輪廻の風 2-37



「エンディ、やっぱり生きてたんだ。良かった。」
「よう、元気そうじゃねえかよ。俺は生きてるって信じてたぜ?」
ラベスタとロゼは、エンディの生存をその目で確認し安堵していた。

しかし2人のこの言葉に、エンディは何の反応も示さず、ただカインを直視しているだけだった。

そんなエンディに、皆不気味さを感じずにはいられなかった。

「エンディ…?」
ラーミアはエンディの発する不穏なオーラに、若干の恐怖心を抱いていた。

エンディはラーミアにすら何の言葉もかけず、目もくれなかった。

「久しぶりだな。記憶が戻ったのか?」
カインの問いかけに対し、エンディは小さな声で「ああ。」と答えた。

「そうか、それは何よりだな。で?記憶が戻った今、お前は何がしたい?」
カインが尋ねた。


「イヴァンカを…殺す。」
エンディはしばらく黙った後、鬼気迫る様な表情でそう答えた。

エンディの口から"殺す"なんて言葉が発せられたことに、ロゼ達は意外性を感じてとても驚いていた。

「なるほどな。てめえにとっちゃイヴァンカ様は両親の仇だもんな。でもよ、よく考えてみろよ。そのイヴァンカ様を解放したのはこの俺だぜ?てめえの両親は、俺が殺したも同然だ。てめえの憎しみの矛先は、俺にも向いているだろ?」カインはニヤリと笑いながら言った。

「俺は、お前とは戦いたくない。」

「は?何言ってやがる?本当は俺のことも殺したくて仕方ねえはずだろ?」

「お前は俺の、大事な友達だ。」
エンディはカインの目を真っ直ぐ見てそう言った。

そう言われたカインは、この上ない嫌悪感を抱いている様な表情をしていた。

「甘えこと言ってんなよ。俺たちはいずれ決着をつけなきゃいけねえ宿命なんだよ。どちらかが死ぬまでな?それはお前も分かってるはずだぜ?」
カインはそう言い終えると、エンディを威嚇するように全身からメラメラと炎を発した。

凄まじい熱気だった。

「そうか…もう本当に、やるしかないんだな…。カイン、お前の目を覚させてやる。」
エンディはそう言って臨戦態勢に入ったが、その目からは迷いを感じた。

イヴァンカと戦う覚悟はあっても、カインと戦う覚悟は未だ整っていない様だった。

「嫌だ…私…あの2人が戦うところなんて見たくない!」
アマレットはそう言って、エンディとカインを仲裁しようと試みたのか、2人の元へ走ろうとした。

しかし、ラーミアがそんなアマレットの腕を掴んで制止した。

ラーミアの目からは、2人の戦いを見届けようという強い気概を感じた。

決して邪魔をするべきではない。
例えどんな結末が待っていようとも。

2人の事情を知らないラーミアが、本能でそう感じていたのだ。

ロゼ達は暗黙の了解としてラーミアの考えを尊重し、その意を汲んで2人の戦いを見守る決断をした。


エンディは全身に風の力を纏い、疾風の如くカインに詰め寄った。

そして、小さな竜巻の様なものを纏った拳でカインを力一杯殴ろうとした。

しかし、エンディは呆気なくカインに顔面を蹴り飛ばされてしまった。

エンディはすぐに態勢を立て直し、カインに向けて右手をかざした。

すると無数の大きなカマイタチがカインに縦横無尽に襲いかかった。

しかしカインは自身の目の前に、巨大な炎の壁の様な物を創り出した。

その炎上網は、全てのカマイタチを悉く相殺した。

「すげえ…なんて戦いだよ…。」
ノヴァは完全に目を奪われていた。

「まだこんな力を隠してたなんて…つくづく、許し難い男だよ。」
アベルはカインを睨みつけながら言った。

ポナパルトとバレンティノは、2人の戦いの凄さとその緊迫感のあまり、全身から汗が噴き出し止まらなかった。

「カイン…初めて見た時から只者ではないとは思ってたけど…まさかここまで強いとはね。」モスキーノが言った。

カインは間違いなく、3将帥すら凌駕する程に強かった。

「エンディ、つまらねえ小手調なんかやめろよ。もっと全力でかかってこい、軽く捻り潰してやるからよ。」カインは余裕に満ち溢れていた。

すると、カインの足元から突如、竜巻が発生した。

カインはその渦の中に身を包まれた。

しかしカインは身体が斬り刻まれそうになる寸前で、闘気を放ち竜巻を掻き消してしまった。

「てめえよ…いい加減にしろよ!やる気あんのか!?こんなつまらねえ技でこの俺を倒せると本気で思ってんのか!?そんなもんじゃねえだろてめえの実力はよ!」
カインは怒りに打ち震えていた。

それは、エンディから本気で戦おうという姿勢を感じなかったからだ。

迷いが生じ、手を抜いていたのは明白だった。

「俺は信じてるんだ。またお前と、昔みたいに笑い合える日が来るって。互いを友と呼び合える日が来るってな。」
エンディは穏やかな笑顔を浮かべながら言った。

カインは心底呆れた様な表情をしている。

「"また"とか"昔みたいに"とか、意味不明だな。ガキの頃の事なんてもう忘れちまったよ。てめえはいつまでもガキの頃から時が止まってんのか?」

「忘れるわけないよ、覚えてないだけだろ。それか、思い出そうとしてないだけだ。」
記憶喪失を経験したエンディの放つこの一言からは、重みと深みが感じられた。

「…お前よ、さっき俺の目を覚まさせてやるとか言ってたよな?悪いが目ならとっくに覚めてる。いつまでも目が覚めてねえのはお前だろ?本来従うべき主に逆って、その下につく俺を友と呼びまともに戦おうともせず…信念のない奴だな。その甘っちょろさと主体性の無さがお前の敗因だ。いいだろう、冥土の土産に俺の"隔世憑依"を見せてやるよ。目を覚ます暇すら与えずに、俺の炎で地獄に送ってやる…お前も、お前の仲間もな?」
カインはニヤリと笑った。

「隔世憑依じゃと…?」
ノストラは目を丸くしていた。

「おいじっちゃん、隔世憑依ってのは何だ?」ロゼが尋ねた。

「隔世憑依…それは自身の能力の限界を超え、その真髄を極めた異能者にのみ発現が許される…いわば異能者の究極形態じゃ。人間に許された限界を遥かに超越したその力は、世界を滅ぼす程の威力を秘めておると言われておる。都市伝説の類かと思ったったがのう…。」

世界を滅ぼす力。
それを聞いたロゼ達は、隔世憑依というものが単なるつまらない都市伝説であって欲しいと切に願った。

「エンディ、お前も出来たはずだぜ?やってみろよ。まあお前は隔世憑依を会得したその日に記憶を失ったからな、記憶を取り戻しても勘までは取り戻してねえだろうから無理か。残念だぜ?お前の力の底を見れなくてよ。」
カインは挑発する様に言った。

「カイン、お前本当に俺を…俺たちを殺すつもりなんだな…。」
エンディは悲愴な思いに押し潰されそうになっていた。

「ああ。イヴァンカ様に逆らう野郎は、誰であろうと例外なく皆殺しだ。」

「そうか…分かった。じゃあ俺も…お前を殺すつもりでいく。もう、揺るがない…!」
エンディは、遂に覚悟が決まった様だ。

イヴァンカを討つ為、仲間を護る為、目の前に立ち塞がる竹馬の友と戦う覚悟を。

その境地に至るのは、決して簡単な事ではなかった。
カインを信じる気持ちも変わらなかった。

それでもエンディは、心を鬼にして明確な殺意をカインに対して放った。

ようやくやる気になったエンディを見て、カインは嬉しそうに微笑んだ。

「隔世憑依 太陽の化身(アラヌウス)」

カインがそう唱えると、カインの身体は眩い光の様なものに包まれた。
あまりの眩しさに耐えられず、エンディは反射的に手をかざして目元を覆った。

カインの身体から放たれているものは、光ではなく炎だった。

大気中の水分を枯渇させ、有機物、無機物問わずこの世に存在するありとあらゆる物質が瞬時に灰と化してしまうほどの、恐るべき火力だった。



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