輪廻の風 3-52



「カインが勝った。良かった。」
「あの野郎、やってくれたぜ!」

ラベスタとエスタは、魔界城4階の壁に空いた大きな穴から外の様子を眺め、カインがジェイドに勝利したことを皆に報告した。

無表情のラベスタとは対照的に、エスタは拳を握りしめて喜んでいた。

2人はカインの勝利を祝福しており、報告を聞いたマルジェラとダルマイン、サイゾーとクマシスもホッとしていた。

「そんな…ジェイドさんまでやられちまったよ…。」
「やべえよこいつら…強すぎるよ…。」

ジェイドの敗北を知った魔族の戦闘員達は、続々と心を折られていき、戦意もどんどん削がれていった。


「ぎゃっはっはー!見たかコラァ!降伏しろ!そして俺様の家来になりやがれ!」

ダルマインは魔族達をビッと指差し、ゲラゲラと笑って舌を出しながら挑発を繰り返していた。


ラーミアから治療を受けているロゼ、ノヴァ、エラルドの3名も徐々に意識を取り戻していき、戦線復帰も時間の問題だった。


しかし、そんなバレラルク側の高まった士気を一気に打ち消し、希望を絶望に変えてしまう男が、まだ1人残っていた。

冥花軍(ノワールアルメ)最高司令官、ベルッティ・ルキフェル。

この男が、突如フロアにその姿を現したのだ。

冷たい眼差しで広い城内を見渡すルキフェル閣下に、バレラルク側は戦慄した。

味方であるはずの魔族側ですら、ルキフェル閣下を見るや否や、怯え始めていた。

「お前は…ルキフェル!?」
マルジェラは憔悴しきっていたが、急いで立ち上がって剣を抜いた。

ラベスタとエスタ、サイゾーの3名もマルジェラに続き、剣を手に取りルキフェル閣下に体を向けていた。

クマシスとダルマインは瓦礫の影に隠れ、亀のように丸くなってガタガタと震えていた。


「絶対無敵を誇る我が冥花軍が私を除いて全滅とは…申し訳ありません、少々あなた方をみくびっていました。」
ルキフェル閣下は淡々とした口調で言った。

ルキフェル閣下が無意識に醸し出すただらなぬ殺気に、マルジェラ達は冷や汗が止まらず、生唾を飲んでルキフェル閣下を注視していた。

すると、ルキフェル閣下はゆっくりと剣を抜いた。

「ここまでの長旅、大変お疲れ様でございました。あなた方にはここで死んで頂きます。しかし御安心下さい、あなた方の健闘は私が語り継ぐとお約束致します。どうか…お覚悟を…!」

ルキフェル閣下の闘気に圧倒され、ラベスタとエスタは両膝をついてへたり込んでしまった。

マルジェラも、立っているのがやっとだった。

ルキフェル閣下の強さは、冥花軍のなかでも別格だった。

彼らはそれを肌で感じとっていた。


殺される。それも、あっという間に。

口にこそ出さなかったが、マルジェラ達は本能でそう感じた。

剣を抜いたルキフェル閣下がマルジェラ達に斬りかかろうとした次の瞬間、城内に、ルキフェル閣下が放っているものとはまた別の殺気が立ち込めた。

まるで、殺意の波動が意志を持ち、城内に充満しているようだった。

あまりの重圧に、バレラルク側の兵士達も魔族側の戦闘員達も、立つことすらままならず、気絶してしまう者すら何人もいた。


すると、城内5階へと続く階段から、カツンカツンと足音を立てながらおりてくる者がいた。

ルキフェル閣下に負けずと劣らぬ殺気を放っていたのは、どうやらこの者らしい。


「久方ぶりだね、閣下殿。首を洗って待っていたかい?」
階段からおりてきたのは、イヴァンカだった。

「お久しぶりですね、イヴァンカさん。首を長くしてお待ちしていましたよ。」

イヴァンカを見るルキフェル閣下の顔は、心なしか嬉しそうに見えた。

自身と比肩する稀有な存在を前に、思わず心が躍ってしまったのだろう。

ルキフェル閣下にとってイヴァンカは、剣技の応酬で自身を愉しませてくれる唯一無二の存在なのだ。

「イヴァンカ…!」
イヴァンカの登場に、マルジェラは面白くなさそうな顔をしていた。
その気持ちは他の者達も同じで、エスタに至っては険しい表情を浮かべながら「チッ…。」と舌打ちをしていた。

それもそのはず、なぜならばイヴァンカは、バレラルク王国の戦士達にとって、かつての宿敵。

ユドラ帝国との決戦から2年が経過した今でもそのほとぼりは冷めず、因縁の男であることに変わりはなかったからだ。


さらに、そのイヴァンカに窮地を救われたという厳然たる事実に、彼らはやるせない気持ちに駆られていた。

ルキフェル閣下は、長引く戦いで疲弊しきった手負いのマルジェラ達が束になっても敵う相手ではなかった。

つまりこの場は、イヴァンカに任せる以外の他に選択肢が無いのだ。

「退がれ、ここは君達如きが出る幕ではない。閣下殿は私が始末する。君達はどこへなりと消えてくれないか?死にたくなければ、くれぐれも私の邪魔だてはしないでくれよ。」

「何を偉そうに…。」
ラベスタは無表情のまま、悔しそうにボソリと呟いた。

「…いいだろう。イヴァンカ、ここはお前の顔を立ててやる。俺達もこんなところにいつまでも留まっているわけにもいかないしな。お前ら、上階へ…エンディの援護に向かうぞ!」
マルジェラは、イヴァンカの要望を渋々承諾し、先陣を切って階段を上っていった。

他の者達もマルジェラに続き、続々と階段を駆けあがっていった。

ラーミアは、ロゼとノヴァとエラルドの治療を一旦中断し、3人はダルマイン、サイゾー、クマシスに担がれる形で上へと移動していった。

「あばよ!イケメン同士勝手に殺し合っててくれ!」
ダルマインはその場を立ち去る際、後ろを振り返って大声で叫んび、急いでマルジェラ達の後を追った。

「カインとジェイド…イヴァンカとルキフェル…イケメン同士の対決がこうも続くとはな。」
サイゾーは階段を駆け上がりながら、どこか感慨深そうに呟いた。

「エンディさんの援護ですか…果たしてそう都合よく事が運びますでしょうか。最上階へと辿り着くには、5階を通過しなければなりません。5階には精鋭の戦士達がザッと2万体近くいます。手負いの彼らでは、少々厳しい戦いになるかと思いますけどね。」

ルキフェル閣下はクスリと嘲笑の笑みを浮かべながら言った。

すると、イヴァンカもまたそれを返すように、クスリと嘲笑の笑みを浮かべた。

「閣下殿、つい先程まで、誰が5階に居たと思っているんだ?私は君に会うために、わざわざ5階からこの4階までおりてきたんだよ。」

ルキフェル閣下は、イヴァンカの意味深な発言を瞬時に理解し、目の色を変えた。

「確かに上階には大量の魔族どもが跋扈していたね。あまりにも目障りだったもので、ここへ来る前に全員殺しておいたよ。すまないね閣下殿、自慢の魔界城とやらを愚か者どもの遺骸で汚してしまって。」

余裕ある表情でそう言い放ったイヴァンカに、ルキフェル閣下は思わず感心してしまった。

「なるほど…やはり貴方は、恐ろしくお強いですね。エンディさんと同じく、貴方は大王様にとって脅威となり得る存在です。私が直々に、確実に消す必要がありますね。」

イヴァンカは、エンディと同等に見られた事に憤りを感じ、この上なく不愉快そうな表情を浮かべていた。

「今宵は月が汚いね。」
イヴァンカが言った。

ここは城内。
外の景色など当然見れず、仮に見れたとしても、世界中の空が闇に覆い尽くされたこの環境下で、月を見ることなど到底不可能な話だった。

「イヴァンカさん…お気を確かに。世界中のどこを見渡しても、月などありませんよ。そもそも、月に綺麗も汚いもあるのですか?」

「全く…風情の無い男だね。閣下殿は乏しい感性をお持ちのようだ。」

「…どういう意味でしょうか?」

「今のはね、"君を殺したい"という意味だよ。」

「随分と遠回しな言い方をなさるんですね。御言葉ですが、意味も大きく履き違えているかと。」

イヴァンカとルキフェル閣下は、ほくそ笑みながら互いを見合い、一触即発の状態で対峙していた。

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