輪廻の風 3-9



10体の魔族が王都ディルゼンに侵攻してから1分も経過しないうちに、死者は2000人を超えた。

死者は戦士のみならず、多数の一般市民も犠牲となった。

建国から500余年、バレラルク王国の歴史上類を見ない惨劇が起きてしまった。

「うわあぁぁっ…!バ、バケモンだぁ!」
「に、逃げろぉ…!!」

戦士たちの過半数は怖気付き、武器を捨てて命からがら逃げ出していた。

ごく少数の立ち向かおうとする者も、逃げ惑う者も、例外なく続々と殺されていった。

保安隊長のサイゾーは逃げなかった。
しかし、魔族の攻撃を受けて右半身に重傷を負い、意識朦朧としながら地に臥してしまっていた。

「ぎゃーー!!怖いよぉーー!!」
クマシスはサイゾーを見捨て、泣きじゃくりながら逃亡した。

サイゾーは薄れゆく意識の中、逃げ惑うクマシスの背中をこの上なく切なそうな表情で見つめていた。


しかし、この恐るべき凶行をいつまでも黙って見ている者ばかりではなく、腕利きの戦士達が続々と魔族の暴虐を阻むべく立ち上がった。

ロゼは玉座の間から、怒りに打ち震えながら外の様子を見ていた。
そして、槍を手に持ち、すぐさま戦地へ赴こうとしていた。

「出る。お前らも着いてこい。」
ロゼがそう言うと、ジェシカとモエーネが若干声を震わせながら「はい!」と返事をした。

「俺も行くぜ。」
エスタもロゼ同様、魔族達の凶行に怒りが込み上げていた。

すると、玉座の間にバレンティノが入ってきた。

「行かせませんよ、国王様。」

「退けよバレンティノ!」
ロゼが怒鳴り声を上げても、バレンティノは目の色一つ変えていなかった。

「いやいや…退きませんよ。貴方は国王なんですよ?行かせるわけ無いでしょうが。」

バレンティノがそう言い終えると、玉座の間に武装した30数名の軍人達が続々と入ってきて、ロゼ達を取り囲んだ。

「てめえら…何の真似だよ??」

「無礼な真似をお許しください。俺たちの使命は王宮を護ること…そして国王様、何を引き換えにしてでも貴方の命だけは絶対に死守する事です。こんな未曾有の事態に、国王である貴方をみすみす危険な場所に行かせるわけには行かないですよねえ。申し訳ないですけど、今回ばかりは力づくでも聞き入れて貰いますよ?」
バレンティノは、いつにも増して凄みのある眼光で言った。

「くそっ!国がこんなことになってるのに…俺はこんな所で命護られながら黙って見てろって言うのかよ…!」
ロゼは悔しくてやり切れない気持ちになった。
そしてそのやり場のない怒りをぶつける様に、両膝をついて拳で何度も床を打ちつけた。

「バレンティノ、あんたは行かねえのかよ?」エスタが尋ねた。

「フフフ…俺は行かないよ。マルジェラ君、モスキーノ、ポナパルトの3名が今しがた前線へと発った。あの3人が居なくなった今…誰が王宮を守護するの?」
バレンティノがそう言うと、ジェシカとモエーネ、エスタは、悔しい気持ちになった。

自分たちだけでは心許ない、そう遠回しに言われている気分だったからだ。

此度の賊軍は、それ程の相手だとバレンティノ自身も肌で感じていたのだ。

ロゼは為す術も無く、ひたすら仲間達の勝利を祈る事しかできなかった。



城下町では、ポナパルトが大男と交戦していた。

大男の名はデルタ・トロール。

両者は激しい殴り合いの応酬を見せていた。
その実力差は、拮抗していた。

「てめえみてえな強え奴が他に9体もいんのかよ…参ったぜ。」
ポナパルトは、ぺっと血の塊を吐いた後にそう言った。

「はははっ!この国にゃ天生士以外にも強え奴がいるって聞いてたけどよ、本当だったんだな!」トロールは楽しそうにゲラゲラ笑っていた。

本来ならばポナパルトも戦闘を楽しみたいところであったが、状況が状況なため、とてもじゃないがそんな余裕はなかった。

「さあ…もっともっと…楽しもうぜぇ!」
トロールはそう言い放ち、地面を叩き割った。
そして地割れによって生じた、横幅のある巨大な岩を軽々と持ち上げ、ポナパルトに向けて放り投げた。

ポナパルトは驚いてしまい、一瞬焦ったが、即座にそれを拳の一撃で粉々に粉砕した。

するとトロールは、城下町に立ち並ぶ家屋や建築物を、次々と片手で持ち上げ、まるで小さな石ころを投げるかの様に軽々と投げ始めた。

それらはどれもこれも、とてつもない速度でポナパルトに向かって一直線に向かってきた。

ポナパルトは避けたり、避け切れなかった場合は打撃で叩き壊すなどして防御の姿勢に徹していた。

「おいてめえ!どうなってやがる!?何だよそのパワーは!?」
ポナパルトは怒り口調で尋ねた。

「俺の首の花を見ろ!この花の名は"タイム"!花言葉は"強さ"だ!俺はこの世の何者にも劣らない圧倒的なパワーを誇ってんだよ!」トロールは得意げにそう言い放ち、目に入った巨大な物を手当たり次第持ち上げてはポナパルトに投げ続けていた。

ポナパルトは注意深くトロールの動きを見切ると、猛スピードでトロールの眼前へと詰め寄った。

トロールはポナパルトのあまりの速さに、思わず冷や汗をかいてしまっていた。

ポナパルトはトロールの顔を片手で鷲掴みにし、勢いよく地面へと叩きつけた。

地面には大きな亀裂が生じた。

「花言葉がどうとかよく分からねえけどよ、お前隙だらけだぜ?自慢のパワーばかりにかまけてるからだよ、馬鹿野郎が。慢心は身を滅ぼすぜ?」ポナパルトは淡々とした口調でそう言い終えると、拳を振り上げた。

「ぐっ…てめえっ…!」
トロールは身動きが取れず、慄いていた。

「安心しろよ、一撃で決めるからよ。頭かち割れば一瞬であの世だ。楽に死ねるぜ?」

トドメを刺そうとした次の瞬間、突如ポナパルトの全身に強烈な激痛が走った。

「な…なんだこりゃ…!?」
あまりの痛みに耐え切れず、ポナパルトは膝をついてしまった。

「おいおいトロール、何遊んでんだ?天生士でも何でもねえこんな奴相手によ、チマチマしてんじゃねえよ。」
突然現れた髭を生やしたダンディーな男が、気怠そうな顔で言った。
首には黒い花が刻まれている。

「なんだてめえ…?」
ポナパルトは、男を睨みつけながら言った。
突如全身を襲ったこの痛みはこの男によるものだと、ポナパルトは瞬時に悟った。

「気も失わねえで喋る元気まであるとはな、大した男だ。」
男はそう言うと、右手に黒い気体の様なものをかき集め始めた。
その黒い気体は、細長い剣のような形を成した。

「悪く思うなよ…あんた強そうだからよ、一気に殺るわ。アディオス、せめて安らかに眠ってくれ。」
男は闇の剣でポナパルトの心臓を突き刺した。

ポナパルトは死んでしまった。

「おいコラ!てめえどういう了見だ!?俺の獲物を横取りしやがって!」
トロールは憤慨していた。

「はっ。やられそうだったくせによく言うぜ。危ねえところ助けてやったんだ、礼の一つくらいあってもいいんじゃねえの?」

男とトロールは、ポナパルトの亡骸を放置したまま、口喧嘩をしながらその場を立ち去って行った。

一方その頃エラルドは、一体の魔族に呆気なくやられてしまい、敗北を喫してした。

エラルドは地に臥し、魔族の男に頬を踵で踏まれていた。

戦場となったのは勤務先の保育園内の庭園だった。

同僚の保育士達と園児達は室内に避難しており、現段階では全員無事だった。

「アヒャヒャヒャ!弱っ!弱すぎんだろエラルドちゃんよぉ!?そんなもんなのか!?ああ!?」
男の名はジェイド。
長髪のオールバックで髪を後ろで結んでおり、女の様な顔立ちをした男だ。

しかしその甘いマスクとは裏腹に、その性格はこの上なく凶暴で粗暴性が高かった。
首には白と紫が入り混じった花が刻まれている。

「クソォ…何だよこいつ、こんなことがあるかよ…。」
全身を鉄に硬化して戦っても全く歯が立たず、エラルドは絶望感と敗北感に打ちひしがれていた。

「エラルドせんせ!」
「エラルド先生!大丈夫!?」
エラルドの身を案じた園児達が、今にも室内から外へ走り出していきそうな勢いでワンワンと泣き始めた。
保母達はそれを必死に制止していた。

「おめえら!出てくんじゃねえよ!」
エラルドは園児達に向かって叫んだ。

「はは〜ん、なるほどな?そりゃ背中に護るもん抱えてちゃ、思う存分戦えねえよなぁ?じゃああのガキどもぶっ殺したらよお!ちったあマシな戦い方もできるのかぁ!?」
ジェイドは狂気に満ちた顔でそう言い放ち、右手の掌を保育園に向けた。
エラルドは身の毛もよだつ様な思いに駆られた。

「やめろぉ!!頼む!それだけはやめてくれ!!」

エラルドの懇願も虚しく、ジェイドは保育園目掛けて闇の破壊光線を放った。

しかし、その破壊光線は保育園に届く前に、突如吹き荒れた強烈な風によって相殺された。

「おっとお!?この風はもしや…エンディかぁ!?」ジェイドは胸が高鳴っていた。

エラルドも、きっとエンディが助けに来てくれたのだと思った。

しかし、保育園の前に立っていたのはノヴァとラベスタだった。

「へえ…お前、エンディのことを知ってんのか。だが、残念なことにあいつは今留守だ。俺で悪かったな?」ノヴァは涼しい顔で言った。

保育園の周辺は、バレラルク兵団のメンバーが包囲していた。

「保母さん達と子供達を保護して、安全な場所に避難させて。」ラベスタが指令を下すと、兵団のメンバー達は「はっ!」 と元気よく返事をし、保母達と園児達の保護をする為に迅速に動き始めた。

その様子を見ていたエラルドは安堵した。

「おいおい、てめえは確か…黒豹の天生士、ノヴァだな!?今何をしやがった?」
ジェイドが尋ねた。

「へえ、俺のことも知ってるんだな。何をしやがったって…見て分かんねえのか?お前の攻撃を相殺したんだよ。」

「だからよお、どうやって相殺したんだって聞いてんだよ!今のは風だったよな!?なんでてめえが風を操れるんだ!?そんなデータは無かったぜ?」ジェイドは苛立った様子で尋ねた。

「今のは俺の蹴りで巻き起こした"風圧"だ。魔族の闇の力ってのもたかが知れてるな。寝起きの運動にもならなかったぜ?」
ノヴァが煽る様に言った。
この一言が、ジェイドの逆鱗に触れた様だ。

「てめえっ!」
怒りに身を任せたジェイドがノヴァに向かって一歩踏み出そうとすると、ノヴァは変則的な動きをしながら信じられない速度でジェイドの背後を取った。

「次は準備体操がてら、お前の首をへし折ってやるぜ?」
ノヴァに後頭部を思い切り蹴られて、ジェイドは勢いよく吹き飛ばされた。

「ようエラルド、災難だったな?ガキどもを護りながらとはいえ、こんな雑魚相手に随分とボロボロじゃねえかよ?」
ノヴァがにやけ顔でそう言うと、エラルドはスッと立ち上がって「うるせえっ!」と言った。

「おいおい、なんだよこの蹴りはよぉ?」
ジェイドはゆっくりと起き上がり、首の骨をポキポキと鳴らしていた。
どうやらノヴァの蹴りは全く効いていない様だった。

敵を倒したと思って気を抜いていたノヴァとエラルドは、信じられないという目つきでジェイドを見ていた。

「実は俺、ほぼ寝起きの状態でここに来たんだけどよぉ、てめえ如きの蹴りじゃあ眠気覚ましにもならねえぜ?ノヴァちゃんっ。」
ジェイドは歯を剥き出しにしながら、悍ましい笑顔を浮かべていた。

エラルド、ノヴァ、ラベスタはすかさず臨戦体制に入った。



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