輪廻の風 2-31


ノストラとハルディオスは激闘を繰り広げていた。

2人の立っていた大地は、まるで無数の空爆でも受けたのかと思うほどに荒れ果てていた。

「まずまずじゃの、ハルディオス。」
ノストラは肩で息をしながら言った。

「この程度で呼吸を乱すとは、老いたなノストラ。」ハルディオスは疲弊など微塵も感じさせないほど余裕に満ちていた。

「おどれ、いつまでその仏頂面を貫くつもりじゃい?もっと昔みたく笑わんかい、ええ?」

「…黙れ。」
ハルディオスは気分を害していた。

「ワシはのう、おどれのこともウィンザーのこともずっと気掛かりだったんじゃ。しばらく見んうちに、2人ともすっかり感情を失ってしまったようじゃのう。師としてなあワシは本当に残念に思っておるぞ。」

「裏切り者の逃亡者風情が白々しいことを言うな。いつまでもバレラルクに身を隠しながら余生を過ごせば良かったものの、なぜ今更戻ってきた?その歳で今更死に急ぐような真似をして、理解に苦しむな。」

「ガッハッハー!"その歳"って何じゃい?それはおどれの矮小な物差しで測っとるんかい、ええ?何かを始めるのに遅すぎるなんてことは断じて無い!人は幾つになってもいくらでも人生をやり直せる!それにワシは死に急いでる訳じゃないぞ。ワシの様に業の深い老人でもな、大悪を誅して死に花咲かせる事が出来ればこの歳まで生きてきた甲斐があるわい。過去の贖罪こそ長生きをする醍醐味じゃ。まあ尤もワシがこの考えに至る事が出来たのは、自らの運命に抗い戦い続けるエンディの勇姿に触発されたからじゃがな。あの子がワシを変えたんじゃ。」

「長々と下らん戯言を。お前の説教など誰の心にも響かないぞ。」

ノストラとバルディオスは火花を散らせながら、再び斬り合いを始めた。


ラベスタとエスタは、バリーザリッパー相手にかなり苦戦を強いられていた。

バリーザリッパーが2人を威嚇する様に大鎌を一振りすると、その風圧だけで大地の岩肌に大きな亀裂が生じた。
恐るべき破壊力だ。

ラベスタとエスタは無意識に動物的防衛本能が働き、バリーザリッパー相手に常に一歩下がった状態で応戦していた。

一歩でも近づこうとすると、身体を真っ二つに斬り裂かれてしまう自身の未来がぼんやりと浮かんだのだ。

「キヒヒヒ…お前ら…つまんない…少しは…楽しませてよ!!」
バリーザリッパーは、逃げ腰でろくに斬り込んでこない2人との戦闘をとてもつまらなく感じていた。

「てめえ、舐めやがって!」
「待ってエスタ、止まって。」
挑発に乗り、平静さを欠いた状態で一直線に斬りかかろうとするエスタを、ラベスタが静かに宥めた。

「なんだよ!?」
「気持ちはわかるけど、落ち着いて。どんな達人でも、必ず弱点はある筈だ。まずはそこを見極めよう。」
ラベスタがそう言うと、エスタは深呼吸をして気を持ち直した。

バリーザリッパーの弱点を見つけ、そこを徹底的に突いて一網打尽にする為、2人はバリーザリッパーの動きを分析することに専念した。


一方エラルドは、ウィンザーを相手に手も足も出せず、血を流し倒れ込んでいた。

全身を鉄に硬化しても、その攻撃も防御もウィンザーには一切通用していなかった。

「クソォ…!」
「何故俺に勝てると思ったの?疑問でしかないけどね。」
ウィンザーはエラルドを見下ろしながら言った。

すると突然、ウィンザーの周りにキューブ状の大きな水の塊が発生した。
ウィンザーはその水の塊の中にその身を閉じ込められてしまった。

「どう?僕の水牢は。いくら君でも水中じゃ身動き取れないでしょ?まあ僕がこんなこと問いかけても、水中にいる君の耳には届いていないだろうけどさ。」
アベルが言った。

ウィンザーは水中の中でも顔色一つ変えず、一切動じず、平然としていた。

アベルはそんなウィンザーの態度が気に入らなかった。そして、手のひらを水牢にかざした。

「僕は自分が創出した水に、強い衝撃波を与える事が出来るんだ。僕の作り出した水にその身を奪われている時点で君は詰んでるんだよ!君の人体を内部から破壊してやる!」
アベルは狂気じみた表情でそう言い終えると、水牢に衝撃波を与えた。

しかし、その水はウィンザーの放った"闘気"によって呆気なく掻き消されてしまった。

「…え?」
あまりの衝撃に言葉を失い放心してしまったアベルは、見事にその隙を突かれてウィンザーに斬られてしまった。

「お前ら、そんな弱さでよく今まで十戒を名乗っていたな。情けない。」
ウィンザーが言った。

「チクショー…異能者2人がかりで、ここまで手も足も出さねえとは…。」
エラルドは絶望感に苛まれていた。

しかしウィンザーが2人にトドメを刺そうとした次の瞬間、地面から太い木の幹が勢いよく生えてきた。
鋭利な先端をもつその幹は、ウィンザーの心臓を目掛けて猛スピードで伸びていった。

ウィンザーは不意を突かれたその攻撃ですら難なく防いだ。

「アズバール…お前まだ動けたんだね。」

「どいつもこいつも…この俺をコケにしやがって。絶対に許さねえぞ!!ぶっ殺してやる!!」
アズバールは血塗れでフラフラしていたが、恐るべき執念を燃やして何とか起き上がり、怒声を上げながら再びウィンザーに攻撃を仕掛けた。

「やれやれ、無駄に生命力の高い蝿どもの相手ほど面倒なものは無いな。」
ウィンザーは心底うんざりしている様だった。

一方ロゼとノヴァも、ガンニバリルドを相手にかなり苦戦を強いられていた。

ガンニバリルドは体長3メートルを超えているのにも関わらず、その身のこなしは恐るべき俊敏さだった。

ノヴァは既に黒豹化していた。

しかし黒豹に変化して速力と打撃力を急激に上げても、ガンニバリルドには通用しなかった。

「お前は、確かに!凄まじいスピードだ。だけど、動き!直線的すぎる!簡単に読まれちゃうよ!」
ガンニバリルドが言った。

ノヴァは、以前カインにも同じことを言われていた。
それを不意に思い出し、悔しくなった。

「ノヴァ、俺が囮になって奴を引きつける。だからお前はその隙を突いてくれねえか?」

「囮って…。」
主君であるロゼが自ら囮を買って出たため、ノヴァは反応に困り困惑してしまっていた。

「お前のその神がかり的なスピードを陽動に使うのは勿体ねえだろ?俺が奴の動きを一瞬だけ止める。お前はその隙に、その尖った爪で奴の喉でも心臓でも貫いてくれ。」

「分かりました…しかし若、どうやって奴の動きを止める気ですか?」
ノヴァがそう尋ねると、ロゼはニヤリと笑って一目散にガンニバリルドに飛びかかった。

ガンニバリルドの眼前に来たロゼは、右足でガンニバリルドの左足を勢いよく踏みつけた。
そして、自分の足ごとガンニバリルドの足を槍で刺した。

ロゼの槍は重なり合っている2人の足の甲を貫通し、地面にまで届いていた。

「ノヴァ!一撃で決めてくれよ!!」
ロゼが叫んだ。

「何て無茶な真似を…。」
ノヴァは呆れてしまったが、確かにガンニバリルドの動きは一瞬とはいえ停滞していた。

その一瞬を逃さぬよう、ノヴァはとてつもない速度で間合いを詰め、その鋭利な爪でガンニバリルドの喉笛を引き裂こうとした。

しかし、その攻撃が届くことはなかった。

ガンニバリルドはノヴァの上半身に強烈な裏拳を炸裂させた。
たったの一撃だったが、その大きな拳から繰り出された一撃は恐ろしいほど強烈だった。

ボキボキ…と、ノヴァは自分の全身の骨が粉砕する音が聞こえた。

ノヴァは勢いよく吹き飛ばされ、黒豹化も解けてしまった。

次にガンニバリルドは、ロゼの頭を掴んで力一杯地面に叩きつけた。

地面は勢いよく割れ、その地割れは広範囲に及んだ。
ロゼもノヴァと同様、酷い重傷を負ってしまった。

「よし、前菜の!出来上がりだなあ。頂きます!!」
ガンニバリルドは瀕死で身動きの取れなくなったロゼとノヴァを横並びにして、涎を垂らしながら大きな口を開けていた。

今にも2人を食べてしまいそうな勢いだった。

「若…ノヴァ…。」「どうしよう…。」
ジェシカとモエーネは絶句しながらその様子をただ呆然と眺めていた。
恐怖のあまり、体が硬直してしまっていた。


「ちょっとあんた達!自分の主君と仲間が殺されそうだってのに、何ボケっとしてんのよ!?助けなくていいの!?」
見かねたアマレットが、2人に檄を飛ばした。
それでもジェシカとモエーネは、無言のまま微動だにしなかった。

それには理由があったのだ。

確かにガンニバリルドに対する恐怖心は、2人の動きを止めていた要因の一つではあった。

しかしそれ以上に、過去に亡き養母から言われた"ある言葉"が2人の足枷になっていたのだ。













この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?