輪廻の風 3-23



王都に残った戦士達は絶望感に苛まれ、呆然と立ち尽くして空を見上げていた。

「う、うわあぁぁぁっ!!」
「に、逃げろぉ!!」

「ははっ…逃げる場所なんてねえよ…。」
「もう無理だ…どうにもならねえよ…。」

恐れをなして逃げ惑う戦士達は少なく、その過半数以上は潔く命を諦め、逃れようのない死という運命を受け入れ、為す術も無く立っているだけであった。

しかし、エンディとカインならば何とかしてくれる、あの2人ならこの絶体絶命の窮地を救ってくれると淡い期待を抱く者も少なからずいた。


「諦めんな!突っ立ってたって現状は何も変わらない!嘆いたって誰も助けてくれないんだ!だったら命の限り、やり抜くしかねえだろ!!」エンディは前向きな姿勢で声を荒げた。

先ほどまで絶望的な表情を浮かべていたカインはその勇姿に触発され、キリッとした顔つきになった。

「そうだな…さすがだぜ、エンディ。」

もうとっくに体力の限界に近づき、心身ともに疲弊しきっていたエンディとカインであったが、恐るべき執念で体を叩き起こし、闇の球体目掛けて渾身の力を放った。

しかし、執念や気概でなんとかなる程、甘い状況ではなかった。

エンディとカインの放った風も炎も巨大な球体の前では無力に等しく、落下は止まらなかった。

それでも2人は諦めなかった。

すると、アベルが2人に加勢し、空に向けて大量の水を放った。

「微力ながら、僕も加勢するよ!」

しかし、空飛ぶ津波の様な恐るべき水圧を持ってしても、闇の球体は止まる気配がなかった。

次に加勢したのは、アズバールだった。

アズバールは地中から夥しい数の太い樹木を生やし、それらは上空に向かって勢いよく伸びていった。

しかし、やはりそれでも落下は止まらなかった。

巨大球体は地上にグングン近づいていった。
そして近づくにつれて、地上はとてつもない爆風に襲われ、王都の景観は更に破壊されていった。


すると、青紫色の激しい稲妻が上空に向かって放たれた。

その光景はまるで、円柱型の巨大な火柱が上がっている様だった。

放ったのはイヴァンカだった。

「イヴァンカ…お前!」
エンディは意外そうな顔をしていた。

するとイヴァンカは皮肉な笑みを浮かべながら「不本意だけどね、私も加勢するよ。この様な下卑た地で、君達と運命を共にするのは御免だからね。」と言った。
それは紛れもなく本心であった。

しかし、それでもヴェルヴァルト大王の攻撃は留まるところを知らなかった。

まるで、世界中の海が空から落ちて来ている様だった。

こんなもの抑え込める訳がない。
こんな生物に勝てる訳がない。

誰もがそう思わざるを得なかった。

それ程までに、ヴェルヴァルト大王の力は凄まじかったのだ。

屈強な精神力を持ち合わせた有志が何人束になっても、歴然とした力の差を埋めることは出来なかった。


闇の球体は徐々に速度を増し、着実に地上へと着弾に向かっていた。

万策尽きて万事休す。

誰もがそう思ったその時、エンディ達の元にラーミアが現れた。

毅然とした態度で颯爽と現れたラーミアに、一同驚きを隠せなかった。

一番驚いていたのはエンディだった。

「ラーミア…何しに来たんだよ…?」

まさか、命を投げ打って封印術を使い、ヴェルヴァルト大王を封じ込めるつもりではあるまいかと、エンディは疑念に駆られた。

仮にその予感が的中していたとして、落下する球体を食い止めるために全身全霊の力を放っている今の状況で、エンディにラーミアを止める手段は無かった。

ラーミアは一体何をするつもりなのか、そう考えると居ても立っても居られなくなり、エンディは強い不安に襲われてしまった。

そんなエンディの心中を察したラーミアは、エンディに向けて「心配しないで?」と優しく言った。

ラーミアは凛とした表情で上空に向けて両手を翳した。

両手からは眩い光が放たれた。
その光は、一本の矢の様な形を成した。

エンディ達は目を丸くして、その光り輝く細長い矢をまじまじと見つめていた。

ラーミアが両手にグッと力を込めると、光の矢は闇の球体に向かって一直線に、空高く放たれた。

すると驚くべきことに、光の矢の直撃を受けた闇の球体は、まるで濃霧が晴れるかの様に一瞬にして掻き消されてしまった。

闇の球体を跡形もなく消し去った光の矢は、そのまま一直線にヴェルヴァルト大王に向かっていった。

しかしヴェルヴァルト大王は、光の矢を人差し指で軽くチョンと弾きかき消した。

「え…え?えぇーー!?ラーミア!?何だ今のは!?」
ロゼは理解が追いつかず、激しく困惑していた。

「すげぇーー!!ラーミア、今のどうやったんだ!?」
エンディは少年の様に瞳をキラキラと輝かせながら興奮していた。

「それが…自分でもよくわからないの。でもあの黒い球体を見た時、何故か確信したの。私ならあれを消すことができるって…。」
何とラーミアは、光の矢を放ったのも闇の球体を消し去ったのも、自身の直感によるもので、ほとんど無意識の状態だったと述べた。
ラーミア自身も、自分の力の底が分からず、少し戸惑っている様だった。

「恐れ入ったよ。流石は地上唯一の悪魔の天敵、退魔の天生士ってところだね。」
イヴァンカは何かを知っている様な口ぶりで言った。

「マジかよ…あれを一瞬にして消し飛ばしやがった…。」
「ラーミア…すごい…。」
ノヴァとラベスタは、空いた口が塞がらなかった。

「ククク…だが肝心のあの怪物野郎には効かねえみてえだな。」
アズバールは不敵な笑みを浮かべながら言った。

「つまりあの光の矢は、闇の力を無効化するものであって、魔族本体に致命傷を与える効力は無いってことなのかな?」
アベルは冷静に考察をした。

ヴェルヴァルト大王が光の矢を容易く無力化したことから鑑みて、アベルの考察は的中していた。

ラーミアの能力の真髄は損傷した人体の治癒ではなく、悪しき闇の力を無効化することにあった。

そしてそれこそが、ルキフェル閣下が5人の要警戒人物の中でも、ラーミアを特に用心するべき人物として"最重要厳重警戒対象"に指定した所以であった。

その力を実際に目の当たりにしたエンディ達は、改めてラーミアの能力の凄さを知った。

ヴェルヴァルト大王は、上空から酷薄な笑みを浮かべながらラーミアを見下ろしていた。

「遂に真の力が目覚めたか。やはり厄介な能力だな。よかろう…ラーミア、貴様を早々に消すとする。」
ヴェルヴァルト大王はそう言い放つと、両翼を羽ばたかせながらゆっくりと地上へと舞い降りていった。

ラーミアは強い恐怖感に襲われ、身体が硬直してしまった。

「フフフ…やっぱそうくるよねえ。ラーミアの能力は魔族にとって脅威でしかないからねえ。」
バレンティノは剣を抜き、ヴェルヴァルト大王を迎え撃つ心構えを整えていた。

ヴェルヴァルト大王は着々と王都の大地へと近づいていった。

人々は人類の歴史と未来の繁栄を脅かす恐怖の到来と、阿鼻叫喚が蔓延る世界が刻一刻と近づいてくるのを肌で感じ取っていた。

そんな中で、隔世憑依の形態を維持した状態のエンディが、何らかの行動を起こす素振りを見せた。

「ゴチャゴチャうるせえよ!おいヴェルヴァルト!魔族の親玉だか何だか知らねえが、あんま偉そうに踏ん反り返ってんなよ!?俺が引導を渡してやるから覚悟しろ!」
エンディは上空を見上げ、ヴェルヴァルト大王に立ち向かう姿勢を見せた。

「おい落ち着けエンディ!」
「お前何をする気だ!?早まった行動は慎め!」
危惧の念を抱いたロゼとカインが、エンディを牽制しようとした。

しかし、時既に遅しだった。

エンディは自らの風力を利用し、空を飛んだ。

浮遊能力のないカイン達に、エンディを止める手段は無かった。

「お前が全ての元凶なんだろ!?だったら今ここで叩き潰してやる!!」

空を飛んだエンディは、とてつもない速度でヴェルヴァルト大王に向かっていった。

その姿は、まさに台風の目そのものだった。










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