輪廻の風 3-19




王宮の3階フロアに、"宝物殿"と呼ばれる部屋がある。

約2万平方メートル程の面積を誇る宝物殿は、王宮内で最も広い空間だ。

そこには建国から500年を経たバレラルク王国の歴史的遺産や文化財が主に納められている。

数百年前に国土を防衛していた兵隊達が身につけていた鎧や、使用していた剣や槍等の武器類、また当時名を馳せていた画伯によって描かれた美しい絵画や風刺画、名だたる芸術家によって造られた工芸品や美術品、まさに国の宝物と呼ばれるに相応しい物ばかりだった。

よってこの場所は宝物殿というよりも、ほとんど美術館のような形を成していた。

しかし中には、500年以上続いた大陸戦争の最中に、バレラルクの兵士が敵国から強奪した骨董品や陶芸品、また敵国の兵士達が当時身につけていた甲冑等も所蔵品として納められていた。

そういったことも起因し、バレラルク王国の王宮宝物殿は、海外では蔑称の意を込めて"盗品博物館"と呼ぶ者も少なくないと言う。

そんな宝物殿の中に、一際目立つ水晶玉があった。

成人男性が片手で掴める程の小さな水晶玉ではあるが、その内側からはあまりにも邪悪で禍々しい気を放っていたため、ほぼ確実に見る者の目を引いていた。

その水晶玉は、2年前にラーミアがイヴァンカを封じ込めた際に出現した危険な代物だった。

よってこの2年間、宝物殿に近づこうとする者はおろか、宝物殿近辺の警備を買って出る近衛騎士団員すら激減してしまっていた。

現在その宝物殿の前に、ついにトロールとイル・ピケが到着した。

「トロール…貴方…本気なの…?馬鹿な真似は…やめなさいよ…。」
イル・ピケは、トロールがこれからやろうとしている行いを、あたかも愚行と断じる様な口ぶりで注意を促した。

しかしトロールは、全く聞く耳を持ち合わせていなかった。

「なんだよてめえ、ビビってんのか!?要警戒人物の一人、雷の天生士レムソフィア・イヴァンカ!こいつはエンディとカインの2人がかりでも殺せなかった強者だろ!?そんな強え奴…男なら一度は手を合わせてみてえと思うじゃねえかよ!?強え奴と思い切り戦って完膚なきまでに叩きのめす!それが…男ってもんよ!!」

イル・ピケは、トロールの愚行を止めることを諦めた。
そして本音では、イヴァンカに興味もあった。
イル・ピケはあくまで傍観希望者ということで、その場に留まることを決めた。

「どいつもこいつも庭園の戦いに夢中になるあまり、宝物殿の警備が手薄で助かったぜ!オラァ!!」
トロールは宝物殿のドアを乱暴に蹴破り、内部へ侵入しようと試みた。

「手薄とは言ってくれるじゃねえかよ。」

背後から声が聞こえ、トロールは慌てて後ろを振り向いた。

後ろを振り向いた瞬間、トロールは顔面を力一杯蹴り倒され、目的の宝物殿から遠のいてしまった。

トロールを蹴ったのはノヴァだった。

「コラ小僧!邪魔すんじゃねえよ!死にてえのか!?」

「悪いがここは通さねえよ。」

涼しい顔でそう言い放ったノヴァの立ち居振る舞いが癪に触り、トロールはノヴァに勢いよく体当たりをした。

「…ぐはっ!」
トロールの巨体からは想像もつかないようなスピードに意表を突かれ、ノヴァは吹き飛ばされてしまった。

「チッ、油断したぜ。」
ノヴァは急いで体制を立て直した。

しかしトロールは、ノヴァが吹き飛ばされた隙に急いで宝物殿へと入ろうとしていた。

「2度も言わせないでよ。通さないって言ったでしょ?」
今度はラベスタがトロールに斬りかかり、侵入を阻んだ。

トロールはラベスタの斬撃をかわし、後退した。
宝物殿まで後一歩というところで2度も侵入を阻まれたトロールは、自身の前に立ち塞がるノヴァとラベスタを血走った目つきで睨みつけていた。

イル・ピケは、そんな様子を面白がるようにニヤリと笑っていた。

「はははっ…てめえら少しは楽しめそうじゃねえかよ!!」

トロールはそう言い放つと、王宮の石造りの壁や天井を拳で砕き、巨大で分厚い岩壁を3枚、ヒョイヒョイと軽々投げた。

「なっ!?」
「え、嘘でしょ。」
トロールの人並外れたパワーに、ノヴァとラベスタは驚きながらも何とかかわした。

しかしラベスタは、トロールに顔面を片手で掴まれ、空高く投げられてしまった。

ラベスタは天井を突き破り、上空へと舞った。

「ラベスター!!」
ノヴァは天井に空いた大きな穴から空を見上げ、ラベスタの身を案じていた。

「俺の司る花はタイム!花言葉は力強さだ!この世に腕力で俺の右にでる者はいねえぜ!?」トロールは得意げに言った。

ノヴァは即座に黒豹化し、瞬く間にトロールの背後に回り込んでは後頭部を力一杯膝蹴りした。

「ぐおっ!?」
トロールは頭がグラッとし、一瞬意識が遠のいた。

「いくらパワーが凄くても当たらなきゃ意味がねえんだよ。俺のスピードについて来れるもんならついてきてみやがれ!」

ノヴァは怒りを露わにしながら、鋭利な鉤爪でトロールの喉笛を引き裂こうとした。

それを邪魔だてしたのが、イル・ピケだった。

ノヴァは、イル・ピケは手出しをしてこないだろうと高を括っていた。

イル・ピケは闇の力で漆黒の細長い剣のような物を創出し、ノヴァの背中を斬りつけた。

ノヴァは苦しそうな表情で背後を振り向くと、そこには口角を微かにクイッと上げながらニヤニヤしているイル・ピケの姿があった。

「うふふ…気が…変わっちゃった…。私も…イヴァンカを…見てみたくなっちゃった…。」

イル・ピケが冷淡な声色でそう言うと、トロールは歯を剥き出しにしながら酷薄な笑みを浮かべた。

「そうこなくっちゃなぁ!!」
トロールはそう言って、ついに宝物殿へ侵入する事に成功した。

宝物殿に入ってすぐに、トロールはイヴァンカが封印されている水晶玉を見つけた。

水晶玉から放たれる異様で邪悪な気を感じ取り、これに間違いないとすぐさま確信したのだ。

「やめろぉーー!!」
ノヴァは決死の叫び声をあげながら、トロールを追って宝物殿へ入っていった。

しかし、時既に遅しだった。

トロールは右手で水晶玉を掴み、握り割った。

水晶玉が割れた瞬間、突如凄まじい爆風が巻き起こり、王宮はドゴーンと強烈な破壊音を放ちながら崩壊寸前に陥ってしまった。


「なんだ!?」
「何が起きた!?」
ルキフェル閣下達と一触即発の状態であったエンディとカインは、突如倒壊した王宮を不審げな目で見つめていた。

またそれは、ルキフェル閣下とジェイド、メレディスク公爵も同じだった。

すると、庭園内の大地に青光りした凄まじい電流がビリビリと走った。

激しい土埃を巻き上げながら倒壊した王宮の瓦礫の上に、一つの人影を確認した。

その場にいた者達は総じてその人影に視線が釘付けになり、ピタリと動きを止めた。

「この感じ…まさか…?」
エンディはゾッとした。

カインは背中にジワリと冷や汗をかき、慄いていた。


邪智暴虐の稀代の巨悪、雷帝レムソフィア・イヴァンカが復活を遂げた。





















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