輪廻の風 2-40





「なんだてめえ?誰に向かって口聞いてんだ?」
カインはギロリと鋭い眼光でエンディに凄んだ。

しかし、エンディは全く物怖じせずにいた。

「俺はウルメイト・エンディだ!お前がどれだけ偉いか知らないけどな、その人達を殺したら俺が許さないぞ!」


「ウルメイト…?お前ウルメイト家の者か?」

ウルメイト家とメルローズ家は500年前から先祖代々、レムソフィア家に仕えるユドラ帝国の2大貴族だった。

穏やかで平和主義的思考を持つウルメイト家と、血の気が多く好戦的なメルローズ家、両一族はいわば水と油の様な関係だった。

特にメルローズ家は元来、一方的にウルメイト家を敵視していた。

裏を返せばウルメイト家は、他の一族を見下す傾向にあるメルローズ家が唯一、一目置いている一族だと言っても過言ではなかった。

「こいつらは敵国のスパイだぜ?殺すに決まってんだろ。何でお前がそれを止める?生け捕りにしろって命令でも下ったのか?」
カインが尋ねた。

「そんな命令受けてねえよ。ただ殺したらこの人達が可哀想だろ?悪いけど俺は、目の前で殺されそうになっている人間を見捨てるほど腐った男じゃないぞ!」
エンディが声高らかにそう言うと、カインは理解に苦しむ様な表情をしていた。

「意味不明だな。頭大丈夫か?俺はこいつらを殺せと命を受けている以上、それを遂行するのみ。邪魔するならてめえから殺すぜ?」
カインは威圧的な口調で言った。

「そこに大義はあるのか?お前のその行動は、本当に自分の意志なのか?」
エンディは真剣な眼差しでカインに問いかけた。

カインはドキッとし、何も答えることができなかった。

今まで忠実にレイティスやバンベールの命令に従って動いていた為、エンディの言った"自分の意志"という言葉の意味が全く分からなかった。


「訳分からねえこと言ってんじゃねえ!」
カインはムキになり、エンディに向かって炎を浴びせようとした。

エンディは右手をかざして「ほっ!」と唱え、風を放出してその炎を掻き消した。

「今のは…風?嘘だろ…この国に俺の攻撃を相殺できるガキがいるってのか…?」
カインは衝撃を受けていた。

「ガキって、おい!お前だってガキだろ!」
エンディがそう言うと、エンディの背後に剣を抜いたバンベールが現れた。

「何をしている。」
バンベールの冷酷な声色に、エンディはゾッとした。

「お父様、どうしてここに?」

「お前の帰りがあまりにも遅いから様子を見に来た。何をグズグズしているんだ?カイン、あまり俺を失望させないでくれよ。」
バンベールがそう言うと、カインはあからさまに動揺していた。

「も、申し訳ありません、お父様!こんな奴、すぐに俺の炎で粛清してみせます!」
すると今度は、取り乱したカインの背後に、エンディの父アッサムが立っていた。

「バンベール、子供同士の喧嘩に親が首突っ込むもんじゃないよ?」
アッサムがそう言うと、バンベールはピリピリとし始めた。

アッサムは眼鏡をかけていて、とても理知的で穏やかで温かい雰囲気を纏っていた。

「お父さん!」
エンディはアッサムを見ると、嬉しそうにニコニコし始めた。

「なるほど…そいつがお前の息子か。」
バンベールが言った。

「お父様、あのものをご存知なのですか?」

「ああ、ウルメイト・エンディ。奴は未だに神央院すらまともに卒業出来ずにいる出来損ないだ。ウルメイト家が産んだ史上最低の失敗作だな。」
バンベールがそう言うと、アッサムは瞬く間にバンベールに詰め寄り、剣の鋒を首に向けた。

「俺の愛する息子の悪口を言う奴は、誰であろうと許さない。」
アッサムの眼鏡の奥の瞳はとてもギラギラしていて、この時だけは穏やかとはかけ離れていた。

バンベールは全く反応できず、冷や汗をかき怖気付いていた。

しかし、息子のカインの前では威厳を保とうと、必死に平静さを装っていた。

「本当の事を言ったまでだ。聞いているぞ、エンディは風の異能者らしいな?それも相当な手練れだと。だがその力を全く有効活用せず、いつも遊び呆けているうつけ者だろ?」 

「俺は息子の個性を尊重して伸び伸びと育てているだけだ。息子を自分の所有物の様に扱うお前と違ってね?俺は心優しき我が子を誇りに思っている。」
アッサムはそう言い終えると剣を鞘にしまいバンベールのもとをそっと離れた。

バンベールは内心ホッとしていた。

「俺は自由が好きなんだ!」
エンディは胸を張りそう言った。

「君達、見逃してあげるから帰りなさい。その代わり次はないぞ?2度とこの地に足を踏み入れるなよ。」
アッサムはそう言って3人組のスパイの縄を解いた。

3人は思いがけない展開に言葉を失っていた。
そしてアッサムに深々と頭を下げ、何も語らず、逃げる様にその場を立ち去っていった。

「アッサム、毎度のことながらお前の思想は本当に理解に苦しむし反吐が出る。いつか必ず、俺が足元をすくってやるからな。行くぞ、カイン。」
バンベールはこんな捨て台詞を吐き、カインを連れて帰路に着こうとした。

「カイン君、待ってくれ。」
アッサムに呼び止められ、カインはそっと後ろを振り向いた。

「他所の家の子にあれこれ言うのは気が進まないが…聞いて欲しい。君の持つその力、これからは大切なものを護るために使ってみてはどうだろう?」
アッサムがそう提案すると、カインはポカーンとした顔をしていた。

大切なものって何だろう。
そんなことを考えていた。

「愚か者の言葉になど耳を貸すな。早く帰るぞ。」
バンベールが急かすようにそう言うと、カインは歩く速度を上げた。

「カイン!俺たち今日から友達な!今度一緒に遊ぼうぜ!」
エンディがニコニコしながら大きな声でそう言ったが、カインは何も返答せず父の後をついて行った。


カインは目から鱗だった。
同じ親子なのに、こうも違うのか。
同程度の階級の名家なのに、こうも毛色が違うのか。

そして、エンディに対して興味が湧いていた。

カインはバンベールにバレない様に、そっと後ろを振り向いた。

アッサムと楽しそうに談笑しているエンディを見て、"大空を漂う雲みたいに自由な男だな"と感じた。

優しい風が吹いた気がした。

暖かく、心地良く、穏やかな風だった。

もし世界中にこんな風が吹いたら、世の中から争いは無くなるんじゃないか。

カインはそんな事を考えていた。


「ただいまー!!」
エンディは父アッサムとウルメイト家の居城に帰宅した。

すると、母のアミアンが一目散にエンディに駆け寄り、強く抱きしめた。

「おかえりエンディ〜〜!!あなたは今日も可愛いねえ〜!!」

「おいー、離れてよお母さん!」
エンディは照れ臭そうに言った。

母のアミアンは聡明で明るい女性だった。
エンディのことを心の底から愛していた。

2人が帰宅して少し経つと、アミアンが作った夕飯が食卓に並べられた。

3人は美味しい料理を食べながら、今日あった出来事を楽しそうに話していた。

「エンディは優しい子だねえ。カイン君と仲良く出来るといいね!それにしても、エンディの他にも異能者の子供がいたなんてビックリだなあ〜。」
アミアンが言った。

「異能者か…その呼び方、個人的にはあまり好きじゃないな。なぜならそれは、その力を疎ましく思った者達が、彼らに対して侮辱の意を込めて名付けたものだからだ。」
アッサムは眼鏡をクイっと上げながら言った。

この言い方と態度が、アミアンの癇に障ったようだ。

「何よ偉そうに!みんなそう呼んでるんだから別にいいじゃない!」

アッサムはあたふたしてしまった。
長い結婚生活で、どうやら未だに妻の怒りの沸点を掴めずにいるらしい。

エンディの鈍感さは、この父親譲りだった。


「いや…すまない。昔ね、どこかの国の文献をこっそり見たことがあって…そこにそう書いてあったんだ。」

「お父さん!海外の書物を読むのは犯罪なんじゃないの!?」
真面目なエンディは、アッサムが悪い事をしている様に思えて心配してしまった。

「ははっ、法規制なんかじゃ知的好奇心は抑えられないよ。」

「ねえねえ、その文献には何が記されてたの?」アミアンが興味ありげに聞いた。

「ああ、最初の内容は大陸神話と同じだよ。全知全能の唯一神ユラノスが悪魔に殺され、その後ユラノスに仕える10人の神官が悪魔に立ち向かった。悪魔は封印されたが、10人の神官は戦死した。」

「うんうん、それでそれで?」
エンディはワクワクしながら話を聞いていた。

「その10人の神官はね、それぞれ特殊な能力を使って悪魔と戦ったと記されていた。その中には、エンディの様に風を操る者、カイン君の様に炎を扱う者もいたらしい。彼らは総称して、こう呼ばれていた…天生士(オンジュソルダ)と。」

「天生士(オンジュソルダ)…?」
エンディは首を傾げていた。

「ああ。彼らは500年前に命を落としたが、その力は脈々と受け継がれていくものだと信じられていたんだ。」

「受け継がれるってどういう意味?」
アミアンが尋ねた。

「天生士(オンジュソルダ)は悪魔との戦いで全員命を落とした。しかし彼らは死の直前、遠い未来で封印されし悪魔が復活した時、自分たちの無念を晴らし、再び世界を闇から護る戦士達が現れる事を祈ったんだ。そして彼らの"力"と"遺志"は途絶える事なく、"輪廻転生"を繰り返して今日まで脈々と受け継がれてきた。」

アッサムがそう言うと、アミアンは鳥肌が立った。

「う〜ん、どういう意味?」
エンディには少し小難しい様だった。

「つまりエンディは…500年前に世界を護る為に命を賭して戦った、誇り高き風の戦士の"生まれ変わり"って事だよ。」
アッサムはエンディの頭上に優しくポンと手を置いてそう言った。

「生まれ変わり…俺が??」
そう言われても、エンディはいまいちピンときていない様子だった。

「そういえば…エンディは昔、不思議な寝言を言ってたわね。」
アミアンが何かを思い出したように言った。

それはエンディが3歳の頃の、ある晩の話。

その日エンディは、ひどくうなされていたという。

あまりの夜泣きの激しさにアッサムとアミアンは困惑しながらも、エンディの頭や背中を優しくさすりながら何とか泣き止ませようとしていた。

すると、エンディは「早く助けに行かなくちゃ…約束したんだ、次は絶対に護るって!!」と、はっきりとした口調で言ったという。

そしてその姿は、まるで何かに取り憑かれている様だったらしい。

「え…そんなことがあったんだ…。」

エンディは、その時のことを全く覚えていなかった。

「エンディはあの時、前世の夢をみていたのかもしれないね。一体何を護ろうとしていたんだろうね?」アッサムは優しく微笑みながら言った。

「エンディ〜!やっぱりエンディはすごい子だね!素晴らしい!とても私たちの子だとは思えないわ?鳶が鷹を生んだわね!」
アミアンはエンディの頭を両手でわしゃわしゃと撫でながら言った。

「鳶は鷹なんて産まないよ。何故ならそれは生物学上、絶対にあり得ない。」
アッサムは眼鏡をクイっと上げながら言った。

「モノの例えなんだけど、馬鹿なの?」
アミアンは再び、夫であるアッサムの言動と態度にムカっ腹を立てていた。

アッサムは再びあたふたしていた。

「何にせよ…エンディは俺たちの自慢の息子だな?」

「うん!」

2人は優しい眼差しでエンディを見つめていた。

エンディは両親からの無条件の愛を一身に受け、とても幸せだった。

当たり前の幸せがもうすぐ壊れてしまう事など、この時は夢にも思っていなかった。

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