輪廻の風 3-50



「ヒャハハッ!本当はよぉ、この俺に雷ぶっ放したイヴァンカちゃんを探し出してぶっ殺してやろうと思ってたんだけどよぉ…てめえ、この前も今も、俺の最強の黒炎をちょっとかき消したくれえで良い気になってんじゃねえかぁ!?カインちゃん〜〜!!ムカつくからよぉ!まずはてめえからぶち殺してやるぜぇ!!」

ジェイドは甲高い声でそう言うと、猛スピードでカインの間合いへと詰め寄り、カインの顔面を殴りかかった。

カインはすかさず両腕で顔をガードをしたが、ジェイドのパンチは想像以上に威力があり、そのまま後方へと飛ばされてしまった。

カインは両腕がズキズキと痛んでいた筈だが、痩せ我慢をして涼しい顔をしてみせた。

「気をつけろカイン!第一次侵攻の時、ノヴァとエラルドが2人がかりでもこいつに手も足も出なかったんだ!黒炎ぶっ放す能力差し引いても、こいつの戦闘能力は相当高えぞ!」

エスタは少し離れた場所から、大きな声でカインに注意を促した。

「ヒャハハッ!俺はこう見えてよぉ!実は殴り合いも大好きなんだぜ!!」

ジェイドは下品に笑いながら、再びカインの顔面を殴りかかった。

すると、カインはそれを飄々とよけた。

そして、ジェイドが2発目のパンチを繰り出すタイミングを見計らい、ジェイドの顔面に後ろ回し蹴りの強烈なカウンターを炸裂させた。

あまりのトリッキーな動きに一瞬だじろいだが、ジェイドは間一髪のところで右腕でガードをした。

「悪いな、俺は炎ぶっ放すしか脳のねえポンコツじゃねえんだわ。お前と違ってな?ジェイド。」

カインが嘲笑しながらそう言うと、ジェイドはガードした右腕の痛みを忘れ、コメカミの血管をピクピクさせながら、分かりやすいくらいに苛立っていた。

「ヒャハハッ!不届きな野郎だぜ!!死ねっ!!」

ジェイドとカインの間合いは、限りなく零距離に近かった。

その状態で、ジェイドは強烈な黒炎をカインに放った。

しかし、カインは一切狼狽える事なく、負けじと豪炎を放ち黒炎を難なく相殺させた。

至近距離で豪炎と黒炎が衝突したため、その地点を中心に城内には巨大な火柱が昇った。


「不届きなのはお前の黒炎だろ?この前と言い今日と言い、俺はまだ1発もまともに食らってねえぜ?まあ、お前の黒炎はこの先も一生、俺に届くことはねえだろうけどな?」

カインの挑発は火に油を注ぐ行為そのものだった。

自慢の黒炎を何度も相殺され、さらに小馬鹿にされ、ジェイドのプライドは著しく傷ついていた。

しかし、実はカインも、あまり心に余裕が無かった。

何故ならば、現在激戦を繰り広げているこのフロアには、数多くの手負いの仲間、そして何より愛する妻子がいたからだ。

敵味方関係なく、見境なしに黒炎を放つ冷血なジェイドに対し、カインは傷ついたバレラルク兵や、マルジェラを筆頭とした即戦力、更に妻のアマレットと娘のルミノアに気を使いながら豪炎を放っていたのだ。

特に、愛する妻アマレットと、愛娘のルミノアがこの場にいたのは、最大の誤算だった。

そう、カインは仲間や家族を巻き込まぬよう、そしてそれらを護りつつ、細心の注意を払いながらジェイドとの戦いに臨んでいるのだ。


だからカインはジェイドを挑発し、極限まで怒らせ、何とか城外へと誘き寄せようと画策していたのだ。

「どうしたよハリボテ野郎、かかってこいよ。軽く捻り潰してやるからよ。」

執拗に挑発をし続けるカインを見て、流石のジェイドも疑念を抱き始めた。

意外と勘の鋭いジェイドは、すぐにカインの企みに気がつき、ニヤリと笑った。

「ヒャハハッ!なるほどな!カインちゃ〜ん、てめえ、嫁とガキを巻き込まねえ場所に俺を誘導するつもりだなぁ〜〜!?」

ジェイドはそう言い終えると、酷薄な表情でアマレットとルミノアを横目でギロリと睨んだ。

その仕草を見たカインはドキッとし、つい動揺してしまった。

その一瞬の動揺が、これは図星だろうとジェイドを確信させてしまった。

「内通者め…俺の家族の事までこいつらに…!獅子心中の虫じゃ済まねえぞ。」
カインは怒りに打ち震えながら言った。

「ヒャハハッ!カインちゃ〜ん?家族を護りてぇのか〜〜!?言っとくけどてめえにそんな大層な事願う資格はねえぞぉ!?」

「あ?どういう意味だ?」

ジェイドの挑発に、カインはすぐに食いついた。

「ヒャハッ!!てめえも俺たち魔族と同種同輩の極悪人だからだよ!!知ってるぜぇ〜?ガキの頃いーーーっぱい殺してきたんだろぉ??罪の無え人間をよぉ…数え切れねえほどに…。まさか都合の悪いことは忘れちまったのかぁ??よ〜〜く思い出してみろよぉ、ガキの頃をよぉ!なあなあ、どんな気分だった?無抵抗の人間を殺すのはよぉ…!?」

ジェイドのこの言葉で、カインの心には鋭利な刃物で抉られたような激しい痛みが走った。


それは、絶対に触れられたくない、叶うことなら記憶から抹消してしまいたいカインの黒い過去の記憶。


カインは幼少期、当時ユドラ帝国最高権力者であったイヴァンカの実父レイティスと、自身の実父バンベールの命令で、ユドラ帝国に背く者、また脅かす恐れのある危険因子、海外のスパイ、疑わしき者、その全てを殺してきた。

幼いカインは、何の疑問も持たずに2人の命令を実行し、数多の命を奪い殺戮の限りを尽くしていた時期があったのだ。

そんな壮絶な幼少時代にエンディとアマレットに出会い、2人に諭され、共に楽しい時間を共有していくうちに、徐々に人間らしい感性や感情が芽生えていったのだ。

そして、2年前にユドラ帝国との戦いに勝利してからは、エンディ達とも本当の意味で仲間になり、妻をめとり、子宝に恵まれ、穏やかな生活を送っていた。

しかし、カインはやはりどこかで、自らが過去に犯した過ちに対して負い目を感じ葛藤し、もがき苦しんでいたのだ。

罪悪感に押しつぶされ、今ある幸せを恐怖し、毎夜不眠に悩まされていた時期もあった。

そのため、ジェイドの発言は、カインの心を深く抉った。

「ヒャハハッ!なぁカインちゃん!てめえよぉ…今まで散々好き放題人の命奪ってきたくせしやがってよぉ!今更家族と幸せな日々を送れるとでも思ってんのかぁ!?そもそもてめえみてえな救えねえ悪党はよぉ!幸せを望むこと自体許されねえんだよ!馬鹿じゃねえのか!?そんな都合のいいハッピーエンドは無えんだよ!俺にはよ〜〜く見えるぜぇ〜??てめえの背中にのし掛かる、デッケェ十字架がな!?」

ジェイドは容赦なくカインを畳み掛けた。

カインは何も言い返せず、自身が背負う大きな十字架に押しつぶされてしまうような、奇妙な感覚に陥っていた。
そして、ジェイドの発言を、最もだなとすら感じていた。

「ヒャハハッ!今更善人ヅラなんかすんなよ!この偽善者がぁ!どうせならよぉ!俺ととことん堕ちるとこまで一緒に堕ちようぜぇ!なぁ!?カインちゃ〜ん!?」

悪魔の囁きのようなこの言葉に、カインは精神が崩壊してしまいそうになってしまった。

すると、それを見かねたアマレットがルミノアを抱きながら「カイン!そんな奴の言うことに耳を傾けないで!気にしちゃダメ!カインは変わったでしょ!?あの頃とは違うの!あなたはもう、幸せになってもいいの!」と、目に涙を溜めながら叫んだ。

「そうだよカイン!カインは今までよく頑張ってたよ!私も…みんなもそれは充分知っている!変わったカインをずっと見てきたから!それに…この世界に幸せになっちゃいけない人間なんていない!幸せになる権利は、みんな平等にあるの!」
ラーミアもアマレットに続い叫んだ。
ジェイドの発言で傷ついたカインを見て、ラーミアはとても悔しくていたたまれない気持ちになっていた。

2人のおかげで、カインはハッと我に帰った。
どうやら、何とか心を持ち直すことができたようだ。

すると、ジェイドはつまらなそうな顔で舌打ちをした後、突然何かを思いついたようにニヤリと笑ってパッと姿を消した。

いや、姿を消したのではなく、城内を高速移動していたのだ。

そして、なんということか、アマレットの腕に抱かれていた筈のルミノアまでもパッと姿を消してしまったのだ。

「え!?嘘でしょ!?ルミノア!?一体どこに!?」
アマレットはパニック状態に陥り、オロオロとしていた。

カインは嫌な胸騒ぎがし、全身の血の気がひいた。

するとカインの背後から、「うぎゃああああっ!!」と、激しく怯えた様子で泣き叫ぶルミノアの声が聞こえた。

カインが恐る恐る後ろを向くと、そこにはルミノアの小さな頭を片手で乱暴に掴むジェイドの姿があった。

「ルミノアーー!!」
カインは叫んだ。
そして、すぐにジェイドに飛びかかろうとした。

「ヒャハハッ!動くんじゃねえよ!カインちゃんよぉ!このクソガキの小せえ頭握りつぶして脳髄ぶちまけんぞコラァ!」

生後間もない愛娘が、今にも殺されそうになっている。
その恐ろしい光景を目の当たりにしたカインは、過呼吸状態に陥り、全身から脂汗を噴き出し、立っているのがやっとだった。

「おいヴァンパイア共ぉ!来い!!」

ジェイドが号令をかけると、ジェイドの背後にヨダレを垂らした50体近くのヴァンヴァイア達がすぐに集まった。

若い女性の血液が大好物の彼らは、ギラギラと血に飢えた恐ろしい眼差しでルミノアを見つめ、今か今かと食事の時間を待ち侘びるようにジェイドの後ろに待機していた。


「ヒャハハハハッ!いい反応だぜカインちゃん!最高だぜ!!教えてやるよ…このクソガキはな、ヴァンパイア共の餌になる為に産まれてきたんだ!ヒャハハハハッ!不憫だよなぁ!?てめえみてえな悪党の血を継いで産まれてきちまったばかりによぉ!不幸すぎて同情しちまうなあ!」

ジェイドはカインの反応を楽しむ為、ルミノアの小さな頭蓋骨にヒビが入らない程度に力を加減しながら、ルミノアの頭を掴んでいた。

ルミノアは、恐怖と痛みでギャンギャンと泣き叫んでいた。

「頼む…やめてくれ!俺はどうなってもいい…自害でも何だってする…だから、ルミノアには手を出さないでくれ!!」
カインはゆっくりと地に膝をつけ、額をつけ、土下座をしながらか細い声で懇願した。

そんなカインを、ジェイドは嘲笑っていた。

「ヒャハハッ!気持ち悪いんだよ腑抜け野郎が!このクソガキの頭かち割って脳髄ぶち撒けた後のてめえの絶望に歪む面を拝むのも面白そうだが…そんな無惨な死体を見ちまった日にゃてめえ、感情死んで喪失感で戦闘不能になっちまうだろぉ?それじゃあつまらねえ!だったらよぉ…腹を空かせた複数のヴァンパイア共に身体中喰い尽くされて、肉片の一つも残らねえ方がスマートで良いだろ??死体が残らなけりゃてめえも親として実感が湧かねえ分、怒り狂って俺と戦う余力ぐらい残ってるだろうしなぁ!さあカインちゃん…喚けよ!怒れ!堕ちろよ!昔みてえによぉ!ヒャハハッ!くるしゅうねえぜ!?」

カインは、泣き叫ぶ愛娘のルミノアを、棒立ちのまま見つめていた。


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