輪廻の風 3-7




ユドラ帝国が滅亡してから2年。
かつて栄華を極めたあの国は、今となってはその面影を微塵も感じさせないほど寂れてしまっていた。

ユドラ帝国の跡地は現在、バレラルク王国の管轄下に置かれており、"人間"は誰1人として住んでいなかった。

しかし、管轄下と言ってもほとんど形式上で、警備の実態は穴だらけであった。

そう、かつてユドラ帝国が繁栄していたその土地は、魔族にとって絶好の隠れ蓑となっていたのだ。

旧ユドラ帝国の城下町。
ゴーストタウンと化したこの場所に、一際目立つ大きな館がドンと佇んでいた。

薔薇で覆われたその館の中に、ブロンド色の長髪の男が入って行った。

男の名はベルッティ・ルキフェル。
中性的な顔立ちに似つかわしくないほどの鋭い眼光をしていた。

驚くべきことにその館の内部は、全ての壁が破壊されており、館そのものが一つの部屋の様な形を成していた。

内部は真っ暗で、暖炉の小さな火だけが唯一の明かりだった。

中央の円卓には、9体の魔族が既に着席していた。


「冥花軍(ノワールアルメ)の皆さん、お忙しいところご足労頂きありがとうございます。」ルキフェルは9人に向けてそう言い終えると、円卓に着席した。

ルキフェルを含めた10体全員の首には、それぞれ異なる花のタトゥーの様なものが刻まれていた。

「閣下、本日はどの様な御用件で?」
大男が太々しい態度で尋ねた。

閣下とは、ルキフェルの事を指している。

「先程ペルムズ王国にいる同志から入電がありました。現在同国でセスタヌート伯爵が、ウルメイト・エンディ氏とメルローズ・アベル氏と対峙している様です。」
ルキフェルがそう言い終えると、円卓上に動揺が走った。

「エンディって…例の風の天生士か!!」

「閣下ぁ!俺たちもペルムズ王国に向かいましょう!」

「閣下、僕に行かせてください。エンディの首は僕がとります。」

冥花軍(ノワールアルメ)のメンバー達は、我先にと続々と名乗り出た。

すると、暖炉の火が突然消え、何処からともなく不気味な声が聞こえてきた。

「その必要は無い。」
声が館内に響き渡ると同時に、館の中に真っ黒い渦の様なもの充満した。

「大王様…いらっしゃったのですか。」
ルキフェルが言った。

声の主は"大王様"と呼ばれていた。

大王と呼ばれる者の登場で、冥花軍メンバーの反応は様々だった。

3人はカタカタと小刻みに震え、目を泳がせて怯えていた。

もう3人は、大王と呼ばれる者の声色に惚れ惚れとし、うっとりしていた。

ルキフェルを含めた残りの4人は微動だにせず、平常心を保っていた。

「"子供達"よ、これよりバレラルク王国へ侵攻を果たせ。天生士諸共バレラルクの民を皆殺しにし、徹底的に蹂躙しろ。」
大王が命令を下した。

ルキフェルを筆頭に、冥花軍は出撃の準備に取り掛かった。


そして場面は再び、バンホイテン砂漠へと移り変わる。

エンディが機内から飛び降りて間もなく、ジェット機は着陸した。

アベルはすぐにジェット機から降り、外に出て機体の前に立った。

すると、ラーミアもアベルに続いて降りようとしたいた。

しかし、アベルはそれを制止した。


「ごめんね、ラーミアは絶対に降ろすなってエンディから頼まれてるんだ。」アベルにそう言われると、ラーミアはしゅんとしてしまい、諦めて機内へと戻って行った。

そして、機内の窓から心配そうな表情を浮かべながらエンディを見つめていた。

エンディとセスタヌート伯爵はお互いに向かい合っていた。

セスタヌート伯爵はブルブルと震えていた。
その震えは恐怖によるものではなく、所謂武者震いだった。

「あんた、どうして俺のことを知ってるんだよ?」エンディは不審げに尋ねた。

「ほっほっ、それは当然でしょう。なぜなら君は、閣下が指定した5人の要警戒人物の1人だからねえ!」

「閣下?要警戒人物?」
エンディは聞き慣れない単語の羅列に話が飲み込めず、首を傾げていた。

「君のことも知っているよ!水の天生士、メルローズ・アベル!因みに君の実兄のカインも、要警戒人物の1人に換算されているよ!」
セスタヌート伯爵は、横目でアベルを見ながら言った。


「きもい爺さんだね。僕たちのこと色々言う前にさ、まず自分の氏素性を明かしなよ。」アベルは不快そうにしながら言った。

「我輩は冥花軍(ノワールアルメ)の1人、セスタヌート伯爵!君達の首をとり、大王様に献上する者だ!さあ君達、やっておしまい!」
セスタヌート伯爵が号令をかけると、配下である33体の魔族の者達が一斉にエンディとアベルに飛びかかった。

すると、エンディは僅か数十秒の間に、33体の魔族を軽々と蹴散らした。

一体一体に1発ずつ打撃をお見舞いし、魔族達は確実なダメージを受け気絶してしまった。

エンディは、この際に一切風の力を使用していなかった。

これは、あくまでもエンディの基本的な戦闘能力だった。

「ふっ、トドメさしてないじゃん。相変わらず甘いねえ。」アベルは鼻で笑いながら言った。

その光景を見ていたセスタヌート伯爵は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

「ほっほっ、トレビアーン!これくらいはやってもらわないとね!それでこそ…殺し甲斐があるってものだ!!」
セスタヌート伯爵は剣を抜き、恐るべき速度でエンディの背後をとった。

しかしエンディはその斬撃を飄々と躱した。

セスタヌート伯爵は戦慄した。
エンディに2撃目を与えようと剣を振るおうとした直後に、刀身が折れてしまったからだ。

「探し物はこれか?」
エンディは折れた刀身を手に持ち、ブラブラとさせながら言った。

「舐めるなよ!!小僧がぁ!!」
セスタヌート伯爵はエンディ目掛けて強烈な死雨を放った。

しかし、エンディが右手の人差し指から放出した僅かな風により、それは呆気なく相殺されてしまった。

セスタヌート伯爵は、歯を食いしばりながらこの上なく悔しそうな表情を浮かべていた。

「おい、お前がさっき言ってた冥花軍(ノワールアルメ)ってのは何だ?」エンディが尋ねた。

「ほっほっ…冥花軍(ノワールアルメ)…それは偉大なる我らが大王様から血肉を分け与えられた選ばれし魔族の総称…。魔族の中で最も名誉ある称号だ…。そして我輩もその内の1人!」
セスタヌート伯爵は得意げに言った。

「そうか…。大王様ってのが誰なのか知らねえが、お前程度の奴が他に何人いようが全く怖くねえな。」

「なーんだ、筆頭戦力の1人がこの程度って…魔族って思ってたより全然大したことないんだね?とんだ肩透かしだよ。」

エンディとアベルは拍子抜けてしまっていた。


「ほっほっ…君達、知らないのか?500年前…天生士(オンジュソルダ)共が、どれほど我らに苦戦を強いられていたのかを…。」

「何が言いたい?」
エンディは、セスタヌート伯爵が何か奥の手を隠しているのではないかと考え、身構えていた。

「我輩はまだ微塵も力の底を出していない。ほら、我輩の首に刻まれた花をご覧。」
セスタヌート伯爵は、自身の首に刻まれた花のタトゥーの様なものを、まるでエンディとアベルに見せびらかせる様に言った。

「ずっと思ってたけど…随分と悪趣味な彫り物だね。タトゥー自慢なら他所でやれば?」
アベルに小馬鹿にされても、セスタヌート伯爵は全く不快感を露わにしていなかった。

そして、悍ましい顔つきで、何やら気味の悪い事を言い放った。

「ほっほっ…これはタトゥーじゃないよ。"刻紋"だ。我輩の司る花は"エンジェルトランペット"。花言葉は…"夢の中"だ。」













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