輪廻の風 3-42



メレディスク公爵を撃破してすぐに、バレンティノの両頬に刻まれた赤褐色の2本の十字架はスーッと消えた。

それでも尚、バレンティノはスカーフを巻いて顔半分と首を隠した。

どうやら、十字架が有ろうと無かろうと関係なく、スカーフを巻いている方が落ち着くらしい。

人前で素顔を曝け出すのはまだまだ抵抗があり、隠している方がしっくりくる様だ。


長年根強く続けてきた習性というのは、そう簡単には治りそうもなかった。



「俺たちは仲間の死に涙を流すべきじゃねえ。それは、国の為に命を賭して戦った者に対する侮辱行為の他ならねえからな。仲間の死を次の何かに繋げる…それこそがせめてのも餞だ。」

バレンティノの脳裏には、いつの日かポナパルトに言われたこの言葉がよぎっていた。

この言葉を口にした際のポナパルトの目は、どこか涙ぐんでいる様に見えた。

あれは気のせいだったのか否か。
バレンティノはそんなことを考えていた。

しかしそんな事を考えたところで、今となっては永遠に答えは分からない。

だからバレンティノは考えるのをやめ、上階を目指して歩き出した。

「フフフ…全くもってその通りだよねえ、ポナパルト。仲間の死を嘆いて涙を流すなんて愚の骨頂…そんな事しても現実は何も変わらないしねえ。でも…冥福を祈ることは、個人の自由だよねえ。君が為す術無く敗北した男は、俺がきっちり殺しておいたよ。だから…化けて出てこないでよね。大人しく眠っててよね。」

バレンティノは手を合わせはしなかったが、静かにポナパルトの冥福を祈っていた。

「フフフ…俺もすぐそっちへいけると思ってたけど…どうやらもう少し長生きできそうだよ。まあ…この戦いに勝てればの話だけどねえ。」
バレンティノは剣を鞘にしまい、次なる戦いを目指して上階へと続く長い階段をゆっくりとのぼっていた。


一方その頃城内2階では、ダルマインが泣き叫びながら走り回っていた。

どうやら、13体の魔族の戦闘員達に追いかけ回されているらしい。

「ぎゃー!やめてくれ!金ならやる!だから命だけは勘弁してください!!命だけはあぁぁ!!」
ダルマインは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら吠え、命からがら逃げ回っていた。

それでも魔族達は聞く耳を持たず、殺意を剥き出しにしながらひたすらダルマインを追いかけ続けていた。


すると、5名のバレラルクの戦士達が剣を振るい、ダルマインを追いかけていた13体の魔族達を一蹴した。

「おお…おめえら!助けてくれたのか!くるしゅうねえぜ!!」
長年敵対していたバレラルクの戦士達に助けられ、ダルマインは思わず嬉しくなった。

しかし、バレラルクの戦士達は、一体でも多くの魔族を駆逐すべく、ただ目の前の敵を倒しに過ぎない。

つまり、ダルマインを救おうと剣を振るった戦士などこのフロア、いや、城内には1人もいないのだ。

「誰がお前なんか助けるかよ!」
「邪魔だからすっこんでろ!大体、なんでお前ここに来たんだよ!?」
戦士達に冷たくそう言われ、ダルマインは悲しくなりシュンとしてしまった。

すると次の瞬間、途轍もなく奇妙な現象が起こった。

突如として城内2階の天井から小型爆弾の雨が降り注ぎ、それらは全て2階にいたバレラルクの戦士達に被弾した。

「なんだ!?何事だ!?」
「なんだこの爆弾は!!」
戦士達は一時パニック状態に陥り、フロア全体が騒然とした。

すると今度は、どこからともなく20丁の機関銃が出現したのだ。

一見するとなんの変哲もない機関銃であった。
しかしよく見てみると、驚くべきことに引き金がないのだ。

これまた不可解なことに、引き金もなければ引き金を引くべき者すらいないのに、20丁の機関銃はバレラルクの戦士達を目掛けて数多の弾丸を一斉射撃させたのだ。

凄まじい発砲音と、被弾した者達の悲鳴が城内を響き渡った。

機関銃は暴発したわけではない。
まるで、機関銃そのものが意志をもって動いている様に見えた。

不幸中の幸いと言うべきか、バレラルクの戦士達は鉄の鎧や棒弾チョッキを身につけているものが多かった為、そのほとんどが軽傷で済んだ。

しかし、頭に被弾した戦士達の何名かは即死してしまった。

「くそっ…なんなんだ今のは!?」
戦士達の間ではどよめきが走っていた。

「な…何が起きたんだ…!?」
物陰に隠れて難を逃れたダルマインは、血の気がサーっと引いて戦慄していた。

すると、背後から少年の笑い声の様なものが聞こえてきた。

「あははっ!おもしろーい!ねえねえ!見た!?今の!あいつらの驚く顔!傑作だよねえ〜!!」

ダルマインはびっくりして背後を振り向くと、そこにはあどけない顔をした男の子が立っていた。

しかしよく見ると、その少年は冥花軍の正装である漆黒のローブを身に纏っており、更に首には黄色い花が刻まれていた。

少年の名はラメ・シュピール。
魔界城を建造した張本人であり、冥花軍の筆頭戦力だ。

「おおおおおおい…お前が…やったのか…!?」
怖気が止まらず呂律の回らないダルマインの問いかけを、シュピールは無視した。

挨拶がわりのつもりか、シュピールはとりあえずダルマインの顎をつま先で蹴り上げた。

「おわああぁぁっ!いでぇー!いでぇよぉ!!」

シュピールはその小さな右手で、のたうち回るダルマインの首を絞めた。

「や…やめてくれっ!俺様はお前に危害を加える気なんてねえんだ!信じてくれ!第一、俺様を殺したって箔なんかつかねえぞ!?むしろ笑い者になるだけだ!なっ!?良い子だからその手を離してくれ!どうか慈悲を!!」
ダルマインは白目を剥き、過呼吸になりながら命乞いをした。

するとシュピールはダルマインの首を絞めたまま、グイッと顔を近づけた。

「ねえ、エンディはどこ?僕あいつを殺したいんだ!」
シュピールは屈託のない笑顔で尋ねた。

なんとシュピール、敵襲があったというのにも関わらず、ついさっきまで眠っていたのだ。

その為、エンディが上階でヴェルヴァルト大王と死闘を繰り広げている事を知らなかったのだ。

ダルマインは口をポカーンと開けたまま、泣きじゃくった顔でシュピールを見ていた。

「強いんでしょ?エンディって。だから僕が殺してやりたいんだ。エンディの首を献上すれば、大王様は喜んでくれるかな?僕ね、大王様に褒められたいんだ!だから教えてよ、エンディがどこにいるのか!」
シュピールは胸を躍らせながら言った。

「知らねえ!あいつがどこにいるかなんて、俺様が知るわけねえだろ!?」
ダルマインはブンブンと激しく首を横に振りながら答えた。

すると、シュピールは若干苛立ちを募らせた様な顔つきになった。

「嘘つかないでよ。早く教えてよ。」
痺れを切らせたシュピールが急かす様に尋ねると、ダルマインは先ほどよりも激しく首をブンブンと横に降り始めた。

「嘘じゃねえ!本当に知らねえんだ!口の軽さでこの俺様の右に出る者はこの世にいねえ!この口の軽さで、俺様が今までどれほどの災いを起こしてきたと思ってるんだ!その俺様が知らねえって言ってんだから信じてくれよ!!」

シュピールは、まるで汚物を見る様な目でダルマインを見下ろしていた。

ダルマインは首を激しく降り過ぎたせいか、ドッと疲れた様な表情を浮かべていた。

首を振るのをやめ、「ぜぇ…ぜぇ…。」と静かに呼吸を整え始めた。

すると、大きく深呼吸をした後、歯を剥き出しにしてニヤリと不敵に笑い、シュピールの顔を見上げた。
その直後、彼は信じられない言葉を口にした。

「つうかよお…知ってても教えねえよ馬鹿野郎…!あいつは俺様の仲間だからなあ…!」
ダルマインは強い口調で言った。

その目は泳いでいた。声も微かに震えていた。
恐怖によって体もプルプルと小刻みに震わせていた。

しかし、それでも彼からは、たとえエンディの居場所を知っていたとしても、絶対に口は割らないという強い意志を感じた。

「…どういうつもり?」
シュピールは冷淡な声色で尋ねた。

「どういうつもりもクソもねえよ…確かに俺様はよぉ、自他共に認める救いようのねえゴミクズ野郎だ。だけどな…腐っても男だ!!だからこの命に換えても…見込んだ男を敵に売る様な真似は絶対にしねえんだよ…分かったかクソガキ!!」
ダルマインは先程よりも強い口調で、啖呵を切るようにそう言い放った。
言い放った直後、ダルマインは歯をガチガチと鳴らせながら震えていた。

しかし、自身の取った行動、そして自身の放った言動に、一片の悔いは無かった。

「見込んだ男?君みたいなブタに見込まれてるエンディが気の毒に思えてきたよ。」
シュピールは嘲笑しながら言った。

「エンディはな…あいつは…いつも自分よりも他人の事ばっか考えてんだよ。自分の危険なんて一切顧みずによぉ…仲間の想いやら悲しみやら…全部1人で背追い込んで…もがいてもがいて、いつも何かと戦ってやがるんだ…まだ18やそこらのガキのくせしやがって…。長いことあいつを見てきたせいでよぉ、俺様はそんなあいつの男気に惚れちまったのさ。人類が滅亡しちまうかもしれねえこんな戦いですら、あいつは必死に足掻きながら…自分のことは二の次で…この世界をぜーーんぶ1人で背負った気になって戦ってんだ!こんなカッケェ奴他にいるか?だから俺様は…惚れ込んだ男の生き様をこの目でしっっかりと見届けてえんだよ…。」

ダルマインは言った。
態度も面持ちも威風堂々とは大きくかけ離れていたが、その言葉に嘘偽りは無かった。

以前のダルマインならば、適当な居場所を教えるか、或いは魔族側に寝返ろうと試みたりするなどして、なんとしても自分だけは助かろうと試行錯誤していただろう。
もし居場所を知っていようものならば、迷うことなく吐いていただろう。

ダルマインは変わったのだ。
ダルマインの卑劣で歪んだ人格が、徐々に変わろうとしていた。
ウルメイト・エンディ。
ダルマインの荒んだ心は、1人の心優しき少年に触発され、少しずつではあるが変わりつつあったのだ。

更にダルマインは、自身の首を絞め続けるシュピールの手を振り払うとすぐに立ち上がり、一点の濁りもない瞳で決め台詞を言い放った。

「男一匹ダルマイン!外道と呼ばれて早47年!人を嫌い人に嫌われ、人を憎み人に憎まれ、お天道様に顔向できねえ生き方ばかりしてきた!だが…それでも見込んだ男は死んでも裏切らねえ!命は捨てても…魂だけは死んでも売らねえ!それが男の中の男、ダルマイン様の生き様よ!」

ダルマインは声高らかに叫んだ。
それは、まるで遺言でも言い残したかの様な口ぶりだった。

シュピールは冷めた顔で、ダルマインを横目で睨んでいた。

「あっそ。で?言いたいことはそれだけ?くだらな。もう死ねよ。」

シュピールは右手に闇の力を込めて、ダルマイン目掛けてゼロ距離で破壊光線を放とうとした。

今まさに強力な破壊光線が放たれ、ダルマインの肉体が消滅しそうになったその時だった。

シュピールは、今まで感じたことのない"冷たい殺気"を感じ取り、肝がヒヤリとした。

すぐに攻撃をやめ後方を振り返ると、そこには満面の笑みのモスキーノが立っていた。

「やるじゃんダルマイン!見直したよ!か〜っこ良い!!」
モスキーノは笑顔を絶やさず、パチパチとダルマインに拍手を贈った。

「モスキーノーー!!助けにきてくれたのかあ!!!」
ついさっきまで死を覚悟していたダルマインは、命が助かり安堵すると、途端に張り詰めていた糸が解け、両目からボロボロと滝の様に涙を垂れ流した。

「別に助けに来たわけじゃないよ〜。たまたまだよ、たまたま。後、個人的にこういうガキは嫌いだからね…ついお仕置きしたくなっちゃって!」
モスキーノは、無垢な笑顔をシュピールに向けて言った。

モスキーノの笑顔の裏に潜む狂気と自身に向けられている殺気を、シュピールは見抜いていた。

「調子乗ったクソガキの長い鼻っ柱へし折るのが、年長者の義務でしょ〜?」

「僕、こう見えても君より500個以上先輩なんだけどな。」

モスキーノとシュピール。
両者は笑顔で対峙した。
















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