輪廻の風 3-3



「おいカイン、誰だよこいつ?知り合いか?」エンディは突如現れた謎の男を凝視しながらいった。

「いや、知らねえな。」
カインがキッパリとそう答えると、男は心外そうな表情を浮かべていた。

「知らないだとお!?ふざけるなよ!貴様、恩師を忘れるとは何事だ!」

「は?恩師?何言ってやがる?」
カインの頭の中でクエスションマークが飛び交っていた。

「私はマルクスだ!ユドラ帝国の神央院で天文学の教授として教鞭を執っていた!やれやれ…教育者にとって、教え子に忘れ去られる事ほど嘆かわしい事はない。」
マルクスがそう言っても、カインは全く思い出せずにいた。

「俺もあんたのこと知らねえなあ。」
エンディが言った。

「それは当然だろう。なぜならエンディ、お前は不登校だったからな。」
マルクスがそう言い終えると、エンディはマルクスの顔を掴んで吹き飛ばした。

「うわあ〜〜〜っ!」
大声をあげて吹き飛ばされたマルクスは、そのまま地上の庭園に落下すると思われた。

しかし、なんとマルクスは庭園に落下することはなく、宙に浮いていたのだ。

エンディとカインは驚いた。

エンディも対抗するかのように風の力を身に纏って宙に浮き、マルクスへと近づいていった。

「おい、ユドラ人が何の用だ?イヴァンカの復讐か?それとも…イヴァンカの封印でも解きに来たのか?」
エンディがそう質問すると、マルクスはポカーンとした顔をした後に、嘲笑うような高笑いをした。

外の騒ぎを聞きつけたロゼ達が、バルコニーへとなだれ込んできた。

「おいおい、なんだよあいつ?」

「宙に浮いてる…何者だろう。」
ノヴァとラベスタはマルクスを見上げながら言った。

「イヴァンカだと?あの様な負け犬に用は無い。この私があんな者の為に動くと思うか!!」マルクスは興奮冷めやらぬ様子で言った。

「負け犬って…おいおい、居なくなった人間には言いたい放題だな?」
エンディは煽る様にそう言ったが、マルクスには全く効いていなかった。

そして宙に浮きながら、エンディやバルコニーに集まって来た面々をニヤケ顔で見下ろしていた。

「ギャラリーが集まって来たな…おい貴様ら!宙に浮く私を見て、何か思い出すことはないか?」

マルクスがそう言うと、カインはドキッとした。
2年前、闇の力を吸収したイヴァンカが宙に浮いていた光景が脳裏をよぎったのだ。

「そして…"この力"に見覚えはないか?」
そう言い放ったマルクスの全身から、漆黒の蒸気の様なものが沸々と溢れ出て来た。

エンディ達は震撼した。

それは、2年前にイヴァンカが身に纏っていた闇の力と、あまりにも酷似していたからだ。

「私は闇の力を与えられ、"魔族"になったのだ!魔族となりユドラ人など遥かに超越した私に敵はいない!さあ…死んでもらうぞ、天生士(オンジュソルダ)共!」

マルクスがそう言い放つと、マルクスの周囲に同じ様な漆黒の衣を纏った7人の男達が現れた。

「ぎゃはははははーっ!」
「死ねえー!!」
男達はエンディ達に下品な罵声を浴びせながら、手から黒い光線の様なものを王宮目掛けて無造作に放った。

「これは"死雨"だ。触れた物の全てを破壊し消し去る闇の光線だ!王宮諸共滅びろ!!」

しかし、8人の男達の放った死雨と呼ばれる攻撃は、王宮に届く前にカインの放った炎によって呆気なく掻き消されてしまった。

「チッ、出しゃばりやがって。この程度の攻撃、俺がサクッと相殺してやろうと思ったのによ。」ノヴァが拍子抜けた様子で言った。

エンディは、2年前よりも遥かに強くなった仲間達をとても頼もしく思っていた。


マルクス達はこの上なく悔しそうな表情を浮かべていた。

「舐めるなよ貴様ら…ならば!もっともっと強力なモノをお見舞いしてやる!!」

マルクス達は先ほどよりも強大な魔力を両手に込めた。

そして8人同時に王宮に向かって死雨を放とうとした。

「これはやばいな…!」
エンディはすかさず臨戦体制に入り、マルクス達に負けじと風の力を両手に込めて死雨を相殺しようと試みた。

しかし、突然マルクス達の様子が急変した。

なんとマルクス達は、突如もがき苦しみ始めたのだ。

「う…うおぉぉぉお…!」「がっ…がはっ…!」


「おい!お前らどうしたんだよ!?」
苦しそうにうめき声を上げるマルクス達を見て、エンディは混乱していた。

「馬鹿な…どうして…??何故ですかーっ!"大王様"ーっ!?」
マルクスは空を見上げて、これでもかというほどの大声で叫んだ。

その直後、マルクスを含めた8人の魔族の体は大爆発し、木っ端微塵になって跡形もなく消滅してしまった。

凄まじい大爆発だったが、エンディが咄嗟に強力な風を放ったおかげで、爆風は地上にも王宮にも届かなかった。

「なんだよ…何が起きたんだよ…?」
エンディは頭の整理がつかず、そして理解が追いつかず、ひどく混乱してしまった。

それはエンディだけではない。
その光景を見ていた全ての者がそう感じていたに違いない。

しかし皆、満場一致で理解した事が一つだけある。

それは、この2年間があまりにも平和だった為、皆んなが忘れてしまっていた事だ。

いや、忘れたフリをしていたのだ。

2年前に見たあの光景を、信じたくなかったからだ。

滅びゆくユドラ帝国の"あの建物"の中から、大量の封印物が空へと浮遊し消えていったという紛れもない既成事実を。

信じたかったのだ。
戦いは終わり、世界は平和になったと。

この2年間、まるで暗黙の了解のように、その事実に誰も触れようとしなかった。

しかし、ついに目を背けていた現実が形を成してやって来たのだ。

悲劇は常に平和のすぐ隣にいる。
闇は常に光のすぐ隣にいる。


復活した魔族が、再び世界に闇を齎しに来た。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?