輪廻の風 2-41
「エンディ、勝負だ。今日こそ決着をつけてやる。」
カインはあの日以来、連日の様に"決着をつける"という事を口実に、エンディのもとを訪れていた。
その都度エンディは「はいはい」と軽く受け流していた。
カインは、"他の一族と馴れ合うな"という父の言いつけを破っている自分に、些少の罪悪感を抱いていた。
2人はいつも城下町を遊び歩いたり、山の中を走り回っていた。
アマレットは、そんな2人の背中をずっと追いかけていた。
古くからウルメイト家とユリウス家は良好な関係にあったためか、エンディとアマレットは幼馴染の様な関係性で非常に仲が良かった。
3人はいつも一緒にいた。
人気のない山奥にいくと、エンディとカインはいつも打撃の打ち合いや能力の撃ち合いをしていた。
それは、どちらが強いのか優劣をつける目的ではなく、互いの力を高め合うための修行だった。
アマレットはそんな2人の様子を、いつもニコニコしながら眺めていた。
そしてカインは修行の最中、常にアマレットの視線を気にしていた。
「なあエンディ、お前さ…その…なんて言うか…アマレットの事、どう思ってるんだ?」
休憩中、カインはアマレットに聞こえないような小さい声で、モジモジしながらエンディに尋ねた。
「どう思ってるって?ただの友達だよ。」
エンディはあさっての方向を見ながら答えた。
「ふーん、あっそ。ところでお前よ、そんなに強いのにどうして戦士にならないんだ?」
カインはさりげなく話題を変えた。
「俺は強くなんかないよ。戦士になりたいとも別に思わない、自由が好きだからな。でも、もし俺のこの力が世の中の役に立てるんなら、俺はこの力を最大限有効活用したいと思う。だから毎日の修行は欠かさない!」
エンディは真っ直ぐな目で言った。
「俺はこんな世の中の役に立ちたいなんて思わないけどな。」カインが言った。
「もう、カイン!またそんな捻くれたこと言って〜。」
アマレットが呆れた口調でそう言うと、カインは不覚にもドキッとした。
「でもよ、エンディ…お前の父親に言われた言葉はこれからも大事にしようと思う。大切なものとか、俺にはよく分からねえけど…とりあえず模索していこうと思うわ。」
カインは微笑みながら言った。
カインは少しずつではあるが、人間らしい心を取り戻していた。
自分の意志を持ち行動してみようという前向きな姿勢も感じ取れた。
エンディとアマレットと毎日一緒にいる事で、確実にカインは変化していた。
そんなカインを見て、エンディとアマレットはとても嬉しく思っていた。
「ねえみんな、手繋ご!」
アマレットは唐突にそう言い放ち、エンディとカインの手を握った。
エンディは何が何だか分からずポカーンとしていた。
カインは赤面し、微かに手汗をかいていた。
「輪になろうよ、早く!」
3人は手を繋ぎ合わせ、輪になった。
「私たち、これからもずっと友達でいようね!」アマレットは可愛らしい笑顔でそう言った。
「おう!」エンディは元気よく返事をした。
「友達か。」カインは複雑な心境だった。
ずっと友達。
幼い頃にそう誓い合い、大人になってからも疎遠にならず、友達の関係を維持出来ている者など、一体どれほどいるのだろうか。
未来がどうなるかなんて誰にも分からない。
だけどこの瞬間だけは確実に3人は友達だった。
例え離れ離れになっても、いつか再会した時に再び花を咲かせよう。
この時と変わらない笑顔で。
その時まで命の灯火を決して絶やさず、輝き続けていよう。
3人は口には出さなかったが、各々心の中でそう誓い合った。
カインは夕暮れ時に、メルローズ家の居城に帰宅した。
父が留守だった事を察し、内心ホッとしていた。
「兄さん!お帰り!」
アベルが元気よく言った。
カインは驚いた。
それは、アベルがカインに声をかけるなど、極めて珍しい事だったからだ。
いつも暗いアベルが、この日は様子が違い、カインは不審に思った。
「アベル、何か良いことでもあったのか?」
カインがそう尋ねると、アベルは待ってましたと言わんばかりに語り始めた。
「兄さん、実はね!心の底から本音を語り合える素晴らしい方に出会えたんだ!」
アベルは瞳をキラキラとさせながらそう言った。
「…友達でもできたのか?」
「友達なんて陳腐な関係じゃないよ!その方はね、僕の理解者なんだ!兄さんにも紹介するよ!」
カインは、アベルが言うその人物に興味を持ち、会ってみたくなった。
この日は父バンベールがいない。
カインはその人物に会う決意をした。
カインがアベルに案内された場所はパピロスジェイルだった。
罪人がユリウス家の魔術によって投獄されている大監獄、パピロスジェイル。
2人は堂々と歩いていた。
通常、この場所は関係者以外は立ち入り禁止の筈だが、看守は見て見ぬ振りをしていた。
メルローズ家当主にして十戒筆頭隊のバンベールの息子に、注意出来る看守など居なかったのだ。
「おい、理解者って…罪人なのか?」
「罪人じゃないよ。その方は何も悪い事なんてしていないんだよ。その方の高尚さを理解できず、疎ましく思った愚か者共に目をつけられて投獄されちゃったんだけなんだ。6歳の頃から今日まで18年間、ずっとこんな所にいるんだよ?可哀想だと思わない?」
カインはアベルの話を半信半疑で聞いていた。
するとアベルは、「着いたよ!」と言ってある牢獄の前で立ち止まった。
その牢獄は、他の房と比べて格段に大きかった。
そして檻に施されている魔術も、他の房とは比べ物にならない程に強力だったのだ。
「やあ…今日も来てくれたんだね、嬉しいよ。君がカインくんかい?アベルから話は聞いているよ。」
檻の奥から男の声がした。
赤毛のその男の身なりは、18年間も投獄されているとは思えないほど綺麗で、もはや神々しくすら見えた。
「…あんた、何者だ?」
カインは恐る恐る尋ねた。
すると赤毛の男はゆっくり、檻の前まで歩いて来た。
「私は深淵。そして私が今いるこの場所は、さしずめ"世界最深部"といったところかな。」
そう言い放った赤毛の男の名はレムソフィア・イヴァンカ。
友達が1人も居なくて神央院にもほとんど通わなくなったアベルは、毎日イヴァンカに会う為にパピロスジェイルに足を運んでいた様だ。
アベルは完全に、イヴァンカに心酔していた。
「…何言ってんだよ?」
カインはイヴァンカの言葉の意味が分からず、反応に困っていた。
「兄さん!イヴァンカ様に失礼だよ!」
アベルは怒った口調で言った。
「イヴァンカ…だと…!?」
カインは耳を疑い、驚嘆していた。
「私のことを知っているのかい?」
「レムソフィア家には、幼い時分に"危険因子"と判断され、以来ずっと投獄されている者がいると聞いたことがある…そしてその者の名がイヴァンカだと。噂だと思ってたが…まさかあんたが…。」
「仕方のない事だ。何も持たざる者に妬まれ迫害されるのは、才ある者の宿命だからね。ところでカイン、君は何をそんなに思い悩んでいるんだい?」
イヴァンカがそう言うと、カインはギクリとし、図星をつかれた様な表情をした。
「…え?」
「今の君の姿は、心に救いを求め葛藤している迷える子羊によく似ている。」
カインは何も答えず、黙りこくっていた。
「兄さん!悩み事があるならイヴァンカ様に相談しなよ!イヴァンカ様なら、必ず正しい道へと導いてくれるよ!」
瞳をキラキラと輝かせながらそう言ったアベルを、カインは不気味に思った。
「アベル、もう帰るぞ!お父様には黙っててやる、だからここへは2度と来るなよ?」
カインはアベルの腕を強引に掴み、その場を立ち去ろうとした。
「カイン。」
イヴァンカは、立ち去ろうとするカインを呼び止めた。
カインはピタリと足を止めたが、決して振り返ろうとはしなかった。
「私はきっと、君の力になれるよ。忘れないでくれ、私はいつだって君の味方だ。」
カインは、イヴァンカのその言葉に一瞬だけ心が揺れ動いてしまった。
しかしその気持ちをグッと抑え、アベルを引っ張り足早に立ち去っていった。
イヴァンカは檻の中から、遠ざかっていくカインの後ろ姿を眺め、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
今日のことは忘れよう。
何も見なかったことにしよう。
カインは心の中でそう誓った。
翌日の昼過ぎ、カインはいつものようにエンディとアマレットに会っていた。
城下町の小さな公園で、エンディとアマレットは泥団子を作ってワイワイはしゃいでいた。
両手と上衣の袖は、ひどく汚れてしまっていた。
しかしカインは、昨晩のことが頭から離れず、心ここに在らず状態だった。
「カイン?さっきからボーッとして、どうしたんだよ?」
「うん…なんか今日のカイン、変だよ?」
エンディとアマレットは、すぐさまカインの異変に気がついていた。
「別にどうもしてねえよ。」
カインは冷たく答えた。
すると、公園内にノストラ、アッサム、アミアンが入って来た。
「あ、ノストラさん!お父さんとお母さんも!」エンディはパアッと表情が明るくなった。
「おうおどれら、なーんでこんな辺鄙な場所で遊んでるんじゃい?ええ?」
「ははっ、エンディとアマレットちゃんと一緒にいる所をバンベールに見られたら、カイン君は大目玉を食らっちゃいますからね。」
ノストラとアッサムが言った。
「エンディママ〜!」
アマレットは、アミアンに飛びついた。
「アマレットちゃ〜ん!元気してたあ?貴女は今日も、天使みたいに可愛いねえ〜!」
アミアンはアマレットを抱きしめ、頭をわしゃわしゃと撫でながら言った。
アミアンは手に籠をぶら下げていて、中には手作りのサンドイッチが大量に敷き詰められていた。
「みんな、お腹空いてるでしょ?遠慮なく食べてね!」アミアンがそう言うと、エンディとアマレットは嬉しそうにサンドイッチを手に取って、美味しそうに頬張った。
しかしカインは、サンドイッチになど目もくれず、スタスタと公園から出ようとしていた。
「カイン、どこ行くんだよ?お前も食えよ!お母さんのサンドイッチはな、世界一美味いんだぞ!」エンディはカインを引き止めるように言った。
「悪い、今日は帰るわ。」
カインは思い詰めたような表情をしていた。
すると、アミアンがカインの元へ駆け寄った。
そしてしゃがみ込み、カインと同じ目線に立ってカインの目をジーっと見ていた。
カインは困惑している。
「あなたがカイン君ね?いつもエンディと遊んでくれてありがとう。今度家に遊びおいでよ。たくさんご馳走するから。」
アミアンは優しくにっこりと笑いながら言った。
カインはその気持ちが嬉しかった。
照れ臭くて素直に言葉が出ず、コクリと頷いた後、逃げるようにその場から離れて行った。
「カイン、どうしたんだろう…。」
アマレットは心配していた。
「大丈夫だよ、あの子は強い子だ。何があったかは知らないが、今はそっとしておいてあげよう。あの子はきっと立ち直るよ。」
アッサムはカインを信じていた。
この時は知る由もなかった。
エンディ、カイン、そしてアマレット。
いつも一緒にいたこの3人が、この日を最後に集まることがなくなり、離れ離れになってしまうという事を。
エンディはこの時、カインがどこか遠くの異国の地へ行ってしまうのではないかと感じた。
カインがメルローズ家の居城に着くと、玄関の前に屈強な2人の大男が、まるで門番をしているかの様に立っていた。
カインがその2人を訝しげな表情で凝視していると、男達はカインに深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ、カインお坊ちゃま。中でバンベール様がお待ちです。」
何やら只事ではなさそうだと察し、カインは急いで中へ入って行った。
メルローズ家の居城内はいつもと様子が違くて、何やら物々しい雰囲気に包まれていた。
「おかえり、カイン。」
リビングへ入ろうとすると、バンベールが出迎えに来た。
リビングに入ると、メルローズ家の顔役の様な戦士達が、険しい眼光でズラリと並んでいた。
「カイン、お前に話しておきたいことがある。」バンベールが言った。
まさか、昨晩イヴァンカと密会していたことがバレたのか?と思い、カインは冷や汗をかいた。
「お父様…これは一体何の集まりですか?」
「カイン、単刀直入に言う。心して聞け。我々は近日、レムソフィア家を一族郎党根絶やしにする。そして、これからはユドラ帝国の実権は我々メルローズ家が握る。」
バンベールは冷淡な口調で言った。
それを聞いたカインは、頭が真っ白になってしまった。
「…え?お父様、何を言っておられるのですか…?レムソフィア家に忠誠を誓い闘うことが我々メルローズ家の使命ではないのですか?それを根絶やしって…。」
カインの声は震えていた。
「カイン、お前は一度も疑問に思った事がないのか?なぜ我々の様な気高き戦士が、あの様な者達に尽くさねばならないのか。500年前にユドラ人を束ねていた…たったそれだけの理由で、何故連中をまるで神の様に祭り上げなければならないのか?正直我々はもう限界なのだ。世襲制などという下らぬ風潮に惑わされ、烏合の衆を崇めるなど屈辱極まりない!」
バンベールは、積もりに積もった不満を吐露した。
「お父様…最近あまり家に帰らず、留守にする日が多かったですよね。まさか…。」
「察しがいいな、カイン。これはもうずっと前から計画していた事なんだ。最近は内密の会談が多かったからな、家にもろくに帰れなかった。そして今回お前にこの事を話したのは、計画遂行の為にはどうしてもお前の力が必要だからだ。」
バンベールは冷たい目でカインを見下ろしながら言った。
「俺の力が必要って…?」
「お前の炎の力は素晴らしい。その力を是非、今回の"聖戦"で存分に発揮してくれないか?ユドラ帝国の歴史を変える"聖なる戦い"に。」
衝撃のあまり言葉を失っいてるカインを見かねたバンベールが、追い打ちをかける様に言った。
「カイン、お前最近エンディと会っているだろ?それも毎日の様に。俺が何も気付いてないとでも思ったか?」
バンベールに睨まれ、カインは縮み上がってしまった。
「レムソフィア家を粛清する事など容易い。奴らは現在保有している権力に甘んじて高を括っている上、ろくに戦闘も出来ないからな。しかし厄介なのがウルメイト家だ。奴らは確実に、つまらぬ正義感を振りかざして我々の邪魔をしてくるに違いない。そして俺が最も危惧しているのは、エンディの風の力だ。認めたくないが、あれは相当手強いぞ。そこでだ、カイン…お前にはエンディを殺してもらいたい。毎日一緒に遊んでいるんだ、奴の手の内はお前が一番よく分かっている筈だ。」
やはりそうきたか。と、カインは思った。
カインは話の流れからして、父が自身にエンディ殺害の命令を下してくるだろうと、何となく予期していた。
そしてそれは見事に的中してしまった。
「どうしたカイン、返事が聞こえないぞ。」
カインは、バンベールの恐ろしい剣幕に辟易して思わず後退りしそうになるのをグッと堪えた。
カインはしばらく俯きながら黙っていた。
しかし、すぐに顔をあげた。
「はい…承知いたしました、お父様。」
カインはバンベールに異を唱える事も、反発する事も出来なかった。
それは決して許されない事だと、身体に染み付いていた。
カインは、少し前の冷酷で残忍無慈悲な顔つきに戻ってしまっていた。
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