輪廻の風 3-53



イヴァンカとルキフェル閣下は、早速剣を交えていた。

両者とも、まるでお互いの手の内を探るような、或いは様子を伺い合っている様に、絶妙に加減をしながら軽く剣を振るっていた。

それでも、2人の剣技の応酬は、常人ではとても目で追いきれないほどの速度であった。

また、仮にもこの2人の間合いに入ろうと試みた物好きな者がいたのならば、間合いに近づこうとしたその時点で、身体が斬り裂かれてしまうほどの破壊力も帯びていた。

剣の道をこれでもかというほどに極め、さらにその極めた先の遥か上の段をいく達人同士の斬撃の衝突は、人間に許された力の限界を遥かに超越していた。

しばらくすると、ルキフェル閣下は突如イヴァンカから距離をとり、剣を止めた。

イヴァンカも剣を止め、ルキフェル閣下を注視した。

「イヴァンカさん、やはり貴方は素晴らしくお強い。この強さに加え、さらに雷の天生士とは…誠に末恐ろしく思います。」

「悪いが閣下殿、私は君とお喋りをするためにわざわざここまで来たわけではない。つまらないお世辞など言ったところで、生憎私は君に渡す褒美など持ち合わせていないよ。」

イヴァンカは冷たくそう言い放ち、ルキフェル閣下に剣の鋒を向けた。

「私は500年前、神国ナカタムで幾人ものユドラ人の方々を見てきました。彼らの戦闘能力は他の民族と比較しても卓越していましたね。剣士の方々は特に、その比類なき剣の才覚を存分に発揮し、敵戦力を悉く殲滅していたものです。しかし、そのどれをとっても、貴方の強さは別格です。」

「何が言いたいんだい?」

ルキフェル閣下にその強さを認められたイヴァンカは、まんざらでもなさそうだった。

「イヴァンカさん、私と手を組みませんか?」

ルキフェル閣下の提案に、イヴァンカは思わずため息をついた。

「全く…何を言い出すかと思えば。馬鹿も休み休み言いたまえよ、閣下殿。」

「悪い話ではないと思いますよ。貴方はエンディさん達と違って、世界を護るために闘うなどという性分ではないでしょう?むしろ貴方の思想は、我ら魔族と酷似しているように思えます。ご覧になったでしょう?現実を。大王様に勝てる者など、未来永劫現れません。ならばいっそのこと現実を受け入れ、大王様と共に新たな世界を拝みましょうよ。私と貴方は、大王様の両翼に適任だと思います。」

ルキフェル閣下は不敵に微笑み、イヴァンカに手を差し出した。
それは、イヴァンカを歓迎するという意志の表れだった。

しかし、イヴァンカがその様な話に乗る筈もなかった。

イヴァンカはルキフェル閣下の提案に対して、カケラほどの魅力も感じていなかったのだ。

「閣下殿、私は誰の下にもつかないよ。そして誰とも手を組まない。現実ならば私が教えてあげるよ。君もヴェルヴァルトも、私の眼には大海を知らぬ醜き蛙にしか映らないよ。」

イヴァンカが強気な姿勢でそう言うと、ルキフェル閣下は眼の色を変えた。

「そうですか…非常に残念です。イヴァンカさん、貴方は叡智の眼をお持ちだと思っていましたが、どうやら私の思い違いだった様ですね。」

「そう気に病むことはない。自分の理解が及ばない偉大なる存在を推し量る事など、君如き凡人には至難の業だろう?」

イヴァンカの専売特許ともいえる挑発も、ルキフェル閣下には一切の効果が無かった。

それどころか、ルキフェル閣下の表情は、いつにもまして余裕で満ち溢れていた。

その不遜なる態度がイヴァンカの逆鱗に触れてしまった。

イヴァンカは瞬時にルキフェル閣下の背後をとり、ルキフェル閣下の首を斬り落とそうと試みて剣を振るった。

しかし驚くべきことに、ルキフェル閣下の首には一切の外傷も無く、また痛みを感じている素振りすら感じられなかった。

イヴァンカの剣は、確実にルキフェル閣下の首に命中していたのにだ。

流石のイヴァンカも内心穏やかではいられず、目を見開いて驚嘆していた。

するとルキフェル閣下は背後を振り返り、グッとイヴァンカに顔を近づけた。

「イヴァンカさん、何をそんなに驚いているのですか?貴方らしくもない…いつもみたいに笑ってくださいよ。」

ルキフェル閣下がそう言い終えると、イヴァンカはルキフェル閣下を一刀両断しようと、力一杯剣を振り下ろした。

しかし、それでもルキフェル閣下を斬ることが出来なかった。

イヴァンカの剣は、ルキフェル閣下の右肩の上で止まっていたのだ。

イヴァンカはすぐさま後退し、距離を取った。


ルキフェル閣下の肉体は、決してイヴァンカの剣が通らない程の硬度に変化したわけでは無かった。

そして、特にこれと言って特別な何かが施された様にも感じられなかった。

それなのに、イヴァンカはルキフェル閣下を斬ることが出来なかったのだ。

「ふっ…ふふふっ…ふふっ、どうかなさいましたか?イヴァンカさん、先程から随分と驚いている様ですが…出来れば、貴方のそんな姿は見たくなかったですね。」

どうやらルキフェル閣下は、冷酷無残で常時自信に満ち溢れているイヴァンカの驚く姿が面白くて仕方がなかった様だ。

そのため笑いを堪えきれず、常時ポーカーフェイスで冷徹なルキフェル閣下は、思わず笑い声をあげてしまった。

その笑い方は、この上なくぎこちなかった。

すると、ルキフェル閣下の頭上に、強烈な稲妻が落雷した。

放ったのは勿論、イヴァンカだ。

青紫色の巨大な雷はバチバチバチっと、まるで唸り声の様な音を鳴らしながら、ルキフェル閣下に直撃した。

落雷すると、城内4階全体の床、壁、天井に激しい電流が発生し、それらはビリビリビリッと激しいスパーク音のようなものを響かせた。


しかし、それ程の威力を秘めた雷が直撃してもなお、ルキフェル閣下は無傷だった。

それどころか、冥花軍の正装である漆黒のローブにも、埃の一つもついていなかった。

ルキフェル閣下はニヤリと不敵に笑いながら、イヴァンカを見ていた。

「貴様…一体なんの能力だ?」
イヴァンカは眉間に皺を寄せながら尋ねた。

「私の司る花の名は"ストレリチア(極楽鳥花)"。花言葉は"万能"です。」
ルキフェル閣下は不遜な笑みを浮かべながら言った。

「万能…だと?」

「ええ。読んで字の如くです。私は、自身の身に降りかかるあらゆる災難を解析し、人体に耐性をつけることが可能なのです。故に万能。今回は至極単純な話、貴方が放つ斬撃と雷の力を解析し、耐性を作っただけの話です。つまり貴方の攻撃の全ては…私の前では等しく無力化されるのです。」
ルキフェル閣下は得意げな表情で、自身の能力をひけらかす様に解説をした。

どうやら、ラーミアの退魔の力とアマレットの魔術を混同させて創り出した結界を破ったのも、この能力のお陰のようだ。

イヴァンカは、黙りこくったまま微動だにしていなかった。

「ふふふっ…あははははっ!イヴァンカさん…貴方、この魔界城に突入した際に仰っておりましたよね?"華麗なる逆襲劇の始まりだ"…と。あれだけ息巻いておいてこの有様とは、随分と情けないですね。穴があったら入りたいとお思いになりませんか?」

ルキフェル閣下に挑発され、イヴァンカは微かに眉をピクリと動かした。

「貴方の織りなす劇を特等席で観望できる事を心より光栄に存じます。かの有名な天上天下唯我独尊の雷帝レムソフィア・イヴァンカさんが、私の能力を前に為す術なく絶望する姿は、きっと素敵な余興になると思いますよ。教えて差し上げましょう…貴方など所詮、ただの厚顔無恥な青二才に過ぎないのです。」


イヴァンカは、これまで感じたことのないほどの屈辱感に苛まれていた。

「しかし残念な事に、間もなく終劇が近いですね。貴方の言う華麗なる逆襲劇とやらは、主演である貴方の命をもって幕引きとなるでしょう。」

ルキフェル閣下は、そんなイヴァンカの姿を嘲笑いながら、これでもかというほどに煽り立てた。

イヴァンカは剣を握ったまま直立不動で、冷酷な眼差しでルキフェル閣下を睨みつけている。

「イヴァンカさん、どうかなさいましたか?劇はまだ途中ですよ?さあ、貴方の思うがままに…存分に演じて下さいよ。くるしゅうないですよ。」








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