輪廻の風 3-14


魔族が去って数分後、王都ディルゼンに悲しみの雨が降り注いだ。

まるで、犠牲となった人々の血や、悲しみに暮れる遺族達の涙をそっと洗い流そうとする様な、懸命な雨だった。

病院には次々と重症者が運び込まれていったが、病床は足りず現場は逼迫していた。

崩壊した城下町や王宮周辺の瓦礫の山の横に、次々と医療用のテントが設けられたが、それでも足りないくらいだった。

奇跡的に一命を取り留めた者もいたが、殆どは帰らぬ人となってしまっていた。

致命傷を負い苦しみに悶えていた人々は、治療が追いつかずにまた一つ、また一つと天に召されていった。

一体、この様な悲劇を誰が予想出来たのだろう。

不幸中の幸いと言うべきか、王宮はほとんど襲撃を受けていなかった為、王都の中心地で王宮だけが唯一原型を留めている建築物であった。

ロゼは、王宮内の国王の私室とも呼ばれる執務室に篭り、対応に追われていた。

「ロゼ国王…失礼します。只今ペルムズ王国より帰国しました…。」
エンディは恐る恐る執務室へと入った。

「それがどうした?下らねえ報告してくんじゃねえよ。」
ロゼは心に余裕を無くし、かなり苛立っている様子だった。

執務室の豪華絢爛な椅子に腰掛け、机の上に肘をついて右手の親指の爪をカリカリと噛みながら、激しい貧乏ゆすりをしていた。

机の横に立っていたエスタ、モエーネ、ジェシカは、この上なく気まずそうにしながら、常時ロゼの顔色を伺っていた。

すると執務室に、医療現場の視察に向かっていた軍人が畏まった様子で入室してきた。

ボロボロの軍服を着たその軍人は、泥だらけの靴を履いたまま報告事項を伝えにきたのだ。

「失礼します…ご報告致します。緊急治療室にてラーミア氏より治療を受けていたモスキーノさんとマルジェラさんの両名が、一命を取り留めました。しかし…依然として昏睡状態が続いており、このまま目を覚さない可能性があるとの事です…。そして、非常に申し上げにくいのですが…残念ながらポナパルトさんが亡くなられました。発見されたときにはもう既に…。」


「そんな…ポナパルトさんが…?」
エンディは唖然としていた。

ロゼは、現実から目を背けようとする様な辛い表情を浮かべていた。

すると執務室に、また1人報告事項を伝えにきた軍人が入室してきた。

「ご報告致します。現在、"北の港町エシレ"にて、"ラスケル王国"の軍艦が3隻、領海侵犯を行い、同所にて駐軍中の我が軍隊と小競り合いを起こしているそうです。そして"南の都市カパーニ"では、"タネドラ王国"の戦闘機が4機、領空侵犯を行なったとして、現在対応に追われているとのことです。」


「なんだとぉ!?こんな時に…何でだ!?」
ロゼは勢いよく立ち上がり、大声を張り上げた。

「世界一の大国、バレラルクの王都が壊滅状態になってるんだ…その情報は瞬く間に全世界へと発信されたに違いねえ。隣国の野郎ども、この混乱に乗じてここぞとばかりに挑発してきやがってるな…。こういう事しやがる国は、今後増えてくんだろうな…くそがっ!」
エスタは激しい憤りを感じながら、事態を考察した。

「ちくしょー!ふざけんなよクソ野郎どもが!どいつもこいつもぶち殺してやる!!」
ロゼは錯乱状態に陥り、壁を思い切り蹴飛ばした。
大理石を基調とした壁には、大きな亀裂が生じてしまった。

「国王様…落ち着いてください…。」
ジェシカとモエーネが必死に宥めても、ロゼは聞く耳を持たなかった。

すると今度は、執務室にカインとエラルド、ノヴァとラベスタの4名が入ってきた。

エラルド、ノヴァ、ラベスタの3名は全身が包帯でぐるぐる巻になっていた。

ジェイドとの死闘の末に深傷を負ったが、命に別状はなかった。
まだまだ全快ではないとは言えど、普通に体を動かせるくらいの余力はあった。

3人とは対照的にカインは無傷だった。
それどころか、衣服にも汚れ一つなかった。

エンディは、そんなカインの姿を見るや否や、途端に怒りが込み上げてきた。

「カイン!お前何やってんだよ!?お前がいて、何でこんなことになってんだ!お前が前線に出てれば…こんな事態にはなってなかったはずだぞ!!」
エンディは両手でカインの胸ぐらを掴み、大声で怒鳴りつけた。

するとカインは、片手でエンディの腕を力一杯跳ね除けた。

「うるせえ!仕方ねえだろうが…俺は家族を護ることに精一杯だったんだ!腹わた煮えくり返ってんのは俺だって同じなんだよ!!」
カインはここぞとばかりに言い返した。

2人は、今にも殴り合いを勃発してしまいそうな勢いだった。

「はいはい、そこまで。今は内輪揉めしてる場合じゃないでしょ。」
バレンティノが、手をパンパンと2回叩きながら執務室へと入ってきた。

バレンティノもカイン同様無傷で、軍服に汚れひとつ無かった。

「バレンティノさん…あんたも前線へ出なかったのか…?」エンディは、何が言いたげな目でバレンティノを凝視しながら言った。

「フフフ…俺は王宮を守護しなきゃいけなかったからねえ。」

「ポナパルトさんが死んだって聞いたぞ…。」

「分かってるよ…嫌って程にね。」

エンディがポナパルトの死について触れると、バレンティノは一瞬キッと眼光が鋭くなった。

疲弊も悲しみも、皆んな同じなんだなと、エンディは思った。

「カイン…さっきはいきなり怒鳴りつけてごめん…。」

「いや…俺の方こそ悪かった。」

エンディとカインは、互いに視線こそ合わせなかったが、仲直りをした。

「さてと…じゃあ早速だけど、連中について話し合いをしようか。自らを冥花軍(ノワールアルメ)と呼称する此度の賊軍…俺は直接対面してないからよく分からないけど…君達は奴らと交戦したんだよねえ。さっきノヴァ達から聞いたけど、奴らは首に刻まれた花の…花言葉にちなんだ厄介な能力を使用してくると…。」バレンティノは口火を切り、話を進めた。

「花言葉だと?ふざけてんのか?」
ロゼはピリピリしながら言った。

「エンディ達がペルムズ王国で交戦した魔族は死んだらしいから省略するとして…そいつを除いて能力が解明されているのはノヴァ達が交戦したジェイドと呼ばれる男のみ。そうだよね?」
バレンティノはノヴァに話を振った。

「ああ。首に刻まれた花はジャーマンアイリス、花言葉は炎‥って言ってたな。視界に入った空間全ての物質を焼き尽くす能力だ…。」
ノヴァはジェイドの恐るべき破壊力を持った黒い炎を思い出し、内心ゾッとしていた。

「ポナパルトを殺し、モスキーノとマルジェラを再起不能にした3体の魔族の能力は一切不明か…厄介だな。」カインは深刻な表情で言った。

直接対面して応戦したとはいえ、口無しとなった死人と昏睡者から敵の能力の情報を聞き出す手段などなかったからだ。

「じゃあ…本題に入るよ。俺はここまで色々な情報を集めてきたけど…どうにも腑に落ちない点が一つある。この違和感は、魔族達と対面した君たち全員も感じている筈だよ。奴らはどうして、天生士に関する詳細な情報を持っているんだろうねえ?」

バレンティノがそう言い終えると、エンディ達は嫌な胸騒ぎがした。

確かにその点に関しては、エンディ達も不思議でならなかった。

500年前に天生士と激闘を繰り広げた冥花軍のメンバーが、天生士の個々の能力を熟知していることに関しては合点がいく。

しかし、わずか2年前に封印が解かれたばかりである冥花軍のメンバーは、現在の天生士の名前、顔、身体的特徴までも熟知しており、またその殆どがディルゼンに居住している事まで把握していたのだ。

更にそれらを基に、要警戒人物なるブラックリストまでも作成していた事にも、エンディ達は疑問を抱いていた。

「フフフ…実はね、バレラルク王国には王都ディルゼンを中心に、沢山の諜報部員を忍び込ませているんだよね。この2年間、彼らが目を光らせてくれていたお陰で、国内の危険因子や海外のスパイは何人か捕らえたけど、此度の襲撃が起こるまで魔族らしき者は一体も確認されていなかったんだよねえ…それなのにこちら側の情報は奴らに筒抜け…皆んな、この意味分かるよねえ?」

「おいバレンティノさん…何が言いたいんだよ…?」
エンディはゴクリの生唾を飲み込んだ。

「フフフ…賢明な君達なら、薄々勘づいていたはずだよ…この国に裏切り者がいる。それも、確実に俺たちの身近なところにね。」
バレンティノが些少の躊躇いもなくそう言うと、その場はシーンと静まり返った。

「まあ…そう考えるのが妥当だよな。」
カインは冷静な口調で言った。

「そんな…こんな時に…仲間を疑わなきゃいけないのかよ!?ここまで一緒に戦ってきた仲間を…!」
エンディはやりきれない気持ちに駆られ、とてもショックを受けていた。

バレンティノの言う通り、実は皆口にこそ出さず、できるだけ考えない様無意識に心掛けていたが、内通者の存在は薄々勘づいていた。
そしてバレンティノの発言により、そのモヤモヤは確信へと変わった。

ガタガタの戦局、いつ魔族が再来してくるのかも分からない状況で、更には身内に裏切り者がいる事もほぼ間違いない。

エンディ達は、何から何まで疑心暗鬼になってしまった。

そして魔族達との交戦の際に、カインやバレンティノ、ロゼやエスタ、ジェシカとモエーネの様に戦闘に参加しなかった者に対する懐疑心も生まれてしまっていた。

一般兵士たちに至っては、その過半数以上が魔族達に恐れをなして逃げ出していた。

クマシスの様に上官や部下を見捨てて逃げる者も数多くいた。

そういったことが起因して、バレラルク王国の戦士達の間では、様々な軋轢が生じてしまっていた。

仲間に対する疑念、また仲間内に生じた軋轢は心に不安や迷いを与え、いずれ再び襲撃に来るであろう魔族達に対する備えに対する意識や、危機管理能力の低下をもたらした。

エンディは、先が思いやられる様な強い不安と恐怖を感じていた。


















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