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ブックレビュー『昆虫は最強の生物である 4億年の進化がもたらした驚異の生存戦略』

「昆虫はなぜ地球上でこんなに繁栄しているのか?」という疑問を持っている人にぜひ読んでいただきたい。「そんなに繁栄してないじゃないか、一番繁栄しているのは人間だ」と思う人にはもっと読んでいただきたい。

この本で一貫している主張は、「地球は虫だらけの惑星」ということだ。なんなら「宇宙も虫だらけ」とまで言っている。邦題の「最強」とは肉体的に最も強いという意味ではない。おそらく、最も繁栄していて最も多様であり、最も地上を支配しているという意味で「最強」という言葉を選んだのだろう。一章の冒頭では、ハーバード大の著名な昆虫学者エドワード・O・ウィルソンの言葉の引用し、人類が滅んでもほとんどの生物の環境は改善するが、「反対に、全ての昆虫が絶滅した場合、陸上の環境は大混乱に陥るだろう」と記してあるほどだ。

筆者のスコット・リチャード・ショーは天文物理学と昆虫学を学んだ面白い経歴の昆虫学博士。カバーに載っている近影は楽しそうに昆虫採集をしている写真だ。冒頭で妻への謝辞があるのだが、「昆虫を冷凍庫に入れることを許してくれてありがとう」とあり、いかに夫婦で昆虫をめぐる攻防があったのかと想いを馳せてしまう…。

文章も読みやすく、工夫が凝らされている。章ごとの冒頭には色々な分野の文献からの引用があり、その章の象徴するような内容となっている。ここに筆者のこだわりと見識の深さを感じさせる。読んでいて三葉虫の名前などの古生物名や用語が多く出るが、それがどんな姿形なのかについて写真や図がほとんど無いため、スマホを片手に検索しながら読むとより理解が進むかもしれない。

筆者は世間でよくある生物の進化の歴史を「人間中心神話」と呼び、「哺乳類や爬虫類、両生類、魚類が急増した時代について語るということは、ヒトという種の起源にいたる、ある意味で薄っぺらい歴史を見ているだけにすぎない。」と言ってのける。

たしかに、ほとんどの古生物図鑑をめぐってみると、単細胞生物から始まり、やがて多細胞生物が出現し、三葉虫のような節足動物や、魚類、そして両生類から恐竜、哺乳類へと辿る進化の歴史は、かならず全てヒトという種への道筋を示しており、ヒトよりはるか以前から最も繁栄し続けているグループ、すなわち「昆虫」ををあまりに軽視しているようだ。

古生物学者は一般的にデボン紀は「両生類の時代」と呼ばれているが、これを筆者は「いくぶん自己中心的である」と酷評する。そしてこの脊椎動物の祖先である両生類をを知らず知らずに中心に置いた歴史体系を作ってしまった古生物学者たちは「神が世界を創造したとする宗教的な体系を、進化論に基づいた体系に置き換えようとしていた」のだという。いかにも西洋的な発想で、実に面白い。「神」が人間中心主義の歴史体系の産物ではないとして、生命を創造したのだとしたら「かなり甲虫が好き」と言えるのだそうだ(笑)。それほど地球上に虫は多い。

オルドビス紀はこの人間中心の歴史体系に基づくと「魚類の時代」と呼ばれるが、オルドビス紀に魚類は最も多様だったわけではなく、繁栄していたのは相変わらず三葉虫だった。しかしオルドビス紀を「三葉虫の時代」呼ばないのは「人間のエゴ」のあわられだという。現在の主流な古生物史がいかに主観的であることか。

筆者はさらにこう言う。「どこか別の星からやってきた生命体なら、地球の生物の歴史をもっと完結かつ明快に書き換えるかもしれない。最初の30億年くらいは「細菌の時代」とだけ呼び、多細胞生物が出現したカンブリア紀から現在まで(最近の五億年ほど)は単なる「節足動物の時代」となるだろう。」客観的に地球の生物史を見れば、昆虫を含む節足動物の繁栄がどれだけのものであるかがわかる。

種の数でも節足動物、とりわけ昆虫は圧倒的に多く、熱帯地方のバイオマス(生物量)では社会性昆虫は脊椎動物を上回る。コマユバチ科の寄生蜂は命名されただけでも一万五千種以上あり、未知の種を含めると五万種を超えると推定されるらしい。これらだけで脊椎動物全体の種の数を上回るというのだから驚きだ。昆虫は100万種がいるが、未知の種を含めれば数千種いると推定されている。最近の五億年は「節足動物の時代」だが、最近の四億年は「昆虫の時代」と言ってもいいかもしれない。

本書では生物の歴史に沿って書かれているため、三分の一近くまでは主に節足動物の話ばかりで、昆虫がメインで登場するのは80ページ以降になっており、面白い構成だ。昆虫登場後は、昆虫は地球上で4億年前から常に繁栄していたことを繰り返し説かれている。

昆虫の種の多様性、独自性もさることながら、生物としての素晴らしさをよく説いている。節足動物は皆外骨格であるが、筆者は「生物の骨格として優れているのは(内骨格)ではなく外骨格」と断言している。節足動物の外骨格は老廃物を基に構築されているため、非常に合理的なのだという。

さらになぜ昆虫は6本脚なのかという問いかけに対する答えもも納得がいく。簡単に言うと脚は多すぎると、俊敏性に欠ける上、脱皮時に複雑なってしまう一方で、少なすぎると安定性を欠く。筆者は安定性の例えでカメラの三脚で例えている。岩登りの技術でも三点支持という言葉があるのだが、三点が設置していると非常に安定する。昆虫は6本の脚を3本ずつ動かすことで常に三点支持を行っているのだ。

昆虫の大きな特徴としてまず挙げれるのは飛翔能力だろう。街を歩いていて、人間以外に容易に出会える動物は鳥類と昆虫類くらいではなかろうか?電柱にカラスやスズメがいるように、街路樹を注意深く観察すればチョウやカメムシなどがいるはずだ。共通しているのは飛翔能力で、鳥類と一部の哺乳類以外で最も飛翔能力があるのが昆虫だ。そのおかげで地球上のありとあらゆる陸地に生息地を広げている。

この飛翔能力を昆虫がいかにして獲得したかにも触れているが、定説は未だに無いようだ。しかし翅の獲得によってのちに完全変態という成長過程を得たのは興味深い。昆虫のおよそ9割が完全変態を採用しているという、とても優れた成長法なのだ。

完全変態とは蛹になる昆虫の発達過程であるが、一見蛹という無防備な状態は不利ではないのか?と長年僕個人は思っていた。しかし本書を読んで完全変態の素晴らしさに感動した。完全変態のメリットはまず翅を守ることであった。幼虫過程で翅を徐々に伸ばしていくのでは、成長の途中で傷つく可能性がある。そして革命的だと思ったのは、成虫と幼虫で完全にニッチ(生態的地位)を分けているということだ。

生態的地位を分けるということはどういうことか。カブトムシを例にとってみよう。カブトムシの幼虫は土の中で腐葉土を食べている。成虫は外を飛び廻り、樹液を食べる。幼虫と成虫では食べ物も、生活圏も、季節も違う。さらに役割も違って、幼虫は成長のみをするが、成虫の目的は主に生殖である。

これによって幼虫と成虫で生活圏を争う必要が無いのだ。不完全変態でも幼虫と成虫で生活圏が違う昆虫は多いが、バッタなどは幼虫も成虫も皆同じ場所で同じように暮らしている。

このように昆虫の優れた生存戦略を紹介、解説した末に、筆者は地球のみならず「虫だけの宇宙」説を主張する。地球以外の惑星でも光合成をする植物のような生物がいる環境であれば、昆虫に似た節足動物のような小さな生物が知的生命体よりはるかに存在する可能性が高いと言うのだ。そして筆者はこの「虫だらけの宇宙説」はすでに証明可能なテストに成功しているとし、それは「この地球には天文学的な数の虫が生息していることが、観察結果かはわかっている」ことなのだと言う。

昆虫は一体いつから地球で跋扈しはじめたのか?昆虫はなぜどこにでもいるのか?昆虫はなぜあんなにいろいろな姿形をしているのか?そんな疑問を持っている人、生物に興味がある全ての人にお勧めしたい一冊。





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