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インタビューを受けていたのはぼくだったかもしれない

書くつもりはなかったのだけれど、違和感や歯がゆさや無力感が湧き水みたいに漏れ続けてくるので書く。
自分勝手だけれども、備忘録として。

テレビを見てしまう。被災した地域の情報をチェックしてしまう。
そして思う。
テレビの中でマイクを向けられて、後片付けをどうしようか、住まいやこれからの生活をどうしようか、と答えているのは、もしかしたらぼくだったかもしれない。

最初に言っておくと、今回の台風でぼくは物理的な被害を一つも受けてはいない。ただ、インタビューを受ける側になっていたかもしれない。

ぼくの住まいは多摩川から歩いて五分。事前に報道されていた予想雨量が実際に降った場合、ぼくが住んでいる場所は多摩川の一部と化す危険性が非常高い場所だ。

事前の報道やインターネットでの専門家の呼びかけを一週間ほど目にしていて、まさかな、と思いたい感情と、でも本当に事が起こったらもしかしたら世界が一変してしまう、の間で揺れ動き続けて、ぼくは金曜日に決意をした。最低限の必要な荷物を持って避難をしよう。

仕事が終わってからパッキング。家には生活家財やら衣服やら靴やら娯楽品や趣味の品々といろいろあるが、持っていくことができるものは限られている。選んでいる時間もあまりない。

結局、登山用のバックパックに、貴重品と防災グッズと何冊かの本とちょっとの小物を詰め込んで、土曜日の早朝に多摩川から離れて実家に避難をした。もし、帰ってきたときに今家にあるものの大半が水に浸かるなり、流されてしまうことを想定して家を出た。

朝早く出たおかげで特に問題もなく実家にたどり着いた。実家に着いてからは多摩川の様子が気になって仕方なく、一日中SNSで多摩川の状況を調べていた。本当に「コト」が起こるかどうか気が気でなかった。時間が過ぎるごとに雨が強くなって川の水位が上がって、夕方になるとぼくが住んでいる地域には避難勧告が出て、自治体が地域を回って避難を呼びかけ、非難喚起のメールが鳴りやまなかったらしい。

幸い実家に被害はなく、停電とかも起きなかったので、その日は普通に昼ご飯と夜ご飯を食べて、風呂に入って、多摩川の状況が気にはなったものの、疲れてしまって早めに就寝した。
一夜明けて、昼頃に動き出した電車に乗って、ぼくは多摩川沿いの家に帰った。

台風一過で、すっきり晴れ渡った青空。電車の中には休日を満喫する人でいっぱい。増水して茶色く濁った川を渡るときに電車が減速する以外ごくごく普通の日常だ。報道で越水した地域を通った時も、人々の様子は何も変わらない。土手が泥や流木で一変していて、それを見ている人がたくさんいたくらい。

ぼくの住んでいる場所も土曜日の朝に出た時とあまり変わらず、10月にしてはやけに暑い日差しを受けながら家に帰って、何も変わっていないことを確認した。

一応、多摩川の様子を見に行った。いつも歩く土手の上を走る遊歩道もいつも通りだ。ただ、河川敷に降りると泥と流木とえぐられた地面で、堤防てっぺんの数メートル下まで濁流に呑まれていたのがありありと見える。

一日休日を挟んで、仕事に行った。オフィスで同僚の安否を確認して、先週から続く仕事が始まった。昼過ぎには台風の話題は出なくなった。でも、帰路の時、家に帰って何気なくつけるテレビやインターネットで、世界が一変した地域の報道や個人が発信した情報を見る。昨日までとは違う風景、昨日までとは違う生活をせざるを得なくなった多くの人のことを知る。そのたびに、家が川の一部になるかもしれないと思いながら貴重品を詰めこんだバッグを背負って電車に乗った土曜日の朝を思い起こす。

確かに、ぼく自身は何もなく、これも幸いにいまのところぼくの周りで直接的に被害を受けた人はいない。何もないから、これまでの日常を続ける。おかしくはない。当たり前のことだと言える。いつまでも過ぎたことを考える必要性はない。今からとこれらの未来を生きていくために過去のことを忘却して生きていくのは、動物の生存戦略上重要なことだし、動物の一種でもある人間もそれは同じだ。けれど、つい数十時間前にあれだけ危機的な状況があって、そして実際に危機的な状態に陥ってしまった場所がたくさんあるのに、何もなかったかのように日常が続いていることにぼく自身違和感がぬぐえない。被災をしたかそうでないか、確かに首都圏は治水をしっかりしていて被災を免れたとはいえ、それは結果に過ぎない。もし、台風の勢いが衰えなかったり、予想していたよりも雨が少しでも強く降っていたならば。紙一重でぼくらがインタビューを受ける側に回っていたかもしれないのに、会社で当たり前のように仕事をして、当たり前のようにご飯を食べたり、寝たりしている。

こんなときにぼくはどうしたらいいだろう。

今のぼくは被災地に行ってボランティアをする余裕はないし、残念ながら金銭的な余裕もないので寄付をすることもままならない。仕事があるからといって被災地に赴くことができないことも、金銭的に余裕がなくて援助ができないことも、歯がゆくてたまらない。そんなことすらできない今のぼくの日常はなんなんだろう。

と同時に、今のぼくに何ができるだろう、と思う。SNSで目にした被災地の状況を他の誰かにシェアするか、こうやってとりとめもなく今の心中を書き留めることくらいしかできない。今すぐでなくとも、これからでもいいから何かできることはないだろうか。

違和感を抱えながらブレーキとアクセルを同時に踏んでいるみたいで、立ち止まっている。

皆さまのご厚意が宇宙開発の促進につながることはたぶんないでしょうが、私の記事作成意欲促進に一助をいただけますと幸いでございます。