見出し画像

学校教育不要論

朝、校門をくぐると、重たい空気が私を包み、100年前にタイムスリップしたような感覚にさせる。教室へ向かう生徒たちの流れに乗り、私は自分の席へ座った。クラスメートに適当な挨拶をしながら時計を見上げて思う。近代に生きていた人はこんなにも息苦しかったのか、と。学校には100年前の時間が流れている。

学校とは

そもそも学校とは一体何でしょうか?文部科学省は学校教育を以下のように定義しています。

学校教育は、すべての国民に対して、その一生を通ずる人間形成の基礎として必要なものを共通に修得させるとともに、個人の特性の分化に応じて豊かな個性と社会性の発達を助長する、もっとも組織的・計画的な教育の制度であり、国民教育として普遍的な性格をもち、他の領域では期待できない教育条件と専門的な指導能力を必要とする教育を担当するものである。

中教審答申(1971). 「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」文部科学省『学校教育に関する基礎資料』.(2023年5月現在).

つまり、学校は意図的な人間形成を、計画的に組織化した場であるというわけです。

そして、今日では、国家は親(保護者)に対して自身の子供に教育を受けさせる義務を課しています。

第二十六条
1. すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2. すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

江戸時代の日本では、寺子屋や藩校などの施設で教育が行われていました。貴族である武士は藩校で高い教養を身につけることが求められました。庶民は藩の方針とは全く関係のない、私的な教育機関である寺子屋で教育を受けていましたが、義務ではありませんでした。しかし、1868年、江戸幕府による政治から明治政府による政治へ移行すると、明治政府は1872年(明治5年)に学制を発布し、小学校は国民すべてが就学するものとしました。義務教育の登場です。つまり、国家は親から子供に教育を受けさせる"権利"を取り上げ、子供に教育を受けさせる"義務"を課したわけです。

自分の子供にどのような教育をするかは親の自由だとは思いませんか?学校に行かさず、塾で教育を受けさせてもいいはずです。なぜこのようなことをする必要があったのでしょうか。

学校の歴史

18世紀半ば、産業革命を経て世界は資本主義社会へ移行しました。そして、それに伴い大量の労働力が必要とされました。それは子供も例外ではなく、低賃金で長時間労働を強いられていました。

このような状況は当然子供の健康に影響を及ぼします。大人と同じように働くため、飲酒・喫煙による被害はもちろんのこと、背中の曲がりや視力の低下、結核の大流行が問題になっていました。高所作業などによる事故死も多発していたようです。また、重労働は健康被害を引き起こすだけでなく、子供の権利を侵害します。フランスの哲学者ルソーは子供の権利について以下のよう述べています。

子供には子供の自然があり、それに配慮した働きかけが必要である。

スイスの教育家であるペスタロッチは子供の権利とその保証について(ルソーから引き継いだものでありますが)以下のように述べています。

子供は自由と平等の権利を有する存在であり、子供の自由と自発性を尊重し、発達段階に即して成長・発達を支え、保証することが教育の役割である。

子供は幼少期に自身の人間性を形成するのにも関わらず、労働がそれを阻害していました。そのような状況は問題視され、子供の権利を教育によって保証しようという動きが生じてきたのでした。

そのような時期にナショナリズムが高まり、近代国家が誕生します。国家を存続させるためには国力(労働力)が必要です。そのため、子供の権利保証という側面を持ちながらも、従順で良質な労働力を大量に養成するための教化機関として公教育が整備されたのでした。そして、そのような公教育が行われる場はSchoolと呼ばれるようになりました。

ちなみに、Schoolの語源は古代ギリシャ語で余暇の意味を持つScholeという言葉です。つまり、Schoolは生産活動が免除された人間が行く場所であるということです。

日本は明治維新以降、欧米から近代というシステムを丸々インストールしました。もちろん、そのパッケージの中にはSchoolも入っているわけですから、Schoolは学校と訳され整備されました。

パラダイムシフト

学校は近代の教育システムです。それまで軽視されていた子供の権利を、ナショナリズムの高揚とともに成立した近代国家が、プロレタリアの養成という側面とともに公教育という形で保証したのが始まりでした。したがって、学校は不要になりますと結論づけたいところですが、ここには論理の飛躍があるので、パラダイムシフトについて少し解説したいと思います。

人々のパラダイム(価値観)が変われば、当然社会システムも変わります。農耕革命を例にとって見てみましょう。農耕革命では、人類は狩猟民族から農耕民族になりました。それにより、それまで移動しながら暮らしていた人類は、定住するようになりました。大きな変化です。しかし、変わったのは食料の調達の仕方や生活の場所だけではありません。社会システムも変化しました。農耕によって食料の長期保存が可能になりましたが、同時に他の民族に攻撃されるリスクも生じることになります。そこで、法秩序と集団での武装や自衛が求められました。国家と法の誕生です。人々は王に農作物などを献上し、その見返りとして王は土地の権利や侵略者からの防衛を約束します。現代に生きる私たちからすれば、封建制度は不自由な制度だと感じますが、当時の人々からすると願ったり叶ったりのシステムでした。このように革命によって人々のパラダイムは変化します。

さて、我々は今から大きなパラダイムシフトを経験しようとしています。AI革命によるシフトです。AIの登場により我々の仕事の大多数は奪われてしまうはずです。しかし、これは同時に生活コストが下がることも意味するので、我々は働かずに暮らしていけるようになることでしょう。我々が払っているコストは人件費です。モノを作るのも、モノを作るための機械を作るのも、機械を動かすためのエネルギーを生み出すのも全て機械が行ってしまえば、モノの値段はより下がっていきます。

学校は無くなる

産業革命とフランス革命によって近代に移行したとき、その社会システムを維持するためにできたのが学校です。しかし、AI革命によって現代から新たな時代区分に移ると学校は不要になるでしょう。AIと共存する世界では、人類による労働は不要になっているからです。もう学校でプロレタリアを養成する必要はありません。


参考文献
中教審答申(1971)「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」文部科学省『学校教育に関する基礎資料』 (2023年5月現在).
岡田斗司夫(2013)『評価経済社会・電子版プラス』株式会社ロケット.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?