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企業変革とDX

2021年が始まりましたが、コロナ禍とDXの流行はまだまだ続いています。
そう思っていた矢先に、経済産業省から『DXレポート2』がリリースされ、冒頭のつかみとして日本企業の95%はDXにまったく取り組んでいない、もしくは取り組み始めた段階であるとの調査結果が記載されていました。

そしてレポートの続きには、企業が直ちに取り組むべきアクションとして、4つのデジタル化(①業務環境のオンライン化、②業務プロセスのデジタル化、③従業員の安全・健康管理のデジタル化、④顧客接点のデジタル化)が提案されています。

正直、このレポートを拝見してガッカリしてしまいました。

DXというのは "D" と "X" がセットになって初めて成立するものです。
2018年にリリースされた最初の『DXレポート』に明記されていたように、DXの目的は「デジタル技術を活用し、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を目指す」ことであり、単なるデジタル化がその目的ではありません。

DXが実現できないと、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性があるなどと煽っておきながら、実装手段である "D" にばかり議論が偏っているように感じてなりませんでした。

"D" を実装すれば "X" が実現するという関係は成り立たないのです。

年初から愚痴っぽくなってしまいましたが、気を取り直して、今回は企業の "X" (≒ トランスフォーメーション、変革、成長)について考えたいと思います。

企業はどのような成長をたどるのか

企業の "X" を考えるたたき台として、以前にも紹介したアンゾフ先生の事業拡大マトリクス(成長マトリクス)を使って説明しましょう。

事業拡大マトリクス

この図は「組織能力」と「市場」について、「既存」と「新規」の4つのセグメントに分類されており、各々のセグメントにおいて事業拡大の戦略やリスクを検討委する際に使用します。

補足:アンゾフ先生は「製品」と「市場」でマトリクスを分類しましたが、本コラムでは時節柄「組織能力」と「市場」で分類します。
「組織能力」とはDXが影響を及ぼす新製品や技術、ビジネスモデルなどを意味します。

この図では、全ての企業は左下の①セグメントが出発点になります。
日本企業は日本人がお得意の「組織能力の改善活動」を繰り返しながら深化を続けています。家電や自動車に代表されるような、低価格で高品質のプロダクトは日本企業が誇る最たるところですね。

そして得意な土俵でビジネスを継続できれば良いのですが、市場が飽和し過当競争に陥ったり、技術の進歩が市場の要求を超えた場合など、①では正当な利益を確保できなくなる場合があります。さらに昨今においては、既存の秩序やビジネスモデルを破壊するディスラプターと呼ばれる黒船プレイヤーの登場により、他セグメントへの "X" を迫られる可能性もあります。

そこで、①を起点にした次のアクションとして、下図の4方向について考えてみましょう。

2 トランスフォーメーションの方向

 A.既存事業の強化(①→①)
 B.派生事業へ転換(①→②)
 C.派生事業へ転換(①→③)
 D.新規事業へ参入(①→④)

パターンA.  既存事業を強化する(①→①)

パターンAは他セグメントへの "X" ではありませんが、事業の垂直方向への深化という意味では一つの "X" と捉えることができます。

多くの企業が取り組む「デジタル化の推進(デジタイゼーション)」はここに該当すると思われます。最新のデジタル技術を活用し、過去から抱える課題を解決することで、コスト削減や顧客満足の向上にて業績拡大に貢献します。

しかし、パターンAに内在する問題は、会社の本質が大きく変わらないということです。VUCAと呼ばれる不確実性の高いビジネス環境において「昨日よりもよい今日」を目指すこと、つまり効率化のイノベーションによる改善活動(オペレーションの変革)は、目先の問題(短期的な生き残り策)に固執してしまう危険性を孕んでいます。

最近流行の宅配サービスを例に考えてみましょう。

町の中華料理店が出前サービスを提供しています。中華料理店は料理の型崩れなく、スープもこぼれず、暖かいままで料理をお届けするために、カブの荷台に岡持ちを取り付けて安全に配達します。また岡持ちを製造する町工場は、日々改良に取り組んでいました。

こうして、中華料理店だけでなく、蕎麦屋や寿司屋も岡持ちを採用し、出前(岡持ち)ビジネスは成立していました。

そこへUber Eats(ウーバーイーツ ) が、出前プラットフォームという新たなビジネスモデルで市場へ参入し、出前やテイクアウトの事業再編が始まります。Uber Eatsの登場で、中華料理店は出前というオペレーションの外部委託(機能の中抜き)が可能となり、人手不足の解消や、料理と接客に専念できるなどのメリットを得ました(※機能の中抜きもトランスフォーメーションの重要な要素です)。

しかし、出前をアウトソースするために料理の利益率は減少してしまいました。高齢になった中華料理店の店主は、店舗をたたんで経費を抑え、Uber Eatsを使った出前専門店への事業転換も視野に入ります。

またファーストフード店や街のレストランは、従来のテイクアウトに加え、Uber Eatsを使った出前をサービスに追加することで地域の枠を超えた「新規顧客の獲得」を狙い始めました。

少々デフォルメしましたが、Uber Eatsの登場により、外食産業は事業構造変革の可能性が広がり、岡持ちを製造していた町工場は事業継続性に黄信号が灯りました。このように、新たなビジネスモデルで既存市場を再編するような企業が出現した際には、必然的に他のセグメントへの "X" を迫られる可能性があるため、現在のビジネスが安定しているうちに様々な可能性を考えておく必要があります。

仮に中華料理店の二代目が商店街の飲食店と共同配達を思いついたならば、また町工場の若社長がデリバリーサービスの可能性に気付いたならば、日本において岡持ちを活用した宅配ビジネスが先行していたかも知れませんね。

パターンAの結論としては、競争優位を確保するために、短期的には日本企業の得意分野である改善活動を継続するが、長期的にはそれだけでは不十分で他のセグメントへの "X" を模索する必要があるということでしょう。

パターンB.派生事業へ転換する(①→②)

パターンBは、クリステンセン教授が説明した持続的イノベーションを伴う変革に相当し、オペレーションモデルの変革やコア・トランスフォーメーションとも呼ばれます。既存の組織能力のいづれかが、これまでと根本的に異なる進化(過去との非連続な)を遂げることにより、新たな事業へ派生することを意味します。

自動車業界に例えると、パターンAが燃費や馬力、居住性の向上など既存技術の延長線上にある深化であるのに対し、パターンBはガソリン車からハイブリッド車のような非連続の進化が該当します。オーディオ業界のアナログからデジタル化、我がICT業界のオンプレミスからクラウドへの移行とそれに付随したサブスクリプション化などが該当します。

パターンBの代表的な事例はご存知ネットフリックスですね。
DVDの郵送サービスで店舗型レンタル市場へ参入し、サブスクリプションモデルにて顧客を延滞料金から解放し、そしてストリーミング映像のウェブ配信の事業へと移行しました。さらに近年はオリジナル作品の制作に多大な投資を行なっています。同社は娯楽に関する顧客個々の課題を解決するという目的で、様々な派生事業へ転換し続けているのです。

デジタライゼーションと評価指標の変更

ネットフリックスは、顧客の趣味・嗜好に関する膨大なデータベースから知識を得て、オリジナル作品の制作にあたっているそうです。amazonやgoogleもしかりで、彼らは最先端のデジタル企業と言うことが出来ます。

パターンBの特徴であるオペレーションモデルの柔軟な変革には、デジタル化(特にデジタライゼーション)が必須要素で、DXの "D" はこのためにあると言っても過言ではありません。繰り返しになりますが、デジタル化を進める究極の目的は、経営のフットワークを軽くすることにあります。

そしてこのパターンの変革も、日本企業は比較的得意な分野だと言われています。このパターンこそ『DXレポート』が参考になりますので、デジタル化の方向性を間違えずに競争力を上げていただきたいと願います。

もう一つ、派生事業への転換には、必ず業績評価指標の変更を伴うということを忘れてはなりません。先ほどのネットフリックスの場合、DVD郵送サービスでは倉庫管理と物流コストが重要なKPIでしたが、ストリーミング配信への派生事業においてはウェブサイトの稼働時間や回線コストへとKPIが変化します。

また、ICT業界において、クラウド化に付随したサブスクリプション契約への事業転換の際、ベンダー側の営業評価が足枷になり時間を要した話は有名です。事業変革の際には、業績評価指標や評価制度の変更をセットで考えることを忘れないようにしましょう。

パターンC.派生事業へ転換する(①→③)

パターンCは既存の組織能力を新しい市場へ展開するので、斬新な発想や想像力を必要とします。

例えば、格安航空会社や格安SIMといったローエンド破壊であったり、ポカリスエットやカップヌードルが採用したメンタルモデル変革といった、ある意味ニッチ市場を狙う戦略が的を得る事例は、デジタルよりもアイデアが重要な要素となります。

おねしょ対策の子供用おむつの技術を、ちょい漏れ対策の大人用おむつへ転用したキンバリークラークの発想は、ちょっとしたアハ体験ですね。

とはいえ、事業拡大が見込める新たな市場を探し特定するには、データサイエンティストと呼ばれる専門家による調査や分析が必要になり、分析結果の妥当性に成功の可否が左右されるため、パターンBよりもリスクを伴うと考えられます。これは、ターゲット市場が変わるので当然と言えば当然の話ですが。。

また、ローエンド破壊による "X" は既存事業が一瞬にして崩壊してしまう可能性を秘めているので、このパターンでは、比較的ハードルが低くトライアンドエラーや参入&撤退が容易なメンタルモデル変革をお勧めします。

メンタルモデル変革のすゝめ

メンタルモデル変革とは、同じ製品であっても、市場の認識を変化させることで製品の価値が変わるタイプの変革を意味します。ブランドスイッチで市場を開拓すると理解してください。

例えば前述のポカリスェットは、スポーツ用ドリンクとして頭打ちになった際、二日酔いに効くという新たなプロモーションで、スポーツマン市場から呑み助市場への市場開拓を果たしました。また米国にて「ラーメン」という新しい食品市場の開拓に苦労していたカップヌードルは、「具の多いスープ」へのブランド変化を行ない、すでに定着していたスープ市場にて受け入れられたのです。

アイデアの発生メカニズムと行動経済学

パターンCにはメンタルモデル変革という提案をさせていただきましたが、斬新な発想や想像力は日本人(特に現代のビジネスマン)があまり得意でない分野です。なぜなら学生時代から横並び教育に慣らされ、社会人になった後も想像力を掻き立てる訓練を受けていません。加えて企業の組織構造を見ても、斬新な発想を生む土壌となるダイバーシティとはかけ離れたところにいるからです。

とはいえ勤勉な日本民族は、変革の必要性とアイデア(イノベーション)創出のメカニズムを腹落ちさせ、訓練の方法さえ理解できれば、自律的に体得に向かうはずで、そうなればパターンCのハードルは大きく下がります。

アイデア発生のメカニズムと行動経済学については、紙幅の都合上別稿にしたいと思います。

パターンD.  新規事業へ参入する(①→④)

パターンDは、企業の本質を変えるほどの事業変革や新規事業への転換を指しますが、これはクリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』にて説明されている通り、既存事業で成功している企業や単一事業で長年ビジネスを継続してきた大企業ほど社内の理解や合意形成を得るのが困難な分野です。一般的にも最も難しい変革だと言われています。

このパターンの事業変革にはトップの明確な変革ビジョンと推進力、プロジェクト推進者にはプレッシャーに負けない強いメンタルが求められます。

3 トランスフォーメーションの方向

また④のセグメントは、向かう方向に合わせて4つの分類に分かれます。

・水平型多角化:既存と同じ分野で事業を広げる 
・垂直型多角化:サプライチェーンの川上、川下へ事業を広げる
・集中型多角化:コア技術や主要顧客が新事業でも関連する
・集成型多角化:全く新たな事業形態(ベンチャーの新規市場参入も含む)

簡単に説明すると、水平型とは自動車メーカーが二輪車やトラックを生産したり、清涼飲料水メーカーが焼酎の製造を始めるなど、既存事業とのシナジー効果が期待できるため、M&Aや経営統合などの検討対象になります。

次の垂直型は、例えば食品卸業がファミリーレストランや焼き肉チェーンを展開するなど、サプライチェーンにおけるシナジー効果を狙います。目まぐるしく変わる駅前の店舗は、実は同じ企業の経営だったという話はよく聞きます。市場ニーズに合わせて柔軟に事業展開しているのでしょう。

次の集中型とは、富士フイルムが化粧品事業を始めたり、ワタベウエディングが目黒雅叙園の経営権を取得したように、コアの技術や主要顧客にシナジーを求めた事業展開です。

最後の集成型は、既存の事業とは無関係の事業展開を指し、例えば松下電器が住宅販売を開始したり、ソニーが金融事業を始めるなど、シナジー効果が期待できない展開です。そのような意味では、ベンチャー企業の新規事業参入もこれと同様だと捉えることが出来ます。

「DXで新規事業を!」みたいな掛け声を耳にしますが、集成型やベンチャー起業が最も難易度の高い事業展開なので、うかつに掛け声に乗せられると痛い目にあってしまいます。

ベンチャー企業を例に集成型を考えてみると

では、ベンチャー企業の市場参入について考えてみましょう。下図は、米国における250社のベンチャー企業を対象にした、投資とリターンの関係を表したものです。

結果としては投資の約65%にあたる162社が失敗に終わっており、投資リスクを考慮すると成功と言える価値10倍以上の投資案件は全体の4%で10社、50倍を超える価値を生み出した案件は 0.4%の1社という結果でした。

残念ながら大手企業の社内ベンチャーに関するデータは見つけることが出来ませんでしたが、おおよそ同様の結果になるのではないかと思っています。

米国投資と還元の関係

高い成長性を持ち、投資対象として有望なベンチャー企業で、①創業から10年以内、②評価額10億ドル以上、③未上場、④テクノロジー企業の4条件を満たした企業をユニコーン企業と呼びます。調査会社CB Insightによる報告では2019年9月時点の世界におけるユニコーン企業は394社で、その国別内訳は以下のようになっています。

 1位:米国151社 (前年度118社)
 2位:中国82社 (前年度62社)
 3位:イギリス16社 (前年度13社)
 4位:インド13社 (前年度9社)

米国が全体の38.3%、中国が20.6%で、この二か国が 3位以下を大きく引き離しており、日本国内のユニコーン企業は残念ながら2019年9月時点で 3社、2020年2月時点でも 7社という状況です。
経済産業省が主導する「J-Startup」プログラムでは、2023年までに日本発のユニコーン企業を20社まで増やすことが目標になっていますが、ハードルは高いと言わざるを得ません。

DXに取組めば新規事業が湧いてくるような都合の良い話はありません。
しかしながら、既存事業と新事業の両立や事業転換は、時節柄常に念頭に置いて経営しなければなりません。これはまさしくチャールズ・オライリー教授の『両利きの経営』で説明された内容です。
そのためには、本に示されている通り、遠くにある「知の探索」と一定分野の「知の深化」をバランスよく両立させる必要があります。

まとめ

企業の "X" (≒ トランスフォーメーション、変革、成長)には変革の方向に応じたイノベーション・タイプがあり、また変革には障壁が存在します。この2つを整理して、本コラムの締めにしたいと思います。

変革の方向とイノベーション・タイプ

変革の方向は、これまで説明してきたAからDの4パターンに、既存市場にて技術革新を起こした後に、他の市場へ展開するパターンE(パターンBとCの組合せ)とベンチャー企業が新たな市場を創出するパターンFを加えた6つのパターンに分類されます。

そして、これら変革のパターン毎にイノベーションの主タイプが異なります。イノベーション・タイプは提唱者によって呼称が異なりますので、代表的な呼称を採用させていただきます。

 A.既存事業の強化(①→①)
  ・ 効率的イノベーション
 B.派生事業へ転換(①→②)
  ・ 持続的イノベーション
 C.派生事業へ転換(①→③)
  ・ 破壊的 - ローエンド型イノベーション
  ・ メンタルモデル・イノベーション
 D.新規事業へ参入(①→④)
  ・ 破壊的 - 新市場型イノベーション
 E.新規事業へ展開(②→④)
  ・ 破壊的- 組合型イノベーション
 F.ベンチャー企業の事業参入(④)
  ・ 破壊的 - 新市場型イノベーション

4 トランスフォーメーションと壁

変革の方向と障壁

さらにそれぞれの領域を超える場合には、目に見えない障壁やリスクが存在します。

 A.既存事業の強化(①→①)
  ・ 茹でカエルのリスク
 B.派生事業へ転換(①→②)
  ・ Ⓐ デジタルの壁(デジタライゼーション)
 C.派生事業へ転換(①→③)
  ・ Ⓑ アイデアの壁(日本の文化的要素)
 D.新規事業へ参入(①→④)
  ・ © イノベーションのジレンマ(書籍参照)
  ・B.C.の壁を含む
 E.新規事業へ展開(②→④)
  ・ Ⓓ バリューチェーンの壁(エコシステム)
 F.ベンチャー企業の事業参入(④)
  ・ Ⓔ 規制の壁

最後に

最後にDXの視点でまとめると、パターンA、B、Fはデジタル主導のDXと捉えることができ、パターンC、D、E、F(市場の壁を超える場合)はイノベーション主導のDXと捉えることが出来ます。

僭越ながら個人的には、日本企業はパターンDの選択を後回しにして、パターンB、C、Eの変革を優先して検討されることをお勧めします。

以下に、企業の "X" を検討する際にたどり着いたいくつかの教訓を書き留めておきます。

・VUCAの時代は、既存事業の賞味期限は考えてもあまり意味がない
・日本企業は不得意なパターンDは避けた方が良い
・パターンDに取組む場合はまずM&Aか経営統合から
・ディスラプターが新市場を形成した後に、後発で参入する
・変革はパターンBとCから、それに①→②→④の流れを加える
・特に②→④はエコシステムを優先して検討する
・早急に "X"(特にイノベーション)思考への訓練を開始する

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