輪廻の風 3-21



イヴァンカとルキフェル閣下は、早速剣を交えていた。

両者は本来の力の半分も出さず、まるで互いの手の内を探っている様だった。

ガキン、ガキンと、何度も太刀音を轟かせては火花を散らせる攻防戦。

エンディはそんな様子をじれったく思い、プルプルと小刻みに体を奮わせていた。

そして「隙ありーー!!」と叫び、イヴァンカとルキフェル閣下に向かって巨大なカマイタチを放出した。

2人はそれを軽々と躱して、それぞれ距離をとった。

「エンディさん、何をそんなにお怒りなのですか?」ルキフェル閣下が冷静な口調で尋ねた。

「うるせぇーーっ!!もう天生士と魔族が戦う理由とか…お前らがどうやって復活したかとか…500年前に何があったとかお前らの目的が何かとか…もうどうでもいい!お前ら全員俺がぶっ飛ばしてやるからなぁ!!」
エンディは怒りの余り正気を失っていた。

そして拳に風の力をふんだんに込め、イヴァンカとルキフェル閣下に殴りかかったり、無数のかまいたちを放出するなど、傍若無人に暴れ回った。

イヴァンカとルキフェル閣下は、それらの攻撃を避けるなり剣で防ぐなどして、防御に徹していた。


「おいエンディ!不用意に近づくな!」
「エンディてめえ!なにトチ狂ってやがる!!」
みかねたロゼとカインが、エンディに向かって強い口調で注意を促した。

しかしエンディは、まるっきり聞く耳を持たなかった。

「大陸戦争も終わって…世界の黒幕だの真の支配者層だのと嘯いていたユドラ人共もぶっ倒して…やっと世界は平和になったんだぞ!世界から戦争は徐々に減っていき…バレラルク王国の経済も盛りたっていくにつれて、2年前と比べて人も街も活気を取り戻し、民衆は確実に裕福で幸せになってきたんだ!そんな平穏な日々をぶち壊しやがって!美しい街並みを軒並み破壊しやがって!罪のない人々を虐殺しやがって!俺が一生懸命我が子の様に愛情たっぷり込めて手塩にかけて育てた麦をめちゃくちゃにしやがって!!絶対に許さねえからなぁーー!!!!!」
エンディは怒りが爆発した。
身体中に夥しい風の力の奔流が纏わりつき、まるで王宮周辺が大型ハリケーンによる災害に見舞われている様だった。

エンディの怒りはとどまる所を知らなかった。

次に、エンディはイヴァンカを勢いよくビッと指差した。

「お前もだぞ!イヴァンカ!こんな時にしれっと復活しやがって!お前も俺と同じ天生士だからな、魔族に狙われる宿命だよな。だけど俺はお前と共闘なんかする気は微塵もないからな!"敵の敵は味方"なんてことわざはクソ喰らえだ!敵の敵は敵でしかねえんだよ!お前も魔族共と一緒に、ギッタギタのメッタメタにしてギャフンと言わせてやるからなぁ!平和な世界に水差すような真似をする外道どもが!覚悟しろ!!」


「共闘をする気はない…か。エンディ、それに関しては私と君の意見は一致している。私とて君達と共に魔族と戦う気など毛頭ない。私はただ、私の歩みを阻むものを等しく滅するのみ。魔族を一掃した後に、ゆるりと君を殺すとするよ。」イヴァンカは酷薄な笑みを浮かべながら言った。

エンディは血走った目で、フーフーと洗い鼻息を吐きながらイヴァンカを睨みつけていた。

「おい風小僧、さっきからギャンギャンうるせえんだよ。」
メレディスク公爵が苛立った様子でそう言うと、エンディはギロリとメレディスク公爵を睨みつけ、力一杯殴り飛ばした。

「ぶふぁほぉっ!」
メレディスク公爵はこの上なく間抜けな声を発しながら吹き飛ばされた。

「誰が風小僧だよ初老のオッサン!ポナパルトさんの仇も俺がとってやる!!」

するとカインとノヴァが、見境なしに暴れ回ろうとするエンディの体をがっしり掴んで制止させた。

ロゼとラベスタも2人に続き、エンディを押さえつけた。

「エンディ頼む!気持ちは分かるが少し落ち着いてくれ!なっ!?」

「俺たちも一緒に戦うからよ、まずは冷静になれ。頭に血が昇っちまえば、勝てる勝負も負けちまうぜ?」

ロゼとノヴァは、必死にエンディを諭そうとしていた。

「離せお前らーー!!」
エンディは大声を張り上げ、ジタバタと暴れ回っていた。

その姿は、癇癪を起こした幼児そのものだった。

「チッ、こんな時にラーミアが居ればな…こいつはすぐに大人しくなるんだろうな。」
カインはつくづくとそう思いながら呟いた。

しかし、事態は思わぬ形で急展開を迎えた。

エンディたちは、あまりにも劇的な瞬間に立ち会ってしまった。

時刻は午後14時過ぎだというのに、突然外が真っ暗になったのだ。

それは、"日が沈んだ"とか"夜が訪れた"等の一言では表現し難いほどの暗さだった。

エンディ達は一斉に上空を見上げた。

すると、空はいつのまにかドス黒い雲のようなもので覆い尽くされており、太陽光は完全に遮断されていた。

そして大気中には、身も凍りつくような凍てつく波動が張り詰めていた。

「なんだよ…急にイカつい寒さになったな?異常気象か??」
ロゼは肌寒さを感じ、プルプルと震えていた。

「いや…これは寒さというよりも、怖気に近い気が…。」ラベスタは鳥肌が立っていた。
それは寒さではなく、畏怖によるものだと肌で感じ取っていたのだ。

天生士であるエンディ、カイン、ノヴァは全身から脂汗を吹き出し、心は恐怖に取り憑かれていた。

その恐怖心は、紛れもなく本能的なものだった。

気が遠くなるほどの遥か昔の記憶が遺伝子レベルで呼び覚まされ、全身の細胞が警鐘を鳴らしているような感覚だった。

各々王宮へと向かっている途中であったエラルド、アベル、アズバールも、立ち止まり空を見上げ、エンディ達と同じくこの奇妙な感覚に苛まれていた。

まさしく、得体の知れない恐怖だった。

イヴァンカだけが唯一平常心を保っており、むしろ今の状況を、まるで面白がっている様にすら見えた。

本来人間が持っている感情が著しく欠落し、生まれながらにして独特で歪な資質を持っていたイヴァンカにとって、今の状況は楽しく思えてしまったのかもしれない。

「とうとう現れたか、魔族の王よ。」
イヴァンカは空を見上げて呟いた。

「魔族の王…だと?」
エンディはイヴァンカの放った一言に強い反応を示した。

「大王様のことをご存知でしたか、流石はイヴァンカさんですね。」
ルキフェル閣下はそう言い終えると、闇の力で正方形の巨大な異空間を創出した。

メレディスク公爵は、そそくさとその異空間の中へと入って行った。

イヴァンカにより深傷を負わされたジェイドとイル・ピケは、ゆっくりと歩きながら異空間の中へと避難して行った。

「ヒャヒャッ…てめえら…終わりだぜ?」
ジェイドは闇の異空間に入る間際に、エンディ達に向けてニヤケ顔でこのような捨て台詞を吐いた。

王宮にて戦闘を観察していた他の冥花軍のメンバー達も、続々とルキフェル閣下の創った異空間へと避難して行った。

冥花軍全員の入室が完了した異空間は、緩やかに地中へと沈んでいった。

他の魔族やヴァンパイア達は、慌てふためきながら宙を舞い、上空へと逃げて行った。


「逃げるのかい?閣下殿。」
イヴァンカは挑発的な口調で言った。

「巻き込まれるのは御免ですので。勝負は預けましょう、イヴァンカさん。まあ尤も、貴方がこれより強制執行される処刑から生き延びればの話ですけどね。」ルキフェル閣下がそう言い終えると、異空間は完全に地中へと沈んだ。

「巻き込まれる?処刑??どういう意味だ!?一体これから何が始まるってんだよ!?」
エンディは軽くパニックを起こしていた。

「空を見上げてみろ…答えが分かるぜ?」
カインは力なき声で言った。

上空には巨大生物が浮いていた。

暗くてはっきりと見えなかったが、一度見たら二度と忘れられないような、一瞬にして脳裏に焼き付いて離れないような悍ましいシルエットだった。

体長約30メートルの巨体、全身を覆う赤紫色の皮膚、垂れ下がった大きな耳たぶ、前頭部には蝋のように白い2本のツノ、背中には羽根の無い巨大な両翼、両手足の指には長針のような黒い爪、尾骶骨から足の踵まで伸びる丸太のように太い尻尾、瞳が存在せず、吸い込まれてしまいそうになる程に純黒な両眼、高い鼻と2つの鼻腔、耳の下まで裂けた口と紫色の唇、ノコギリの様にギザギザしていて黒光りした歯、まさに悪魔そのものだった。

「まさかお目に掛かれる日が来るとはね…魔族の始祖、ヴェルヴァルト大王。」
イヴァンカは淡々とした口調で言った。

滅びの序曲が始まりを告げた。



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