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前に進み、後ろに戻る

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ひまなときに続き物で小説を書いてます
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記事一覧

【前に進み、後ろに戻る】7

「私、人殺してるんだった」
このことを思い出すたびに、景色から色が消える。
友達と馬鹿話をしている時、周りは誰も知らないけど面白い映画や漫画を見つけた時、帰り道に野良猫がじゃれてきてニャンニャンしてる時、楽しい時に限って脳内の誰かが、お前それどころじゃないだろ、と水を差す。もう警察は犯人の目星をつけているのだろうか。私が仲良くなった人たちに迷惑をかけるだろうか。昨日買ってまだ読んでいない古本たちは

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【前に進み、後ろに戻る】6

うおおおおおおおおおおおおうううううんんんんん!
サイレンの音で飛び起きた。
絶対に遅刻できない派遣の仕事、スマホを確認すると午前4時半過ぎ、よしよし、大丈夫だ。国民保護サイレンの目覚まし効果はてきめん、なんて不安をかき立てる音なんだと、どくどく脈打つ心臓を手のひらで押さえながら、身を起こす。シャワーを浴びて、むちっと肌に張り付くインナー上下を着て、作業用ズボン、ポロシャツを重ね、ボディバッグには

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【前に進み、後ろに戻る】5

「てか説教されてるんだからマスク外せよ」頭上から怒号を浴びせられ我に返った。目の前には履き古された黒いチノパンの膝がある。バイトに大幅に遅刻してワンオペで店を回していた先輩から怒られていた最中にもあの子のこと、というか正確には今後の自分のことを考えて現実逃避、というかむしろもっと深刻な現実と向き合っていたのだったが、それにしても説教中はマスクはNGなのか。そんなマナーがあるとは知らなかった。

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【前に進み、後ろに戻る】4

朝、目が覚めると、スマホに山ほど着信が入っていた。何度か、悪夢を見て目が覚めて、その間に着信音が鳴っていたのも聞いた気がする。やれやれ。と、声に出してみても独り。シャワーを浴びて、その前にタバコを1本吸って、歯を磨いて洗濯機を回して、意を決して電話した。店長はまだ来ていなかった。朝のシフトのおじいさんが出て、優しくもあきれた声で俺を責めた。罪悪感は抱いていたからひたすら謝った。店長が2時間後に出勤

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【前に進み、後ろに戻る】3

夜勤のバイトまで、寝ていて、目が覚めた。
喉がカラカラだ。
床に置いていたペットボトルのコーラをラッパ飲みして、ベランダに出て煙草を吸うと、隣の部屋でカラカラ、ピシャッと窓を閉める音が聞こえた。ごめんなさい、と心の中で謝って、でも閉まったのだからと2本目に火をつける。オエッ、えずいてしまった。隣の住民に聞こえないように口を閉じたまま。排水溝に唾を垂らして、部屋に戻った。

家を出る時間まで、あと3

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【前に進み、後ろに戻る】2

【前に進み、後ろに戻る】2

二度寝か三度寝か五度寝か少し起きかけてはまた目を閉じてを繰り返して、完全に覚醒したとき、アナログ時計を見ると6時過ぎを差していた。
カーテンの隙間から外を見ると薄暗い。
「え、朝?夜?」わざと声に出してみるが誰も答えない。
「うう…」と呻いてみて、必要以上に体が痛いような素振りをしてやっとこさ、布団の上に胡座をかき、坐禅を組む時の呼吸をすると、何やら自分にはすごい使命があって仕方なくこの生活を送っ

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【前に進み、後ろに戻る】1

【前に進み、後ろに戻る】1

歩き続けて、気付いたら日が暮れて空が赤くなっていて、知らない場所にいた。
目の前に川がある。高くなった土手の道を横切って、下ってきたらしい。スニーカーに水が染み込んで、一歩後ずさり、風が吹いて足首から下だけが冷たい。

煙草に火をつけて吸って、吐いた。
半分くらい吸ったとき、強い風が川の方から吹いてきて、灰が顔めがけて散ってきて、首だけ捻って後ろを向いた。

と、空から人が落ちてきた。
ことを認識

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