輪廻の風 3-40


魔族10万対バレラルク4千で幕を開けた此度の戦争。

バレラルク側は圧倒的数の不利の中敵幹部を拘束し、魔界城内部ではマルジェラとアベルを筆頭とした天生士、そしてバレンティノやラベスタ等の強戦士の奮闘もあり、数多の魔族達を撃退することに成功していた。

しかし、ルキフェル閣下により結界が破壊されたことで3体の冥花軍主要メンバーが解き放たれ、戦局は大きく傾いた。

現在の魔界城の戦況は、魔族8万対バレラルク2300。

不屈の闘志や強靭な精神力、根性論では到底カバーが不可能なほどに、非常に厳しい戦いになった。

しかし、現在魔界城内部には、最上階での死闘から戦線離脱したカイン、イヴァンカ、モスキーノ、ノヴァ、エラルド、ロゼの6名が流れてきた。

全滅を余儀なくされたバレラルクの戦士達を救い且つ士気を取り戻す為には、彼等の戦力は必要不可欠だ。

そして、勢いを増した魔族側の猛攻を止めるためには、まずは強力な敵幹部である冥花軍のメンバー達を討たなければならないのであった。

かくして、魔族対バレラルクの戦いは第二幕へと突入した。


ルキフェル閣下とジェイドは二手に分かれ、ラーミアとアマレットの殺害を目論んで上階へと赴いていた。

魔界城一階に集うバレラルク側の最強戦力は、バレンティノ唯1人。

バレンティノは恐るべき斬撃を繰り出し、次々に魔族の戦闘員達を葬っていた。

「何だよあいつ…強すぎるだろ…!」
「無理だー!俺たちじゃ敵わねえ!」
恐れをなして逃げ腰になっていた魔族たちを、バレンティノは容赦なく斬り捨てていった。

すると、メレディスク公爵がバレンティノの快進撃を阻むように立ちはだかった。

「ただの人間だと思って油断するなよ〜。奴はバレラルクの戦士の最高位…将帥の称号を持つ男なんだからよ。」

メレディスク公爵は後頭部をボリボリとかきながら言った。

「フフフ…君が俺の相手してくれるの?」
バレンティノが挑発する様にそう言うと、メレディスク公爵は「まあ、出来れば天生士の首をとりてえところだけどよ…あんた強そうだから相手してやってもいいぜ?」と気怠そうに言った。

「フフフ…随分と上からだねえ。ところで一つ尋ねたいことがあるんだけど…ポナパルトを殺したのって、君で間違いないよね?」

バレンティノは切長の目を更に細めて尋ねた。

「はーーっ…ああ、そうだよ。だったらどうした?まさか弔い合戦でもおっ始めようってか?勘弁してくれよ…苦手なんだよね、そういうの。」
メレディスク公爵は深いため息をついて答えた。

「フフフ…別にそんなつもりじゃないよ。弔い合戦なんて性分じゃないしねえ。」

「だったら何で聞いたんだよ?」

「フフフ…決まってるじゃん。ポナパルトの墓前に君の生首飾り付けて、あいつに自慢してやりたいからだよ。君が無惨に敗北したこの魔族は、俺が討ち取ってやったよ…ってねぇ?」

バレンティノは不気味な笑みを浮かべながら言った。

メレディスク公爵は、バレンティノのこの発言が、どこまで本気でどこまで冗談なのか分からず困惑してしまった。

「へえ〜、そりゃまた随分と悪趣味な将帥さんだな。まあいいぜ…軽く殺してやるよ。どうせあんたもポナパルト同様、手も足も出ず俺に殺されるんだからよっ!」
メレディスク公爵がそう言い終えると、バレンティノは剣を抜いて斬りかかった。

驚異的な速度で瞬時に間合いを詰め、メレディスク公爵を一刀両断しようと試みて、力一杯剣を振り下ろした。

しかし、メレディスク公爵に刃が届くほんの寸前で、バレンティノはガクリと膝から崩れ落ちた。

原因不明の激痛が、バレンティノの心臓を襲ったのだ。

「フフフ…これは…何…?」
バレンティノは全身から脂汗を吹き出し、左手で胸部を抑えながら尋ねた。

その痛みはまるで、小人が体内に侵入し、心臓をサンドバッグ代わりに殴打し続けているかの様な不思議な感覚だった。

「痛えだろ?それこそ死ぬほど。でも安心しろよ、別にお前の心臓は異常をきたした訳じゃねえ、至って健康だ。」
メレディスク侯爵は、苦しむバレンティノを見下ろしながら言った。

「フ…フフ…どういう…意味かな…?」
あまりの激痛に、バレンティノは心の余裕と平静さを欠き始めていた。

「その痛みは錯覚だって言ってんだよ。まあ、大抵の奴はその錯覚とは名ばかりの激痛でショック死しちまうんだけどな。ポナパルトといいあんたといい、よく耐えてるよ。大したもんだ。」
メレディスク公爵は感心していた。

その回りくどい言い方に、バレンティノは嫌気が差してきた。

それを察したメレディスク公爵は、自身の首に刻まれた黒い花にそっと手を置き、重い口を開いた。

「俺の司る花は"クロユリ"。花言葉は…"呪い"。」
メレディスク公爵は、未だ勝負は着いていないというのに、どこか勝ち誇った様な表情を浮かべていた。

「フフフ…呪い…?」
バレンティノは、偏に"呪い"などと言われても、いまいちピンとこなかった。

「"呪い"なんて聞いたらよ、例えば…憎い奴の名前を紙に書いて燃やすとか、殺したい奴を思い浮かべながら藁人形に釘を打ちつけるとか…そういうの想像するだろ?だけどそんなもんは、所詮浅ましい人間どもの想像によって作り上げられた妄想に過ぎねえ。本物の呪いってやつは至ってシンプル。ただ殺したい奴に念を送り、想像を絶する痛みをプレゼントしてやるだけさ。」
メレディスク公爵は欠伸をしながら気怠そうに言って退けた。

「フフフ…じゃあ…この心臓の痛みも…君の呪いによるものって事…?」
バレンティノが尋ねた。

すると、今度はバレンティノの頭に信じられない激痛が走った。

「心臓だけじゃないぜ?」

「う…うわあぁぁぁ!!」
常時冷静沈着なバレンティノが、両手で頭を抑えうめき声を上げながらのたうち回っていた。

それは、"頭痛"の一言では到底言い表せない程の強烈な痛みだった。

まるで、ハエと同じサイズのモグラが、脳内をぐしゃぐしゃにしながら這いずり回っている様な感覚だった。

当然、実際にはバレンティノの脳は心臓同様、何の異常もきたしていない。

これらの痛みは、全て錯覚に過ぎないのだ。

それでもバレンティノは、その余りの痛みに耐えきれず、意識を保つのがやっとだった。

「参ったなあ…大抵のやつならこれで呪い殺せるんだけどなあ…とんでもねえ精神力だぜ。流石は将帥ってとこか?まあでも…どんな強者も呪いに蝕まれりゃ、身も心も灼きつくさ。お前が死ぬまで気長に観望でもしようかなっと。」
メレディスク公爵はそう言い終えると、地面に座り込んでリラックスし始めた。

その不遜な態度がバレンティノの逆鱗に触れた。

バレンティノは呪われた身体を無理やり叩き起こし、悠然と座り込むメレディスク公爵を斬った。

しかし、この上なく奇妙な事象が巻き起こってしまった。

バレンティノの斬撃は、確実にメレディスク公爵の上半身に命中した。

しかし、メレディスク公爵は無傷だったのだ。

そして、何故かバレンティノの上半身に、突如謎の深い斬り傷が生じたのだ。

頭と心臓の激痛に加えて、今度は身体に斬り傷まで負ってしまったのだ。

バレンティノは理解が追いつかず、傷口を抑えたまま呆然としていた。

「フフフ…何が…起きたの…?」

「これも呪いの一種だ。俺は自分の身に降りかかる災難を、誰かを身代わりにすることで回避することが出来るんだ。今回は単純に、あんたに斬られて本来俺が負う筈だった傷を、あんたが代わりに受けただけの話。至極単純な話だろ?」
メレディスク公爵は得意げに言って退けた後に、「しっかしよく動けたなあ、あんた。マジですげえよ。身代わり用意してなかったら死んでたぜ、良かったあ。」と安堵していた。

「フフフ…今度は身代わりの呪いか…。随分とセコイ技だねえ…。」バレンティノは嫌味たらしくそう言ったが、メレディスク公爵は全く気にしていなかった。

「身代わりにできる個体数に限りはねえ。此処…魔界城には俺の身代わりに死んでくれる連中がごまんといる。言ってる意味わかるか?悪いけど、あんたは俺に傷ひとつ負わせることも出来ねえよ。」
メレディスク公爵がそう言うと、バレンティノはこの上なく悔しそうな顔をしていた。

「何もそう気に病むことはねえよ。あんただけじゃねえ…この世に俺を殺せる奴なんて1人もいないんだからよ。まあ…大王様と閣下を除いたらの話だけどな…。」

メレディスク公爵は激痛で地を這うバレンティノを見下ろしながら、得意げになってベラベラと喋り続けていた。

「このままあんたを殺すのなんて赤子の手をひねるより容易い。でも、こんな簡単に勝負がついちゃあんたも浮かばれねえよな?尤も、それじゃ俺自身もつまらねえ。」
メレディスク公爵は、まるで遊び足りない子供の様に不満足そうな表情で言った。

「フフフ…何が言いたいのかな…?」

「ゲームをしようぜっ!」
メレディスク公爵がそう言い終えると、バレンティノの身体から頭と心臓の激痛がサーっと消えた。

先程まであんなにも苦しみ悶えていたのが嘘の様に呆気なく痛みが引いたもので、バレンティノは驚いていた。

「フフフ…何の真似?」

「あんたにかけた呪いを一旦全部解いた。身代わりの呪いもな?その斬り傷ばかりは消せねえけどさ…そこは勘弁してくれよな。」

バレンティノは何が何だか分からず、完全にメレディスク公爵のペースに乗せられてしまった。

するとメレディスク公爵はスッと立ち上がり、ツカツカと歩き出してバレンティノの目の前でピタリと足を止めた。

そして、両手をパッと広げて「なあ、あんたにかけた身代わりの呪いは本当に解いたぜ?試しに斬ってみろよ。」とほくそ笑みながら言った。

あまりにも無防備なその立ち姿に違和感を感じたバレンティノは、メレディスク公爵の言葉を鵜呑みにせず、注意深く様子を伺っていた。

「フフフ…これは完全に何かを誘ってるよねえ。何が狙いなの?」バレンティノが尋ねた。

「ちぇっ、やっぱり乗ってこねえか。つれねえ奴だな。」
バレンティノが一向に攻撃を仕掛ける素振りを見せないため、メレディスク公爵は少しつまらなそうにしていた。

「本当に"あんたにかけた身代わりの呪い"は解いたんだぜ?だから俺を斬っても、"あんたが"ダメージを受けることはないのによ。」

メレディスク公爵がそう言うと、バレンティノは何やら嫌な胸騒ぎがした。

「ん…?俺にかけた身代わりの呪いを解いた…ってことは、別の誰かに身代わりの呪いをかけたって意味?」

バレンティノがそう尋ねると、メレディスク公爵はニヤリと笑いながら「思った通り、あんたは察しがいいな。」と言い放った。

「さっき言っただろ?身代わりの呪いをかける個体数に限りはないってよ。そしてこの魔界城には、敵味方問わずその対象者は10万近くいる。だけど俺は慈悲深い男だからさ、自分の身を守る為とはいえ味方を身代わりにすることなんて、とてもじゃねえが出来ねえんだわ。心が痛くってよ。」

「フフフ…まさか…俺の仲間を身代わりに…?」
バレンティノは恐る恐る尋ねた。

「御名答…そのまさかだ。あんたの主君であるロゼ国王、そして10人の天生士…しめて11人に身代わりの呪いをかけた。」
メレディスク公爵がそう言うと、バレンティノは絶望的な表情を浮かべた。

「俺の命は今、あんたの仲間達の命によって護られてる。つまり…あんたが俺を殺すには、その前にまず11人の仲間たちの命を奪わなきゃならねえってことだ。」

「フフフ…なるほど。例えば俺が君の首をはねようものなら、そのダメージはロゼ国王やエンディ達にいくってわけだ?」バレンティノがそう尋ねると、メレディスク公爵はニヤリと笑った。

「窮地に立たされた時に人間の本性が出るって言うじゃん?俺好きなんだよね…普段、自分はいかにも真人間です!って顔した奴らが、自分の保身の為に恥も外聞もかなぐり捨てて醜い本性を曝け出してるのを見るのがさ…。なあ将帥さんよ、あんたの本性も見せてくれよ。自己保身に走るのか…はたまた自己犠牲に走るのか…面白えもん期待してるぜ?さあ…自分の命と仲間の命…天秤にかけろ。くるしゅうないぞ、よきにはからえ!」

「フフフ…悪趣味だなあ…。」

バレンティノは究極の選択を迫られ、徹底的に追い詰められてしまっていた。














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