輪廻の風 3-56



エンディは、まるでミサイルに撃墜された小型飛行艇の様に、最上階から5階へと緩やかに落下してきた。

「エンディー!」
ラーミアは泣き叫び、ロゼ達の治療をそっちのけでエンディにしがみついた。

焼け爛れた肌に血塗れの身体、更に骨が2〜30本ほど折れていた。

ラーミアは両手からパッと眩い光を放ち、すぐにエンディの治療に取り掛かった。


「くそが!!よくも俺の相棒を…ちくしょう!どこのどいつだぁ!出て来いや!」
カインは周囲をキョロキョロと見渡しながら、怒りのままに声を荒げた。

「貴様か!ダルマイン!」
サイゾーは剣を抜き、ダルマインに詰め寄った。

「違う違う違う違う!俺様じゃねえよ!」
ダルマインは首をビュンビュンと何度も横に振り否定した。

確かに性格的観点から鑑みると、ダルマインは真っ先に疑惑の目を向けられるべき対象であったが、彼はシロだ。

「クマシス…お前、まさか?」
ラベスタはクマシスに疑惑の目を向けたが、クマシスは「お、俺なわけないでしょうがぁ!」とはっきりと否定した。

無論、彼もシロだ。


「やめろお前ら!こんな時に争っていてどうする!それこそ連中の思う壺だぞ!」

マルジェラは取り乱しながらも、皆を宥めようと必死だった。

するとアベルが、「ここまで一緒に来た仲間の中に裏切り者がいるんだ!冷静になれって方が無理な話でしょ!」と言った。

モスキーノとバレンティノ、アズバールは、訝しげな表情で周囲の様子を伺っていた。


「裏切り者が誰であろうと興味はない。君たちはそこで一生右往左往していればいい。無様な死を晒したエンディに代わり、私がヴェルヴァルトを討つ。」

イヴァンカは剣を抜き、ウズウズした様子で最上階のヴェルヴァルト大王を見上げていた。

「エンディは…エンディは死んでないよっ!」
ラーミアが力強い口調でそう言い放つと、一同はエンディに視線を集めた。

エンディは、辛うじて生きていた。

目をうっすらと開け、ヒューヒューと苦しそうに呼吸をしながら、懸命に生きようと自分自身と戦っていたのだ。

エンディの生存をその目で確認したカインは、とりあえずホッと安堵した。

するとヴェルヴァルト大王が、天井に空いた穴からヌッと巨大な顔を出し、5階を覗き込んだ。

その不気味で悍ましい顔つきに、その場にいたイヴァンカとカインとモスキーノの3名を除いた全員は、ゾクッと背筋が凍りついてしまった。


「お前達、よくぞここまで辿り着いたな。よくぞ我が自慢の子供達、冥花軍を打ち破った!当初は10万を超えていた我が兵力を、たったの4000人弱で半数近くまで減らしたお前達の戦いぶりには恐れ入った…褒めて遣わす!だが…そろそろ限界だろう?」
ヴェルヴァルト大王はニヤァと笑いながら問いかけた。


「何が言いてえんだ?」
カインが鋭い目つきで尋ねた。

「お前達、余の子供になれ!これより冥花軍は一新する!お前達には余の力を与えてやる!そして、新設冥花軍として最強の矛となれ!」

ヴェルヴァルト大王の提案に、カイン達は上を見上げたまま何も言葉を発さなかった。

「命を乞え!さすれば救いの道を与えよう!強者は武力を差し出し、弱者は人権を差し出せ!さあ、哀れな迷える子羊達よ…家族になろう!」

ヴェルヴァルト大王は、魔界城全体に響き渡る程の大きな声で叫んだ。

その叫び声の悍ましさはなんとも形容し難く、まるで場内にいる者一人一人の心臓を鷲掴みにしているかの様な得体の知れない恐ろしさがあった。


ヴェルヴァルト大王の声が止むと、城内にはまるでピタリと時が止まったかの様な不気味な静寂さに包まれた。


すると、ラーミアが一旦エンディの治療を中止し、スクッと立ち上がった。

そして、強く澄んだ目で、凛と毅然とした態度で、真っ直ぐヴェルヴァルト大王を見上げていた。


「断るわ。そんな話に載る様な臆病者は、ここには一人もいない!」

ラーミアは強い口調で言った。

「フハハハハっ!面白いことを言うなあ、女!1人もいないだと!?そんなことを貴様が勝手に決めてもいいのか?死ぬくらいならば敗けを認めて余に従おうと決めた者の方が多いはずだ!貴様の身勝手な一言で、大勢の者が死ぬことになるぞ!それでもいいのか?」

ヴェルヴァルト大王はラーミアを見下ろしながら、鬼気迫る表情でそう言い放った。

しかし、それでもラーミアは物おじすることなく、強い眼差しでヴェルヴァルト大王を見上げていた。

「確かにあなたの言う通りかもしれないわね…戦力差は歴然だったし、あなたは想像を遥かに超えて強いし…でも、みんなそんなことわかった上でここに来たのよ!あなたを倒すために!世界に光を取り戻すために!そんなみんなの覚悟を甘く見ないで!あなた如きが、そんな気高い戦士の人達を侮辱しないで!どんなに恐ろしくても…例えあなたに殺されることになっても…それでも尊厳を失いたくないから私たちは決して悪には屈しない!生きてる限り命の限り戦い続ける!」

ラーミアは大きな声で啖呵を切った。

ラーミアの強い心力はまるで言霊の様に、戦士達を勇気付け士気を高めた。

ラーミアはしゃがみ込み、再びエンディの治療を続けた。

「エンディ…エンディは敗けてないよ。私がついてるから…私も最期まで戦い続けるからね。」

ラーミアの言葉は、しっかりとエンディに届いていた。

エンディは朦朧とする意識の中、身体中の激痛に耐えながら、無理をしてニッと笑った。

それは紛れもなく、少しでもラーミアを安心させたいという意志の表れだった。

「"私も"…だと?"私達"だろ?俺も戦うぜ…命の限りな!んでもって、最後に笑うのも俺たちだ!そうだろ!みんな!?」
ラーミアに続き、カインが皆に檄を飛ばした。

「フフフ…当たり前だよねえ。」
「いうまでもないでしょー!」
バレンティノとモスキーノは、非常に前向きな笑顔を浮かべながら臨戦態勢を整えていた。

「ククク…てめえらと共闘なんざ死んでも御免だが…こんな気持ち悪いバケモノの傘下に入るよりは幾らもマシだな。」
アズバールからも立派な意気込みが感じられた。

「やるっきゃないね!」
「うん。」 「おう!!」
アベル、ラベスタ、エスタも十二分に気合が入っていた。

そんな彼らを、ヴェルヴァルト大王は身も凍りつく様な顔つきで見下ろしていた。


「それがお前達の答えか…つまらぬ人生だったな、虫ケラどもよ。だがお前たち如き烏合の衆、余が自ら手を下すのも面倒だ。行け、ベルゼブ!」

ヴェルヴァルト大王がそう唱えると、城内に突如、真っ黒な球体が出現した。

半径10メートルほどのその黒い球体は、まるで卵の様な形をしていた。

「何あれ…気持ち悪っ…!」
ジェシカとモエーネは声を揃えていった。
その謎の物体を前に、何やらゾワッと身震いをしている様だ。

「虫ケラ共を駆逐する役目は、"蟲の王"こそ誂え向きだろう?」

ヴェルヴァルト大王がそう言い終えると、その謎の黒い球体の中心にピシャッと亀裂が生じた。

やはりこの物体は、卵の様だ。

亀裂は次第に大きくなり、瞬く間に卵全体に拡がっていった。

すると、なんとも薄気味悪い生物が誕生した。

卵は孵化し、1匹の蟲となった。

その蟲は体長10メートルほどの巨大な蠅の様だった。

ヴェルヴァルト大王にベルゼブと命名されたその巨大な羽虫は、顔の半分を真っ赤なハエ目で覆われていた。

羽の色は無色透明。
飛行する際、ブーンブーンとプロペラ音にも似た大きな羽音を発していた。

垂れ下がった二本の長い触覚。

鎌のように鋭利な2本の触手と4本の脚。



天翔ける龍の鱗を髣髴とさせる様な皮膚は黒光りしており、この上なく硬そうだった。

近くで見ると、思わず吐き気を催してしまう程に醜く気持ち悪い生き物だった。

現に、ダルマインとクマシスは「オエェェェッ!」と嗚咽し、嘔吐しそうになるのをグッと堪えていた。

ラーミア、アマレット、ジェシカ、モエーネの女性陣は、あまりの気持ち悪さにクラクラと目眩をしていた。



「なんなんだよこいつ…今はこんなもんに構ってる暇はねえぞ…!」
「全く、目に毒だな。よくもこの私にこんな醜悪な下等生物を見せてくれたものだ。」
カインとイヴァンカは露骨に苛立っていた。

「ベルゼブ、全員喰い尽くしてしまえ。」
ヴェルヴァルト大王がそう命じると、ベルゼブは嬉しそうに口を開けた。

ベルゼブの口内には粘度の高い唾液がニチャアと糸を引いていた。

「シューーーーーーッ!!」
ベルゼブは口から超音波を発した。
誰もが耳を塞いでしまいたくなるような、嫌な音だった。

超音波により、城内の天井や壁には大きな亀裂が生じてしまった。


「うわあ…これは厄介そうだ…。」
「チッ…こんなのと戦ってたらヴェルヴァルト戦まで身が持たないぞ!」

モスキーノとマルジェラは頭を抱えていた。
ベルゼブの登場に、先が思いやられていたのだ。

すると、そんな2人にカインはニヤリと笑いかけた。

「ふっ、どうやらその心配はなさそうだぜ?見てみろよ…神出鬼没のスーパーヒーローのお出ましだぜ?」

安堵したような笑いを浮かべてそう言い放ったカインの視線の先に、2つの人影が見えた。

その2つの人影は、怒涛の勢いでベルゼブに向かっていった。

「オラオラオラァ!寝起きの俺の強さは次元違えぞぉ!暴れまくってやるぜぇ!!」
「ハエ退治なら任せておけ。」

2つの人影の正体は、エラルドとノヴァだった。

2人はラーミアの治療のお陰で、ヴェルヴァルト大王との激闘で負った怪我が完全に回復したようだ。

「ノヴァ!!」ラベスタは珍しく大声を上げた。

「お前ら、上へ行け!ここは俺たに任せろ!」ノヴァが言った。
その様は、この上なく頼もしかった。

「ノヴァ、頼んだぜ?」カインは、ノヴァの顔を立てる様に言った。

「ノヴァ…良かった…!」
ジェシカは目に涙を溜めながら、元気になったノヴァを見つめていた。

「ジェシカ、俺の側を離れるんじゃねえぞ?何人たりとも…お前に指一本触れさせねえ!」
照れ屋の筈のノヴァは、恥ずかしそうな素振りを微塵も感じさせない真っ直ぐな目で言った。

ジェシカは、顔が茹でタコのように真っ赤になっていた。

「ちょっと2人とも!こんな時にお熱すぎ〜!」モエーネは、2人をからかうように言った。

「おいてめぇらぁ!上行ってヴェルヴァルトぶっ殺すのもいいけどよ、何人か下にも加勢に行ってやれよな!?」エラルドが言った。

エラルドの言う通り、下には魔族の戦闘員が5万体以上いる。
対するバレラルクの兵士は、ついに1000人を切ろうとしていた。

もはや、バレラルク側の一般戦闘員が全滅するのは時間の問題だった。

順当に考えれば、その筈だった。

カインは城内から外の様子を見て、口を半開きにさせながら唖然としていた。

どうやら、何かを見て相当な衝撃を受けているようだ。

「いや…二手にバラける必要もなさそうだ…。俺たち全員で、ヴェルヴァルトぶっ倒しに上へ行こう。」カインは、若干鳥肌を立たせながらそう言った。

「何言ってんだよ兄さん!下で戦ってる人達を見捨てる気!?」アベルは強い口調でカインに詰め寄った。

「アベル、みんな…外を見てみろよ。世の中まだまだ捨てたもんじゃねえぜ?」

カインは皆に体を向け、右手の親指をクイっと外に向けて言った。

カインに言われるがまま、皆は城内の崩壊した壁から、恐る恐る外の様子を見た。

そこには…夥しいほどの数の兵隊達が、大軍として一つの形を成して、魔界城へと増援に向かっているという、奇跡と呼ぶに相応しい光景が広がっていたのだ。














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