病んだので自分のために100万円ほど使った話
喪失感。
悲壮感。
孤独感。
この春は、人生で一番しんどかった。
ギリギリの日々を越えても、また苦しみが次々と押し寄せてくる。
毎日違うネガティブ感情がやってきて、呼吸をするのさえも苦しい毎日だった。
・・・
まあ、なんか時間が経ったのでちょっぴり忘れた感じやけども(笑)
そんな感じで、うっすらとおめでたい気分なので、今回の乗り切り方について、今のうちに冷静にふりかえってみたい。
日記を読み返してみてわかったこと
僕はこのNote以外にも、手書きの日記を書いている。
中身は信じられないくらいネガティブだ。
人の悪口は全然書いていないけど、自分の悲観で埋め尽くされている。
とくにしんどかった7月末、僕はとにかくいろいろな人に会うようになった。
正直
「自分の力で乗り越えよう」
なんて一つも思っていなかった。
「みんなに甘えなきゃ死ぬ」
くらいに思って、図太く人の力をかりまくった。
具体的に言えば
「しんどい!!」
っていうのを毎日言い続けたら、みんなが気を遣ってくれたのだけど。
・花火
・飲み会
・ショッピング
・帰省
自分で考えて行動することもきつかったから、とにかく人の提案の上に乗っかって生きて、少しずつ、少しずつ、いつもならふさぎ込んでしまうところを、アウトドアな生き方で進んで行けた。
本当に、周囲のみなさんに感謝しかない。
ありがたや、ありがたや。
わかりやすい幸せを追いかける
何年間も、何年間も病んで、病んで、苦しんできた。
できもしない恋愛を夢見たり。
自分を「もっとできるはずだ!」の理想を無限に追いかけたり。
でも、そんな毎日・・・
なんかもう、飽きた。
特に、無形のものをずっと追いかけていくのはしんどい。
ルーティンをどうのこうのとか、一生懸命やればどうのこうのとか、もういいやって。
自分の不幸を呪うくらいなら、自分を幸福にしよう。
そして、そのためには今すぐ幸せになろう!!
ということで・・・
ひたすら欲しいものを買う
という、究極にわかりやすい幸せに没頭した。
ミニマリストとか、本当にどうでも良くなった。
その結果が約100万の自己投資となったのである。
浪費という投資
ネットで「倹約」「節約」と検索すれば、僕のやっている行動は決してそういう情報に対しての正しいことではないかもしれない。
でも、頑張ることにつかれた人にとっては、目に見えるようなわかりやすい成果(報酬)というのは、何よりも薬になるような気がする。
そして、たくさんの服を買ったことで「ああ、自分もまだまだ変わることができるかもしれない」とも思えた。
まあ、ずっとそんな生活はできないので、またこれからは少しだけ倹約モードかな。
<自分なりの結論>
とてつもなく元気がなくなったら、惜しみなく、見境なく自分にぶっこむこと!!
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