輪廻の風 3-8



「エンジェルトランペット?花言葉??」
エンディは警戒心と疑問を抱いていた。

「まさか…その首に刻まれた花の、"花言葉に因んだ能力"を使えるって意味かな?」
アベルが冷静に考察すると、セスタヌート伯爵は「御名答!」と声高らかに言った。

「花言葉は"夢の中"だと…?まさか、幻覚でも見せるつもりか?」
エンディは半信半疑ながらも、嫌な予感がした。

「エグザクトゥマン(その通り)!エンディ!これより君を、我輩が創った仮想空間へと誘おう!存分に楽しんでおくれ…!」

セスタヌート伯爵がそう言い終えると、エンディは突如「うわあぁぁぁ!!」と絶叫した。

砂漠地帯にいたはずのエンディの目の前の光景が、突然一変したからだ。

ふと気がつくと真っ暗な深海の中にその身を置かれ、呼吸をすることもままならず、水圧により内臓まで潰れてしまった。

しかし、実際には深海になど居ないため、呼吸が出来ない事も、水圧で内臓が軒並み潰された事も、全て錯覚だった。

エンディは瞬時にそれを理解し、冷静に慎重に今の状況を分析した。

心を落ち着かせ、セスタヌート伯爵の気配を感じ取り、気配の感じた方向にカマイタチを放った。

セスタヌート伯爵は一瞬焦ったが、ヒョイッとエンディの攻撃を躱した。

すると、エンディにかけられた能力が解け、エンディは仮想空間から脱出することに成功した。

「なるほどな…すげえ能力だ。けど実際に人体を損傷されるわけではない。それに、今みたいにお前の集中力が途切れれば仮想空間から脱出出来る。」
エンディは勝ち誇った様な顔で言った。

「やっぱり大したことないね。それにしても、仮にも魔族を名乗る君が"エンジェル"と名のつく花の力にあやかろうだなんて、笑えもしないね。」
アベルは皮肉な笑みを浮かべていた。

「ほっほっ、やはり凄いな。大抵の者は仮想空間に入ると心が焼け切れ精神が崩壊するというのに…。しかし、今のはほんの余興だよ。我輩の能力の真髄は…対象者の"深層心理"を熟知した上で仮想空間を創り出す事だ!」

「どういう意味だ…??」
エンディが不可解な面持ちでそう問いかけると、セスタヌート伯爵は酷薄な表情を浮かべながら「すぐに理解できるさ。」と答えた。

その直後に、エンディは再び仮想空間へと引き込まれてしまった。

今回引き込まれた仮想空間は、まるで地獄の様な場所だった。
空は真っ暗。
ゴツゴツしか岩肌の地面から真っ赤な溶岩がグツグツと吹き出していて、凄まじい熱気により体感温度も非常に高かった。

辺りは火山ガスが充満しており、空からは火山灰や溶岩片が降り注ぎ、とても人間の立ち入れる場所ではなかった。

「なんだよこれ。」
エンディは辺りををキョロキョロと見渡した。

すると、信じられないものを目にして心臓の鼓動が高まった。

なんと、亡き両親のアッサムとアミアンが2人で並び、エンディを直視していたのだ。

「お父さん…お母さん…?なんで…?」

アッサムとアミアンの表情からはまるで生気を感じられず、体温の無い幽霊の様な佇まいをしていた。

もちろんこれはセスタヌート伯爵が創り出した幻影であることは、エンディは頭では理解していた。
しかし、心が追いつかなかった。

「エンディ、どうしてあの時私達を護ってくれなかったの?あなたが遊びに出掛けてさえいなければ、私達は死なずに済んだかもしれないのに。私たちの代わりに、あなたが死ねばよかったのに。」

「全くもってその通りだ。俺たちはお前に殺された様なもんだ。エンディ、所詮お前如きでは何一つ護ることが出来ない。この口だけの偽善者が。」

亡き両親の幻影は、エンディに躊躇なく非道な言葉を投げかけた。

その言葉はエンディの心に深く突き刺さってしまった。

「うわああぁぁだ…!ごめんなさい…ごめんなさい!」エンディの精神は崩壊しそうになった。

アベルは、エンディの様子が普通ではない事をすぐさま察知し、セスタヌート伯爵に攻撃を仕掛けようと試みて動き出した。

「ごめんねエンディ、僕も加勢するよ!」

「ほっほっ、残念!アベル、君も既に我輩の術中にかかっているよ!」

ジェット機から離れようと動き出したアベルは、気がつくと真っ暗で狭い空間に居た。

アベルも、セスタヌート伯爵が創った仮想空間に入ってしまったのだ。

「此処は…何処だ…!?」
アベルは混乱した。
そして、背後に何者かの気配を感じ取り、恐る恐る振り向くと、そこには亡き父バンベールと、兄のカインが立っていた。

「久しぶりだな、出来損ないの欠陥品。お前の様なクズを息子に持つ私の苦悩が、お前に理解出来るか?貴様など、産まれて来なければよかったのだ。」

「ようガラクタ野郎、生きてて楽しいか?てめえなんか誰からも必要とされてねえんだからよお、さっさと死んじまえよ。」

バンベールとカインの幻影は、アベルを嘲笑しながら言った。

「あああああぁぁぁっ!!」
アベルの心は酷く傷つけられてしまった。


「ほっほっほっ!君たちは随分と精神が脆いんだな!どうだ、苦しいか!?辛いか!?安心し給え、今楽にしてやる!!」

セスタヌート伯爵は、ツカツカとエンディとアベルに向かって楽しそうに歩き出した。

しかし、その歩みはすぐに止まった。

様子を見ていたラーミアが機内から外へ出て、セスタヌート伯爵の前へと立ちはだかったのだ。

「やめて!2人に手を出さないで!」
ラーミアは、精神に異常をきたして再起不能になったエンディとアベルを、身をていして庇ったのだ。

セスタヌート伯爵は、ラーミアの顔を見てすぐに足を止めた。

そしてしばらく呆然とした後、どういう訳か、セスタヌート伯爵の顔はどんどんと青ざめていき、全身から脂汗を吹き出していた。

これにより、エンディとアベルは仮想空間から解放されて、現実世界に戻ってきた。

「ラーミア!?何で出てきたんだよ!」
エンディはすぐにラーミアの元へと駆けつけた。

「ラーミア…だと…?」
セスタヌート伯爵は腰を抜かしてしまった。

ラーミアを見て、酷く怯えている様子だった。

「お前…急にどうしたんだよ?」

「まさか…ラーミアを怖がっているの?」

不審に思ったエンディとアベルが、疑問を投げかけた。

「ラーミア…この女は…閣下が指定した5人の要警戒人物の筆頭格…"最重要厳重警戒対象"だ…!」

セスタヌート伯爵は声を震わせながら言った。

エンディとラーミアは、訳が分からずポカーンとしてしまった。

「なるほど…君達魔族は500年前、ラーミアと同じ能力を持つ天生士に封印されたんだもんね。だからラーミアを最も警戒していて、恐れているんだ。」
アベルが理屈に合った事を言った。

ラーミアはセスタヌート伯爵の顔を、不思議そうに眺めていた。

すると、その視線に気が付いたセスタヌート伯爵は「や、やめろぉ!我輩に近づくなぁ!」と怒鳴り声をあげ、逃走を図った。


「待て!」
エンディは急いで後を追おうと試みた。

すると、突如地中から太い木の幹が勢いよく伸び、セスタヌート伯爵の胸部を貫いた。

セスタヌート伯爵は致命傷を負い、地を這いつくばって悶え苦しんでいた。

「ククク…なんだぁ?俺を嗅ぎ回ってる野郎がいるって聞いたからよ、どんな強者かと思って来てみりゃあ、ビビりまくってるジジイじゃねえかよ。興醒めだな。」
アズバールが颯爽と登場した。

「アズバール!?何でここに!?」
エンディは驚いてしまった。

「あ?こっちのセリフだぜ。てめえらここで何してるんだよ?」

「そっか。君が旧ユドラ軍の残党を統率してるって噂は本当だったんだね。ねえアズバール、君こそ落武者どもを抱えて、この国で何をしようとしているの?」アベルが尋ねた。

「ククク…さあな?それをてめえに話す義理は無えよ。」アズバールは不敵な笑みを浮かべながら言った。

「ほっほっ…なるほど。我輩は…陽動の為の捨て駒だったというわけか…。まあ…結果として…大王様のお役に立てて死ねるのならば…本望だ。」

「あぁ?てめえまだ生きてやがったのかよ。」

「おいちょっと待て!陽動?捨て駒?どういう意味だ!?」エンディは嫌な胸騒ぎがした。

「ほっほっ…我輩が大王様から仰せつかった勅命は、"ペルムズ王国に蔓延る旧ユドラ軍を取り込み戦力を増強する事"。魔族がこの国に現れた聞けば、天生士が駆けつけてくると予測を立てたのだな。現に我輩の前に、天生士が4人もいる。バレラルク王国の戦力が激減している今、一気に攻め落とそうという算段だね。」

「まさか…お前の仲間が今バレラルクに向かっているのか!?」エンディは背筋が凍りついていた。

「ほっほっ、その通り。早く向かったほうがいいよ?癪だから…グッドラックとは言わないでおくよ。」
セスタヌート伯爵はそう言い残し、息を引き取った。


時刻は午後15時。天気は雲ひとつ無い快晴。

しかし、バレラルク王国の王都ディルゼンが突如薄暗くなった。

「なんだ?」 「ん?急に暗くなったぞ?」
「あれ…なんか肌寒くなってきた気がするな…。」

魔族の襲撃に備えて王宮付近を警備している軍人達や、城下町に住む一般市民たちがザワザワとし始めた。

ロゼはこの時、知る由も無かった。
魔族に成り下がったユドラ人達が宣戦布告に訪れたあの時点で、早急に国民を集団避難させなかったことが、後に国王の大失態として後世に語り継がれてしまう事を。

王都の遥か上空から、巨大な漆黒の球体がドス黒い蒸気の様なものを放ちながら、とてつもない速度で落下してきた。

「おい!空を見ろ!」「何だよあれ!?」
「隕石か!?」

王都は騒然とした。

黒い球体は上空約100メートル地点に達した段階で、10個に分かれてそれぞれ散開した。

そして10個に分かれた黒い球体は、凄まじい爆風を放ちながら同時に地上へと着弾した。

その光景は、まるで黒い爆弾が大爆発を巻き起こし、黒く巨大な火柱があがっている様だった。

軍隊、近衛騎士団員、保安隊員は、それぞれの落下地点へと急いで向かって行った。

10体の魔族が王都ディルゼンに侵攻を果たした。

10体のうち1体は、ルキフェル閣下だった。

「5世紀ぶりですね、天生士(オンジュソルダ)の皆様。不躾な入国をお許し下さい。これより我ら冥花軍(ノワールアルメ)が、貴方達に"因果応報の報い"を御教え差し上げます。」

世界を脅かす恐怖が到来した。




















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