上げ、「はい。」と言ってそっとカインに近づけた。

カインはガチガチに緊張し、力んだ腕で我が子を抱っこした。

すると赤ちゃんはパッと目を覚まし、途端に大声で泣き始めた。

初めての抱っこで我が子に勢いよく泣かれ、カインはとてもショックを受けている様子だった。

「あーあー泣いちゃった。」
アマレットは、カインから奪い返すように赤ちゃんを取り上げた。
アマレットが抱っこすると、赤ちゃんはピタリと泣き止んで再びスヤスヤと眠りについた。

そんな様子を、エンディたちはクスクスと笑いながら微笑ましく思いながら眺めていた。


「アマレット、本当にお疲れ様。とりあえず今はゆっくり休んで?」
ラーミアはアマレットの右手をぎゅっと握りしめて言った。

「ありがとう、ラーミア。」
アマレットはラーミアの気遣いに感謝した。


「よしてめえら!今から宴をすんぞ!こんなめでたい日はよ、みんなでパァーッと派手にいこうぜ?とりあえず王宮集合な!」
ロゼは心を弾ませながら言った。

「お、いいですね!カイン、お前も来いよ!」エンディはロゼの提案に高揚し、カインを誘った。

しかしカインは「いや、俺は後で行くよ。」と言った。
それは、産後間もない妻の側に居たいという意思の表れだった。

そんなカインの心遣いを、アマレットはすぐに察した。
「いいよカイン、せっかくだし行って来なよ。」

「いや、でも…。」

「いいから…ね?私は大丈夫だから。」
アマレットは優しくニッコリと笑いながら言った。

カインは、アマレットが臨月に入った時も陣痛がひどかった時も、寝る目を惜しんでずっと寄り添ってきたのだ。

もちろん出産にも立ち会っていた。

妊婦の辛さも出産の痛みも、男には決して分からない。どうしていいか分からずとも、それでもカインは懸命に妻を支えようと頑張っていたのだ。

アマレットはそんなカインの意を汲んで、今回のロゼ主催の宴では羽を伸ばして楽しんできてほしいと思っていた。

「そうか…わかった。体調悪くなったら言えよ?すぐ駆けつけるからよ。」
カインはそう言い残してロゼ達の後をついて行った。

「なんだよお前、良い旦那じゃねえかよ?」
ロゼはカインの肩をがっしり掴み、ニヤニヤしながら言った。

「別に普通だろ。」
カインは照れ臭そうに言った。

「おいカイン、一児の父が無職でどうするんだ?ちゃんと働いて妻子を支えろよ。しっかりしろよしっかり。」
クマシスが辛辣な意見を言った。

「あ?無職じゃねえよ。専業主夫だって立派な職業だろうが。」
カインはムッとした顔で言い返した。


エンディは、親友であるカインの幸せを心から喜んでいた。


こんな日がずっと続けばいいのに。
そんな事を考えていた。


エンディ達はロゼに王宮内の大広間へと招かれた。

大きな長テーブルには見るからに高級そうな料理がズラリと並んでいた。

山盛りの肉料理に魚料理、色とりどりの野菜や果物、強烈な匂いを放つチーズの盛り合わせなど様々だった。

「うおーーー!これ全部食っていいのか!」
エンディは大興奮していた。

「おう、じゃんじゃん食えよ!」
ロゼのこの言葉を合図にするように、エンディは早速お皿に料理をたくさん取り分けてガツガツ頬張っていた。

ノヴァとラベスタ、エスタも大広間へと入ってきた。

「ようカイン、まさかお前が父親になるとはな?まあ、おめでとう。」
ノヴァは少し天邪鬼な態度で言った。
しかし心の内ではしっかりと祝福していた。

「ふっ、ありがとよ。ノヴァ、お前も伝えたい想いはしっかり相手に伝えろよ?待ってるだけじゃ何も始まらねえぜ?」
カインは、少し離れたところにいるジェシカを一瞬チラッと見ながら言った。

「あ?何のことだよ?」
ノヴァはほんのり頬を赤らめながらあからさまに動揺していた。


「カイン、本当におめでとう。これ、つまらない物だけど良かったら受け取ってくれないか?」サイゾーはカインにクッキーの詰め合わせをプレゼントした。

「わざわざ悪いな…ありがたく受け取っておくよ。」カインが言った。

「ぷぷっ…本当につまらねえ物だな?」
クマシスが心の声を漏らすと、サイゾーは後で覚えとけよと言わんばかりの表情でクマシスを睨んでいた。

「ようオメエら、ご機嫌麗しゅう!オレ様抜きで楽しそんなことやってんじゃねえかよ!」派手な格好をしたダルマインが、図々しくも大広間へと入って来た。

「おいおい、お前を読んだ覚えはないんだけどな…。」
招かれざる客の来訪に、ロゼは困惑していた。

「そんなこと言わないでくれよ国王様〜!おうカイン、お前にプレゼントがあるぜ?オレ様のサイン入りブロマイドだ!受け取れ!」
ブロマイドには、かなり美化されたダルマインの肖像写真が貼られていた。
大きな文字で"海運王 ダルマイン大社長"と書かれたサインからは、ダルマインの自己顕示欲の強さを窺えた。

「要らねえし気持ちも嬉しくねえ。」
カインはプイっとした態度で、ダルマインを袖にした。

すると、今度は大広間にアベルが入って来た。

カインとアベルは当時の確執が解消されたとはいえ、同じディルゼンに移住しても普段から顔を合わせることもあまりなく、お互いにどこかよそよそしい態度をとっていた。

「兄さん、おめでとう。」

「おう…ありがとな、アベル。」

20歳になったロゼとノヴァとラベスタは、ワインやウイスキーを飲んでいた。
ハメを外した飲み方をしていた為、3人とも悪酔いをしていた。

ロゼは笑い上戸でノヴァは怒り上戸だった。
ラベスタは酔うと眠りにつくタイプらしい。


大広間は一気に賑やかになった。

カインはふと風に当たりたい気分になり、バルコニーに出て城下町を見渡していた。

すると、エンディもカインの後をついて行きバルコニーに出た。

「よっ、どうしたんだよ?」
エンディが言った。

「いやあ、なんかまだ実感が湧かなくてよ…俺が人の親になるなんて。」
カインは今までの壮絶な人生を振り返りつつ、しみじみとした思いに駆られていた。

「そりゃそうだよなあ。しかもお前らまだ18歳だろ?」
エンディがそう言うと、カインはフッと笑った。

カインもアマレットもまだ18歳。
人の親になるにはまだまだ若すぎて未熟だということは、本人達も重々承知していた。

「昔お前の父親に言われた"何かを護るために力を使え"って言葉の意味をようやく理解できたよ。やっと手に入れた幸せな日々…俺は何がなんでも今の幸せを護り抜く。」
カインは強い決意に満ち溢れた眼をしていた。

そしてエンディの顔をじっと見た後、エンディに向かって深々と頭を下げた。
エンディはポカーンとしている。

「え、なんだよ急に?」

「ありがとう。俺に今の幸せがあるのはお前のおかげだ。お前には本当に感謝している。エンディ、本当にありがとう。」

「おいおいやめろよ…頭上げろよ?な?」
エンディは困惑してしまった。

「エンディ、俺はな、お前にも早く幸せになってほしいんだ。今度はお前が幸せになる番だぜ?」
カインは顔を上げ、にこりと微笑みながら言った。

「はっ、なーに言ってんだか。ほら、早く戻ろうぜ?」

まさかあの無口で無愛想で不器用なカインにこんな事を言われる日が来るだなんて夢にも思っていなかったエンディは、意表を突かれてなんだか照れ臭くなってしまった。

エンディとカインはバルコニーを出て大広間へと戻ろうとした。

すると、2人の背後に謎の黒装束の男が立っていた。

「お取り込み中、失敬するよ。」
男がそう言うと、エンディとカインは驚いて後ろを振り返った。

「久しぶりだね、カイン。」
男はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言った。

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