輪廻の風 3-49



魔界城最上階。

エンディとヴェルヴァルト大王の死闘は、遂に決着がつきそうな局面に達していた。

優勢なのは、ヴェルヴァルト大王。
それも、圧倒的だった。

金色の風を纏ったエンディの攻撃をその身に受けても、さほどダメージを負っている様子もなく、たとえ傷を負ったとしても、超速再生能力によって瞬く間に回復してしまうのだ。

それに対し、エンディの身体には着々とダメージと疲労が蓄積されていき、一向に勝機の見えない非常に厳しい戦いになっていた。

それでもエンディは、決して諦めなかった。

「うおおおおおっ!!」
エンディはボロボロの体を強き心力で叩き起こし、歯を食いしばりながらヴェルヴァルト大王に殴りかかった。

しかし、ヴェルヴァルト大王が人差し指をチョンと弾いただけで、エンディはそれにより発生した風圧で吹き飛ばされてしまった。

エンディは仰向けになりながら、ゼェゼェ、と荒い息を吐き、闇に覆われた空を悲しげな表情でぼんやりと見上げていた。

「見れば見るほど邪悪な空だな…。お前が世界から光を奪ったせいで…!」

エンディはそう言い終えるとムクリと起き上がり、怒りの表情でヴェルヴァルト大王を直視した。

そんなエンディを、ヴェルヴァルト大王は鼻で笑っていた。

「奪ったとは…また随分と乱暴な言い方だな。余は、永遠に明ける事無き可惜夜の愉楽を、皆と平等に分かち合いたいだけだ。」

ヴェルヴァルト大王は、まるで光を奪われたこの世界の全てを見渡すような眼差しをしていた。
また、自身が創ったともいえるこの闇の世界に酔いしれているようだった。

しかしエンディは全く聞く耳を持たず、ヴェルヴァルトの発言を下らない戯言と聞き捨てていた。

「さっさとお前ぶっ飛ばして…何もかも取り返してやるからな!覚悟しろよヴェルヴァルト!」
エンディは再び、果敢に立ち向かって行った。

どうやら両者の戦いは、もう少しだけ長引きそうだ。


そして場面は再び、魔界城の4階へと移り変わる。

「そんな…キリアンさんが…。」
「キリアンさんが…やられちまった…!」

キリアンの敗北に驚きを隠せない魔族達は、絶望感に苛まれていた。

その一方で、キリアンを撃破したクマシスは有頂天になりながら、心の声を思う存分に喚き散らしていた。

「がはははは!おいおいマジかよ冥花軍をたおしちまったぜ!!これは大金星だ!!おい!ロゼはどこだぁ!誰かあのバカ国王に伝えておけよ!今すぐこの俺を将帥へと昇格されろとな!」
クマシスは、主君であるロゼに対して言いたい放題であった。

さらにその矛先は、直属の上司であるサイゾーと、格上の階級であるマルジェラにも向けられた。

「おいコラ!お前らよくも今までこの俺を顎で使ってくれたな!コラ!サイゾー!今日から俺の事は様付けしろよな!もう貴様とは住む世界が違うんだからよ!コラ!マルジェラ!俺は今日から貴様と同格だ!歳下なんだからちゃんと"クマシスさん"って呼べよな!」

しかしマルジェラとサイゾーは、文句一つ言わずに大人の対応をしていた。

内心でははらわたが煮えくり返っていたし、クマシスに対してささやかな殺意が止まらなかった。

だが、クマシスがキリアンを撃破したことも、絶体絶命の窮地をクマシスに救われたことも紛れもない事実だったため、何も言えず、グッと堪えていたのだ。

「おいクマシス!調子に乗ってんじゃねえぞてめえ!てめえが勝てたのは、俺様の華麗なるアシストがあってこそだろうがよ!」
ここぞとばかりに文句を言っていたのは、ダルマインだけであった。

「がはは!何が華麗なるアシストだよ!この加齢臭がきつい中年オヤジめがぁ!」


見てる側が思わず恥ずかしくなってしまうほどのクマシスのはしゃぎぶりで、その場の緊張感が少しほぐれてしまっていた。

しかし、すぐにマルジェラ達は、ピリッと張り詰めた空気に襲われる事となった。

なんと、城内4階にジェイドがやってきたのだ。

まるで、狂気が具現化した獰猛な肉食獣の様なその出立と雰囲気に、城内は一気に呑み込まれてしまった。

ジェイドは中性的な顔立ちとは裏腹に、その粗暴性の高さは冥花軍の中でも随一。

この血に飢えたハイエナのような眼は、すぐさま城内の獲物を捉えた。


「ヒャハハッ!こんな所までご苦労さん!もう冥花軍生き残ってんのは俺と閣下だけかあ!てめえら意外とやるじゃねえかよぉ!」

空中浮遊をしているジェイドは、城内の高い天井付近からマルジェラ達を見下ろしていた。

マルジェラ達はすぐに臨戦態勢を整えようと試みたが、長引く戦いでその身体は疲れ果て、ジェイドと戦う余力など殆ど残っていなかった。

かと言って、ラーミアから治療を受けるほどの時間の余裕も無かった。

更に、現在ラーミアから治療を受けているノヴァ、エラルド、ロゼは、まだまだ回復するのに時間がかかりそうだった。

「奴の首に刻まれた花は確か…"ジャーマンアイリス!"花言葉は…"炎"だったか!?」

「うん…。視界に入った万物を、闇の力と融合した黒い炎で焼き尽くす能力だったね…。」

マルジェラとラベスタは、ジェイドの能力をまるで皆に解説するように言った。

「ヒャハッ!御名答!もうてめえら全員俺の視界にはまってんぜ!馬鹿どもが!」

ジェイドは高いところから見下ろしながらそう言い終えると、両眼をピカッと一瞬黒光りさせた。

満身創痍のマルジェラ達に、それを防ぐ術は無かった。

「ヒャハハハッ!まあ、馬鹿なのは当然か!君子は危うきには近寄らねえもんなぁ!」

ジェイドは魔界城4階の広いフロアのほとんどをその視界に捉えていた。

ジェイドはマルジェラ達やバレラルクの兵士達だけでなく、同胞であるキリアンの亡骸も、部下である無数の魔族の戦闘員達も、例外なく、全てを焼き尽くすつもりらしい。

その情け容赦の無さ具合は、残忍な異常人格者そのものだった。

黒い炎は瞬く間に城内を包み込み、その全てを焼き尽くそうとしていた。

「アマレット!結界を張って!」
アベルが取り乱した様子で指示を出すも、アマレットは「無理!もう間に合わない!」と、半泣きになりながら答えた。

バレラルクの兵士たちも魔族の戦闘員達も、黒い炎から逃げ惑うように城内を走り回っていた。

絶体絶命で万事休す、誰もがそう思い、命を諦めかけたその時、突如どこからともなく、強大な豪火が天井に向かって昇っていった。

その黄金とも深紅とも見える豪火は黒い炎に衝突し、呆気なく相殺した。

「へぇ…お前頭悪そうに見えるけど、意外と難しい言葉知ってるんだな。感心したぜ?」

どこからともなく、そんな声が聞こえた。

ジェイドは確信した。
いや、ジェイドだけではない。
その場にいた誰もが確信した。

黒い炎を相殺したのも、そしてこの、幾度となく絶妙なタイミングで皆の窮地を救ってきた声の主の男の正体を。

そう、カインだった。

「カインーーー!!」
アマレット、ラーミア、ジェシカ、モエーネ、クマシス、ダルマインの計6名は、声を揃えて泣き叫び、心の底から安堵していた。



「カインちゃ〜〜〜ん!会いたかったぜぇ〜〜〜!?」
ジェイドは狂気じみた笑みを浮かべながらカインを直視していた。


「感心したついでに、今のお前にうってつけのことわざを一つ教えてやるぜ?"虎穴に入ったら灰燼と化す"…!」
カインは得意げな表情でジェイドに向けてそう言い放った。

するとジェイドは理解に苦しむような表情で「そんなことわざ無えし虎穴に入ってきたのはてめえの方だろぉ〜〜!?」と言った。

「黙れよ、飛んで火に入る夏の害虫野郎。」

カインとジェイドが対峙した。









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