輪廻の風 3-45



巨大隕石の接近によって蒸し風呂の様な酷暑に襲われた魔界城内部は、隔世憑依したモスキーノが放った冷気により瞬間冷却され、今度は凍える様な極寒に襲われた。

「な、なんだよ!今度は突然寒くなったぞ!」

「どうなってんだ!?」

「いや…最早一周回ってちょうど良い気温かも?」

城内にいた戦士たちは、あまりの寒さにブルブルと体を震わせながら、その身に降りかかった異常気象ともいえる現象に騒然としていた。


先の暑さで大量の汗をかいた戦士達は干からびていた。

脱水症状に襲われ苦しそうにしている者も多数いた。

そんな者達の身体を潤したのは、アベルだった。

ルキフェル閣下に斬られて重傷を負ったアベルは、ラーミアから治療を受けて、かろうじて一命を取り留めたのだ。

アベルの放った大量の水は、一時洪水の様に城内を流れていった。

戦士達は、大層ありがたそうにその水を浴びてはガブガブと飲み、「気持ちいい!」「生き返ったぁ!」等と歓喜の声を上げた。

しかし、その多量の水は魔族の戦闘員達に対しては、容赦なく襲い掛かった。

丸太の様に太い水柱の数々が、とてつもない速度で立ち所に魔族の戦闘員達に襲い掛かっていたのだ。

岩壁をも砕く破壊力を持つ丸太の様な水柱は、まるで槍の様に魔族達の肉体を貫いては、悉く蹴散らしていた。

「さーてみんな、水分補給が済んだらすぐに戦線復帰してね。僕が全力で援護するから。」

アベルは少しばかり苦しそうな顔で言った。
誰の目から見ても、明らかに無理をしていた。
治療を受けたとはいえど、まだまだ全快というには程遠かったのだ。

すると、そんなアベルに手を差し伸べる様に、ラベスタとエスタが前に出た。

「"僕が"…じゃないよ、"僕たちが"…でしょ?」
「ったくよ、1人で戦ってる気になってんじゃねえよ。」

ラベスタとエスタが言った。

アベルは2人の頼もしさと、2人が自身を仲間として認め、信頼してくれている事をとても嬉しく思い、思わず笑顔が溢れた。

しかし、ラベスタとエスタも長く前線に出ていたためか、かなり疲弊していた。

疲弊は皆同じで、最早バレラルク側は限界といっても過言ではない厳しい状況に追いやられていた。

しかし、バレラルク側の即戦力が、着々と勝ち星をあげて敵幹部である冥花軍を撃破している今、数では圧倒的に不利な状況のバレラルク側の戦士達の士気は高まる一方だった。

だが、いくら士気が高まろうとも、その戦力差はあまりにも大きかった。

現在の戦況は、魔族78000対バレラルク2000。

まともにやりあえば、バレラルク側は即座に全滅を余儀なくされる程に勝ち目のない戦力差だ。

しかしながら、なんとか踏ん張りながら命懸けで戦えているのも、魔族側の戦力が着実に減少しているのも、バレラルク側の層の厚さに他ならない。

マルジェラとアズバール。
かつて大陸戦争時に因縁のあった両名が、物凄い勢いで魔族の戦闘員達を葬っているのだ。

それに加えて、強力な冥花軍の戦士を撃破したバレンティノとモスキーノが前線に赴き、更には治療を終えたアベルが戦線復帰。

ラベスタとエスタ、ジェシカにモエーネも命懸けで奮闘している。

サイゾーも前線に出て、微力ながらも剣を振るっていた。

しかし、冥花軍の戦闘員は、まだ4体も生存している。

彼らは、バレラルク側の筆頭戦力を撃破しようと、息を潜めながら虎視眈々と機を伺っていた。

勝敗の鍵を握るのは、この4体の冥花軍の強力な戦闘員達をどう迎え撃ち且つ討ち倒すか、そして城内にいるカインとイヴァンカの今後の活躍に懸かっている。

過酷な戦闘は、まだまだ続く。


そんな戦禍の中、威勢よく敵を蹴散らしている戦士がいた。
木の天生士、アズバールだった。

「クククッ…死にてえ奴からかかってこい!!」

城内3階は床から多数の木が生い茂り、まるでそのフロアは森林浴が楽しめる行楽施設の様だった。

しかしその実態は行楽とは名ばかりで、その無数の木々はまるで意志を持った生命体の様に伸縮自在にクネクネと動いては、魔族の戦闘員達を串刺しにしていた。

「クククッ…てめえらじゃあ物足りねえなあ。もっと骨のある奴を呼んでこいや!」

殺戮を心底楽しんでいるアズバールの凶悪さに、味方である筈のバレラルク側の戦士達は引いてしまっていた。

するとアズバールは、背後からただならぬ殺気を感じ取り、一瞬ではあるが身体が硬直した。

まるで、ヌメッとした湿りのある手に、背後から頬を触られた様な、不気味な感覚だった。

アズバールはゆっくりと首を動かし、背後を振り返った。

そこに居たのは、冥花軍の戦士、イル・ピケだった。

病的に白い肌で、まるで生気を感じられない面持ちで立ち尽くすイル・ピケは、口角を微かに上に動かし、ニヤリと笑いながらアズバールを直視していた。

その佇まいはまるで、ようやく獲物を見つけた腹を空かせた蛇の様だった。

アズバールは鋭い眼光でイル・ピケを睨みつけた後、「ククク…てめえ冥花軍だな?見覚えがあるぜ?」と、嬉しそうに笑いながら言った。

どうやら、獲物を見つけて嬉しいのはアズバールも同じだったようだ。

「なあんだ…強い殺気が感じたから…どんな強者が暴れているのか…期待して見に来たのに…アズバールか…興醒めね…。」
イル・ピケはため息をついてガッカリしていた。

「ククク…言ってくれるじゃねえかよ、女ぁ。俺が相手じゃ不服か?」
アズバールは小馬鹿にされた気がして、若干苛立ちを募らせていた。

「だって貴方…6年前の大陸戦争で…マルジェラに敗けたんでしょ…?それも…惨敗…。そのマルジェラは…以前私に…手も足も…出ず…為す術なく…無様に敗北したわ…?貴方如きじゃ…暇つぶしの相手にすら…ならない…。」
イル・ピケは、ここぞとばかりにアズバールを罵った。

「ククク…面白えこと言うじゃねえか。暇潰しの相手にすらならねえだ?なら試してやろうじゃねえかよ。」
アズバールは殺気だった表情でイル・ピケを睨みつけていた。
イル・ピケの発言に自尊心を傷つけられ、かなりピリピリしていた。

床からニョキニョキと生えてきた木々はイル・ピケを包囲し、そして鋭利な先端の全てがイル・ピケに向いていた。

それでもイル・ピケは一切動じず、物怖じもせず、死んだ魚の様な目でアズバールをジーッと見ていた。

「馬鹿ね…試すのは…私の方よ…?ようこそ…憂鬱の世界へ…!」

イル・ピケの周囲には陰鬱なオーラが充満し、それらはアズバールを包み込んだ。

「あ?憂鬱だぁ?」
アズバールは、"憂鬱"という単語に反応を示し、微かに眉をピクリと動かした。

アズバール対イル・ピケ。
激闘の火蓋が切られた。










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?