輪廻の風 3-38



「やったか!?」

背を地面に着けた状態でピクリとも動かないヴェルヴァルト大王を、カインは恐る恐る凝視していた。

そしてその直後、ロゼは膝からガクリと崩れ落ちた。

両膝を地につけたまま、全身をガクガクと小刻みに痙攣させながら滝の様な脂汗を流し、過呼吸状態に陥っていた。

どうやら純白の光が放たれた聖槍ヘルメスを扱うのは、相当身体に負担を強いる様だ。

「ロゼ国王!大丈夫ですか!?」
「うわー!大変だー!国王様がー!!」

エンディとモスキーノは、すぐにロゼの元へと駆けつけた。

モスキーノのあまりの軽快な口ぶりに、この男は本当にロゼの身を案じているのだろうかと、エンディ達は疑問を抱いていた。

「くそっ…扱いが…難しいぜ…。」

無理をして言葉を発したロゼの背中を、エンディは優しくさすっていた。

「おいおい、聞いたか?あの光は悪しき者の眼には映らねえらしいじゃねえかよ。なあノヴァ、お前ちゃんと見えてたか??」
エラルドはニヤケ顔で尋ねた。

すると、ノヴァはムッとした表情で「あ?どういう意味だ?見えてたに決まってんだろうが!」と答えた。

「え!?見えてたんか!?元マフィアのボスのくせに!?」
エラルドは、ここぞとばかりにノヴァをおちょくった。

「うるせえ!十戒の下っ端だった男に言われたくねえよ!てめえこそ見えてなかったんじゃねえか!?」
ノヴァがムキになって言い返すと、エラルドは「んだとコラァ!!」と怒り出した。


「あー…そういえばそんな時代もあったなあ…懐かしい。確か…ぷっ…ノヴァファミリーだったっけ?」
今度は、エンディが唐突に横槍を入れてきた。

「ぎゃっはっはー!ノヴァファミリー!俺の耳にはマフィアとは名ばかりの素人の武器商人とチンピラの集まりだったと聞いてるぜ!?」

エラルドのこのセリフに、ノヴァは堪忍袋の尾が切れてしまった。

「てめえら…人の黒歴史には容易に踏み込むべきじゃねえぜ?死にたくなかったらな!!」

どうやらノヴァは、自身がマフィアの頭領だった過去を人生の汚点と思い、できることなら記憶から抹消したいとすら願っていた。

そこを容赦なく触れられ、ついに激昂してしまった。

「なんだコラ!やんのか!?」

隔世憑依形態が解けていないエラルドとノヴァは、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。

「おいやめろよこんな時に!」
エンディは金色の風を全身に纏い、2人の仲裁に入った。

「いいぞー!やれやれー!!」
モスキーノはその様子を、まるで遊戯を鑑賞しているかの様に楽しんでいた。

「ったく、緊張感のない奴らだぜ…。」
カインは呆れていた。
そして、光が見えていた自分に内心ホッとしていた。
カインは、チラッと横目でイヴァンカに視線を向け、「おい、お前は見えてたのか?」と尋ねた。

「ふっ、聞くまでもないだろう。当然…見えていない。」
イヴァンカは、どこか誇らしげな表情で答えた。



すると、ヴェルヴァルト大王がムクリと起き上がった。

カインとイヴァンカは、すかさず臨戦態勢に入った。

モスキーノは、再起不能となったロゼを守護すべく、身を挺していた。

ヴェルヴァルト大王は、巨大な足を軽く薙ぎ払った。

すると、鉄をも容易く破壊してしまう様な強烈な風圧がエンディ達に襲い掛かった。

「おい!でけえのきたぞ!避けろ!」
カインはエンディ、エラルド、ノヴァに向かって叫んだ。

しかし、3人は喧嘩に夢中になるあまり、カインの声が耳に届いていなかった。

3人はヴェルヴァルト大王の放った恐るべき風圧にその身を呑まれ、吹き飛ばされてしまった。

「うわあああああぁっ!!」
3人は声を揃え、間抜けな叫び声を上げらながら宙を舞っていた。

「何やってんだお前ら!ふざけてんじゃねえぞ!」
カインは怒りと呆れが入り混じり、声を荒げた。

「ふははははっ!中々やるではないか!みくびって悪かったな!ロゼ…お前を強敵として認めよう!だが、その力は諸刃の剣…扱いはお粗末なものだったな。」

ヴェルヴァルト大王は、苦しんでいるロゼを見下ろしながら言った。

腹部に巨大な風穴が空き出血も多量だというのに、ヴェルヴァルト大王は楽しそうに笑っていた。

「無理しないでよ、大王さん!」
モスキーノはにこりと笑ってそう言うと、周囲の空気を瞬間冷却させ、無数の氷の刃を創出した。

氷の刃は無尽蔵に増殖していき、ヴェルヴァルト大王の傷口目掛けて容赦なく襲い掛かった。

「ぐおおおおおおっ!!」
無数の氷の刃の直撃を受けたヴェルヴァルト大王は、苦しそうにうめき声を上げた。

すると、今度はカインがヴェルヴァルト大王の至近距離まで間合いを詰め、傷口に右手をかざした。

「内部からお前を焼き尽くしてやるよ。」
カインはニヤリと笑い、ヴェルヴァルト大王の腹部に空いた風穴に、凄まじい豪火を注入した。

「ぐはああぁぁぁっ!!」
肉体を内部から焼かれ、ヴェルヴァルト大王はもがき苦しんでいた。

「大口開けてみっともないぞ、御大。」

すると今度はイヴァンカが、ヴェルヴァルト大王の大きな口の中に雷を注ぎ入れた。

その様は、まるで落雷が直撃し、その雷の全てを呑み込んでしまったかの様だった。

そして、ついに叫び声を上げる余裕すら無い程に追い込まれていた。

「よし!一気に追い討ちかけるぞ!!」
「言われなくても!」

今度は、エラルドとノヴァが畳み掛けに向かった。

「傷口もっと拡げてやるぜ!」
ノヴァは、イヴァンカに斬られた際に生じたヴェルヴァルト大王の傷口を鋭利な鉤爪で突き刺した。

貫通こそしなかったものの、ヴェルヴァルト大王は確かなダメージを負っていた。

「オラオラオラァ!!」
エラルドはヴェルヴァルト大王に馬乗りになり、ダイヤモンドの硬度を誇る拳で傷口を執拗に殴打した。

すると、ヴェルヴァルト大王が突然、勢いよく起き上がった。

その弾みで、エラルドは転倒してしまった。

苛立ちを募らせたヴェルヴァルト大王は、エラルドの頬を力一杯殴った。

その威力はとてつもないもので、地面に叩きつけられたエラルドは気を失い、隔世憑依の形態が解けてしまった。

地面は大きな地割れを起こし、全身をダイヤモンドに硬化したエラルドはたった1発のパンチで致命傷を負ってしまった。

それを間近で見ていたノヴァは、思わずゾッとした。

その一瞬の気の緩みが命取りだった。

ヴェルヴァルト大王が右手人差し指の指先からピッと衝撃波を放つと、ノヴァはその衝撃波に身を呑まれ、血反吐を吐いて失神してしまった。

ノヴァも隔世憑依の形態が解けてしまい、そのまま地に臥してしまった。


ヴェルヴァルト大王は、2人にトドメを刺そうと試みて、右腕を大きく振り上げた。

エンディは、それを黙って見過ごす筈もなく、すかさず制止に入った。

「やめろー!!」
エンディはヴェルヴァルト大王のアゴに強烈な膝蹴りをお見舞いした。

その際、一瞬ではあるが、ヴェルヴァルト大王の巨体が宙に浮いた。

そしてエンディは右手にありったけの金色の風を纏い、ヴェルヴァルト大王の顔面を目掛けて力一杯拳を振り上げた。

しかし、ヴェルヴァルト大王から頭突きのカウンターを喰らってしまい、またしても吹き飛ばされてしまった。

「うわあああ!痛えええーー!」
エンディは額から出血し、あまりの激痛に耐えかねてのたうち回っていた。


すると、ヴェルヴァルト大王の肉体に何やら異変が生じていた。

なんと、ヴェルヴァルト大王の肉体につけられた傷口が、みるみるうちに塞がっていったのだ。

「なんだ…!?どうなってるんだ!?」
エンディは気が動転してしまっていた。

「超速再生だ。生きとし生けるものは須く、傷を負っても時間が経てば自然と癒えるだろう?余は、その再生が他の生物と比較して少しだけ速いだけだ。何も驚く事はない。」

これを言い終えた頃には、ヴェルヴァルト大王の肉体の傷は完全に癒えてしまっていた。

「嘘だろ…?この強さとタフさに加えて…超速再生って…。」
カインは絶望感に苛まれていた。

しかし、それでもエンディの心は折れておらず、目も死んでいなかった。
「はっ、なーにが超速再生だよ。だったらその自慢の再生能力が追いつく前に、お前をぶっ飛ばせばいいだけの話だ!」
エンディは再び立ち上がり、前向きな姿で戦闘態勢を整えた。

ヴェルヴァルト大王は、ニヤニヤと不敵に笑っていた。


一方その頃、魔界城一階ではとんでもない事態が起きていた。

一階では圧倒的数の不利の中、バレンティノとアベルが奮闘し、優勢を保っていた。

しかし、それを大きく覆される出来事が起こってしまった。

ラーミアとアマレットにより編み出された結界。

それに閉じ込められて身動きが取れなくなっている冥花軍(ノワールアルメ)筆頭戦力のルキフェル閣下、ジェイド、メレディスク公爵。

3体の強敵が閉じ込められている小さな結界内部で、何やら不穏な会話が聞こえてきた。

近くにいたラーミアとアマレットは、そっと聞き耳を立てていた。

「おっ!閣下ぁ!やっと解析が終わりましたか!」ジェイドは、待ちに待った瞬間が訪れた様な、歓喜の声を上げていた。

「はい。手間取ってしまって申し訳ありません。いくら私の能力をもってしても、退魔の力が施されていてはどうしても時間がかかってしまいました。」ルキフェル閣下は冷淡な口調で言った。

すると次の瞬間、3体を囲っていた結界が、パリーンとまるでガラスが割れたような音を立てながら崩壊してしまったのだ。

「え…?どうして…?」
「そんな…まだ10分しか経ってないのに…なんで!?」
ラーミアとアマレットは予想外の非常事態に驚きを隠せず、頭が真っ白になってしまった。

なんと、1時間続くはずだった結界の効力が、僅か10分強で切れてしまったのだ。

解き放たれたルキフェル閣下は、カッと鋭い眼光を光らせた。

すると、今度は魔界城全体を覆っていた結界が、パリパリパリッと激しい破壊音を立てながら崩壊してしまった。

「お前…何をした?」
アベルがルキフェル閣下に尋ねた。

すると、ルキフェル閣下は徐に剣を抜き、あからさまに動揺しているアベルを斬った。

アベルは一切反応が出来ず、上半身から血を噴き出しながらゆっくりと倒れた。

「ヒャハハっ!殺っちゃうからなぁ!てめぇらぁ!」ジェイドは、まるで血に飢えた獣のような凶暴な雰囲気を醸し出していた。

「さて…反撃といきますか。」
ルキフェル閣下は酷薄な表情で言った。

魔界城一階にいたバレラルク側の戦士達は血の気がサーッと引き、恐れ慄いていた。

形勢が一気に逆転し、魔族側の猛攻が始まろうとしていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?