輪廻の風 3-25



ヴェルヴァルト大王は悍ましい顔つきでラーミアを見下ろしていた。

「ラーミア、お前の輪廻転生はこれにて果てる。2度と生まれ変われんよう、魂そのものを滅してくれる。」
ヴェルヴァルト大王が言った。

ラーミアは恐怖のあまり身体が硬直し、身動きが取れなくなってしまっていた。

すると、ロゼとバレンティノ、ノヴァとラベスタがラーミアを護るようにして前へと出た。

それに続くように、エラルドとアベルはヴェルヴァルト大王の背後をとった。

6人はヴェルヴァルト大王を包囲するようにして取り囲んだ。

その一方でアズバールは、注意深く様子を伺うように静観していた。

「ラーミアに手出しはさせねえぞ!」
ロゼは槍を抜き、果敢に立ち向かう姿勢を見せた。

「勇者と愚者は紙一重だな。エンディは死んだぞ?カインとイヴァンカも生きてはいまい。あの3人がいなくなった今、お前たち如きにいったい何ができるというのだ?」

ヴェルヴァルト大王がそう言うと、ラーミアはここぞとばかりに「エンディは死んでないよ!カインも死んでない…。あの2人は、あなたなんかに絶対に負けないわ!」と反論した。

それは決して虚勢を張っているわけではなく、心からエンディとカインのことを信じているからこそ言えた言葉だった。

ロゼ達は、そんなラーミアの本心からくる言葉に励まされた。

「やはり折れないか。その堅忍不抜の精神、見事だ。だがそんなものは何の役にも立たないぞ。お前達はこの世に何の爪痕を残すこともなく、惨めに死んでいくのだ。大人しく運命を受け入れろ。」

ヴェルヴァルト大王はそう言い放つと右手の掌をラーミア達に翳した。

掌には闇の力が集まり、瞬く間に黒い球体が創出された。

ロゼ達は身構え、半歩後ろに退がった。

後退も前進もしなかったのは、ラーミア唯1人だけだった。

ラーミアは両手をヴェルヴァルト大王に翳し、掌に眩い光を集めた。

光と闇、相反する2つの力が、今まさに対峙する時を迎えた。

「ラーミア…お前何をする気だ?」
ノヴァが尋ねた。
しかし、ラーミアから返答は無かった。

「動かないで。みんなを傷つけたら絶対に許さない。」ラーミアは毅然とした態度で言った。
そしてその表情からは、何か強い覚悟のあらわれの様なものをヒシヒシと感じた。

「ラーミア!てめえこいつを封印するつもりか!?死ぬつもりなのか!?」

「ラーミア…そんなことしたらエンディが悲しむよ。」

エラルドとラベスタは、各々ラーミアを諌めようと試みたが、ラーミアは聞く耳を持たず、そしてその表情からは依然として凛とした力強さを感じた。


「エンディだけじゃないわ!?ラーミアが死んだら私達だって悲しい!だから早まらないで!」

「そうだよ!大事なお友達の命を犠牲にして得た平和なんか謳歌出来ない!だからやめて!」

遠方から様子を見ていたジェシカとモエーネは、血相を変えてラーミアの元へと走りながら悲痛な叫び声を上げた。

「じゃあ…じゃあどうすればいいの!?しょうがないじゃない!もう…こうするしか道はないの!これ以上皆んなが傷つくのは耐えられない!私の力でみんなを救えるなら…こんな命喜んで捧げるわ!!」

ラーミアは目に涙を溜めながら、自身の心境の内を大声で吐露した。

「ふっふっふっふっふっ…。」
ヴェルヴァルト大王は、そんなラーミアを嘲笑うかのように鼻で笑っていた。

それは、思わず大笑いしてしまいそうになるのを堪えているような、声を殺した笑い方だった。

そして笑いを堪えるのに限界を迎えたのか、今度は大口を開けて高笑いをし始めた。

「ふははははははははっ!はーっはっはっはっは!やってみろ、ラーミア!貴様にその度胸があるのならな!命を投げ打ち、余を封印してみせよ!」

ロゼは、そんなヴェルヴァルト大王の悪辣極まりない態度を意外に思った。

冥花軍の精鋭メンバーが1体残らず怯えていたラーミアの放つ光を目の前にしても、ヴェルヴァルト大王は溢れんばかりの余裕を誇っていたからだ。

更に、やってみろ、という発言には疑問しか感じなかった。

何か対抗策を行使する為にわざと誘っているのか、それとも本当にラーミアにそんな覚悟がある筈がないと高を括り、単に挑発しているだけなのか、その真意を推し量ることは非常に難しかった。

ラーミアも心のどこかでは、この光を目にすればヴェルヴァルト大王は怯えるだろうと考えていた。

しかし、想像の斜め上をいくヴェルヴァルト大王の反応にも、ラーミアの心は揺るがなかった。

「みんな…今まで…私なんかと仲良くしてくれて本当にありがとう。エンディにはよろしく伝えておいてね…?」
ラーミアは悲しげな表情を浮かべながら言った。


「やめろー!!」
「ラーミア!やめろ!」

確固たる決意のもと皆の反対を押し切り、ついにラーミアは封印術を使用しようとした。

その時だった。

ルミノアを抱っこしたアマレットが、「ちょっと待って!」と言いながら、ツカツカとラーミアの前に姿を現した。

皆の視線は、愛娘を抱きながら突然登場したアマレットに釘付けになっていた。

「アマレット…邪魔しないで。もう決めた事なの。」ラーミアは珍しく強い口調で言った。

アマレットは、ジーッとラーミアの目を凝視していた。

「ラーミア…エンディのこと信じてないんだ。」

アマレットがそう言うと、ラーミアはきょとんとした表情で「…え?」と言った。

「だってそうでしょ?エンディが勝てないと思っているから、自分の命を犠牲にしようとしてるんでしょ?」

「私はそんなこと思ってない!私はただ…これ以上みんなが傷つくところも…誰かが死ぬところも見たくないだけなの!」

「誰かが死ぬところを見たくない?ほら、やっぱり信じてないじゃん。エンディが…みんなが魔族に勝てないと思ってるからそんな言葉が出てくるんでしょ?」

「ねえ、どうしてさっきからそんな言い方ばかりするの!?こっちの気もしらないで…私だって色々考えたの!アマレットに何が分かるの!?」

「わかってないのはそっちでしょ!?ラーミアが死んだら、私たちがどれだけ悲しむか…どれだけ心に深い傷を負うか…大事なお友達が死んで悲しむ気持ちは私達も同じなんだよ!?」

何とこの状況下で、ラーミアとアマレットの激しい口喧嘩が勃発した。

そしてそれは、徐々にヒートアップしていった。

「おいおい…やめろよこんな時に。」
「全くだ…とにかく落ち着けよお前ら。」

ノヴァとロゼは呆れながらも、2人の喧嘩の仲裁に入ろうとした。

すると、ジェシカとモエーネが2人の進行を阻んだ。

「ハイっ、こっから先は男子禁制ですよ〜。ごめんなさいね国王様、不躾な行動をお許し下さい。」

「そうそう。男が半端な覚悟で女同士の争いに首を突っ込むものじゃないわ?余計に拗れて収拾つかなくなっちゃいますからね。」

2人にそう言われ、ノヴァは少しムッとした態度で顔をしかめていた。

「何だと?そりゃちょっと聞き捨てならねえなあ?」
ここぞとばかりに反論を展開しようとしたノヴァに対して、ジェシカが強い口調で「いいから黙ってて!」と一喝すると、ノヴァはシュンとして大人しくなってしまった。

そうこうしている内に、2人の言い争いは急展開を迎えていた。

アマレットは片腕でルミノアを抱っこしたまま、ツカツカとラーミアの元へ歩いていったのだ。

鬼気迫る表情で向かってくるアマレットを、ラーミアは受けて立つと言わんばかりの表情で見つめていた。

アマレットとラーミアは至近距離で向かい合ったまま、お互いの目をジーッと凝視していた。

するとアマレットは突然、左手を振り上げた。

恐らく平手打ちをするつもりだろうと、その光景を見ていた誰もがそう思った。

まさか口喧嘩が暴力に発展しようなどと予想だにしていなかったロゼ達は、ヒヤヒヤとしていた。

しかし、それは杞憂に過ぎなかった。

右腕でルミノアを抱っこしていたアマレットは、空いているもう一方の左腕でラーミアを優しくそっと抱きしめた。

ラーミアもロゼ達は意表を突かれ、ポカーンとしてしまっていた。

「アマレット…どうしたの?」
突然抱きしめられたラーミアは、思わず戸惑ってしまった。

するとアマレットはラーミアを抱きしめた状態で、自身の右腕に抱かれて健やかに眠る愛娘のルミノアの顔を慈愛に満ちた表情でじっくりと見つめていた。

「ルミノアはね、私とカインにとってかけがえのない宝物なの。この子はね、幸せになる為に産まれてきたのよ?そしてそれはラーミア、あなたも同じ。」

ラーミアは静かに耳を傾けていた。

そしてアマレットは、心のうちに秘める優しい想いをゆっくりと話し始めた。

「1人で抱え込まないで。これは私たちみんなの戦いよ?私達も一緒に戦う…だから、何もかも1人で背負い込んだような顔をするのはもうやめて。楽しいことも苦しいことも独り占めしてたら、私達だって寂しいよ?だから分かち合おうよ。ラーミア…何でも話してよ。いつでも頼ってよ。私達…友達でしょ?」

アマレットの言葉を一言一句最後まで聞いていたラーミアは、しばらく黙りこくっていた。

そして両手から放っていた光をゆっくりと解き、震える腕でアマレットを抱き返した。

そして感極まり、両目から大粒の涙を流し号泣した。

本当は怖かったのだ。
ヴェルヴァルト大王と対峙することも、封印術を使用して死ぬ事も、怖くて怖くて堪らなかったのだ。

しかし、アマレットの真っ直ぐな気持ちに触れた事で、心に溜まっていた負の感情がゆっくりと洗い流されていった。

自分にはこんなにも素敵な仲間達がそばにいる、自分は1人じゃない。
それを改めて実感し、心の底から嬉しかった。

すると、もらい泣きをしたジェシカとモエーネが、勢いよくラーミアに飛び付いた。

「ラーミア〜!今まで1人で色々悩んでたんだね…辛かったね…気づいてあげれなくてごめんね。私、友達失格だよね…。」

「どうして相談してくれなかったのバカァ〜〜!」

そこには、18歳の少女4人が泣きじゃくりながら、友情を確かめ合うように互いを抱きしめ合うという、世にも珍しい光景が広がっていた。

ロゼは澄ました顔で、その空間に入り込んでいった。

「ラーミア…アマレットの言う通り、これは俺たち全員の戦いだ。お前はお前の出来ることをやってくれ。だから俺たちは…お前を護りながらコイツと戦うぜ!」

ロゼは槍を抜き、ヴェルヴァルト大王の前に出た。

ロゼに続き、ノヴァとラベスタ、アベルとエラルド、エスタとバレンティノも腹を括った強い表情をしながら前に出た。

「ククク…その女を護りながら戦うだ?関係ねえな、知ったことか。俺はてめえらとは違うぜ?俺はただ、俺に楯突くこのふざけた怪物野郎が個人的に気に食わねえから殺してやりてえだけだ。」
アズバールはそう言ってのけ、ヴェルヴァルト大王の前に出た。


「目も当てられないほどの愚か者どもだな。だが余は慈悲深いゆえ、我らと迎合するつもりが有るのならば許してやらんでもないぞ?そうだな…ラーミアを殺せ。そうすれば余の血肉を分け与え、立派な魔族にしてやる。どうだ?」

ヴェルヴァルト大王は、ロゼ達に最後のチャンスを与えるように一つの案を提示した。


すると、ノヴァが落ち着いた口調で「却下。」と即答した。

「右に同じく。そもそもいつ誰がてめえに許してくれって頼んだんだ?」

「フフフ…全くもってその通りですねえ。」

ロゼとバレンティノは、ヴェルヴァルト大王を小馬鹿にするような口ぶりで言った。

「あいわかった。ならば…闇の世界の礎となるがいい…!」

ヴェルヴァルト大王は声高らかにそう言い終えると、自身の右手の掌を地面につけた。

すると、禍々しい力を帯びた黒い蒸気のようなものが、王宮周辺の地面を侵食するかのように広がっていった。

それは、瞬く間にヴェルヴァルト大王の立ち位置から半径10キロ圏内の大地を覆い尽くした。

「さらばだ、愚かな人間達よ。」
ヴェルヴァルト大王が言った。

ロゼ達は瞬時に身構えたが、これから何が起こるのか全く予測できず、何をしていいのか分からず、何も反応することが出来なかった。


すると、闇の力で覆われた王都の大地全体に、黒い火柱のようなものが上がった。

直径20キロにも及ぶ広範囲の黒い火柱は、空高く舞い上がった。

信じ難いほどの破壊力を秘めた力だった。

草も木も建物も、人も動物も、その全てが跡形もなく消し去られ、王都の中心地は完全に消滅した。

「子供達よ、出てこい。」

ヴェルヴァルト大王が号令を掛けると、上空へと避難していた魔族の面々が続々と荒野に成り果てた王都の大地へと姿を現した。

「天生士もそれに追随する人間共も…皆死んだぞ!さあ、笑え!くるしゅうないぞ!」

ヴェルヴァルト大王はこの上なく高揚していた。


「ひゃーはっはっはっは!!」
「ぎゃはははははぁ!!」

上空から舞い降りてきた100体近くの魔族達は、変わり果てた王都の景観を見て狂喜乱舞しながらゲラゲラと笑っていた。

荒野には下品な高笑いが響き渡った。

「さあ始めよう、死の世界!この惑星の全てが…我ら魔族の帝国だ!」

ヴェルヴァルト大王は建国宣言を言い渡した。


世界一の軍事大国と名高いバレラルク王国の中でも、"世界一の大都市"、"世界の中心地"等、様々な通り名をもつ王都ディルゼン。

栄華を極めたこの都市は、この日をもって文字通り陥落した。
































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