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ショートショート 時空旅行夢

 31歳。昔から、人の思いやりとか気持ちをないがしろにしてきてしまったと思う。でも恩返しをする当てもない。そんなことを考えてしまうのは、夢を見るようになったからだ。

 いわゆる明晰夢というやつ。そこでは私は幽霊で、誰の目に映っていないようだ。まだ幼い私の目にも…。そう、それは私の人生の夢。小学生のころ、親にさせられたおかっぱ頭がかわいらしい。髪型に対して私はたぶん何も思っていなかったが、今は普通にさっぱりショートカットにしている。

 いやそんなことはどうでもよい。この夢は映画のインターステラーみたいに、三次元空間を行き来するように好きな時間を旅することができる。授業中や試験中、斜め45度に終始傾いたままのおかっぱ頭の上の天井を抜けるたびに、一つ学年が上がる。外に出て、中高大と各母校に飛べば、そこにはその時代の私がいる。中学1年まではおかっぱだったんだな。そうだ、中学に入るとき、反抗期だった私はお母さんに強く抗議したんだ。「私はお母さんの人形じゃない」とか言って。今思えば、けっこう似合ってた気がするな。

 高校に入るときにお父さんの転勤で、他県に進学しないといけなくなった。さすがに反抗はしなかったが、ふてくされていた。本当は勉強ができる私立の学校を親は勧めてきたが、新しい自宅近くの公立校を選んだ。それでも不良と絡むようなことはせず、それなりに勉強はして、ある程度の大学に進んだ。

 そういえば、小学校の時も1回転校したんだった。1年生から2年生に上がるとき。友達が、私が好きだったクマのキャラクターのぬいぐるみとかメモ帳とか、引っ越しの日にわざわざうちまで来てくれて、渡してくれたんだ。本当にうれしかったんだけど、この夢を見るまですっかり忘れていたし、お返しをしていなかったことも思い出した。

 今の私は、単なる会社員。それ以上でも以下でもない。何者にもなれなかった、なんて言うつもりはないが、あんまり幸せじゃない気がする。というか孤独だ。両親と仲は良くないし、昔から性格は明るい方で友達が少ない方でもなかったと思うが、転校したり進学したりするたびに人間関係がリセットされてきて、そのまま、だんだんと、内向的な性格になってきたようだ。友達と呼べる関係の人は数えるほどしかいない。

 夢の中を縦に横に、未来へ過去へと行き来して、いろんな私を見ながら、そんな分析を重ねるのだった。なんとかして、せめてこの夢の中だけでも彼女を助けることができないか。助けるなんて大げさか、もう少し、友達に囲まれて家族と仲良くして、もう少し幸せになれるように、バタフライエフェクトを起こせないだろうか。

 意外に簡単だった。これは私の夢、しかも明晰夢なのだから。まずは小学2年生の私の枕元のぬいぐるみの影に現れて、毎夜、そのぬいぐるみを贈ってくれた友達のことを思い出させるようにした。彼女は手紙を書くようになり、高校生の私のところを覗けば、まだ年賀状のやり取りをしているし、SNSでもばっちりつながっている。反抗期を止めることはさすがにできなかったが、親に感謝の気持ちは伝えるようにしつけ、なんだかんだで親が進める学校に進み、私立校のかわいい制服にはおかっぱ頭がよく似合い、そんなキャラクターで人気者になった。彼女の人生は明らかに変わった。

 こういうことを、一晩の夢の中でやった。夢の時間の進み方は現実に比べてはるかに遅いらしい。時代を先に進めるたびに私の変化は大きくなった。夢の中の31歳はどうなっているのかな。これはかなり気になったが、ちょっと怖くてやめた。

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 きょうも朝、目が覚めた。何か楽しい夢を見ていた気がする。着替えて、マスクで隠れない目元だけ軽くメイクをして、会社に向かう。満員電車に揺られて、デスクに着こうとすると、何か違和感。「係長、おはようございます。あれ、席変わったんですか」。後から来た社員に言われた。係長?私のこと?あ、そうか、席はもっと奥じゃないか。どうやら頭が半分夢を見ていたらしい。おかっぱ頭を自分でこずいて、あざとく舌を出してみせたら、あいさつをしてきた社員に苦笑された。正しい自分の席に着く。もうすぐ母の日。今年は何をプレゼントしようかな。

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