輪廻の風 2-28



カインは謁見の間を目指して歩いていた。

謁見の間とは、ユドラ帝国最高権力者レムソフィア・イヴァンカが配下に召集をかけた際に集まる場だ。

謁見の間に出入りできる者はほんの一握り。
十戒の筆頭隊メンバー以外の者はその場所すら知らされていない。

イヴァンカの側近であるカインもまた、ウィンザーやマルジェラ達と同様、召集をかけられ謁見の間へと出向いていたのだ。

カインは、心なしか少しやつれている様だった。
両目の下にはクマがあった。

「やあ、兄さん。」

背後から声が聞こえ振り返ると、アベルがいた。

「アベル…こんなところで何をしているんだ?ここはお前ごときが来る場所じゃないぜ?」カインは冷たく言った。

「…兄さんはすごいよね。僕は兄さんがユドラ帝国を出て行ってから、毎日血の滲むような鍛錬をしたんだ。そして2年前、やっと十戒に入れた。それなのに兄さんは、4年ぶりに帰ってきたと思ったらイヴァンカ様の側近になっちゃうんだもん、異例の大出世だね!」
アベルは笑顔で言った。
一見するとカインをほめている様だが、その眼差しからは羨望とは程遠いものを感じた。

「何が言いたいんだ?」
カインがそう尋ねると、アベルの表情は狂気を感じさせる恐ろしいものへと変貌した。

「4年間も逃げまわってたくせに…いい御身分だなって言ってんだよっ!」
アベルは血走った目で言った。

「悪いな、お前の相手をしているほど俺は暇じゃねえんだわ。」
カインは、アベルを全く相手にしていない様子だった。

「昔から、そういうところがムカつくんだよ…それこそ…殺してやりたいぐらいにね!!」
アベルはそう言い終えると、両手から大量の水を放出した。

その水は、まるで津波の様に恐るべき水圧で付近の建造物を跡形もなく破壊した。

しかし、カインは上手くかわしたようだ。

「正気か?お前よ、俺にこんなことしてただで済むと思ってんのか?」

「安心してよ、死体が残らないほど跡形もなくこの世から消し去ってやるから。証拠がなければ僕は裁かれない!お前を殺して、僕がイヴァンカ様の側近になるんだ!!」
アベルはそう言い終えると、指先から大量の水滴を放出させた。
その水滴は弾丸の雨と化し、恐るべき速度と破壊力でカインに襲いかかった。

しかし、カインは涼しい顔で自身の前に炎の壁を作り、アベルの攻撃を完封した。

アベルはこの上なく悔しそうにしている。


「なんでだよ…なんでお前なんかがイヴァンカ様の側近なんだよ…!僕はお前なんかよりも先に、イヴァンカ様に認められていたのに!!」

「いい機会だから、兄として一つ言っておく。嫉妬ほど醜い感情はないぞ?」
カインがそう言うと、アベルは怒り狂った表情で大量の水をこれでもかと言うほどに放出した。

2人のいた場所は、まるで海中の様になってしまった。

カインも負けじと炎を大量放出した。

炎と水は激しくぶつかり合い、水蒸気が濃霧の様に発生して視界がボヤけた。

なんと、視界不良のその状況でアベルはカインの背後を取った。

そして右手から水を放出した。
その水はまるで海流の様だった。
カインは胸部を貫かれた。

勝利を確信したアベルは、狂信的な笑みを浮かべた。

しかし、胸部を貫かれたカインの肉体が、突如大きな爆炎をあげて大爆発した。

アベルが貫いたものは、カイン本体ではなく、カインがダミーとして作った炎の分身体だったのだ。

アベルは全身に火傷を負い、爆風によって吹き飛ばされた。

仰向けになって身動きが取れないアベルを、カインは酷薄な表情で見下ろしていた。

「イヴァンカ様のお気に入りの僕を殺したら…いくら側近といえど…君もただでは済まないぞ…。」アベルは声を振り絞った。

「悪いなアベル。さっきな、筆頭隊未満の十戒メンバーは弱すぎて使い物にならないから殺せとイヴァンカ様から天命を授かった。お前も例外じゃない。」
カインのこの言葉に、アベルは大きなショックを受けていた。

「そんな…イヴァンカ様が…僕を…?」

「哀れすぎて目も当てられねえな。そのまま苦しみながら、緩やかに死ね。」
カインはそう言い残し、その場を立ち去って行った。

「はははっ…結局、どこまでいっても兄さんには敵わなかったなあ…。僕はただ、幸せになりたいだけなのに…。」
アベルは天井を見上げ、悲痛な表情で涙を流しながらそう言った。

そして、そのままそっと目を閉じた。

「実の弟に対して、容赦ないな。」
謁見の間の扉の前で、1人の男がカインに声をかけた。

「ハルディオス…。」
男の顔を見てカインが言った。

ハルディオスは十戒筆頭隊メンバーの1人だ。
虚な目をしていて、生気を全く感じられない見るからに陰気そうな男だ。

「みんな集まっている。早く入るぞ。」
ハルディオスはそう言って、カインと共に謁見の間へと入って行った。

謁見の間には既に、マルジェラとウィンザー、そしてもう2人の筆頭隊メンバーがいた。

その空間は、とても厳かな雰囲気に包まれていた。

カインと5人の筆頭隊メンバーが揃ったところで、イヴァンカが颯爽と現れた。

イヴァンカが到着するや否や、一同跪いて深々と頭を下げた。

「主よ、我ら十戒筆頭隊…参上つかまりました。」
ウィンザーが言った。

「面をあげてくれ。わざわざ呼び立ててすまないね。」

「いいえ。主の瞳が光り輝き続ける限り、我らは身も心も貴方様と共にあります。」
ハルディオスが言った。

「諸君、遂に時が来た。我が大願成就、不老不死の夢が時期に叶う。今こそ我らの手で運命の歯車を逆流させ、新たなる歴史を創生しようではないか。」
イヴァンカは穏やかな口調で言った。

「主よ…私は…私は血が欲しいですっ…!貴方様に歯向かう異教の者共の虐殺は…どうか…どうかこの私めにお任せくださいませ…!」

「それは頼もしいね。期待しているよ、バリーザリッパー。」

十戒筆頭隊の1人、バリーザリッパーは常に殺人衝動に駆られている危険で不気味な男だ。そして大きな鎌を背負っている。

「主!貴方様に歯向かう、者共はぁ!私めが喰い尽くしてやりますゆえ…どうか!御安心を。」
十戒筆頭隊の1人、ガンニバリルドが言った。
ガンニバリルドは体長3メートルを超える暴漢であり、食人鬼だ。

「親愛なる我が麾下達よ。これより世界の完全侵略を始める。まずは手始めに、我らに逆らったバレラルク王国を地図から抹消しよう。今こそ世界は1つになる。さあ…私と共に、新たなる世界の景色を眺めようではないか。」イヴァンカは、ついに世界を蹂躙する狼煙を上げた。

「御意。」
ウィンザー達は声を揃えて言った。

カインは、何か大きな覚悟を決めた様な目をしていた。




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