輪廻の風 3-37



ロゼは剣術の才覚がまるっきり無かった。

自分自身でそれに気が付いたのは幼少期の頃だった。

ロゼは幼少時代、当時王室近衛騎士団の団長を務めていた男から連日の様に剣術を習っていた。

小さな身体で自身の背丈とそう変わらない長さの剣を両手で持ち、覚束ない足取りで懸命に素振りをしていた。

しかし、その才能は一向に開花する気配がなかった。

しかし、才能の無さを埋めるべく、毎日一生懸命修行に勤しむロゼに対して、誰もその才能の無さを指摘することなどできなかったのだ。

ロゼは幼少期の頃から、漠然と強くなりたいと願っていた。

それは、大陸戦争真っ只中の当時、数多の兵士たちが戦地へ赴き命を賭けて戦っているというのに、王室で命を守られながらぬくぬくと生きながらえている王族、つまり自分の一族の者達に対し、強い疑問と憤りを感じていたからだ。

自分は絶対にこんな風にはなりたくない。
大きくなったら、率先して戦地へと発ち、国の為、民衆の為に命を賭して戦いたい。

高い所から部下に指令を下すボス型ではなく、人々を牽引するリーダー型の国王になりたい。
そう固く心に誓っていたのだ。

そんなロゼを見かねたレガーロ国王が、ある日ロゼから剣を取り上げた。

「何すんだよクソ親父!返せよ!」
ロゼは激怒したが、レガーロは澄ました顔で「お前に剣の才は無い。いい加減、無駄な努力は辞めろ。」とはっきり言った。

ロゼは悔しくて堪らなかった。

薄々勘づいていた事をいざ改まって指摘されると、途端に悪夢でも見ているかの様に目の前が真っ暗になってしまった。

そんなロゼに、レガーロは背を向けて「着いて来い。」と言い放ち、スタスタと歩き出した。

ひどく落ち込んでいたロゼは、まるで吸い寄せられる様に父レガーロの後を追った。

レガーロに連れてこられた場所は、王宮の宝物殿だった。

500年の歴史を誇るバレラルク王国の、はるか昔の兵士が身につけていた鎧や甲冑、武器類や金銀財宝、さらには敵国から略奪した重要文化財級の骨董品等が立ち並ぶ宝物殿。

ロゼは何度かこの場所に来たことがある為、特に瞳を輝かせることもなく、ただ呆然としていた。

するとレガーロが、ロゼに一本の槍を差し出した。

なんの変哲もない鉄製のロングスピアだった。

「なんだよこれ??」ロゼが尋ねた。

「これは500年も昔からウィルアート家の国王、もしくは王子へと代々継承されてきた神器だ。お前にやる。」
レガーロはサラッと言って退けた。
そして、ロゼは両手をサッと差し出し、恐る恐る丁重に受け取った。


ロゼは驚いた。
なぜならその槍は、500年も昔から存在していたとは到底思えないほどに綺麗で、昨日今日造られたと言われても疑う余地が無い程に真新しい形状だったからだ。

「精々精進することだな、放蕩息子よ。」
レガーロは含みのある言い方をし、宝物殿を後にした。

実はレガーロ、ロゼが剣を握って修行を積んでいる様子を、暇さえあればこっそり人知れず覗いていたのだ。

剣の振り方やその太刀捌きを見たレガーロは、ロゼに槍術の才があることを見抜いていた。

これは化けるかもしれないと踏んだレガーロは、神器であるそのロングスピアをロゼに継承したのだった。

そして、レガーロのその予想は見事に的中した。

普段は父の言うことなど一切聞き入れない反抗期真っ盛りのロゼであったが、この日を境に槍を振るうことに精を出し始めた。

12歳になる頃には軍事演習にも参加する様になっていた。

そしてその戦闘能力は、他の一般兵士と比較しても遜色がないほどで、メキメキと頭角を表し始めていた。

ロゼは年齢を重ねるごとに槍術の才能が開花していき、気がつけば槍使いとしてロゼの右に出る者は居なくなっていた。

そして20歳になった現在、聖槍と名高いロングスピアの真髄を極め、最強の宿敵ヴェルヴァルト大王に立ち向かっていたのだった。

「ほう…その槍、かつてユラノスが手にしていたものと同じだな。どうりで見覚えがあるわけだ。」
ヴェルヴァルト大王はニヤリと不敵に笑っていた。

「ああ…これは500年前、全知全能の唯一神ユラノスが魂込めて作り上げた代物だ。その名も、"魔裂きの神器 聖槍ヘルメス"。自分の煩悩が具現化した悪魔…つまりてめえが万が一牙を剥いてきた時の対抗策として、ユラノスが直々に作り上げた至高の一品だぜ?」
ロゼはそう言い終えると、イキイキとした表情で、華麗な手捌きで勢いよく槍をビュンビュンと振り回し始めた。

ユラノスは500年前、ヴェルヴァルト大王に不意を突かれ、聖槍ヘルメスを使うことなく殺されてしまったのだ。

聖槍ヘルメスはユラノスの死後、当時神国ナカタムの上流貴族であったウィルアート家の者の手に渡り、今日まで秘密裏に受け継がれていったのであった。

一子相伝の神器を継承したロゼは、奇しくもヴェルヴァルト大王と戦う宿命までも背負わさせてしまった。


「ふははははっ!そんな吹けば飛ぶような鉄屑が、一体何だと言うのだ!そんなもの…貴様もろとも粉々に打ち砕いてくれる!」

この時ヴェルヴァルト大王は、聖槍ヘルメスが宿す魔裂きの力を見誤り、完全に油断していた。

「はっ、これだから間抜けヅラで高い所から人を見下ろすタイプの野郎はダメなんだよ。下が霞んで見えなくなっちまってるせいで、てめえの寝首をかこうと画策する存在の脅威に気が付けねえ。1つ良い事を教えてやるよ。歴史的観点から見ても、てめえみてえに恐怖で人々を屈服させるタイプの独裁者は、例外なく悲惨な末路を迎えているぜ?必ず天罰が下るんだよ。因果応報ってのは、マジであるからな?」
ロゼは煽り口調で言って退けた。

「独裁者だと?のぼせあがった愚かなニンゲン如きと余を同列に語るのはよせ。余は唯一無二の存在なのだ。貴様らなどに引き摺り下ろされるものか!」
ヴェルヴァルト大王は絶対無敵の自信と共に、ロゼの言葉を聞き捨てた。

そして、ロゼは再び槍の先端をヴェルヴァルト大王に向けた。

すると突如、槍の鋒がまるで電球の様にパッと白い光を放ち始めた。

純白の眩い光が槍の鋒をコーティングするかの様に、優しく包み込んでいた。

「大王さんよ、あんたじゃ桃源郷は拝めねえよ。驕れる者は久しからず…だぜ?」

ロゼは皮肉な笑みを浮かべ、勝利宣言ともとれる台詞を吐き捨てた。

「なんだあの光は!?」
「分からねえが…得体の知れねえ力をヒシヒシと感じるぜ。」
エンディとカインは目を丸くし、ロゼの槍から放たれた謎の白い光に視線が釘付けになっていた。

「あれが…国王の言ってた"秘密兵器"か。」
「ああ…どうやらそうらしいな。」

ノヴァとエラルドはヒソヒソ話をする様に会話をしていた。

5日間の潜伏期間で作戦会議をした際、内通者の存在を危惧したロゼは、聖槍ヘルメスの真の力については一切他言しなかったのだ。

結界で冥花軍を始めとする魔族達の動きを止め、且つ彼らの戦力を減らし、隔世憑依形態のノヴァとエラルドがヴェルヴァルト大王を足止めしている間に"とっておきの秘密兵器を出して一気に仕留める"、というのが作戦の全貌だったのだ。

魔裂きの神器 聖槍ヘルメス。
まさかロゼの槍にそんな秘密があったとは思いもせず、白く光る鋒をみたノヴァとエラルドは、ロゼが秘密兵器と呼称した理由をよく理解した。

しかしヴェルヴァルト大王は、一体なぜエンディ達がこんなにもどよどよとしているのか、全く理解ができなかった。

「なんだ…?なんの変化も見られないではないか。その鉄屑が…一体どれ程の物だというのだ??」

なんと、ヴェルヴァルト大王にはその純白の光が見えていなかったのだ。

ヴェルヴァルト大王は動揺し、一瞬ではあるが隙を見せた。

ロゼは、その一瞬の隙を見逃さなかった。

「ああ…お前には見えねえだろうな。この光は、悪しき者の眼には映らねえ。」

ロゼはそう言い放ち、ヴェルヴァルト大王の腹部を力一杯突き刺した。

「ぐわあああああっ!」

ヴェルヴァルト大王の巨体に、槍が刺さった腹部を中心に半径30センチほどの大きな風穴が空いた。

ヴェルヴァルト大王はあまりの痛さに耐えきれず、断末魔の様な叫び声を上げながらゆっくりと倒れていった。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?