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なぜ「お局様」「古狸」と呼ばれる人たちは、周囲に横柄な態度をとるのか?

注:本記事では職場にいる困ったさんとして「お局様」「古狸」という名称を用いておりますが、侮蔑的な意味ではなく、むしろ「なんで、こういう人が出てくるのだろう」という疑問からの考察であることに留意ください。


■ どの職場にもいる「お局様」「古狸」


たまに「うちのお局様が、また好き勝手なこと言ってるよ・・・」とか「あの古狸、仕事さぼってんのに偉そうにしやがって」などいう愚痴や不満を耳にする。

この手の周囲が扱いに困るタイプの職員はどの職場にもいるらしい。

どのように困るのかと言うと、その多くの場合は勤務経験が長いというだけで、実力もないのに口を出してきたり、理不尽な注意ばかりしてきたり、そのくせ自分は仕事をしない・・・ということがあるらしい。

そのようなタイプに対して、女性は「お局様」、男性は「古狸」とか言われるらしい。他にも色々な言い方はあるだろうし、インターネット上ではもっとひどい言い方もあるに違いない。

何にせよ、周囲からすれば接し方に困っているならば、上層部がそのような方々に注意や指導をすることが適切だろう・・・が、そううまく事が運ばないのが現実である。


■ なぜ、「お局様」「古狸」は君臨できるのか?


それにしても、このような「お局様」「古狸」などと呼ばれている方々は、周囲から見ればただの困ったさんなのに、その職場において君臨できるのは一体どうしてだろうか?

その理由は色々あるらしいが、例えば「上層部のお気に入り」というものがある。それに対して当人らが ”虎の威を借る狐” となり、威張ったり好き勝手な振る舞いをするようになる。
しかも、上層部がいる間は良い顔をして仕事を頑張っているようアピールするため、周囲は「上の人間は普段を知らないからなー」と呆れる。

別な理由として、「勤続年数が長いから」が挙げられる。その職場のおける勤続年数が長いと、何だか職場内のことも仕事も色々知っているように思い込んでしまうものだ。
確かに色々と知っている。備品の保管場所、業務手順、設備の使い方、社内外の人間関係のあれこれなど、それなりに詳しい。しかし、本質的な仕事の話になったときに言葉を濁す。そこから周囲は「あれ、この人は勤続年数は長いけれど、そこまで実力がないのでは?」と勘繰るようになる。

あとは、職場内でその人しか担当していない仕事をしているだけとか、十年以上前に取得した資格をもっているから変に自信があるからとか、色々な理由がある。

何にせよ、「お局様」とか「古狸」とか周囲に言われているということは、そのように言われている当人らと周囲とでは認識に大きな乖離があるということである。

つまり、「お局様」「古狸」は、自分たちに価値があると思い込んでいるからこそ、その職場に君臨できているとも言える。何だか「カラ元気も元気のうち」みたいな感じだ。


■ なぜ、横柄な態度がとるのか?


とは言え、上層部のお気に入りでも、勤続年数が長くても、自分を特別視していても本来は問題はないはずだ。それだけでは「お局様」だの「古狸」だの呼ばれることはない。何なら、新人でも口だけで仕事をしない輩はいる。

ここで何が問題なのかと言うと、当人が自分の価値を思い違いして周囲に対して横柄な態度をとっていることである。

だからこそ、周囲が迷惑さや不愉快さを感じて、そのはけ口として「お局様」「古狸」という名称を設定して「こういう人なんだ」としているのだ。

――― それにしても、なぜ「お局様」や「古狸」は、まるで周囲の思惑など気にも留めないように横柄な態度をとれるのか? 

実はこの点こそが私の疑問の始まりであり、本記事の本質でもある。
と言うのも、私の運営する介護施設にも、介護サービス事業所にも、総務にも、このような「お局様」「古狸」に類するタイプがいるからだ。そして、現場の職員から「〇〇さんに対して、みんな困っておりまして・・・」という相談を受けることもある。

そのような背景から、「お局様」「古狸」に類する名称で呼ばれる方々の勤務態度や日々の言動などを観察していて、何となく気づいたことがあった。

それは、「お局様」「古狸」といった呼ばれ方をする人たちは、周囲に横柄な態度をとるものの、自分に「実力がない」ということを知っているのだ。

それを隠すため、横柄な態度をとることで職場におけるスタンスを保とうとしているのだ。

また、実力がないと知っているから、いざ仕事をしようにも対応しきれないことがある。だからこそ、横柄な態度をとりつつ目の前の仕事を避けることばかりを考えようとする。
しかも、その建前としては「ここでの勤続年数が長い特別な自分は、このような仕事をする立場ではない。若い人を育てるために任せよう」とすることもあるのではないか。
また、実力がないと知られると自分はその場にいられなくなるため、上層部に好かれようとアピールするとも考えられる。

なお、上層部は意外に「お局様」「古狸」などと言われている人たちに対して、実力が乏しいことや平時では横柄な態度をしていることくらいは把握している・・・ということは明言しておく。


■ 実力のある人は努力をしているし、周囲から好かれる


ここで違うタイプを見てみよう。

例えば、勤続年数は長いけれど、「お局様」とか「古狸」とか呼ばれることもない人畜無害に思われているタイプや、実力があって周囲から慕われているタイプはどうだろう?

前者は、実力があるとは言えないし多少は迷惑をかけるけれど、基本的に業務は滞りなく行う。覚えるべき最低限のことは頑張って覚えようとするため横柄な態度はとらないし、当人も辛くても仕事だからと言い聞かせて何とか働けている。

後者は、勤続年数という積み重ねも大切にしつつ、「今」「これから」に目を向けて自己研鑽を重ねている。分からないことは素直に聞くし、責任感と積極性も持ちつつ調和をもってチームプレイを心掛ける。そんな努力家で協調性のある人を周囲は放っておかない。むしろ、憧れや好意の対象となること間違いない。

何が言いたいのかと言うと、「お局様」とか「古狸」などと揶揄されるような名称で呼ばれたくなければ、自分の仕事くらいは自分でこなせる実力を保つ努力は必要だということだ。


■ 取り入ろうとしなくていい


最後に、「お局様」「古狸」との関わり方についてお伝えする。
これは前記したように、上層部もちゃんとこのタイプの方々の実状を知っているという前提であることを留意しておく。

まず、下手に取り入ろうとしなくていい。
無理に好かれようとするのも無駄である。

社会人として挨拶と報連相をしっかり行い、最低限のスキルを身につけて、任せれた業務は期待されたレベルを達成することに注力しよう。

人間関係も最低限でいい。関わらないことが1番であるが、職場というところはそうはいかない。そこで、自分の役割に必要な範囲だけ接すればいいと割りきろう。雑談など無理に関わる時間を減らして、その分を自分の成長のために使ったり、実力ある同僚や上司と関わることもあって良い。

また、一緒に悪口や不満を言わないことも重要だ。

「お局様」「古狸」と呼ばれる方々は、自分に実力がないことを隠すための表れとして他人の悪口や職場の不満を言う傾向にある。

そこで「ね~、あなたもそう思うでしょう」と話しかけられても応じる必要はない。これは、このタイプの方々だけでなく、そもそも職場で悪口や不満を言うものではない。ネガティブな気持ちが湧いたら、誰にも見られないように裏紙に書いて、シュレッダーにかければいい。

悪口や不満などに同調するような回答をすると、「✕✕さんも私と同じ考えですよ」とか「✕✕さんが不満ですって」といった飛び火を受けかねない。
問いかけられたら、「理解しかねます」「ちょっと何言ってるか分からない」と突っぱねて良い。


――― とりあえず、「お局様」「古狸」と呼ばれる人たちの態度などを考察してみたわけだが、この手のタイプの方々は結局のところ不安なのだ。いつ自分の居場所がなくなるのかと戦々恐々としているのだ。

そうならないためには、実力をつけつつ周囲と強調性を保つ努力をすれば良いだけなのに、サボっているからこうなるのだ。

残念ながら、そのような方々が行動に移すまでの気づきを与えることは私には術がない。だからこそ、とりあえず自分がそうならないように、自己研鑽と人間関係には注意を払うことはしようと思うのだ。


ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。

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