輪廻の風 3-20



復活を遂げたイヴァンカは、瓦礫の山の上に悠然と立ち尽くしていた。

封印されていた2年間の間に髪の毛が腰の下まで伸びており、前髪を後ろへ流し額を露出させていた。

かつて着用していた純白の羽衣のような衣装はボロボロにはだけ、上半身が裸の状態だった。

その立ち姿は、2年間も封印されていたとは到底思えないほどに小綺麗な身なりをしており、神々しくすら見えた。

「ちくしょう‥なんてことだ…!」
ノヴァはイヴァンカの復活を自らの失態だと感じ、自責の念に駆られていた。

「イヴァンカ…なんでここに…!?」
「フフフ…これはまた…厄介な事になったねえ。」
エンディとバレンティノは目を丸くしていた。

「あの野郎…!」
「こんな時に…くそがっ!」
カインとロゼは鋭い眼光でイヴァンカを睨みつけていた。

トロールは興奮冷めやらぬ様子で、ヅカヅカとイヴァンカの眼前へと歩み寄った。


「ハッハッハー!てめえがレムソフィア・イヴァンカか!ほーう、こりゃ良い男だな!ウチの閣下といい勝負だぜ!」
トロールはイヴァンカの顔をマジマジと見ながら言った。

しかしイヴァンカは、悠然と立ち尽くしたまま一言も言葉を発さず、ピクリとも動かなかった。

視線は自身の眼前に立つトロールの方向に向けられていたが、イヴァンカの眼にトロールは映っていなかった。

そんなイヴァンカの態度が、トロールの逆鱗に触れてしまった。


「いいねえてめえ、そのスカした態度…最高にムカつくぜ!その綺麗な顔面!グシャグシャにしてやるぜぇーーっ!!!」

トロールはそう言い放つと拳を振り上げ、イヴァンカの顔面目掛けて渾身の一撃を繰り出そうとした。

すると、トロールの拳がイヴァンカの顔面に直撃するほんの寸前で、なんとトロールの肉体は無惨にもバラバラに斬り裂かれてしまったのだ。

トロールは即死だった。

イヴァンカは腰に差している剣を抜く素振りどころか、その場からピクリとも動いていないのに、突如トロールの肉体は変わり果てた姿になってしまった。

否、動いていないわけがない。
そう、速すぎて目で追えなかったに過ぎなかったのだ。

相変わらずの目にも止まらぬ恐るべき剣技に、エンディ達は度肝を抜かれ、サーっと血の気が引いてしまった。

ルキフェル閣下を筆頭に、冥花軍(ノワールアルメ)の面々はイヴァンカを注意深く観察していた。

同胞のトロールが死亡して悲しんでいる様子は一切無かった。

イヴァンカは、魔族の奇襲によりほぼ壊滅状態となった王都ディルゼンの景観を見渡していた。

そして冥花軍のメンバー達をジーッと凝視した後、エンディ達に視線を向けた。

「一体…此処はどこだ?」
それが、封印を解かれたイヴァンカの第一声だった。
その言葉は、紛れもなく皮肉であり、嫌味だった。

エンディ達は、始めはイヴァンカの発した言葉の真意を推し量れなかったが、少し熟慮した後にすぐに理解が追いついた。

その真意を理解するや否や、エンディもカインも、ロゼもエスタもノヴァも、まるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

ラベスタとバレンティノは無表情だったが、内心では腑が煮え繰り返るような思いに駆られていた。

「おや、聞こえなかったのか?私はただ"此処はどこだ"と尋ねただけなのだが?」
イヴァンカはニヤリとほくそ笑みながら言った。

エンディ達からは一切の返答が無かった。

「難しい質問だったかな?いくら君たちが矮小な脳を持ち合わせているとはいえ、この程度の質問の意味くらい理解できるだろう?それとも、この2年間で君達の脳は退化の一途を辿ってしまったのか?」
イヴァンカは瓦礫の山の上から降り、エンディ達に向かってゆっくりと歩み始めた。

そしてエンディの前で立ち止まり、この上なく嫌味たらしい笑みを浮かべた。

「まさか此処はかの有名な…世界一の軍事大国と名高いバレラルク王国の王都ディルゼンなのか??」

「てめえ…イヴァンカ!」
怒りが爆発したカインは、今にもイヴァンカに掴みかかりそうな勢いで怒鳴り声を上げた。
ロゼはそんなカインの手を引き、制止した。

「どうやらこの賊軍は、見たところ魔族の様だね。堕ちたな、エンディ…そしてカイン。フッ…まさかこの私を打ち負かした君達が、この程度の雑兵の群れに遅れをとった挙句、この有様とはね。滑稽ここに極まれり。」
イヴァンカはエンディとカインの顔をじっくりと見ながら言った。

そして、次は自身が斬り裂いたトロールの亡骸に視線を向けた。

「礼を言うよ、名も知らぬ魔族の者よ。君が私の封印を解いてくれたんだろう?よもや死体に成り下がった君にどんな言葉をかけようと届きはしないだろうが、せめて精一杯の感謝の意を込めた慰労の言葉だけでも贈らせては貰えないか??ご苦労、大義であったよ。」
イヴァンカは不敵な笑みを浮かべながら、トロールの亡骸を嘲笑うように見下ろしていた。

すると痺れを切らせたジェイドが、イヴァンカに罵声を浴びせた。

「おいおいイヴァンカちゃんよぉ!てめえいきなりしゃしゃり出てきて何調子こいてんだコラ!」

ジェイドとイル・ピケがイヴァンカの背後に回り込み、攻撃を仕掛けた。

「…死んで…?」
イル・ピケは死んだ魚のような目をしながら言った。

しかしジェイドとイル・ピケの攻撃はイヴァンカに届かず、両名は突如発生した青紫色の激しい稲妻にその身を打たれてしまった。


ジェイドとイル・ピケは全身に大火傷を負い、冥花軍の正装である漆黒のローブはボロボロになってしまった。

両名は辛うじて意識を保ちながら、失神してしまいそうになるのをグッと堪えながら何とか立っていた。

「おや、私の雷の直撃を受けて立っていられるとはね…初めての経験だよ。大したものだ。君達見所があるね。どうだ?私の配下にならないかい?」
上から目線な口調でそう尋ねたイヴァンカを、ジェイドはギロリと睨みつけた。

両名共自身の麾下に入る気など毛頭ないと判断したイヴァンカは、まずはジェイドにトドメをさそうと試みて剣を抜いた。

すると、メレディスク公爵がイヴァンカの前に立ち塞がった。

「おっと、動くんじゃねえよ。そこから一歩でも…いや、眉ひとつでも動かしてみろ。お前は死ぬことになるぜ?まあ尤も、天下の雷帝イヴァンカ様が、能力の知れない敵を前に迂闊に動くほど馬鹿だとも思わねえけどな?」
メレディスク公爵は挑発的な口調で警告を促した。

しかし、それでもイヴァンカは顔色ひとつ変えず、一切動じていなかった。

イヴァンカの毅然とした態度を目の当たりにしたメレディスク公爵は、思わず焦燥感に駆られてしまった。

「おいお前…怖くねえのかよ?いくらお前が強かろうが、得体の知れない能力を前にすれば些少の恐怖感くらい抱くだろ?無理すんなよ。」
メレディスク公爵は煽り口調で言った。
イヴァンカのあまりにも物怖じしない態度が予想外だったのか、功を焦っている様だった。

「君がどのような能力を有していようと関係ないし、全く興味がない。君の能力が私に届く前に、君を斬って捨てれば済む話だ。迂闊に近づこうが用心して近づこうが、君の死ぬ未来は変わらないよ。」
イヴァンカの心には余裕が有り余っていた。

「まじかよこいつ…ポナパルトとは大違いだな…。」
メレディスク公爵が何気なく放ったこの一言を、エンディとロゼは聞き逃さなかった。

「おい…あいつ今なんて言った?」
「あいつが…ポナパルトさんを…!」
ポナパルトの仇の正体が明らかになり、ロゼとエンディは歯をギリギリ噛み締め怒りを露わにしていた。

バレンティノはジーッとメレディスク公爵の顔を直視していた。
その表情は何を考えているのか皆目見当もつかないような、一切の掴み所がないものだった。

「どうした?早く御自慢の能力とやらを放ってご覧よ。君は先程、"眉ひとつでも動かしたら死ぬことになる"と私に言ったね?私はさっきからずっと口を動かしているよ。それとも、対話は君の中では許容範囲内なのかな?」
イヴァンカに好き放題挑発され、メレディスク公爵は段々と腹が立ってきたようだ。

「図に乗りやがって…死んで後悔するなよ?」

「おもしろい。試してみようじゃないか。君の能力が私に届くのが先か、君の肉体が粉々に斬り刻まれるのが先か。」

イヴァンカはそう言い放つと、一目散にメレディスク公爵に斬りかかった。

しかし次の瞬間、ルキフェル閣下がメレディスク公爵を護るようにして前へ出た。

ルキフェル閣下は剣を抜き、イヴァンカの斬撃をあっさり止めた。

ガキン、と激しい太刀音が鳴り響いた。

イヴァンカは、思わず面食らってしまった。

「メレディスクさん、少々熱くなりすぎですよ。」
ルキフェル閣下に落ち着いた口調で叱責されると、メレディスク公爵は畏まった様子で「閣下…すみません。」と言った。

「あいつ…イヴァンカの斬撃を止めやがった…。」ノヴァは絶句していた。

「初めまして、イヴァンカさん。まさか貴方が出てくるとは予想外でした。ところで…何をそんなに驚いているのですか?私に剣を止められたことが、そんなに疑問ですか?」

ルキフェル閣下にそう言われると、イヴァンカは一瞬だけ不快そうな顔をした。

「違うよ。この程度の斬撃を止めたくらいで誇らしげになっている、君のその恐るべき慢心に少々哀れみを覚えただけだ。」

イヴァンカとルキフェル閣下が対峙した。

と思いきや、今度はエンディが2人の間を引き裂くように勢いよく乱入してきた。

「お前ら…さっきから俺抜きで、何勝手に盛り上がってんだよ?お前ら2人まとめてぶっ飛ばしてやる!覚悟しろ!!」
エンディは鼻息を荒くし、激しく怒っていた。
ここまでの一連の流れで、まるで自分がのけ者にされているような気がして、それが気に入らなかったらしい。

エンディ、イヴァンカ、ルキフェル閣下の三者は向かい合い、各々殺気だっていた。

「おいおい、何だよこの状況?」
「なんか…収拾つかなくなってきたな。」
カインとロゼは呆れた表情で、3人を見ながら言った。












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